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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)143号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

(一)(1) 成立に争いのない甲第二号証、第三号証によれば、本願発明の明細書には、本願第一発明における可動磁石の形状について、特許請求の範囲に、「円板状に形成された………可動磁石」、発明の詳細な説明中に、「円板状であつて、その中央部が支持線、カンチレバーに結合されるものであるため、可動磁石の中央部には、支持線、カンチレバーなどを取付けるための小さな穴などを形成するだけでよく」(昭和五四年一〇月一日付手続補正書第二頁第一三行ないし第一七行)と記載されていることが認められるから、本願第一発明の可動磁石は、円板状であつて、その中央にカンチレバーなどを取付けるための孔を有しているものであるが、円板状という表現に、内径、外径、厚みなどに関連してこれを特定する明確な定義は与えられていない。

一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例記載の可動磁石である磁性円盤3は、別紙図面(二)第4図に示すように環状に形成され、この磁性環を同第5図に示すように互に直交するU字状ヨーク20及び21の両脚端をもつて構成する互に対向する二極片対14、16及び15、17間に傾斜自在に支承し(第一引用例の特許公報第二頁左欄末行ないし右欄第四行)、磁性環3には、環状空所が設けられ、この環状空所の保持腕1(カンチレバー)の側には、保持腕1の軸環26に形成された直立縁27が嵌着され(同頁右欄第六行、第七行)、その反対側には、保持腕1を回動自在に支承する耳軸承25の中央部が挿入された構成のものであることが認められるから、第一引用例記載の可動磁石の形状は、環状であつて、その中央に前記部材を嵌着するための孔を有するものである。

そして、円板という用語は、通常、まるい平面板を意味するから、本願第一発明の可動磁石と第一引用例記載の可動磁石とは、いずれも外形が円板状であつて、その中央に部材取付け用の孔を有するものであり、その形状において相違するものとはいえない。

原告は、第一引用例記載の可動磁石はその中央に外半径の<省略>程度の半径をもつて円形空所が形成されており、いわゆるドーナツ型というべきものであつて、本願第一発明の可動磁石とは形状が相違すると主張する。

前掲甲号各証によれば、図面上の計測において、本願発明の明細書に記載された実施例である別紙図面(一)第3図記載の可動磁石は、内径対外径の比がほぼ一対三・六であるのに対し、第一引用例の実施例である別紙図面(二)第4図記載の可動磁石は、その比がほぼ一対二であることが認められ、右各実施例に従うとすれば、第一引用例記載の可動磁石の中央に設けられた孔は、本願第一発明の可動磁石と比較すると大きいことが明らかであるが、前述のとおり、本願第一発明において、可動磁石の内径、外径、厚みなどに関連して明確な定義を与えられているわけではなく、また、右の内径対外径の比の相違から第一引用例記載の可動磁石はドーナツ型として円板状のものとは形状を異にするものとすべき合理的な根拠も見出しえないから、円板状という表現をごく一般的に中央に孔を有するまるい平面板状と解し、本願第一発明の可動磁石も第一引用例記載の可動磁石もともに円板状とした審決の認定に誤りがあるとはいえない。

(2) 前掲甲第二号証、第三号証によれば、本願発明の明細書には、本願第一発明における可動磁石の磁力について、特許請求の範囲に、「高保磁力を持つ可動磁石」、発明の詳細な説明中に、別紙図面(一)第3図に示す実施例について、「12は発電に寄与する磁束変化を発生させる磁石で、大きな保磁力を持ち、磁石エネルギーの大きな白金コバルト合金などで製造された円板磁石」(本願発明の特許公報第三欄第二〇行ないし第二二行)と記載されていることが認められ、成立に争いのない甲第八号証(電気学会「電気工学ハンドブツク」昭和二六年発行)によれば、白金コバルト合金は 保磁力HC(AT/m)が3.19×105、すなわち、約四〇〇〇エルステツドの高保磁力材料として示され(第四二二頁第一一三表)、従来用いられてきたアルニコ5の如き低保磁力磁石(同頁第一一四表によるとその保磁力は六五〇エルステツドである。)と区別して説明されていることが認められるから、「高保磁力を持つ可動磁石」とは、その当時知られていた磁石の中では保磁力の高いものを指していると認められ、その意味では、この表現が構成上の特定をしていないとはいえない。

しかしながら、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、乙第七号証の一ないし三、乙第八号証の一ないし三によれば、本願発明の出願当時、従来のいわゆる棒状磁石に代えて円板状磁石を用いる場合には、軸方向の長さは短かくなるから、一定の磁束を得ようとすれば、従来のものより高保磁力を有する磁石を用いる必要があること及び磁束密度を高めるためには、磁石の厚さが薄くなる程その保磁力を高める必要があることは技術常識であつたことが認められるから、本願第一発明において、高保磁力を持つ可動磁石を用いる必要があることは、当業者の容易に想到できる程度のことというべきである。

したがつて、本願第一発明において可動磁石を高保磁力を持つものに限定したことは、棒状磁石に代えて円板状磁石を用い、かつ、円板状磁石の磁束密度を高めて高出力を得るために、当業者が当然に採用する単なる設計的事項にすぎない。

(3) 原告は、本願第一発明においては、可動磁石を円板状の高保磁力を持つものに限定することによつて、第一引用例記載のものの有しない(イ)高域特性及び分離特性が優れていること、(ロ)十分なピツクアツプ出力が得られることなどの作用効果を奏する旨主張する。

しかしながら、(イ)については、第一引用例記載の可動磁石は円板状に構成された本願第一発明とその形状において格別相違するものでないこと及び可動磁石を高保磁力を持つものに限定することは単なる設計的事項にすぎないことは、前述のとおりであるから、これをもつて本願第一発明に特有の作用効果と認めることはできない。また、(ロ)については、成立に争いのない乙第五号証の一ないし三(「放送用ステレオピツクアツプの試作」NHK技研月報第八巻第五号)の記載から明らかなように、十分なピツクアツプ出力を有することはピツクアツプに要求される一般的特性であり、そのために針先実効質量を小にする必要があることは、本願発明の出願前の技術常識であることが認められるから、振動子として可動磁石を用いる場合に、高保磁力磁石を用いて磁石を軽量にするとともに、十分な磁束を発生させ必要な出力を得ることは、当然予測される効果にすぎず、これをもつて格別の効果と認めることはできない。

したがつて、本願第一発明において可動磁石を円板状に形成された高保磁力を持つ可動磁石と限定したことについて、本願第一発明と第一引用例各記載のものとの間に格別の相違はないとした審決の判断には誤まりがない。

(二)(1) 本願第一発明における振動子支持構造が原告主張の(イ)ないし(ヘ)の構成要件からなつていることは当事者間に争いがなく、また、前掲甲第四号証によれば、第一引用例記載の振動子支持構造は、別紙図面(二)第4図、第5図に示すように、環状に形成された磁性円盤3(可動磁石)の軸方向の保持腕1(カンチレバー)側で容器24との間に形成された空隙にゴム環又は抗圧縮発条28(ダンパー)を配置し、かつ、磁性円盤3の中心部に一端が耳軸承25の中央部に接触するように固定された針状の部材(審決のいう振動支点形成用針状体)を配置する構造のものと認められる。

原告は、この本願第一発明の振動子支持構造と第一引用例記載の振動子支持構造とを対比し、両者は著しく異なると主張する。

しかしながら、審決は、振動子支持構造について両者の間における相違を相違点(2)としたうえで、第一引用例記載の可動磁石に第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造を適用することが当業者にとつて容易に想到しえた程度のことと判断しているのである。しかも、第二引用例、第三引用例各記載のものは、ピツクアツプ振動子をダンパーを介して細い線状体で支持体に支持する技術を開示し、これによつてピツクアツプの針先がレコード音溝により前後方向の不必要な運動を生ずることをなくし、また、支点が泳動することを少なくする(細い線状部の屈曲抵抗は針先支持腕その他の振動部の屈曲抵抗より著しく小さい)などの効果を奏することは、原告が認めて争わないところであり、そして、これは本願第一発明において採用されているピツクアツプ振動子の支持構造そのものとこれによつて奏する効果であつて、その間に構成上、効果上格別の相違があるものとは認められない。したがつて、問題は、この第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造に関する技術を、第一引用例記載の振動子に適用することが当業者にとつて容易に想到しうる程度のことかどうかにかかつている。

(2) そこで、この点について検討するに、前掲甲第四号証及び成立について争いのない甲第五号証、第六号証によれば、第一引用例(別紙図面(二)第4図、第5図)記載のピツクアツプは可動磁石型、第二引用例記載のピツクアツプは可動コイル型、第三引用例記載のピツクアツプは可動鉄片型であつて、それぞれ振動子の材質を異にするが、いずれも振動子を有するピツクアツプであつて、先端に針を有するカンチレバーの後端に、平板状振動子を取付け、該振動子の中心位置を一定にするとともにカンチレバーが傾斜自在になるように支持し、かつ、該振動子の軸方向にダンパーを配したものであることが認められ、振動子の支持構造そのものにおいても、その動作原理においても、相違があるものとは認められない。

もつとも、前掲各書証によれば、第一引用例記載のカンチレバーの基根部は、第二引用例、第三引用例各記載のものより若干太く、そのため振動子に設けられている孔が、第一引用例記載のものは第二引用例、第三引用例各記載のものより若干大きい構造となつていることが認められる。しかしながら、カンチレバーの形状、振動子の孔の大きさと第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造との間に格別密接不可分の関係があるものとは認められないから、この点の相違によつて、第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造を第一引用例記載の可動磁石に適用できないとは考えられない。

したがつて、第一引用例記載の振動子支持構造が第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造と懸絶し、第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造に関する技術を第一引用例記載の振動子に適用することは当業者にとつて想到しえないこととする原告の主張は採用できない。

原告は、仮に前記適用が容易であるとしても、第一引用例記載の可動磁石の孔が大きくドーナツ型をしているから、前記適用によつて得られるものは、本願第一発明の如く高域特性を改善し、十分な出力を有するピツクアツプとはならない旨主張する。

しかしながら、本願第一発明の可動磁石と第一引用例記載の可動磁石との間には格別の相違がないことは前述のとおりであるから、第一引用例記載の可動磁石に第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造を適用したものが可動磁石とその支持構造とに関し、本願第一発明とその作用効果において格別相違するものとは認められない。

したがつて、第一引用例記載の可動磁石に第二引用例、第三引用例各記載の振動子支持構造を採用することは、当業者が容易に想到しうる程度のこととした審決の判断には誤りがない。

なお、原告は、第一引用例、第二引用例及び第三引用例各記載のものは、いずれも針交換不可能の構成のものであるから、これらから想到しうるものは、針交換を簡単に行うことができる本願第一発明とは異なる旨主張する。

しかしながら、原告が針交換を簡単に行うことができると主張する構成は、本願第一発明の特許請求の範囲に明確に記載されていないものであるばかりでなく、仮に、本願第一発明は針交換を簡単に行うことができるものであるとしても、成立に争いのない甲第七号証によれば、第四引用例には、可動磁石の形状は棒状のものではあるが、カンチレバー、可動磁石、ダンパー全体を支持するホルダーと、前記可動磁石の外周部に対向して前記ホルダーを挟持する如く平行に配置されたポールを有するヨークで構成されたピツクアツプカートリツジが示されていることが認められ、この構成によれば、第四引用例記載のものは、本願第一発明におけるようにカンチレバー、可動磁石、ダンパーの全体をヨークの中から引出し、簡単に針交換を行うことができるものであるから、本願第一発明において原告主張のような針交換容易の構成とすることは、当業者が容易に想到しうる程度のことといわなければならない。

(三) 以上のとおりであるから、本願第一発明は第一引用例、第二引用例及び第三引用例各記載のものに基いて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、審決には原告の主張するような違法はない。

3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(一) 円板状に形成された高保磁力を持つ可動磁石と、この可動磁石の中心部に軸方向に取付けられ先端に針先を有するカンチレバーと、一端が支持体に固定され他端が前記可動磁石の中心部を支持する支持線と、前記可動磁石との間に前記可動磁石の軸方向にわずかな空隙を持つように前記支持体に設けられたダンパー係止部と、前記ダンパー係止部と可動磁石との間に形成されたわずかな空隙に介在され前記可動磁石の振動を制動するダンパーと、前記可動磁石の外周部に対向して前記支持体を挟持する如く平行に配置されたポールを有するヨークとを備え、前記可動磁石を前記ダンパーと支持線によつて支持するとともに前記可動磁石の振動に伴つて前記ヨークに発生する磁束変化を検出するように構成した可動磁石型ピツクアツプカートリツジ。

(二) 円板上に形成された高保磁力を持つ可動磁石と、この可動磁石の中心部に軸方向に取付けられた先端に針先を有するカンチレバーと、一端が支持体の中心孔にスペーサとともに挿入固定され他端が前記可動磁石の中心部を支持する支持線と、前記可動磁石との間に前記可動磁石の軸方向にわずかな空隙を持つように前記支持体に設けられたダンパー係止部と、前記ダンパー係止部と可動磁石との間に形成されたわずかな空隙に介在され前記可動磁石の振動を制動するダンパーとを備え、前記スペーサの一端を前記わずかな空隙に一部突出させてなる可動磁石型ピツクアツプカートリツジ。

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