東京高等裁判所 昭和56年(ラ)221号 決定 1981年4月17日
執行抗告人
株式会社三和通商
右代表者
鷲崎義明
主文
本件執行抗告を棄却する。
理由
一執行抗告人は、「原判決を取り消し、堀江睦男に対する売却を許可しない。」旨の裁判を求め、その理由として、「原審は本件建物を売却するについて、買受人に対抗できる賃貸借があるのに、その記載を逸脱したことは違法であるから、原売却許可決定の取消を求める。」と主張した。
二よつて検討する。
記録によれば、次の事実が明らかである。
「本件競売申立ての原因となつた抵当権は、大東京火災保険株式会社が大熊修吾に対して有する昭和五一年一〇月三〇日付住宅ローン保証保険契約に基づく求償債権一一六〇万円等担保のため、同五二年一月一四日本件建物等につき設定され即日設定登記を経たものである。
株式会社マークは、ダイゴー建工株式会社(以下ダイゴーという。)に対する、金銭消費貸借取引手形債権等担保のため、本件建物につき、同五五年六月二五日、極度額四〇〇万円の根抵当権及び右根抵当権確定債権の債務不履行を停止条件とする存続期間三年の賃借権の各設定を受け、いずれも同年七月二五日前者につき設定登記、後者につき設定仮登記を経たが、目的物の引渡を受けていない。
山本美紀は、ダイゴーに対する右同種の債権担保のため、本件建物につき、同年四月一日極度額一二〇〇万円の根抵当権の設定及び右根抵当権確定債権の債務不履行を停止条件とする存続期間三年の賃借権の設定を受けかつ同じく停止条件付所有権移転の合意を結び、いずれも同年七月二五日その旨の仮登記を経たが、目的物の引渡を受けていない。
共栄物産株式会社は、ダイゴー及び大熊修吾に対する右同種の債権担保のため、本件建物につき同年七月二三日極度額三〇〇万円の根抵当権及び右根抵当権確定債権の債務不履行を停止とする存続期間三年の賃借権の各設定を受け、いずれも同年同月二五日設定仮登記を経、ついで同日執行抗告人に右根抵当権及び停止条件付賃借権を譲渡し、同年八月一三日その旨の付記登記を経たが、いずれも目的物の引渡を受けていない。
作田亮は執行抗告人の仲介によるとして同年八月一日大熊修吾から本件建物につき存続期間三年の賃借権の設定を受け、期間中の一か月三万円の賃料の前払いをしたと称して同年九月一九日右賃借権の設定登記を経、当時その引渡を受けて占有中である。
本件競売開始決定に基づき、同年一一月二五日差押の登記がなされ、その後大熊修吾に右決定が送達された。
本件物件明細書には作田亮の賃借権のみが記載されている。」
右の事実によると、株式会社マーク、山本美紀、執行抗告人(以下執行抗告人らという。)の各短期賃借権は、これと併用されている各根抵当権の設定登記以降各根抵当権実行による差押の効力発生までに対抗要件を具備することにより右各根抵当権に対抗できるに至る第三者の短期賃借権を排除し、もつて本件建物の担保価値の確保をはかることを目的とし、用益を目的としないものであると考えられる。
そして右各短期賃借権はいずれも仮登記にとどまるから、執行抗告人らは競売手続中の一定時期までに、これにつき本登記を備え、作田亮の短期賃借権を排除し本件建物の担保価値の確保を図り得るのである。
執行裁判所が民事執行法六二条に則り、物件明細書に不動産に係る権利の取得で売却によりその効力を失わないものを記載するに当つては、その作成当時の権利状態によらざるを得ない。ところで執行抗告人らがその作成時までに右各短期賃貸借につき本登記を備え又は本件建物の引渡を得たとは認められないから、執行抗告人らの右短期賃借権は本件物件明細書作成当時においては、売却によりその併用根抵当権とともに消滅すべきものであつて(同法五九条)、同法六二条二号所定の権利の取得にあたらない。これを物件明細書に記載しなくても違法ではない。
よつて本件執行抗告を理由なしとして棄却すべきものとし主文のとおり決定する。
(鰍澤健三 沖野威 枇杷田泰助)