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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)14号 判決

一 請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告が主張する決定取消事由の存否について検討する。

1 原告は、願書添付の図面第三図の1stデイケイ回路においては接地が図示されており、他の基準レベル設定手段は図示されていないと主張する。そこで成立に争いのない甲第五号証によつて検討すると、次のとおりである。

出願当初の明細書では、第三図の説明において、制御電圧波形をアタツクレベルから基準レベルまで変化させる点について「この時同時にコンパレータ26から信号X2を得、これにより制御部21から信号X3を得て1stデイケイ回路27を制御してコンデンサ24の電荷を基準レベルまで放電する。」(第七頁第六行ないし第一〇行)とあり、第三図において、1stデイケイ回路27の一端は接地されており、またコンデンサ24の上方電極から1stデイケイ回路27を経てその接地点に至る放電電流を示す矢印<2>が記載され、前記コンデンサ24の電荷をアタツクレベルから基準レベルまで放電する径路として示されている。

しかしながら、第三図における1stデイケイ回路27は、単にその一端が接地されたブロツク図で示されているだけであつて、その内部の回路構成は明らかでなく(その内部の回路構成如何にかかわらず、その一端を接地することは、コンデンサ24の下方電極への帰路を形成するために必要不可欠である。)、したがつてこの図面の記載は、単に,1stデイケイ回路の一端が接地電位であることを示すだけであつて、矢印<2>によつて示された放電電流径路にしたがいコンデンサ24の放電によつてその端子電圧をアタツクレベルから基準レベルまで低下させるとしても、その基準レベルが接地電位になることまでを示しているとはいえず、その点は明らかでない。しかも出願当初の明細書における第三図の説明は、前記記載に引続いて「この1stデイケイ回路27には適宜基準レベルが設定され、」(第七頁第一〇行、第一一行)とし、それ以外にこの基準レベルを特に接地電位とする記載はない。

なお第三図には、1stデイケイ回路と接地点間に基準レベルを設定するための手段は特に示されていない。しかしながら、第三図は全体が適当に区画されたブロツク図で図示されているに過ぎず、いかなる範囲の回路を一つのブロツクで表わすかは必ずしも一定しているものではないから、基準レベルを設定するための手段が1stデイケイ回路とは別に独立したブロツクで示されていないからといつて、これにより第三図が基準レベルを接地電位とすることを示しているものとすることはできず、結局、第三図によつては、基準レベルが接地電位であることが自明であるとする得心の行く根拠を見出すことはできない。

さらに出願当初の明細書は、「……持続部レベルは安定したものとする必要がある。」(第五頁第一九行)、「……変化しないように特定される基準レベルに設定するものである。」(第六頁、第一一行、第一二行)として、基準レベルについての一般的な説明がされているが、そこでいう基準レベルを安定にする必要性が一般的にあるからといつて、それだけの理由でこれを接地電位にしなければならないという必然性は存しない。

したがつて、出願当初の明細書及び添付図面において、基準レベルについては、これを単に適宜の電位に設定する技術的思想の限度でのみ記載されているというほかなく、基準レベルを接地電位とすることが自明だとする原告主張の根拠には到底なりえない。

他方、成立に争いのない甲第六号証、第七号証によると、本件各手続補正による補正後の発明は、前記基準レベルすなわち持続部レベルを接地電位に特定することを構成要件とし、これによつて、安定した演奏音が得られるとともに、持続部レベルそのものを反転基準線とすることができ、それによつて特に補正手段を伴うことなく制御電圧波形の反転が容易に行われるという電子楽器特有の効果を得ようとするものであることが認められる。

しかしながら前記認定のように、出願当初の明細書には、補正後の発明が基準レベルを接地電位という特定電位に設定することによつて奏する特殊な効果については何ら記載されていない。そうすると、補正によつて構成される技術的思想は出願当初の明細書及び図面に記載されたものとは別異の発明とみるのが相当である。

2 原告は、願書添付の図面第三図には反転回路が設けられているのに、それに伴う補正手段が示されていない、すなわち、第三図には制御電圧波形を反転する回路28が設けられており、基準レベルが接地電位以外の電位にあるとすると、反転によつて基準レベルが変動するため、反転後のレベルの補正手段が必要となるのに、第三図にはそのような補正手段が示されていないので、このことが、基準レベルが接地電位であることを示す根拠であると主張している。

しかしながら前掲甲第五号証によれば、その第三図は前記認定のように、全体が適当に区画されたブロツク図で示されているに過ぎず、いかなる範囲の回路を一つのブロツクで表わすものか必ずしも一定されているものではないから、反転回路のブロツク中に前記反転に伴う補正手段を含めることも十分可能であり、かかる補正手段が反転回路と別個のブロツクにより特に図示されないからといつて、基準レベルが接地電位であることを示す根拠ということはできず、そのことが自明という原告の主張は採用できない。

3 コンデンサの充放電に関する本願明細書の記載について、前掲甲第五号証によつて検討すると、仮に基準レベルが接地電位であるとすれば、被告が主張するような説明、すなわち、最初負電位のイニシヤルレベルに充電されていたコンデンサを一旦放電(負極性の放電)させてから引続いて正極性の充電をして正電位のアタツクレベルに到達させ、続いて正電位のアタツクレベルに充電されたコンデンサを放電させて基準レベルすなわち接地電位とし、更に負極性の充電によつて負のイニシヤルレベルに到達させる、とした方が最も理解し易い説明の仕方であるといえるが、そこにおける負極性の放電は正極性の充電と等価であり、また負極性の充電は正極性の放電と等価であるといえるから、正極性の充放電のみによつて説明すれば、本願明細書のようにイニシヤルレベルからアタツクレベルまでの変化を一貫して正極性の充電によつて説明し、また基準レベルからイニシヤルレベルまでの変化を正極性の放電によつて説明することも可能であることが認められる。

しかしこのことは、仮に基準レベルが接地電位であるとしても、本願明細書に記載された説明が矛盾ないものとして許容されるということだけであつて、本願明細書の説明は基準レベルが接地電位でない、例えば適当な正電位の場合の説明とみることも十分できるのであるから、この点をもつて、基準レベルが接地電位であることの根拠とすることは到底できないところである。

4 以上のとおり、基準レベルを接地電位にすることが、出願当初の明細書及び図面に記載されてもおらず、自明のことでもなく、したがつて前記認定のように、基準レベルを接地電位に特定することによつて格別の効果を得ようとする補正後の発明が出願当初の明細書及び図面に記載された範囲のものでないから、本件各手続補正が明細書の要旨を変更するものであるとした本件各決定の判断に、原告主張のような誤りはないものといわねばならない。

三 そうすると、各決定の違法を理由にその取消を求める原告の本訴各請求は、失当として棄却するほかはない。

〔編註その一〕 本件出願に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は昭和四八年四月一一日の出願(昭和四八年特許願第四一〇一六号)について、特許法第四四条第一項の規定に基づき、昭和四八年九月二九日特許庁に対して昭和四八年特許願第一〇九六三〇号として特許出願を行つたところ、昭和五五年四月二一日に拒絶査定を受けた。このため特許法第一二一条第一項の規定により昭和五五年七月一〇日に昭和五五年審判第一二四六五号として審判を請求したところ、原告が右出願について行つた昭和五三年四月三日付けの手続補正が右出願の出願当初の明細書等の要旨を変更するものであるとして昭和五五年一二月一日補正却下の決定がなされ、その謄本は同月一三日に原告に送達された。

右審判事件において、原告が右出願について行つた昭和五三年七月一七日付けの手続補正が右出願明細書の要旨を変更するものであるとして昭和五五年一二月一日補正却下の決定がなされ、その謄本は同月一三日に原告に送達された。

二 本件各決定の理由の要点

1 昭和五三年四月三日付けの手続補正の却下の理由の要点

この手続補正は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前になされたものであつて、特許請求の範囲の補正を含む明細書の補正と、第三図の補正をするものであり、補正後の明細書及び図面によれば基準レベルを接地電位にすることも本願発明の要旨の一部であると認められる。

しかし、願書に最初に添付された明細書及び図面には、基準レベルを接地電位にすることを示唆する記載がない。

また、それによつて審判請求書に記載のごとき格別の効果を奏する以上、それを自明の事項ということもできない。したがつて、この手続補正は、本願の明細書の要旨を変更するものと認められるので、特許法第一五九条第一項の規定により準用する同法第五三条第一項の規定により却下すべきものである。

2 昭和五三年七月一七日付けの手続補正の却下の理由の要点

この手続補正は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前になされたものであつて、明細書の発明の詳細な説明と図面の簡単な説明及び第三図の補正、ならびに、第四図ないし第一〇図を補充するものであり、補正後の明細書及び図面の記載によれば、本願発明の構成要件である基準レベルを接地電位にすることが例示されている。したがつて、この補正は特許請求の範囲に実質的に影響を与えるものであると認められる。

しかしながら、願書に最初に添付された明細書及び図面には、基準レベルを接地電位にすることを示唆する記載がない。また、それによつて審判請求書に記載のごとき格別の効果を奏する以上、それを自明の事項ということもできない。したがつて、この手続補正は、本願の明細書の要旨を変更するものであると認められるので、特許法第一五九条第一項の規定により準用する同法第五三条第一項の規定により却下すべきものである。

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙

本願明細書別紙図面

<省略>

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