東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)150号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 成立に争いがない甲第二号証(本願考案の出願公告公報)によれば、本願考案は、塑性流動性物質が有するずれ抵抗とこれが受けるずれ速度が同号証の第三図に示すような関係、即ちずれ速度が大きくなるにしたがつてずれ抵抗が大きくなるという関係を利用して、杭体の外周面に塑性流動性物質のすべり層を設け、その表面に該すべり層を保護するための合成樹脂の保護層を設けることによつて、杭が地中に埋設された後、杭体周辺の中間地盤が沈下した際、その沈下速度、即ちずれ速度は遅く、したがつて塑性流動性物質のずれ抵抗が小さいので、右地盤沈下によるネガテイブフリクシヨンを前記塑性流動性物質のすべり層に作用させ、杭体そのものに対しては、右ネガテイブフリクシヨンによる支持力の低下もしくは座屈の危険性を与えず打込まれた時の状態を維持させたまま、すべり層及び保護層のみを地盤沈下方向に摺動させると共に、打込み時(打撃時)においては、ずれ速度、即ち杭体の瞬時貫入速度が早く、したがつて塑性流動性物質のずれ抵抗が大きいから、杭体とすべり層及び保護層が一体となつて、即ち、共にずれることなく、地中に貫入させるようにした打撃による打込杭についての考案であることが認められる(なお、本願考案の登録請求の範囲の記載によれば、一体構成は一見すべり層と保護層についてであるかの如くであるが、明細書全体の記載からみて、杭体を含めた三者についてであると解せられる。)。
三 取消事由(一)について
原告は、審決が本願考案における杭体、すべり層及び保護層を一体とした構成についての認定を誤つた旨主張する。
1 ところで、本願考案においては、前記のように、打込みによる埋設後はすべり層及び保護層のみが地盤沈下によるネガテイブフリクシヨンを受けて杭体の埋設状態を維持させたまま、これとは別に沈下方向に摺動するのであるから、埋設後にもなお右三者が一体関係を有することはかえつて不都合なことは明らかである。したがつて、本願考案にいう「一体」とは、専ら杭体の貫入時における構成の問題と解せざるを得ない。原告もかかる観点から主張していると解せられるので、以下において貫入時の一体構成について検討することとする。
そこで、原告が本願考案の明細書において、杭体、すべり層及び保護層を一体にするための構成について記載されていると指摘する箇所を前掲甲第二号証により、順次検討する。先ず、考案の詳細な説明の項の一頁二欄一行ないし五行目には「本考案を図面に基いて詳記すれば、打込基礎杭5は杭体1及びこの杭体外周面に形成された塑性流動性物質のすべり層2を有し、更にこのすべり層2の外周面にはポリエチレン等の合成樹脂製の保護層3が設けられて構成されている。」と記載され、同欄一九行ないし二二行目には「本考案による打込基礎杭5は上記の如く杭体1の外周面に塑性流動性物質から成るすべり層2を設け該層の表面に合成樹脂の保護層3を一体に形成してあるので」と記載されているにすぎず、これら記載から一体にするための具体的技術手段の開示があつたものと認めることはできない。また、二頁の表にはすべり層の構成・特性・厚さ、保護層の厚さについての記載はあるものの、杭体、すべり層及び保護層が一体であることを示唆する記載を見出すことはできないし、添付の第一及び第二図にも右三者を一体とする手段を具体的に知り得る記載はない。その他本願考案の明細書及び図面の記載を検討するも、右の一体構成に関する具体的技術手段の開示を認めることはできない。
本願考案の実用新案登録請求の範囲及び前記本願考案の内容からみれば、本願考案に係る杭は、杭体、すべり層及び保護層の三者が一体として、即ち共にずれることなく同時に地中に貫入することができるように製作されればよいわけであるが、右のように、そのための手段について具体的開示がなく、登録請求の範囲の記載上単に右三者を順次その外周面又は表面に「一体に設けて成ることを特徴とする」とされているにすぎないものである以上、本願考案においては、右の一体化のため特別の手段を限定していないものと解せざるを得ない。
2 原告は、ずれ速度が早い打込み時に大きなずれ抵抗値を示す塑性流動性物質のすべり層を用いることを明細書に開示すれば、それ以上一体化のための特別な構成は必要がない旨主張する。この主張によれば、右のような性質を有するすべり層を用いる旨の開示が即ち一体構成の具体的技術手段の開示であるということに帰着せざるを得ないのであるが、本願考案の登録請求の範囲のように、数種の物をその表面を介して「一体として設けて成る」と明示した記載がされている以上、一体化の機能が何であるにせよ、また、一体化の対象物が何であるにせよ、そこにいう「一体」とは、定義どおり、相互に接着するか、部材で係止するか、順次被覆するかなどして対象物が個々別々に移動しないような手段を講ずるものと解するのが自然であり、単に一体化の対象物の性質を示しただけで、一体化の具体的技術手段の開示があつたものと認めることはできない。原告主張のような開示が一体化の技術手段の開示であるとするならば、かえつて、「一体」を明示している本願考案の要旨を不明瞭なものとする結果を招くことになる。そこで、前記のように、本願考案においては、一体化のための特別の手段を限定していないと解することにより、かかる結果を回避し得るのである。
原告は、塑性流動性物質の塗布(すべり層)、合成樹脂の加熱溶融による被覆後の収縮固化(保護層)が本願考案における具体的な一体化の方法であり、右方法は周知である旨主張するが、右の方法が周知であるとしても、かかる方法を本願考案に係る杭に応用することが一体化の限定的技術構成であるということを明細書上読取ることはできない。
3 審決は「本願考案において、これらを一体にするための特別の構成は何も開示されていない……」と判断しているが、その趣旨は、前後の文脈からみて「本願考案においては一体にするための特別の技術的手段を限定していない。」というにあると解せられるから、右判断は前記1に述べたところと同じである。したがつて、この点に関する審決の判断に誤りはなく、取消事由(1)は理由がない。
四 取消事由(2)及び(4)について
原告は、第一及び第三引用例記載の杭は押込杭であるから、本願考案に係る打込杭とは技術思想を異にし、前者から後者を容易に考案し得るとした審決は誤りである旨主張する。
1 第一引用例記載の杭が、杭体の外周面にアスフアルト又はグリス状物質製のすべり層を設け、すべり層の表面に鋼のような堅強な耐性材料の保護層を組合わせたものであることは当事者間に争いがない。原告は右杭が押込杭であると主張するのに対し、被告はこれを打込杭であると主張し、更に、打込杭は押込杭をも包含するから、本願考案に係る杭も両者の杭を指す旨主張する。
成立に争いのない甲第一一号証によれば、既製杭はその工法いかんにかかわらず、一旦地中に埋設されてしまえば、支持力機構上同一であることが認められるから、既製杭を区別する基準は工法に求めるのが相当である。そして、成立に争いのない甲第六号証によれば、既製杭を地中に埋設する工法として、ハンマで打撃し地中に貫入する方法(打撃工法)、ウインチ、オイルジヤツキなどでやぐらと機械の重量を反力として杭に圧力を加え直接地中に押込む方法(圧入工法)等があることが認められる。
前掲甲第二号証には、「本考案はハンマ等による打込基礎杭に係るものであり」との記載があり、また、同号証の他の全記載から判断して、本願考案は打撃によつて地中に貫入させる杭を直接の対象としているものと認めるのが相当である。他方、成立に争いのない甲第三号証(第二引用例)によれば、その第三図の杭は止めリングを構成要素としていることが認められるところ、止めリングは杭体、すべり層及び保護層のずれを防ぐ強固な手段ということができるから、右杭はずれ速度、ずれ抵抗が共に小さい場合の工法を想定したものと推認され、したがつて、第二引用例は少なくとも瞬時貫入速度の小さい押込工法(圧入工法)による杭を直接の対象としたものと認めることができる。もつとも、前記のとおり、本願考案においては、杭体、すべり層及び保護層を一体とする構成につき特にそのための技術的手段を限定していないと認められるから、止めリングを使用することを積極的に排除しているとは認められず、したがつて本願考案に係る杭を圧入工法に使用することも可能であり、他方、止めリングを使用した第二引用例記載の杭を打撃工法に用いることもまた可能であると認められる(以下、打込杭とは打撃工法による杭を、押込杭とは押込工法(圧入工法)による杭を指すものとし、また、第一引用例記載の杭とは、同第三図の杭を指すものとする。)。
ところで、拒絶理由においては、第一引用例記載の杭は打込杭と認定されていたが、審決においてはこれを押込杭と認定のうえ、本願考案に係る打込杭と対比しているのであるが、右に認定したところによれば、右の対比は、各杭の主要工法に着目した妥当なものと認められるので、以下においても、審決同様、本願考案に係る杭を打込杭、第一引用例記載に係る杭を押込杭として、両者を対比検討することとする。
2 先ず、前記二及び四1の事実によれば、本願考案に係る杭と第一引用例記載の杭とは、杭体の外周面に塑性流動性物質のすべり層を設け、このすべり層の表面に保護層を一体に設けた地盤に貫入される形式の基礎杭である点において一致しているものということができ、前記甲第二、第三号証によれば、その技術的意義は、いずれも、杭体が地盤に貫入される際には、杭体、すべり層、保護層は一体に地盤に貫入され、貫入後地盤沈下の際には杭体と保護層はすべり層を介してずれを生じ、これにより杭体は貫入状態を維持したまま保護層又は保護層とすべり層を地盤沈下の方向に摺動させることにあるものと認めることができる。
3 次に前記事実によれば、本願考案に係る杭と第一引用例記載の杭とでは、(1)前者は打込みによるもので、杭体、すべり層、保護層を一体にするための手段を特に限定していないのに対し、後者は押込みによるもので、右三者を一体にする手段として止めリングを用いることが明示されている点、(2)保護層としての材質が、前者では合成樹脂、後者では鋼のような耐性材料である点において相違しているものということができる。
(一) 相違点(1)について検討すると、原告は、打込杭では杭体の貫入時のずれ速度が早く、したがつてずれ抵抗が大きいので、すべり層はすべり難く、杭体、すべり層、保護層の相対移動を規制する手段を有しないのに、押込杭では杭体の貫入時のずれ速度が遅く、したがつてずれ抵抗が小さいので、すべり層がすべり易く、右三者の相対移動を規制する手段が必要である旨主張する。しかし、既に述べたように、本願考案では右三者を「一体に設けて成ることを特徴とする」ことがその要旨とされ、右三者を一体として構成することについての手段が何ら限定されていないから、止めリングのような相対移動を規制する部材の取付けを排除していないものというべきであるし、そのような部材が取付けられていたとしても打込みに支障を生ずるものとは認め難く、また、地盤が非常に堅い場合には、ずれ速度が遅く、したがつてずれ抵抗も小さくなり、相対移動の規制手段が必要となることも予想し得ないではない。更に、前記のように、本願発明に係る杭に相対移動を規制する部材を取付ければ押込み工法に用いることもできる。そして、前記のように、杭体にすべり層及び保護層を設けることの技術的意義において、本願考案と第一引用例記載の発明との間に格別の差異が認められない以上、右三者の一体構成に関する限り、第一引用例記載の杭は本願考案に係る杭に包含される関係にあるといわざるを得ないのである。
仮に、第一引用例記載の杭の止めリングに、相対移動規制の手段としての技術的意義を認めたとしても、成立に争いのない乙第一三号証(ASPHALT Science and Technology)(EDWIN J. BARPH著一九六二年初版)の一九八頁第七図Cには、塑性流動性物質であるアスフアルトのずれ速度とずれ抵抗の関係を示した流動曲線が記載され、その図は甲第二号証(本願考案の出願公告公報)第三図と全く同じであることが認められる。そして、右図に示される塑性流動性物質の特性、即ちずれ速度が大きくなるとずれ抵抗が大きくなるという関係が本願出願当時周知であつたことは当事者間に争いがないから、第一引用例の発明において、すべり層のずれ速度が大きく、ずれ抵抗が大きいという押込みの貫入速度であれば、相対移動規制手段として止めリングを省くことはきわめて容易に想到し得る程度のことであり、更に打込杭の場合においても同様に打込みの貫入速度が早くずれ抵抗が大きい状態で打込まれれば、当然に第一引用例記載の発明から止めリングを省き他の一体的手段(例えば、原告が主張するような塗布、加熱溶融等による被覆)にとどめることを考案することに格別の困難があるとは認めることはできない。
なお、甲第二号証一頁二欄二五行ないし二六行目の(一~一〇〇cm/sec)の記載は、平均貫入速度を指すものと解される(成立に争いのない甲第一五号証の一、二には、打込杭の瞬時貫入速度が毎秒五〇〇ないし一〇〇〇センチメートルとなる事例が記載されており、本願考案に係る杭が打撃工法によるものである以上、一打により加えられる圧力からみて、(一~一〇〇cm/sec)が瞬時貫入速度の一般的な場合を示したものとは到底考えられない)。そして、本願考案においては、専ら瞬時貫入速度が問題とされるのであるから、本願考案の明細書に平均貫入速度を記載することは意味のあることではなく、原告の主張によるも、それが記載された理由は必ずしも肯認し得ない。即ち、その主張によれば打込みに要する作業時間の把握の必要というのがその理由であるが、そのことは本願考案とは直接関係がないことであるから、本件において右数値を取上げ、本願考案と各引用例記載の発明との異同を論ずることは相当ではない。これに対し、甲第二号証の第三図には縦軸、横軸とも数値が示されていないため、ずれ速度とずれ抵抗との正確な数値上の関係は明らかではないが、右ずれ速度が打込杭にあつては、瞬時貫入速度を示すものであることは、前掲甲第二号証及び乙第一三号証から明らかなところであるから、右の図を本件の判断に用いることは差支えないものというべきである。
(二) 相違点(2)について検討すると、前掲甲第二号証によれば、本願考案の出願公告公報一頁二欄一四行ないし一六行目には「保護層3はすべり層2の形状保護、だれ防止、打込時及び打込後の土石の喰込みの保護をなす……」と記載されていることが認められる。これによれば、本願考案の合成樹脂の保護層はすべり層の保護を行うものであり、かつ杭体の保護にも当たるものといえるのであり、この点材質は異なるものの前掲甲第三号証によつて認められる保護層の備えている作用効果と同様であつて、材質の相違による格別の技術的意義の差は見出し難く、杭体及びすべり層保護のため合成樹脂を用いることも、この技術分野において、後記第三引用例に示されているように本願出願前周知であるから、相違点(2)も、当業者がきわめて容易に変更し得る程度のことである。
4 ここで、便宜第三引用例記載の杭に関する取消事由(4)について検討する。
第三引用例に、杭体の外周に合成樹脂の鞘筒を密嵌して杭体の保護及び圧入作業を容易にする杭が記載されていることは当事者間に争いがないところ、審決は、本願考案に係る杭と第三引用例記載の杭との全体についての構成を対比しているのではなく、本願考案が杭体の外周に杭体の保護層として合成樹脂を使用した点について、第三引用例記載の杭を例証として引用したものであり、そのことは審決の関係部分の記載から明らかなところである。したがつて、第三引用例を用いてなした審決の判断に誤りはない。
5 以上のように、本願考案と第一引用例記載の発明との相違点(1)、(2)については、格別の創意工夫を要せずして変更し得るものであつて、本願考案は第一及び第三引用例を基礎として、容易になし得るものというべきであるから、取消事由(2)及び(4)は理由がない。
五 取消事由(3)について
原告は、審決が第二引用例中場所打杭に関する記載を打込杭に関するものと誤認した旨主張する。
第二引用例中すべり層及び保護層についての記載は次のとおりである。即ち、成立に争いがない甲第四号証(第二引用例)によれば、「本発明ノ方法ハ地面内ニ型成セラルル杭ニテ予メ構成セラレ後ニ孔内ニ置カルル部分ニモ等シク適用セラルベシコノ場合ニハ一般ニ予メ潤滑性ノ層ヲ以テ片ヲ被覆シ之ヲ例ヘバ織物又ハ他ノ適当ナル材料ニ依ル保護被套ヲ以テ保護スルヲ有利トス」と記載されていることが認められる(二頁上段一〇行ないし一三行目)。右記載は「地面内ニ型成セラルル杭」即ち、場所打杭について孔内に置かれる部分を潤滑性の層で被覆し、更にこれを保護層で保護することを開示したもので、審決が判断するように打込杭に関するものではない。他に第二引用例中に打込杭につき杭体、すべり層及び保護層を一体とする構成に関する記載はない。したがつて、審決は第二引用例記載の発明についてその技術内容を誤認したものというべきであるが、既に述べたように、本願考案は、第一及び第三引用例に基づいて容易になし得るものであるから、右の誤認は審決の結論に影響を及ぼさない。
なお、被告は第二引用例記載の発明の優先権の基礎となつた乙第六号証(仏国特許第八〇六七二四号明細書)に杭体の外周面にすべり層を設け、その周囲に保護層を一体に設けた打込杭が記載されている旨主張する。しかし、本願発明と対比されるべきはあくまでも第二引用例そのものであるから、その解釈に当つて優先権主張の基礎となつた第一国出願の明細書の記載を参酌することが全く許されないことではないとしても、それには自ら限度があり第二引用例記載の範囲内にとどまるべきであることはもちろんである。しかして、第二引用例からは打込杭について杭体、すべり層、保護層を一体として構成した記載を読取ることができないことは前記のとおりであるから、被告主張は右の参酌の限度をこえるものというほかない。
六 以上のとおりであつて、原告主張の取消事由はいずれも理由がないことに帰着し、審決にはこれを取消すべき違法はないものといわなければならない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
杭体の外周面に塑性流動性物質のすべり層を設け、該すべり層の表面に合成樹脂の保護層を一体に設けて成ることを特徴とする打込基礎杭。