東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)132号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に原告主張の違法が存するか否かについて検討する。
1 本願発明と第一引用例の発明との構成上の相違点についての判断
第一引用例に審決認定のとおりの発明の記載があり、本願発明と第一引用例の発明とを対比すると、その一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、原告の認めて争わないところである。すなわち、両発明とも長期保存米飯の炊飯方法に関するものであつて、その相違点は、生米を生煮え状態とする際の加熱方法(第一次加熱処理)について、本願発明が蒸熱処理であるのに対し、第一引用例の発明は炊飯処理であることの一点である。そして、この点に関し、一般に米を食用に供する場合に炊飯処理のほかに蒸煮処理もしばしば採用されていること及び第二引用例には乾燥米の製造に関することではあるが、水に浸漬した生米を蒸煮法によつて一度軽度に糊化すること、すなわち生煮え状態にすること、蒸煮法によれば米粒の型がくずれないためねばりの成分の生成が少ないことが記載されていることも、原告が認めて争わないところである。
ところで、原告の主張によれば、第一引用例の発明は工業的実施が極めて困難であり、その原因は一次炊飯後の生煮え米に加水して得られる流動性を相当の時間所望の状態に確保することがむつかしいことによるというのであるから、当業者であれば、右流動性を相当時間確保するための方法を検討することは当然であつて、その際一般に米食のために用いられる蒸煮処理の適用を試みることは当然の事理というべく、まして第二引用例に乾燥米の製造方法として水に浸漬した白米を蒸煮法によつて一度軽度に糊化すること、蒸煮法によれば米粒の型くずれがないため、ねばりの成分の生成が少ないことの記載があることを参照すれば、第一引用例の発明の改善のため、その第一次加熱処理としての炊飯処理にかえて蒸煮処理を採用することは極めて容易に着想しうるところというべきである。およそ発明は工業的実施に適応しなければ無価値というべく、当業者がその改善を志向することは当然であつて、その際当該技術分野における既得の知識を種々応用実施しようと試みることも極めて当然のことというべく、原告の主張はそれ自体撞着し採用に値しない。
2 本願発明の作用効果についての判断
成立に争いのない甲第六号証(試験報告書)によると、炊飯方式及び蒸熱方式による生煮え状態の米に加水することによる米の流態変化を経時的に観察した結果、もち米の場合はともかく、少なくとも、うるち米の場合の右流動性は、原告主張のとおり、第一引用例の発明の炊飯方法によると、加水を、炊飯の直後又は三分後に行うと、その後八〇分間保たれるが、三〇分後又は六〇分後に行うと、その後三分間しか保たれないこと、これに対し、本願発明の蒸熱方法によると、加水を、蒸煮の直後に行うと、その後二〇分間、三分後に行うと、その後二三分間、三〇分後又は六〇分後に行つても、その後三〇分間それぞれ保たれることが実験的に確認されたことが認められる。
しかし、第二引用例に乾燥米の製造に関し、生米を飯にする際、蒸煮法によつて製造するときは、米粒の型がくずれないため、ねばりの成分が少なく、炊飯した場合に比し、ねばりの成分が米粒の外部に付着していないことが記載されていることは原告の認めて争わないところであり、また、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によると、第二引用例には、なお、「炊飯を行うとき澱粉粒が加熱されることにより可溶性の糖類を生じ、これが溶出してねばりを生じる。」(一頁左欄二五ないし二七行)との記載があるほか、乾燥米の製造方法に関し、「本発明による方法は、一度軽度に米粒を糊化したのち、これにうまみあるいはねばりをつける種々の物質、また望みに応じては強化剤を溶解した水を充分吸収させ、これを蒸煮して完全に糊化し、そのまま乾燥して製品とする方法である。」(一頁右欄一六行ないし二〇行)との説明記載があつて、米粒の熱処理工程を二工程に分かち、「この最初の糊化は単に米粒の吸水性を増加する目的で行うのであるから充分にする必要はなく、したがつて都合によつては単に洗浄したものを約三〇分間放置し、浸漬することなく蒸煮してもよい、蒸煮は二〇分間以内で充分である。この蒸煮の場合、糊化が表面のみにとどまることになつても、製品に大きい影響はない。」(一頁右欄二三行ないし二九行)と記載されていることが認められる。してみると、右第二引用例記載の第一次蒸煮処理工程も生煮え米飯の製造工程というべく、これまた炊飯処理によるものと比べてねばりの成分の少ないものであることは容易に推察されるところであつて、炊飯による生煮え米飯に加水したものに比べて、蒸煮による生煮え米飯に加水したもののほうが流動性に富んでいるものであることは容易に予測できるところというべきである。
そして、炊飯の場合に、加熱を止めても引続き米の糊化現象が継続するが、蒸煮の場合にはこのような現象が生じないことは容易に予測されるところである。したがつて、蒸煮終了後相当時間放置しても、その生煮え米飯の性状は比較的変化の少ないものであることも予測するに難くないところといわなければならない。
以上によれば、原告主張のような本願発明の効果は、第二引用例記載の技術内容から容易に予測できるものとした審決の認定判断に誤りはなく、これをもつて格別顕著な効果とする原告の主張は理由がないものとすべきである。
三 以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がなく、本願発明を第一引用例及び第二引用例に基づいて容易に推考しうるものとした審決の認定判断は、結局正当とすべきであり、これを取消すべき違法はない。
よつて、審決を違法としてその取消を求める原告の請求は理由なしとして、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四八年八月二八日、名称を「長期保存米飯の炊飯方法」とする発明につき特許出願をし(昭和四八年特許願第九五七〇一号、以下この発明を「本願発明」という。)、昭和五一年七月一七日出願公告されたが(特公昭五一―二三五七五号)、明星食品株式会社から特許異議の申立があり、昭和五四年三月一五日右異議申立は理由がある旨の決定と同時に拒絶査定を受けた。そこで原告は、同年五月一五日審判を請求し、これが特許庁同年審判第四八七〇号事件として審理されたが、昭和五六年三月三一日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)があり、その謄本は同年四月一八日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
生米を所定時間水につけて一定の含水率とし、この生米を蒸熱処理して水分が少ない生煮え状態とし、これに所望とする量の水または湯を加えて混合し流動化させ、その生煮え米と水または湯との混合物を袋詰めして密封し、しかる後その袋詰めのまゝ加熱処理して炊飯を完了せしめることを特徴とする長期保存米飯の炊飯方法。