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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)207号 判決 1985年9月26日

原告

北條光信

白水武士

佐々木清

被告

松下電器産業株式会社

主文

特許庁が昭和54年審判第15720号事件について昭和56年7月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文同旨の判決

2  被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「自動保温容器」とする実用新案登録第1113645号考案(昭和44年9月24日実用新案登録出願、昭和49年8月6日出願広告、昭和51年1月19日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるところ、被告は、昭和54年12月14日、原告らを被請求人として本件考案の登録無効の審判を請求し、昭和54年審判第15720号事件として審理された結果、昭和56年7月7日、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審決がなされ、その謄本は同月29日原告らに送達された。

2  本件考案の要旨

内壁1を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体2において、可及的蓋体8に近接させて断熱材中に絶縁体被覆による環状電熱体5を埋設し、かつ上記電熱体5のリード線を飯櫃本体2内に埋設したサーモスタツト6を介してコンセント7に接続してなる自動保温容器。

(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

1 本件考察の要旨は、前項記載のとおりである。

2 ところで、特公昭37―1334号特許公報(以下「引用例」という。)には、温飯等を収容するアルマイト等の櫃体1の外周面に筒形等の電気絶縁体2を接触させ、この電気絶縁体2の外周面に例えばニクロム線、導電的黒鉛薄膜、酸化金属薄膜等の電気抵抗発熱体3を被着し、この発熱体3の一方の端子を温度調節用サーモスタツト6の一端に接続し、このサーモスタツト6の他端および発熱体3の他端をソケツト8に接続し、又発熱体3の導電部分の露出部を撥水性の耐熱塗膜例えば硅素樹脂膜で気密に被覆し、更にその上に気泡性の軽量且粗鬆質(「粗髭質」とあるのは「粗鬆質」の誤記と認める。)のポリエチレン等の断熱体で覆い収納してなる電気保温櫃が記載されており、第1図および第2図の記載(別紙図面(2)参照)よりみて発熱体3は櫃体1の胴体部分にて底部より上方の蓋体の近くまで全面に被着されていること明らかである。

そこで本件考案と引用例記載のものとを比較すると、両者は内壁(引用例記載の櫃体に相当する)を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体において、蓋体に近接させて断熱材中に環状電熱体を埋設し、かつ電熱体のリード線を飯櫃本体内に埋設したサーモスタツトを介してコンセント(同じくソケット)に接続してなる自動保温容器である点で一致するが、本件考案は環状電熱体に絶縁体を被覆し、これを可及的蓋体に近接させて配置させたのに対し、引用例の電気抵抗発熱体の導電部分露出部は撥水性の耐熱塗膜で被覆され、これを櫃体の胴体部分にて底部より上方の蓋体の近くまで配置した点が相違する。

しかるに電熱体に絶縁体を被覆することは本件出願前より周知であつて、この点に格別の考案的工夫は認められなく、又本件考案が電熱体を可及的蓋体に近接させた点について検討するに、電熱体の熱はその大半が伝導熱として内壁全体を加熱することに費やされることは技術常識よりみて自明であり、本件考案はその熱の一部が内壁の中心側乃至その上方に向けて放射するものであるとしているが、引用例の発熱体も蓋体の近くまで設けられている以上、程度の差はあるとしても熱を同様に放射するものであつて、本件考案が引用例記載のものと比べて格段の作用効果があるとは認められない。

そして通常電熱体の配置形式は熱分布、製作上の問題等の必要性により種々変更されるものであつて、本件考案のような局部配置、引用例記載のもののような全面配置はいずれも周知である以上、引用例記載のもののような全面配置を本件考案のように局部配置に変更することは当業者が必要に応じてきわめて容易に想到できるものである。

したがつて、本件考案はその出願前国内に頒布された引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第2項の規定に違反して実用新案登録されたものであるので、同法第37条第1項第1号の規定に該当し、これを無効にすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、引用例記載の電気保温櫃の構成についての認定を誤り、本件考案にかかる自動保温容器と引用例記載の電気保温櫃との構成の相違に基づく作用効果の格段の差異を看過し、さらに本件考案と引用例記載の発明における目的・課題の相違をも看過して、本件考案は、引用例に基づいてきわめて容易に考案することができたものであると誤つて認定、判断したものであつて違法である。

1 審決は、引用例記載の電気保温櫃について、電気抵抗発熱体3は櫃体1の胴体部分にて底部より上方の蓋体の近くまで全面に被着されている旨認定し、右認定を前提として、本件考案と引用例記載の発明との対比をしている。

しかしながら、引用例の特許請求の範囲には、「電気抵抗発熱体を略均等に配設して櫃体の上部を避けて其の過半部を直接加熱し得る如くなし」と記載されていて、電気抵抗発熱体が上方の蓋体の近くまで被着されている旨の記載はなく、実施例を示す第1図及び第2図(別紙図面(2)参照)でも明らかなとおり、電気抵抗発熱体は、櫃体の上部を避けて配設されているのであつて、審決の前記認定が誤つていることは明白である。

右のとおり、引用例記載の電気保温櫃の電気抵抗発熱体は、櫃体の上部を避けて、その過半部分を直接加熱することができるように配設されているのに対し、本件考案にかかる自動保温容器の電熱体は、飯櫃本体の局部に環状に埋設されており、その位置は蓋体に可及的に近接させられている。

そして、電熱体(電気抵抗発熱体)の形状及びその配設位置を右のようにしたことによつて、本件考案においては蓋体底面における結露の発生の防止、引用例記載の発明においては炊飯上部の過乾燥の防止という特有の作用効果をそれぞれ奏するものであるから、本件考案と引用例記載の発明との間に作用効果上格段の差異はないとした審決の認定、判断は誤りである。

本件考案にかかる自動保温容器においては蓋体底面に結露が殆ど発生せず、引用例記載の電気保温櫃においてはかなりの結露が発生するという作用効果の差異が存することは、甲第9ないし第11号証に記載の実験結果によつても明らかである。

2 引用例記載の発明は、櫃内を水洗いするときに櫃外の電気抵抗発熱体部分に浸水して使用中に感電するのを防止することと断熱材の浸水により保温力が低下するのを防止することを目的としている。

なお、引用例記載の発明は、特許第277624号の発明(以下「原発明」という。)を改良したものであるが、原発明は、飯櫃内に収容された炊飯の上部の過乾燥を防止し、保温の均一を図ることを目的としており、この点は、引用例記載の発明においても同様である。

一方、本件考案は、保温と蓋体底面における結露防止を図ることによつて、炊きたての状態で米飯を維持することを目的とする。

右のとおり、本件考案と引用例記載の発明は、保温をその目的の一つとしている点においては共通しているが、そのほかの目的、課題を異にしている。

ところで、電気保温容器において、収容されている米飯を炊きたての状態に維持するためには、均一な保温が得られるかどうか、乾燥しないかどうか、蓋体底部における結露の発生を防止できるかどうか、腐敗しないかどうかなどの点について配慮して発熱体(電源体)の形状、能力及び配置等を決定する必要がある。

そして、引用例記載の発明においては、炊飯上部の過乾燥を防止するという前記目的を達成するため、電気抵抗発熱体は櫃体の上部を避けて、その過半部分を加熱しうるよう配設されているのである。

これに対し、本件考案においては、環状の電熱体を、引用例記載の発明の場合とは逆に、蓋体に可及的に近接させて配置することによつて、米飯の均一的な保温を維持し、蓋体底面における結露の発生を防止することによつて水蒸気をそのまま保持させて米飯上部の乾燥を防止しようとしたものであり、このような考案は当業者といえども引用例記載の発明に基づききわめて容易に想到することができたものということはできない。

したがつて、審決が、本件考察と引用例記載の発明における目的・課題の相違について把握することなく、「電熱体の配置形式は熱分布、製作上の問題等の必要性により種々変更されるものであり、本件考案のような局部配置、引用例記載のもののような全面配置はいずれも周知である以上、引用例記載のもののような全面配置を本件考案のように局部配置に変更することは当業者が必要に応じてきわめて容易に想到できるものである。」とした認定、判断は誤りである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告ら主張の違法はない。

1 原告らは、引用例記載の電気保温櫃における電気抵抗発熱体の設置位置について、審決の認定は誤つている旨主張するが、引用列の第1図及び第2図(別紙図面(2)参照)によつても明らかなとおり、電気抵抗発熱体はそれが均等に配設された有底筒状の断熱体の最上端には達していず、「櫃体の上部を避けて」いるが、蓋体にきわめて近接した位置にあり、蓋体の底面は施蓋時には櫃体の上端からかなり下方にあつて、かつ右発熱体の上方に近接している。つまり、電気抵抗発熱体は、「櫃体の上部を避けて」はいるものの、櫃体下部からほぼ蓋体底面に近接する程度の高さにまで及んでいるのであつて、審決の認定に誤りはない。

次に、原告らは、本件考案と引用例記載の発明には、作用効果において格段の差異が存する旨主張するが、右主張も理由がなく、審決の認定、判断に誤りはない。

すなわち、審決は、(イ)電熱体の熱の大半は伝導熱として内壁全体を加熱することに費やされ、内壁の中心側乃至その上方に向けて放射される熱はごく僅かであることは技術常識よりみて自明であるところ、(ロ)本件考案においては、電熱体を可及的に蓋体に近接させることによる電熱体からの放射熱の作用に期待しているが、(ハ)引用例記載の発明における電気抵抗発熱体も蓋体の近くまで設けられている以上、程度の差はあるとしても、熱を同様に放射するものであるから、本件考案が引用例記載の発明と比べて格段の作用効果があるとは認められないとし、それ自体きわめて補助的な放射による保温効果において、本件考案と引用例記載の発明とで格段の差異はないとしたのである。

ところで、右(イ)の点は、乙第7号証(原告が、大阪高等裁判所昭和56年(ネ)第2183号実用新案権侵害差止請求控訴事件において提出した鑑定書)に、本件考案の自動保温容器において、「全輻射伝熱量は、電熱体からの発熱量に比べて極めて小さく、保温のための伝熱は殆ど伝導によつて行われていると考えられるから、輻射伝熱による直接加熱は極めて補助的なものであり、保温効果に無効であるとは言えない程度のものである。」(第6頁第26行ないし第7頁第4行)と記載されていることからも裏付けられ,(ロ)の点は、本件考案の明細書の考案の詳細な説明に、「この考案では電熱を最も効果的に活用し、米飯等の収容物を輻射熱と反射熱との相乗効果により常にできたての状態で温存できる自動保温容器を提供せんとするものである。」(実用新案公報第1欄第23行ないし第26行)、「環状電熱体5が内壁1の上位外周に位置しているのでこの部分を通じて熱が内壁1の中心側乃至その上方に向けて放射するからその輻射熱により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱し、被加熱物9の局部的冷却が防止されて被加熱物9全体の保温効果を高め得るばかりでなく、又この輻射熱の一部は効率良く断熱蓋体8に伝達され反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえると共に蓋体底面における蒸気の凝固を防ぎより保温効果を幇助する効果がある。」(同第2欄第14行目ないし第23行目)との記載からして、本件考案が所期する作用効果に関する審決の把握に誤りはなく、したがつて、審決の前記(ハ)の結論は正当である。

付言するに、本件考案にかかる自動保温容器において、米飯上部、蓋体の底面及び内壁によつて囲まれた内部上方の空間には水蒸気が充満しており、内壁の熱は水蒸気に伝達され、米飯及び蓋体底面に伝導されるのであるから、輻射熱と反射熱との相乗効果による蓋体底面の結露の発生を防止するという効果を奏するといえるかどうか疑問であり、また、本件考案のごとく内容器を具えない自動保温容器において、電熱体を可及的に蓋体に近接させて設置した場合には、熱が上方に偏在するため、米飯の均一、有効な保温は困難であると考えられる。

なお、原告らは、本件考案にかかる自動保温容器においては、蓋体底面に結露が殆ど発生しないことなどを立証するために、実験結果を記載した文書を証拠として提出している。

しかしながら、右実験に供されている自動保温容器は、内容器(飯容器)を具えているため、外容器外側に設置されたフランジヒーターの熱が輻射によつて内蓋に伝達されるとは考えられず、かつ反射熱と化する効果も期待し難い。また、原告らは、右実験において、断熱蓋体の他に熱伝導性の良いアルミ製の内蓋を具えることによつてフランジヒーターからの熱を内蓋に熱伝導させて(輻射熱と反射熱に殆ど頼ることなく)内蓋を高温化して結露の発生を防止している。

したがつて、右実験は、本件考案の所期する輻射熱と反射熱との相乗効果を奏さないものであるから、前記実験結果は、本件考案の奏するという作用効果を証明するものではない。

2 本件考案も引用例記載の発明も、炊きたての米飯が炊きたてのまま長く維持される米飯の保温容器を提供せんとするものであつて、その目的は同じである。

なるほど、右目的を達成するため引用例記載の発明は、導電体・断熱体の表面に耐熱性の撥水膜を形成することにより、水による感電と保温効果減殺の防止という課題を設定したのに対し、本件考案は、発熱体の輻射熱と反射熱との相乗効果により,米飯の保温と容器内の結露防止という課題を設定するというように、両者は課題を異にし、本件考案においては、前記課題を解決すべく、輻射熱と反射熱との相乗効果を最大限に発揮させるため、電熱体を可及的に蓋体に近接させるという技術手段を採用し、電熱体の全面配置を局部配置に変更したものであるが、そもそも、自動保温容器において、電熱体をどのように配置するかは、全面配置、局部配置を問わず、熱分布、製作上の必要性により多様であり、このことは、乙第1ないし第6号証に記載されている公知技術からも窺い知ることができることである以上、引用例のような電熱体の全面配置を本件考案のように局部配置に変更することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に想到できたものであるというべく、これと同旨に出た審決の認定、判断に誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 まず、引用例記載の電気保温櫃における電気抵抗発熱体の配設位置について検討する。

成立に争いのない甲第3号証(特公昭37―1334号特許公報)によれば、引用例の特許請求の範囲には、「外函内に水密に粗鬆性の断熱体を外側として之の内側に被保温物を収容する櫃体を収容して外函と櫃体との間に水が浸入せぬように形成し他方櫃体の外周に電気絶縁体の筒を設けて之に電気抵抗発熱体を略均等に配設して櫃体の上部を避けて其の過半部を直接加熱し得る如くなし更に内側にある導電体及断熱体の表面には共に水が直接附着せぬように耐熱性の被膜を形成したことを特徴とする電気保温櫃」と記載されていることが認められる。

右のとおり、引用例記載の電気保温櫃の電気抵抗発熱体は櫃体の外周に設けられた電気絶縁体の筒にほぼ均等に櫃体の上部を避けて配設されるものである。

審決は、「電気抵抗発熱体は櫃体の上方の蓋体の近くまで配設されている」旨認定しているが、引用例には、右認定を裏付けるような記載はない。

もつとも、引用例の第1図及び第2図(別紙図面(2)参照)によれば、引用例記載の発明の実施例を示す図面において、右電気抵抗発熱体は、櫃体の相当上部にまで及んで配設されていることが認められるけれども、特許請求の範囲には、前記のとおり、右電気抵抗発熱体の配設位置について、「櫃体の上部を避けて」という構成が明記されているのであり、右実施例の図面についても、(図示がいささか不正確な嫌いがあるが)電気抵抗発熱体の加熱機能を念頭に置いてこれをみるときは、右電気抵抗発熱体は、主眼を櫃体の過半部を加熱することに置いているものと理解すべきものであつて、右実施例の図面をもつて、右電気抵抗発熱体が櫃体の上方の蓋体を加熱するという積極的機能をもつものとして、右蓋体の近くまで配設されていることを示すものとみるのは相当ではない。

以上のとおりであつて、引用例記載の電気抵抗発熱体の配設位置に関する審決の前記認定は誤つているものというべきである。

2 ところで、成立に争いのない甲第1号証によれば、本件考案は、電熱を最も効率的に活用し、米飯等の収容物を輻射熱と反射熱との相乗効果により常にできたての状態で温存できる自動保温容器を提供することを目的とするものであり、明細書の考案の詳細な説明に、本件考案にかかる自動保温容器においては、「蓋体8の底面に近接する状態のもとに環状電熱体5が設置されているので、その発熱により生ずる伝導熱は内壁1全体を加熱することは当然ながら併せて上記の環状電熱体5が内壁1の上位外周に位置しているのでこの部分を通じて熱が内壁1の中心側乃至その上方に向けて放射するからその輻射熱により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱し、被加熱物9の局部的冷却が防止されて被加熱物9全体の保温効果を高め得るばかりでなく、又この輻射熱の一部は効率良く断熱蓋体8に伝達され反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえると共に蓋体底面における蒸気の凝固を防ぎより保温効果を幇助する効果がある。」(第1頁第2欄第10行から第23行)との記載があることが認められる。

右記載によれば、本件考案においては、環状電熱体5の発熱により生ずる伝導熱が内壁1全体を加熱するが、これとともに、内壁1の中心側乃至その上方に向けて輻射熱を放射させて、被加熱物9の上面を直接加熱することにより局部的冷却を防止し、もつて被加熱物9全体の保温効果を高め,さらに前記輻射熱の一部が断熱蓋体8に伝達され、反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえるとともに蓋体底面における蒸気の凝固を防ぎ、より保温効果を幇助させるために、前示本件考案の要旨に記載のとおり、環状電熱体5を可及的に蓋体8に近接させる構成としたものであることは明らかである。

3  他方において、前掲甲第3号証によれば、引用例記載の発明は、原発明である特許第277624号の改良に関するものであつて、原発明にかかる電気保温櫃においては、被保温物を収容すべき櫃体の周面に直接電気発熱体を接着したため、櫃内の清掃の際、導電部分に水が接触し易く、したがつて使用中感電の危険があつたので、引用例記載の発明においては、明細書の特許請求の範囲に記載されているとおり、「外函内に水密に粗鬆性の断熱体を外側として之の内側に被保温物を収容する櫃体を収容して外函と櫃体との間に水が浸入せぬように形成し」、「導電体及断熱体の表面には共に水が直接附着せぬように耐熱性の被膜を形成した」ことによつて、櫃内の清掃の際における電気部分への浸水を防いで感電の危険を防止し、かつ断熱体への浸水を防いで保温力の低下を防止するようにしたものであること、原発明の奏するその他の効果は引用例記載の発明においても同様に奏するものであることが認められる。

そして、成立に争いのない甲第7号証(特公昭35―18242号特許公報)によれば、原発明は、確実な保温と各部の乾燥度を一様に行うことができる電気保温櫃を提供することを目的とするものであり、明細書の特許請求の範囲の中で、右電気保温櫃の被保温物を収容すべき容器には、「上部を避けて過半部の周胴面に電気抵抗発熱体をほぼ均等となる如く緊接して接着配布し」た構成のものであることが記載され(別紙図面(3)参照)、明細書の発明の詳細なる説明には、「斯種のものは容器の内部に炊飯を収容するものであるからその蒸気は空気より軽くして容器の上半部に密度高く集まるものである。従つてこの部分に於て蒸気の凝結液化する量は下部に比し大であるから凝結熱の放出は下部に比し大となるのみならず熱の対流も多少あるため蓋部及び飯櫃の上部にも下部同様に電気抵抗発熱線を配置するときは飯櫃内に収容せる炊飯の上部は著しく過熱せられ保温の程度を超脱して過乾燥せられる結果となる惧れが多分にあるのである。而もこのことは水分を多分に保有する被収容物の場合に限つて発生する現象であつて飯櫃に対してのみ発現するものであると極言し得るのである。従つて本発明は前記した通りの現象によりその上部分に於て過乾燥を防止する目的に於て特に飯櫃に適するよう前記せる通り特定の電気発熱線の配置を創造したのであつてこれにより単に保温のみに止まらず各部の乾燥度を一様となし得る作用を発現して需要にこたえ得るものである」(第1頁右欄第3行から第18行)と記載されていることが認められる。

右記載によれば、原発明においては、容器(飯櫃)に収容された炊飯の確実な保温を得るとともに、炊飯の上部の過乾燥を防止して各部の乾燥度を一様ならしめるために、電気抵抗発熱体を、容器の上部を避けて過半部の周胴面にほぼ均等に配設する構成としたものであることは明らかである。

ところで、前述のとおり、引用例記載の発明は、前記改良にかかる部分を除いては、原発明と同様の目的を有し、効果を奏すべきものであるから、引用例記載の発明にかかる電気保温櫃において、前記1認定のとおり、電気抵抗発熱体を、櫃体の外周に、櫃体の上部を避けてその過半部にほぼ均等に配設する構成がとられているのは、まさに、原発明におけると同様、櫃体に収容されている被保温物の保温とともに、被保温物の上部の過乾燥を防止して、各部の乾燥度を一様ならしめるためであると認められる。

4  前記2、3において認定、説示したとおり、引用例記載の発明は、原発明による電気保温櫃が櫃内の清掃の際導電部分に水が接触し易く、したがつて使用中感電の危険があつたため、これを防止し、かつ断熱体への浸水を防いで保温力の低下を防止することを目的として原発明を改良したものであるが、それとともに、確実な保温と各部の乾燥度を一様に行うことができる電気保温櫃を提供することをもその目的としており、被保温物の各部における乾燥度を一様ならしめるという当該目的を達成するために、被保温物の上部の過乾燥を防止すべく電気抵抗発熱体を櫃体の上部を避けて配設するという構成がとられているのに対し、本件考案は、米飯等の収容物を常にできたての状態で温存できる自動保温容器を提供することを目的とするものであり、環状電熱体5の発熱により生ずる伝導熱によつて内壁1全体を加熱するとともに、輻射熱により被加熱物9の上面を直接加熱し、さらに輻射熱の一部が断熱蓋体8に伝達され、反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえるとともに蓋体底面における蒸気の凝固を防ぐことによつて、右目的を達成すべく、本件考案においては、環状電熱体5を可及的に蓋体8に近接させる構成がとられている。

右のとおり、引用例記載の発明も本件考案も米飯等の保温という点は共通の目的であるといえるが、被保温物から生ずる蒸気に対する対応は全く異なつていて、そのために構成(発熱体の形状及び配設位置)を異にする。すなわち、本件考案は、前記のような構成を採用することにより、(イ)蓋体底面に輻射熱を伝達し、これによつて生起する蒸気を押さえ、また蓋体底面における蒸気の凝結を防ぎ、(ロ)あわせて輻射熱により被保温物上面を直接加熱して局部的冷却を防止するという作用効果を奏するのに対し、引用例記載の発明においては、右のような作用効果は全く期待されていないのであるから、引用例記載の発明と本件考案とは、作用効果に格段の差異が存するものというべきである。

この点に関し、被告は、(イ)本件考案が輻射熱と反射熱との相乗効果による蓋体底面の結露防止の作用効果を有するとの点は疑問であり、また、(ロ)本件考案のような構成を採つた場合、熱が上方に偏在するため、米飯の均一、有効な保温は困難であると考えられる旨主張する。

しかし、右(イ)の点については、被告の提出にかかる、成立に争いのない乙第7号証(鑑定書)によつても、本件考案において、「電熱体5が内壁1の最上部円周上に集中的に位置しているため、熱はすべてこの部分から集中的に発生し温度が最も高く(中略)、ついで蓋体が伝導と輻射によつて加熱されるため電熱体付近よりは低いが相当の高温となる(中略)。また、電熱体より下部の内壁は上部から下部に向つて熱が流れるため下部に行くほど温度は低くなる(中略)。米飯の大部分は電熱体付近や蓋体の温度よりも低い温度にある内壁部分によつて加熱されるため、米飯から発生する水分を含んだ空気(湿り空気)の温度も、また、蓋体温度より低い。従つて、結露が起らないのである。」(第3頁本文11行ないし第4頁第15行)「本件考案の要点は、保温容器においてヒーター(電熱体)をできるだけ蓋体に近接させて取り付け、蓋体および内壁上の温度分布を巧みに調節(制御)して、結露を防止している点にある。」(第7頁第5行ないし第7行)と明記されているのであり、したがつて、本件考案が蓋体底面の結露を防止するという作用効果を奏することは否定すべくもないのである。

なるほど、前掲乙第7号証には、輻射熱による「直接加熱」が蓋体底面の結露防止の効果に対して有する関係につき、「全輻射伝熱量は、電熱体からの発熱量にくらべて極めて小さく、保温のための伝熱は殆ど伝導によつて行われていると考えられるから、輻射伝熱による(上述の意味での)直接加熱は極めて補助的なものであり、保温効果に無効であるとは言えない程度のものである。」(第6頁26行ないし第7頁第4行)との記載がみられるが、右記載部分は、本件考案における蓋体底面の結露防止の作用効果を積極的に評価する前記の結論に至る過程において、熱の流れに関し、当該作用効果が主として蓋体に伝達される輻射熱に依存するとする本件考案の明細書の所見と異なる鑑定人の学理上の見解を記述しているにすぎず、本件考案の明細書の所見が背理であるとまでいつているものではないのみならず、乙第7号証自体前叙のとおり「蓋体が伝導と輻射によつて加熱される」と記述していて、必らずしも理路一貫していない点も指摘することができるから、乙第7号証を根拠に本件考案の前記作用効果を疑わしいとすることはできない。

また、被告の前記(ロ)の主張は、これを認めるに足る何らの証拠もない。

したがつて、本件考案は引用例記載の発明と比べて格段の作用効果があるとは認められないとした審決の認定、判断は誤りである。

5  被告は、自動保温容器において、電熱体をどのように配置するかは全面配置、局部配置を問わず、熱分布、製作上の必要性により多様であり、このことは公知の技術であるから、本件考案において、結露の発生を防止するため、輻射熱と反射熱との相乗効果を最大限に発揮させるように電熱体を可及的に蓋体に近接させることは、必要に応じて当業者がきわめて容易に想到できたものである旨主張する。そして、被告が公知の技術と称して援用する後記乙第1ないし第6号証は、本件考案がその登録出願当時の技術水準に照らしてきわめて容易に考案することができたかどうかを判断するに当たり必要な周知技術を明らかにする趣旨で提出するものと解せられるので、以下には、まず、乙第1ないし第6号証について検討する。

成立に争いのない乙第1号証(昭8―14718号実用新案出願公告)には、櫃体及び蓋のそれぞれの内側壁1、1'及び底壁2、2'を金属材製とし、右内側壁と櫃体及び蓋の外壁3、3'との間に保温材料4、4'が填充され、右内側壁の外側全周辺に電熱線が巻付けられている保温飯櫃の構造(別紙図面(4)参照)、成立に争いのない乙第2号証(実公昭33―9660号実用新案公報)には、内釜を間隔を隔てて収納する加熱釜12の側壁外周の適宜の個所に、局部的に保温用の補助電熱器18を取巻いて設けられた電気自動炊飯器の保温加熱装置の構造(別紙図面(5)参照)、成立に争いのない乙第3号証(実公昭33―19180号実用新案公報)には、「内部に恒温調節器3と組合せた電熱器4を装置した閉蓋2を保温器1に嵌蓋せしめた、保温を永続させる保温容器の構造」(別紙図面(6)参照)、成立に争いのない乙第4号証(実公昭34―19262号実用新案公報)には、内釜22及び間接加熱用水44を収納する加熱釜10の側周に保温用の補助電熱器17を直接取巻いて溶着した二重電気自動炊飯器(別紙図面(7)参照)、成立に争いのない乙第5号証(実公昭35―17750号実用新案公報)には、電気釜1の側面を内壁3及び外壁4の二重とし、両壁内部に低温電熱線5及び高温電熱線6を電気絶縁材料で保護収容し、炊用電熱線7を本体底部に設けた電気釜の構造(別紙図面(8)参照)、成立に争いのない乙第6号証(実公昭36―23790号実用新案公報)には、P型半導体素子とN型半導体素子とを交互に配置し、隣接するP型及びN型半導体素子を一組としてそれぞれの上端面及び下端面を導電板で接続して、半導体素子の環状体を構成し、これら半導体素子群の回路に電流を通ずれば、該半導体素子と導電板との接合部に流通する電流の方向によつて熱を発生し、あるいは吸収する現象を利用するものであつて、これら半導体素子群と放熱筒6、吸熱筒11を魔法瓶に装備し、魔法瓶内を冷却して保冷を有効にし、あるいは加熱して保温を永く維持するように構成した魔法瓶(別紙図面(9)参照)に関する各考案が記載されていることが認められる。

右事実によれば、本件考案の出題前、米飯等の自動保温容器において、電熱体を全面的に配設するもの(乙第1号証、第5号証記載のもの)、局部的に配設するもの(乙第2号証、第3号証、第4号証、第6号証記載のもの)の双方が存し、これらはいずれも周知であつたことが認められる。

しかしながら、右認定のように、電熱体の局部配置あるいは全面配置という配置の仕方それ自体が当該技術分野における周知の技術に属するものであつたとしても、もともと右配置の仕方は主として被加熱物の保温のための効率的な熱分布にかかわる技術手段であり、その保温の目的を達成するため具体的にどのような形状の電熱体を当該自動保温容器のどの位置に配設すればもつとも効率的な熱分布が得られるかということは、考案者のそれぞれの知見によつて異なりうるものであり、時に、一定の電熱体の位置に関する考案がその登録出願当時の技術水準を超えることがあることも当然是認しなければならないところであり、単に電熱体の局部配置と全面配置自体がともに周知技術であるからといつて、具体的な特定の考案について、それが電熱体を一定の部位に局部的に配置することによつて特有の作用効果を奏するものであるにかかわらず、その特定の考案と対比される引用例記載の考案・発明における電熱体の全面配置を局部配置に変更してその特定の考案のようにすることは当業者がきわめて容易に想到することができるとして、その特定の考案の進歩性を否定することは許されないというべきである。これを本件についてみるに、本件考案は引用例に示された登録出願当時の技術水準に対比して格段に差異がある作用効果をもたらすものであることは前記4において詳述したとおりであるから、電熱体の局部配置あるいは全面配置自体がいずれも周知であるからといつて、引用例記載のもののような全面配置を本件考案のような局部配置に変更することがきわめて容易に想到できたものとは認め難い。

よつて、被告の前記主張は理由がなく、引用例記載のもののような電熱体の全面配置を本件考案のように局部配置に変更することは当業者が必要に応じてきわめて容易に想到できるものであるとした審決の認定、判断は誤つているものというべきである。

以上のとおりであつて、本件考案は引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるとした審決の認定、判断は誤つており、審決は違法として取消しを免れない。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

<以下省略>

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