東京高等裁判所 昭和56年(ラ)226号 決定 1981年4月28日
抗告人
平野昭則
右代理人
森本清一
相手方
日電総合株式会社
右代表者
森本勇
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。抗告人に対する東京地方裁判所昭和五二年(ケ)第七五一号不動産競売事件による別紙物件目録記載の建物につきなされた引渡命令は、これを取消す。手続費用は、全部相手方の負担とする。との決定を求める。」というのであり、その理由の要旨は、別紙「抗告の理由」記載のとおりである。
そこで、右抗告の当否につき検討するに、本件記録によれば、抗告人は、昭和五二年七月一一日、貝塚磯衛門所有の本件建物を右貝塚を実質上の代表者とする株式会社花山工務店から代金一五五〇万円で買受け、同日、内代金三〇〇万円を支払つたが、右貝塚は、右建物につき、同月一三日付をもつて自らのため所有権保存登記を経由するとともに、伊藤良二に対する金五〇〇万円の債務につき抵当権を設定してその旨の登記を経由したので、抗告人は、右貝塚に対し談判した結果、同年八月二五日付をもつて右建物につき抗告人並びにその妻平野陽子の共有名義に所有権移転登記を経由するとともに、同年九月一〇日、右貝塚から右建物の引渡を受けることができたが、右抵当権設定登記を抹消させることはできなかつたこと、これよりさき、右伊藤の申立てにより同年八月一六日、本件競売手続(東京地方裁判所昭和五二年(ケ)第七五一号)が開始せられ、同月一七日、その旨の登記が経由されたのち、昭和五四年一月二二日、相手方において右建物を競落し、同年五月二五日付をもつてその所有権移転登記を経由したため、右抵当権設定登記並びに抗告人らのためになされた前記所有権移転登記は、それぞれ抹消されるとともに、昭和五五年一二月一六日、競落人たる相手方のため抗告人に対し右建物につき引渡命令が発せられるにいたつたこと、抗告人は、右建物がいまだその細部にいたるまで完成していない状態であつたので、右建物入居後直ぐさま右建物につき、自らの負担において別紙造作目録(1)ないし(8)記載の造作を施し、合計金八七万一四六〇円を支出したことが認められる。
抗告人は、右造作費用をもつて本件建物のために費された有益費に当るものとし、その償還請求権に基づく留置権により相手方に対し右建物の引渡を拒み得る旨主張するが、右認定の事実によれば、判旨抗告人は、本件建物につき設定された前記抵当権並びに競売申立記入登記による差押に対抗することができない関係にあるとはいえ、前記貝塚あるいは花山工務店との関係においては、前記売買により右建物の所有権を取得したものであつて、その後における抗告人主張の造作は、すでに自らの所有に帰した右建物に対してこれを加えたものにほかならないから、右売買により右建物の所有権を失つた右貝塚あるいは花山工務店に対しては、右売買契約の不履行あるいは右建物の所有権侵奪に因る損害の賠償等は、これを求め得るとしても、右造作費用の償還を求め、あるいは右請求権に基づく留置権を主張し得る余地はないものというべきである。右の如く、抗告人において右貝塚らに対する有益費償還請求権並びにこれに基づく留置権を取得するに由なきものである以上、その後において前記抵当権実行の結果、本件建物を競落するといつた相手方に対してもまた右留置権を主張し得ないことは、民事執行法附則第二条による廃止前の競売法第二条第三項の法意にも照し、おのづから明らかなところであつて、抗告人の前記主張は、すでにこの点において失当であると言わざるを得ない。
又、仮に、抗告人が本件において、競落人たる相手方に対し、直接民法一九六条第二項所定の有益費償還請求権を有するとして、これに基づく留置権をも主張するものであるとしても、本件記録によれば、相手方は、本件競売手続において定められた右造作も含む本件建物の最低競売価額の範囲内でこれを競落し、その代価を支払つて右建物の所有権を取得するにいたつたものと推認されるので、前記貝塚において、右競売による代価相当額の弁済を終えたことに伴い、右造作による増価額分に相当する不当利得の発生する余地はあるとしても、相手方には格別の利得は生じていないものというべきであるから、前記法条の趣旨に徴し、抗告人が相手方に対し右抗告人主張の如き有益費償還請求権並びに留置権を取得するに由なきものと解するのが相当であつて、右主張もまた、採用の限りではない。
なお、本件において、抗告人は、右建物の売主である前記貝塚あるいは花山工務店に対する内代金三〇〇万円の返還請求権に基づき、右建物につき留置権を有する旨主張するのが、右の如き請求権が右建物に関して生じた債権とはいえず、したがつて、右主張がそれ自体失当であることは、原決定の説示するとおりである。
以上の次第であつて、抗告人の本件抗告は、その理由がなく他に本件引渡命令による強制執行を許さないものとすべき事由も見当らないから、右抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(杉田洋一 中村修三 松岡登)
物件目録、造作目録、抗告理由、契約差損計算書<省略>