東京高等裁判所 昭和56年(ラ)824号 決定 1981年11月05日
抗告人 小林年男
相手方 佐藤木材工業株式会社
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告の趣旨及び理由は、別紙「抗告状」記載のとおりであり、本件移送申立につき、当事者双方の主張するところは、右「抗告状」抗告の理由四により訂正するほか、原決定末尾に添付された「移送申立書」及び「移送申立に対する意見」のとおりであるから、これを引用する。
本件請求は、抗告人(原告)が北海道常呂郡置戸町に本店を有する小林木材工業株式会社(以下小林木材という。)の債権者として、小林木材と相手方(被告)間に昭和五五年七月三一日に締結された機械類の売買契約を代位により解除し、その代金の返還(抗告人に対する支払)を求めるものである。
民法四八四条によれば、右代金返還義務履行地は、特段の事情のない限り、債権者たる小林木材の現時の住所地であるところ、同法四二三条に基き右債権を代位行使する場合、代位債権者たる抗告人の名において被代位者小林木材の権利を行使するものであつて、代位債権者(抗告人)が右代金返還債権の債権者となるものではない。
本件において代位債権者(抗告人)は相手方(被告)に対し自己(原告)に直接右代金返還債務を弁済するよう訴求するが、その故をもつて、右債務の履行地が代位債権者(抗告人)の住所地となるいわれはない。したがつて、右代金返還債務につき民事訴訟法五条にいう義務履行地は、債権者たる小林木材の住所地たる北海道常呂郡置戸町である。これに反する抗告人の所論は、独自の見解であつて、採用しない。
してみると、本件訴訟は、民事訴訟法一条により、相手方(被告)の住所地を管輔する旭川地方裁判所(紋別支部)及び同法五条により、訴訟物たる代金返還義務履行を管轄する釧路地方裁判所(北見支部)の管轄に属し、原裁判所の管轄に属しない。
よつて、同法三〇条により本件訴訟は管轄違としてこれを移送すべきところ、前記両管轄裁判所のいずれを選択するかについては、釧路地方裁判所(北見支部)を不相当とする事情はこれを見出せないので、抗告人(原告)の意向(「移送申立に対する意見」三)を尊重し、右裁判所とするのが相当である。
相手方の同法三一条に基く予備的申立の本旨は、北海道内の前記各管轄裁判所のうちいずれかへの移送を求めるにあると解されるので、これに判断を加える必要がない。
よつて、右と同旨の原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴木重信 倉田卓次 高山晨)
抗告状
千葉市弁天三丁目一七番七号
抗告人(原告)小林年男
東京都練馬区田柄一丁目一四番二号
右訴訟代理人弁護士 江副達哉
北海道紋別市上渚滑町四丁目一番地
相手方(被告) 佐藤木材工業株式会社
右代表者代表取締役 佐藤義雄
右当事者間の千葉地方裁判所昭和五六年(ワ)第六八八号売買代金返還請求事件について、同裁判所民事第三部が、相手方の申立によつて、昭和五六年九月一四日なした移送決定に対して不服であるから即時抗告をする。
原決定の表示
本件を釧路地方裁判所北見支部に移送する
抗告の趣旨
一、原決定を取消す。
二、相手方の移送申立を却下する。
との裁判を求める。
抗告の理由
一、債権者が、代位権を行使して、第三債務者に対し、自己に直接給付することを求める訴えを提起した場合、民訴五条の適用について、原決定は、義務履行地が、債務者(被代位者)の住所地(または本店所在地)である旨の解決をしているが、その挙示する理由が不明瞭で、理解し難い。
二、原決定は、代位債権者は、「あくまでも自己の債権を保全するため、自己の名において債権者の権利を行使し得るのみで債権譲渡を受けて新たに債権者の地位を取得し、直接の債権者として請求するのとは異なる。」「債務者に対し債権者への引渡しはもちろん直接自己に給付すべきことも請求し得るとされているが、その場合でも債務者は実体法上債権者から請求される場合に比し不利な立場に立たないと解されており、このことは、訴訟手続上も考慮されるべきであり、」と述べているが、これは、手続法の解釈に、実体法上の問題を持ち込むものである。
すなわち、債権者代位権が行使された場合、義務履行地がどこであるのかの判断は、実体法上の問題に尽きるものと解する。そして、代位債権者保護の必要があるから、判例が、第三債務者につき、代位債権者への直接給付義務を認めたのである以上、手続法上管轄を見出すに当たり、この実体法律関係を動かすべきではない。
ところで、原決定が、民訴五条の規定における「義務履行地」について、訴訟法の解釈として、その範囲で結論を出したものであるとしても、その場合、例えば、解除前の契約に基づく履行地が大阪で、債務者の住所が東京、代位債権者の住所も東京であつた場合、代位権行使後の義務履行地は、大阪であることになるが、この場合は、かえつて、原決定の趣旨に反し、第三債務者は不利な立場に置かれることになる。すなわち、被代位者の住所地(または本店所在地)を義務履行地とすることが、必ずしも、第三債務者の利益にはならないことを示し、原決定の考え方が適切でないことを証する。
したがつて、民訴五条の「義務履行地」の解釈に関する限り、実体法上の解釈に依拠し、その解釈に起因して妥当性を欠く結果になつたとしても、それは、実体法に任せるべきである。手続法において独自の解釈をすると、手続法上の要求が考慮に入るので、法域の異なることから、必然的に、右のごとき矛盾が生ずるのではないか。
また、原決定に、「取立債務であつても債権者への給付を請求し得ることは持参債務と差異なく、自己への引渡しを求め得ることから直ちに義務履行地が定まるものではない。」とあり、この意味が判然としないが、抗告人は、代位債権者が、自己に、引渡しを求め得ることから直ちに義務履行地が定まることは言つていない。本件は、代金返還請求であり、民法四八四条後段の規定によつて、代位債権者の住所地が義務履行地となると言つているに過ぎない。
三、原決定は、民訴一条の趣旨に照らし、被代位者の住所地が義務履行地であると解するのが相当であると述べているが、民訴五条は、正に、特別裁判籍であり、民訴一条の原則をふまえその上で、これを変更するものであるから、先づ、民訴五条の趣旨を十分生かすことが重点たるべきである。
四、なお、以上の外、原審において抗告人が提出した「移送申立に対する意見」と題する書面に記載したところを援用する。但し、同書二丁表末行に、「昭11・11・8集一五巻二号一四九頁」とあるのは、「昭11・11・8集一五巻二一四九頁」の誤りなので訂正する。
昭和五六年九月二一日
右抗告人代理人弁護士 江副達哉
東京高等裁判所民事部 御中