大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ラ)679号 決定 1981年9月29日

抗告人

田中ミイ

主文

本件を新潟地方裁判所に移送する。

理由

記録によれば、抗告人は、新潟地方裁判所が前文掲記の事件につき昭和五六年七月一三日した異議申立却下決定(同日送達)を不服として、同月二〇日当裁判所に本件抗告状を提出したことが認められる。

ところで、民事執行法一〇条二項は、執行抗告は抗告状を原裁判所に提出してしなければならない旨、同条五項は抗告人が同条所定の理由書を提出しなかつたとき、執行抗告の理由が明らかに法定の記載要件に違反しているとき、又は執行抗告が不適法であつてその不備を補正することができないことが明らかであるときは、原裁判所は執行抗告を却下しなければならない旨明定しているのであり、右各規定によれば、執行抗告に対する第一次審判権は、執行抗告が同条五項所定の事由に該当するかどうかという限られた判断事項の範囲においてではあるが、原裁判所が専有していることは明らかであり、右審判権は、たとえそれが本質的には抗告裁判所の権限に由来するものであるとしても、専属管轄類似の性質を有するものというべきであり(もとより、原裁判所が同条五項所定の事由の存在を看過し、あるいは右条項所定の事由に該当することが必らずしも明らかでないと判断して、事件を抗告裁判所に送付した場合に、抗告裁判所が右事由に該当すると認めたときは、執行抗告を却下することができることはいうまでもない。)、したがつて、抗告状が抗告裁判所に提出された場合には、民訴法三〇条一項の規定を類推適用して、事件を原裁判所に移送すべきものと解するのが相当である。

なるほど、前記民事執行法の規定は、執行抗告が不適法であることが明らかであるなど抗告権を濫用するものと認められる場合に、当該執行手続を主宰する原裁判所をして直接に審査を行い、迅速にこれを却下させる趣旨に出たものであるが、抗告裁判所に抗告状を提出してなされた執行抗告のすべてが右にいう抗告権を濫用した申立てであるとはとうていいえないから、執行抗告が抗告裁判所に抗告状を提出してなされた場合にこれを却下する措置をとることは必らずしも民事執行法一〇条の濫抗告防止の目的に適うものであるということはできないのみならず、真摯に抗告裁判所の裁判を求める抗告人が抗告状の提出先を誤つた場合には、実体的な裁判を受けることができない結果となるのである。

そして、前叙のように執行抗告を却下することなく、事件を原裁判所に移送することによつて費される時間は抗告裁判所の可及的速かな裁判によつて縮減することが可能であるから、移送の手数をかけることが原裁判を契機とする爾後の執行手続の進行を遷延させて不当に利益を得ようとする抗告人の意図を助成し、あるいはそのような動機の執行抗告を誘発すると非難するは当を得ないものであるし、原裁判所及び関係人が原裁判の確定の有無及び時期を知ることの困難は、執行抗告状の提出に関し原裁判所と抗告裁判所が適時に連絡をとるなど実務上の処理により簡便にこれを除去することができるから、移送の措置をとることの妨げとみる必要はない。

よつて本件を原裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例