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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)192号 判決

一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。

1 二μ以下に想到することを自然とした推論を誤りとする主張(請求の原因四の1)について

成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例には「結果的にもつとも良かつたものは中間域(中間層)の厚みがもつとも薄いもの(2―3μm)であつた。厚みの増大と共にJt(閾電流値)300°Kが急速に増加した。」との記載(訳文第六頁第五ないし第八行)があることが認められる。そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、同号証は本願発明の優先権主張日前特許庁資料館に受入れられた半導体レーザーに関する論文であるが、その記載特に「閾電流値は活性域(中間層)の厚みに比例する。従つて、活性域を薄くすることが出来れば閾値は下げられる。」との記載(同号証第七頁下から第五ないし第三行)及び原告自身「従来技術においては、厚さが小さくなると閾値が下がること(すなわち、厚さが増加すると閾値が上がること)は分かつていた」と主張していることを合わせ考えれば、本願発明にかかるもののようなヘテロ接合半導体接合体においては、一般的に中間層が薄くなればなるほど閾電流値が下がる傾向のあること自体は、本願発明の優先権主張日前から、当業者間の技術常識であつたものと認められる。

してみれば、中間層を二μ以下にした場合には右の一般的な傾向と異なる結果となるとみるべき特段の事情があれば格別、さもなければ、当業者か、引用例が言及していないさらに薄い範囲である二μ以下のものに関心を持つことは、ごく自然であるとみるのが相当である。

(一) そこで、原告が審決の推論を誤りとする根拠として主張する(一)の(1)の点について考えるに、前記甲第五号証には、原告主張のとおり、「d(厚さ)が小さくなり過ぎると、レーザー動作をしなくなる」との記載(第九頁第一三行)があることが認められるが、そこでは、「dが小さくなり過ぎると」とあるだけで、それがどの程度のことを意味しているのか(二~三μのことか、一・五μのことか、さらにはそれ以下のことか)は明らかでない。しかも、同号証には、右記載に続いて、この「ことは、電子集中化モデルでは、キヤリアのトンネリングを考えれば説明される。しかしトンネルがはたして起きているかどうかについての確証はない。むしろ光集中化モデルの方に分がありそうである。」との記載(同頁第一三ないし第一六行)があることが認められ、右記載は、その現象の解明自体も必ずしも十分でないことを示している。以上のような状態のもとでは、単に「小さくなり過ぎると」と記載されているからといつて、直ちに、二~三μ以下は否定的に考えられていたとみることはできず、したがつて、原告主張の右(一)の(1)は、前記特段の事情にあたるものとして採用することはできない。

次に、同じく原告の主張する(一)の(2)の点についても、同号証第七頁の第一表によれば、なるほど、閾電流値の最小の点がいずれも一・五μ以上のところにあることは認められるが、同号証全体の記載からみても、最小の点以外は使用できないというものではなく、また、二~三μの範囲を出ると閾電流値が急激に変化するものではないことが認められるから、二~三μ以下は一律に否定的に考えられていたとみることはできず、したがつて、原告の右(一)の(2)の主張も同様採用できない。

(二) また、二μ以下における傾向を外挿法により求めることはできないとする原告の(二)の主張についても、なるほど、前記甲第五号証の第五図には、中間層が薄くなるほど閾電流値が下がるという一般的傾向が最低点(三〇〇°Kで約二・三μ、七七°Kで約一・八μ)を過ぎるとあてはまらなくなつていることが示されているが、前認定のように、最低点を過ぎると直ちに対応する閾電流値が使用できなくなるものでもなく、また、右第五図においても、中間層の厚さが引用例の前記記載により「もつとも良かつたもの」とされた二~三μの範囲のものに対応する閾電流値と、少なくとも、それが三〇〇°Kで二μ以下約一・五μまで及び七七°Kで二μ以下一・〇μより若干下までの範囲のものに対応する閾電流値とは、ほぼ同程度であることが示されているから、同図があるからといつて、二μ以下のものに想到することができないということはできず、したがつて、原告の右主張も採用できない。

以上のとおりで、審決には、原告主張のような推論の誤りはない。

2 臨界的意義を認めなかつた判断の誤りの主張について

前認定のとおり、二μよりさらに薄い中間層に想到することを自然であるとした審決の推論に誤りはなく、しかも、成立に争いのない甲第二号証(本願発明の明細書)によれば、本願発明における中間層の一・五μという値そのものは、たまたま明細書の発明の詳細な説明に記載された唯一の実施例中に示されているだけで、その意義についてなんらの説明もないことが認められるのであるから、この数値に臨界的意義があるとすることは、到底できないところである。

もつとも、前認定のとおり、引用例には「もつとも良かつたものは中間域の厚みがもつとも薄いもの(二~三μm)であつた」旨の記載があり、前記甲第五号証には「活性域を薄くすることが出来れば閾値は下げられる。」との記載があるところ、これらによれば、本願発明にかかるもののような装置においては、一般論として中間層を薄くすればするほど閾電流値は下げられるという技術常識はあつたにしても、それを有効に実現する製法に問題があつたことがうかがえる。しかし、本願発明が一・五μという薄い中間層を有効に実現した製法の詳細について特許出願したものであれば格別、本願発明は、前記本願発明の要旨にみられるとおり、右製法の結果ないし目的である「約一・五μ以下」との点がその構成として表されているにすぎないのであるから、これを特許すべきか否かにつき、製法に関する右の事情を参酌する余地はない。

3 作用効果の看過の主張について

前記甲第四号証によれば、引用例には、閾電流値は「最も優れたサンプルで四三〇〇A/cm2であつた。」との記載(同第五頁第四ないし第六行)があることが認められる。

一方、前記甲第二号証によれば、本願発明については、唯一の実施例によつて得られた一・五μのものにつき三九〇〇A/cm2、同様の技術によつて得られた一・〇μより薄いものにつき三〇〇〇A/cm2(内部反射のものにつき二三〇〇~二八〇〇μ)とその閾電流値が示されている(第二六頁下から三行ないし第二七頁第八行)。

以上のデータをみる限り、本願発明のものが引用例のものより閾電流値において改善されていることは認められる。しかし、もともと、前認定のとおり、中間層は薄い方が閾電流値は改善されるということが技術常識である以上、右の程度の改善は、当業者の予測しえないほどの格別の効果とみることは相当でない。すなわち、これは、中間層が薄くなればなるほど閾電流値が下がるという一般的傾向の範囲内で改善されているにすぎず、格別の効果とみることはできないものである。

したがつて、審決には、原告主張のような作用効果の看過はない。

以上のとおりで、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決にはこれを取り消すべき違法はないといわなければならない。

三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

1 結晶成長装置中において、所定導電型の種晶上に、一連の層を、順次に、予め定めたプログラムに従つて加熱され、次に冷却される源溶液に露出することにより成長せしめ、この源溶液は、夫々、第一の源溶液が、Ga―Al―GaAs―を有し、それにより得られる層はAlxGa1-xAs(x>o)の広いバンドギヤツプ層となり、第二の源溶液がGa―Al―GaAsを有し、冷却によりその得られる層は、AlyGa1-yAs(o<省略>y<x)の狭いバンドギヤツプ層となり、そして、第三の源溶液がGa―Al―GaAsを有し、冷却によりその得られる層はAlzGa1-zAs(z>o,z>y)の広いバンドギヤツプ層となるものを有することを特徴として、更に、冷却温度変化率及び成長時間を制御することにより、中間の狭いエネルギーギヤツプ層を約一・五μm以下の厚さに成長せしめることを特徴とする二つのヘテロ接合の間に、二つの広いエネルギーバンドギヤツプ層と中間の狭いエネルギーバンドギヤツプ層よりなるダブルヘテロ接合半導体構造体のエビタキシヤル成長方法。

2 ガリウムヒ素種晶上にエビタキシヤルに成長せしめることにおいて、

種晶を、Asで飽和され、第一の導電型のドーバントを含むGa―Al―GaAsの第一源溶液にさらし、冷却したときの第一の得られる層は、AlxGa1-xAs(x>o)の広いバンドギヤツプ層となり、

得られた第一層をAsで飽和され、第一の導電型と逆の導電型のドーパントを含むGa―Al―GaAsの第二の源溶液にさらし、冷却したときAlyGa1-yAs(o<省略>y,y<x)の狭いバンドギヤツプの第二層が得られ、

得られた第二層を、第二溶液と同じ導電型のドーパントを含むGa―Al―GaAsの第三の源溶液にさらし、冷却したときAlzGa1-zAs(z>o,z>y)の広いバンドギヤツプの第三層が得られることを特徴とし、更に、

前記の狭いバンドギヤツプ層を、析出中の温度と冷却速度を制御することにより、一・五μm以下の厚さに限定し、更に、得られた第三層を、Ga―GaAsと、第三溶液と同じ導電型のドーパントとを有する第四溶液にさらし、冷却したとき、得られる層は、GaAsの高導電率層となることを特徴とする多層半導体の四層の製法。

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