東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)245号 判決 1986年1月29日
原告
橋本和芙
被告
特許庁長官
主文
特許庁が、昭和54年審判第7631号事件について、昭和56年8月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告は、主文同旨の判決を求めた。
2 被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和46年2月22日、名称を「遠隔聴取付留守番電話装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和46年特許願第8055号)。同出願は、昭和52年7月30日、特許出願公告された(昭和52年特許出願公告第29123号)が、特許異議の申立があり、昭和54年4月19日、拒絶査定を受けたので、原告は、同年7月3日、これに対する審判を請求した。特許庁は、これを同庁昭和54年審判第7631号事件として審理をした上昭和56年8月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月29日、原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
1 遠隔聴取付留守番電話装置において、その受信用のテープデッキにはプランジヤーコイルによる動力切替機構とヘツド台のスライド機構の双方を有し、電話の着信にさいし装置始動後使用者がリモコン信号を送出すると受信用テープが直ちにリワインドとなり、リワインド中へヘツド台は後退し、ピンチローラーはキヤプスタンから離れた状態にあるが、前記プランジヤーコイルへの通電を切替えると直ちに前記メカニズムを元に復旧してテープが再生状態となり、従つて前記巻戻し動作中受信用テープがたとえ始点まで巻戻されてスリップ中でもリモコン操作によつて前記プランジヤーコイルへの通電を切替えるのみで円滑に再生状態となり、また受信用テープがリモコン操作によつて再生中終端になつてスリツプ中でも装置復旧以前にリモコン操作により前記プランジャーコイルへの通電を逆に切替えるのみで円滑に巻戻しを開始することができ、テープの始点と終端にたとえば停止用の指標等を追加加工することなく、市販用のカセットテープの何れの面もそのまま使用出来ることを特長とする遠隔聴取付留守番電話装置。
2 上記1におけるプランジャーコイルによる動力切替機能及びヘツド台のスライド機能は、その双方の機能を1個のプランジャーコイルの通電の切替でなしうることを特長とする上記特許請求範囲1に記載の遠隔聴取付留守番電話装置。
2 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。
2 請求人(原告)は、拒絶理由に引用された特公昭44―24210号公報(以下、「引用例」という。)と本願発明の相違点を主張しているが、その主張する相違点は、次の5点にあるものと認める。
(1) 受信用テープが、引用例のものにおいては2つのリールに巻かれた有端テープを用いているのに対し、本願発明においては錫箔等を有しない市販用のカセットテープであること(相違点(1))
(2) 引用例のものでは、前記受信用テープに設けた錫箔によりテープの始端及び終端を検出し、テープの送りを停止せしめるものであるのに対し、本願発明では、受信用テープにテープの送りを停止する手段を付加しておらず、したがつて、テープが始端又は終端に達しても給送機構は給送動作を継続すること(相違点(2))
(3) プランジャーコイルの励磁によつて、引用例のものは動力切替機構のみが切替えられるのに対し、本願発明では動力切替機構の切替えとともにヘツドもテープと接離すること(相違点(3))
(4) 引用例のものはテープが始端まで巻戻されれば自動的に直ちに再生を開始するのに対し、本願発明ではリモコン信号の送出を停止すれば直ちに再生を開始するものであること(相違点(4))
(5) 受信用テープの再生が終了してテープが終端まで巻取られたとき、引用例のものは一定時間経過後装置は復旧状態になるのに対し、本願発明は一定時間にリモコン信号が受信されれば受信用テープを巻戻すものであること(相違点(5))
3 そこで、右相違点について検討する。
(1) 相違点(1)については、引用例の2つのリールに巻かれたテープも本願発明のカセットテープもいずれも本願出願前周知のものであるから、本願発明がカセットテープを採用することは当業者における単なる設計変更に過ぎないものと認められる。
(2) 相違点(2)については、この周知のカセットテープにおいては、テープの始端及び終端がカセットのリールのボスに固定されており、たとえテープの送り機構が作動していてもテープが給送されえないことも周知であるから、引用例のものが全部のテープが一方のリールにまきとられてしまうことによる不都合を避けるために設けたテープ上の錫箔及びこの錫箔を検出してテープの送りを停止する手段が不必要になることも当業者の容易に想到実施しうる程度のものにすぎないものと認められる。
(3) 相違点(3)については、テープの巻戻し時にヘツドをテープから離すように構成することは慣用の手段であるばかりでなく、この様にテープの巻戻しとヘツドをテープから離すのが常に同時に行われるべきことからこれらを連動させることもまた慣用の手段にすぎない。
(4) 相違点(4)については、引用例に本願発明におけると同一の機能を達成しうることが記載されている(15欄41行ないし16欄40行、特に16欄30ないし34行)から、請求人(原告)の主張は採用できない。
(5) 相違点(5)については、一定時間内は未だ装置が動作状態に保たれており、しかも通常の動作においてリモコン信号を受信すればテープの巻戻しが行なわれるのであるから、この様な構成とすることに格別の発明力を要するものとは認められない。
4 以上のとおり、請求人(原告)が本願発明と引用例との相違点として主張するところには、いずれも格別の発明の存在が認められないから、本願の発明が引用例に基づいて容易に発明できたものと認めて特許法29条2項を適用し、本願を拒絶すべきものとした査定を取り消すべき根拠が見出せない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1、2は認めるが、その余は争う。審決は、本願発明と引用例のものとの相違点を看過し(取消事由(1)ないし(3))、まだ、審決認定の相違点(5)についての判断を誤り(取消事由(4))、その結果、本願発明が引用例から容易に発明できたものとの誤つた結論に達したものであるから、違法として取り消されなくてはならない。
1 相違点の看過(1)(取消事由(1))
(1) 引用例の場合、電話の着信に際し装置始動後応答用テープが応答し、その応答が終了してからでなければリモコン信号を受付けず、従つて応答用テープの応答が終了して後リモコン信号を送出して始めて受信用テープがリワインド状態になる(甲第3号証11欄3行ないし16欄33行)。
(2) これに対し、本願発明の場合、応答用テープが応答しさえすれば、その応答が終了してからでなくてもリモコン信号を受付け、従つて応答用テープが応答したことでリモコン信号を送出しておけば、応答用テープの応答が終了したら直ちに受信用テープがリワインド状態になる。
このことは、特許請求の範囲第1項に「電話の着信にさいし装置始動後使用者がリモコン信号を送出すると受信用テープが直ちにリワインドとなり、」と記載されており、これを説明する本願明細書中の次の記載から明らかである。
「次の説明の便宜上テープの始点から顧客のメツセージを録音した状態において、これを遠隔地から使用者のみが遠隔聴取するさいの機能について説明する。使用者が自己の装置を外から呼出すと、テープTP-1から応答用語が聞える。そのさい導体箔P-1が接点棒CP-1を短絡する以前に使用者は……リモコン信号……を送出しなければならない。……その信号は……増幅され、……検波され……リレーY-5を働かす事になるのである。……従つてリレーY-3は……自己保持回路を形成することができない。……一方テープTP-1は引続き駆動を続けてビーブトーンを送出した後導体箔P-1が接点棒CP-1を短絡する。……このさいは……リレーY-4のみがオンとなり自己保持される。このさいAMP-2は……再生状態になつている。リレーY-4がオンになると……プランジャーコイルSDは動作不能の状態になる。従つて……テープTP-2は高速度で巻戻される事になる。」(甲第2号証8欄12行ないし9欄9行)。
(3) 被告は、本願発明の特許請求の範囲第1項の右記載はリモコン信号を受付ける時点をも要件としていると解することができないと主張する。
しかし、本願発明においては、引用例のものが応答用テープの応答が終了してからでなければリモコン信号を受付けないのに対し、応答用テープの応答が終了しなくてもリモコン信号を受付けるのであるから、特許請求の範囲第1項の「リモコン信号を送出すると」の記載が「リモコン信号を応答用テープの応答が終了する前に送出しても」を意味していることは明らかである。
また、被告は、本願発明においては応答用テープの応答の終了後ビーブトーンが再生されてからしか受信用テープがリワインド状態にならないから、「直ちにリワインド状態になる」ことはない旨主張する。
しかし、本願発明の場合、応答用テープの応答が終了する前にリモコン信号を送出しておけば、応答用テープの応答が終了した後にリモコン信号を送出するための時間が費されることがなく、また、ビーブトーンの再生時間は短いので、特許請求の範囲第1項では、これを「直ちにリワインド状態になる」と表現したのである。
(4) 引用例のものと本願発明とは右の相違点があり、その結果、最初のリモコン信号によつて受信用テープをリワインド状態にする際、本願発明においては直ちにリワインド状態にすることができる効果を有するのに対し、引用例のものではこのような効果を有しない。
(5) 審決が右の相違点を看過したことは明らかである。
2 相違点の看過(2)(取消事由(2))
(1) 引用例の場合、受信用テープがリワインド状態になつてリモコン信号によらずに始端までリワインドされて始めて、自動的に再生状態になる(甲第3号証11欄3行ないし16欄33行)。
(2) これに対し、本願発明の場合、受信用テープがリワインド状態になつて始端までリワインドされてからでなくても、リモコン操作によつて再生状態になる。
このことは、特許請求の範囲第1項に「従つて前記巻戻し動作中受信用テープがたとえ始点まで巻戻されてスリップ中でもリモコン操作によつて前記プランジャーコイルへの通電を切替えるのみで円滑に再生状態となり、」と記載されていることから明らかである。
(3) 被告は、右の相違点は審決認定の相違点(4)と同一であると主張するが、審決は、相違点(4)について「引用例に本願発明におけると同一の機能を達成しうることが記載されているから、請求人(原告)の主張は採用できない。」と判断しており、結局、審決は右の相違点を採用していないことに帰着する。
従つて、審決は右相違点を看過したというべきである。
(4) 審決の認定した相違点(4)が右相違点に対応しているとしても、この相違により、引用例の場合、受信用テープに録音されている必要なメツセージ以外のメツセージを受信用テープの始めから強制的に聞かされて後でなければ必要なメツセージを聴取することができず、また、このために多くの時間の損失を伴うとともに通話料が嵩むという欠点を有するのに対し、本願発明の場合、短い時間で必要なメツセージを聴取することができ上述した欠点を有しないという格別の効果を有する。
このように格別の効果があるのにこれを無視して、相違点(4)につき請求人(原告)の主張は採用できないとした審決の判断は誤りであるといわなければならない。
3 相違点の看過(3)(取消事由(3))
(1) 引用例の場合、テープが再生状態になつて後次にリモコン操作がされたとき、受信用テープがリモコン操作が継続している期間だけしかリワインド状態にならない(甲第3号証11欄3行ないし16欄33行)。
(2) これに対し、本願発明の場合、リモコン操作を一旦すれば、そのリモコン操作を継続していなくても再度リモコン操作がされるまでの間リワインド状態になる。
このことは、特許請求の範囲第1項に「また受信用テープがリモコン操作によつて再生中終端になつてスリップ中でも装置復旧以前にリモコン操作により前記プランジャーコイルへの通電を逆に切替るのみで円滑に巻戻しを開始することができ、」と記載されており、これを説明する本願明細書中の次の記載から明らかである。
「遠隔地から使用者のみが遠隔聴取するさいの機能について説明する。使用者が自己の装置を外から呼出すと、テープTP-1から応答用語が聞える。そのさい導体箔P-1が接点棒CP-1を短絡する以前に使用者は……リモコン信号を送出しなければならない。……テープTP-1は引続き駆動を続けて……導体箔P-1が接点棒CP-1を短絡する。……このさいは……リレーY-4のみがオンとなり……リレーY-4がオンになると……テープTP-2は高速度で巻戻されることになる。なお前述のビーブトーンが聞こえてから使用者はリモコン信号の送出を停止する。一方……リモコン信号を停止しても……タイムコンスタントの為約2~3秒間リレーY-5は引続きオンとなつている。従つてTP-2の巻戻しは引続き2~3秒間継続される。…その後リーY-5がオフとなり……プランジャーコイルSDが働きテープTP-2は再生状態になる。……その後再び……リモコン信号を入れると又前述と同様にリレーY-5が働き、テープTP-2は再度巻戻される。」(甲第2号証8欄13行ないし9欄38行)。
(3) 被告は、本願発明において右の点は要旨とされていないと主張する。
しかし、本願発明においては、引用例のものがリモコン操作を継続している期間だけしか受信用テープがリワインドされないのに対し、リモコン操作を一旦すれば、そのリモコン操作を継続していなくても再度リモコン操作がされるまでの間リワインド状態になるこは前述のとおりであるから、特許請求の範囲第1項の右「リモコン操作により……巻戻しを開始する」との記載が「リモコン操作を一旦すれば、そのリモコン操作を継続していなくてもリワインド状態になる」ことを意味していることは明らかである。
(4) 引用例のものと本願発明とは右の相違点があり、その結果、引用例の場合リモコン操作を持続して行わなければならないという不便があるのに対し、本願発明の場合そのような不便がないという効果を有している。
(5) 審決の右の相違点を看過したことは明らかである。
4 相違点(5)についての判断の誤り(取消事由(4))
(1) 受信用テープが再生状態になつて終端まで再生された後、引用例のものも本願発明も一定時間経過後装置が復旧状態になるが、引用例の場合、その一定時間内での再度のリモコン操作によつて受信用テープをリワインド状態にさせることはできない(甲第3号証11欄3行ないし16欄33行)。
(2) これに対し、本願発明においては、右の装置が復旧状態になる前の一定時間内での再度のリモコン操作によつて受信用テープをリワインド状態にさせることができる。
このことは、特許請求の範囲第1項に前記3(2)に摘記した記載があることから明らかである。
(3) 本願発明は引用例と右の点において差異を有するので、再度必要なメツセージを聴取するにつき、引用例の場合、再度電話をかけ直し、そしてリモコン操作をなす必要があるのに対し、本願発明の場合、単にリモコン操作をなすだけよいという効果を有する。
(4) 審決の認定した相違点(5)が右の相違点に対応しているとしても、審決は右の相違点から生ずる効果の差異を無視し、「この様な構成とすることに格別の発明力を要するものとは認められない。」との誤つた判断をした。
(5) 被告は、本願発明の場合、「装置復旧」が「再生中終端になつてスリップ中」にのみ起ることではないので、再生中終端になつてスリップ中のリモコン操作による再生状態への移行に格別の発明力を要するとは認められないと主張する。
しかし、装置復旧が再生中終端なつてスリップ中にのみ起らないとしても、再生中終端になつてスリップ中のリモコン操作による再生状態への移行がてきれば。前述のとおり、再度電話をかけ直さなくても簡単に必要なメツセージを再度聴取できるという格別の効果を得られるのであり、このことにつき引用例に何らの示唆もない以上、本願発明の右構成に格別の発明力を要しないと認められる根拠はない。
第3請求の原因に対する認否、反論
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。
2 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由(1)について
(1) 取消事由(1)(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の主張は否認する。同所において原告が指摘する特許請求の範囲第1項の記載からは、本願発明において、リモコン信号を受付ける時点をも要旨としていると解することは到底できず、従つて、原告主張の点は構成上の相違点とすることはできない。
本願発明において「応答用テープが応答したことでリモコン信号を送出しておけば、応答用テープの応答が終了したら直ちにリワインド状態になる」との原告主張は、原告が引用する本願明細書の記載(甲第2号証8欄41行ないし9欄9行)と明らかに矛盾している。すなわち、右記載によれば、応答用テープの応答用語は、応答用テープのA―B及びK―Lの区間に録音されており(甲第2号証第2図参照)、A―B区間の応答が終了したとしても、B―C区間にさらにビーブトーンが録音されており、このビーブトーン終了後導体箔P-1が接点棒CP-1を短絡し、これによりリレーY-4がオンされ、その結果モーターM-2に電源が供給され、この時点に至つてからリワインド状態になることが明らかである。従つて、応答用テープの応答が終了したら直ちにリワインド状態になるとの原告主張は誤りである。
(3) このように、リワインド状態になる時点において本願発明と引用例のものとの間で構成上の相違が認められない以上、取消事由(1)の原告主張は理由がない。
2 取消事由(2)について
(1) 取消事由(2)(1)(2)の事実は認める。
(2) 原告が本願発明について主張する「リモコン操作によつて再生状態になる。」における「リモコン操作」は、本願明細書の記載に徴して「リモコン信号の送出の停止」を意味することが明らかである。そして、引用例には、「リモコン信号によつて、リレーLが働き、これによりSD1を信号が入る間働かせ……この間のみ早巻き戻しをすることになる。……送出を止めればSD1が止まるから定速で再生となり……」と記載されており(甲第3号証16欄26ないし40行)、この記載から、リモコン信号の送出により巻戻しされ、リモコン信号の送出停止で再生を行う技術が看取できる。すなわち、引用例のものも、本願発明と機能的に変りがない。
従つて、原告の主張する相違点は審決の認定した相違点(4)と同じであり、審決には原告が取消事由(2)として主張する相違点の看過はない。
(3) 原告は短時間で必要なメツセージを聴取することができる効果があると主張するが、何をもつて必要であると断じるのかは本願明細書を精査しても不明であり、これに開示されている事項とも認められないから、審決の判断の誤りをいう原告の主張も理由がない。
3 取消事由(3)について
(1) 取消事由(3)(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の主張は否認する。同所において原告が指摘する特許請求の範囲第1項の記載からは、原告主張のように、本願発明において、リモコン操作を一旦すればそのリモコン操作を継続していなくても再度リモコン操作がされるまでの間リワインド状態になるとの構成を要旨としていることを見出すことは困難である。
(3) 従つて、取消事由(3)の原告主張は失当である。
4 取消事由(4)について
(1) 取消事由(4)(1)(2)の事実は認める。
(2) 同(2)において原告が指摘する特許請求の範囲第1項の記載の「再生中終端になつてスリップ中」という構成(動作)は、本願発明の装置に係るスリップ機構部分を除いた他の機構がいまだ再生状態を継続する際に起ることであり、本願発明の場合、装置復旧は何も「再生中終端になつてスリップ」中にのみ起ることではないことは本願明細書の記載に徴して明らかである。従つて、「再生中終端になつてスリップ中」のリモコン操作による再生状態への移行を特定することに格別の発明力を要するものとは認められない。
(3) よつて、この点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由(4)の原告主張は失当である。
第4証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由(2)及び(4)について検討する。
1 取消事由(2)について
(1) 取消事由(2)(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。
右事実によると、原告主張の相違点は審決が相違点(4)として摘示する相違点と同じことであることが明らかであるから、審決には右の相違点の看過はないといわなければならない。
(2) ところで、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲第1項の記載及び成立に争いのない甲第2号証により認められる本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載によれば、本願発明において留守番電話装置の使用者が遠隔地からリモコン操作により受信用テープを巻戻し、あるいはこれを再生状態にする機構は次のとおりのものであると認められる。
すなわち、本願発明の装置においては、その受信用のテープデッキにはプランジャーコイル(SD)による動力切替機構とヘツド台のスライド機構が備えられており、このプランジャーコイルに通電されるとヘツド台が前進してピンチローラーとキヤプスタンとが圧着されテープが圧接されてモーターM-2の駆動力により受信用テープが通常速度で再生方向に駆動されるが、プランジャーコイルへの通電が断たれるとヘツド台が後退してピンチローラとキヤプスタンとの圧接が外れ受信用テープを急速に巻戻す機構とされている。そして、本願発明の装置の使用者が遠隔地から電話で装置を呼出すと応答用テープ(TP-1)から応答用語が聞こえ、同テープからビーブトーンが聞こえる前にリモコン信号を送出すると、リレーY-5が動作してプランジャーコイルを動作不能にする。応答用テープがビーブトーンを送出し、その導体箔P-1が回路内の接点棒CP-1を短絡するとリレーY-4が動作してAMP-2及びVOX・AMPに給電しモーターM-2を駆動して受信用テープ(TP-2)を高速度で巻戻す。使用者がリモコン信号の送出を停止すると、リレーY-5は消勢されプランジャーコイルへ通電されこれを動作させるから受信用テープは再生状態になる。この状態で使用者が再びリモコン信号を送出すると、右と同様にリレーY-5が動作してプランジャーコイルを消勢し、このときモーターM-2はすでに駆動されているから受信用テープは直ちに巻戻され、リモコン信号の送出の停止により、右と同様にリレーY-5は消勢されプランジャーコイルが動作し受信用テープは再生状態になる。
このように、本願発明においては、リモコン信号の送出によるプランジャーコイルへの通電停止、消勢によつて受信用テープを巻戻し、リモコン信号の送出停止によるプランジャーコイルへの通電、付勢によつて受信用テープを再生方向に駆動させるものであるから、受信用テープがリモコン信号の送出によつて途中まで巻戻されている場合あるいは始点まで巻戻されてスリップ中の場合のいずれであつても、リモコン信号の送出を停止することによつて受信用テープを再生状態にすることができるように構成されていることが明らかである。
(3) 一方、成立に争いのない甲第3号証によると、引用例の装置は、使用者が遠隔地から電話で装置を呼出すと応答用テープ(TP-1)から応答用語が聞こえ、同テープから応答用語送出後に発するビーブトーンを聞いてからリモコン信号を送出するものであり、この際受信用テープ(TP-2)が未録音部を残して待機状態となつている場合とテープ終端で待機状態となつている場合で動作が二つに分れるが、いずれの場合も、使用者からのリモコン信号の送出によりリレーRS-1を動作させ、これによりリレーB、D、Fを順に動作させ、次いでリモコン信号の送出を停止することによりリレーBを消勢しプランジャーコイル(SD1)を動作させ、これにより受信用テープを巻戻すものであり、巻戻しの停止は、受信用テープが始点まで巻戻されるとテープに設けられている錫箔P-2が装置の接点棒CP-2を短絡しリレーFを消勢してプランジャーコイルの通電を切ることによつて行われ、そして、プランジャーコイルが切れることにより受信用テープ駆動装置が通常の速度で再生方向に駆動され、再生が開始されるものであることが認められる。また右証拠によれば、この再生中において聞きもらたしたところを再度聞くために一部巻戻しするための構成として引用例の開示するところは、右のリモコン信号とは異なる第2のリモコン信号を送出することにより、前述のリレーF等の動作によつてではなく、第2のリモコン信号に応答するリレーRS-2、リレーLの動作によつてプランジャーコイルを動作させて受信用テープを巻戻し、第2リモコン信号の送出を停止することによつて右各リレー、プランジャーコイルを消勢さて再生状態にする構成であることが認められる。
(4) 右認定の事実によると、引用例の装置は、被告の主張するとおり、リモコン信号の送出により巻戻され、リモコン信号の送出停止で再生を行う機能を有することが認められ、この点で本願発明と機能的には変りがないといえる。しかしながら、右認定のとおり、引用例の装置は右機能をもたらすための構成として第2のリモコン信号とこれに応答するリレーRS-2、リレーL等を必要とするものであるのに対して、本願発明は、1つのリモコン信号の送出とその停止により右の機能を含めたすべての動作を行うものであり、このことは本願発明の要旨として明らかであるといわなければならない。
このように、本願発明と引用例の装置が右の点で機能的に同じであるといつても、その機能をもたらすための手段において両者はその構成を異にするものであることが明らかである。そして、前掲甲第3号証により引用例を精査しても、本願発明の右構成を開示、示唆する記載は見当らず、また、これが本願出願前周知慣用の技術であつたことを認定するに足りる証拠はない。
従つて、審決が右の機能の同一であることのみを理由に相違点(4)を実質的な相違と認めなかつたことは明らかに誤りであるといわなければならない。
2 取消事由(4)について
(1) 取消事由(4)(1)(2)の事実は当事者間に争いがなく、この(1)(2)により示される本願発明と引用例のものとの相違点が審決認定の相違点(5)に相当することは原告の認めるところである。
(2) 前掲甲第3号証によれば、引用例の装置においては、カム群の回転により始動後約72秒で、リモコン操作による受信用テープの動作に関係なく、装置が復旧するように構成されていることが認められる。このことと前記当事者間の争いのない(1)の事実によれば、引用例の装置にあつては受信用テープの再生中に装置が復旧することがあり、この場合には、使用者は電話を一旦切つて再度の呼出しにより受信用テープを再生状態にする必要があることが明らかである。これに対し本願発明においは、前叙のとおり、装置復旧以前にリモコン信号の送出による巻戻し及びリモコン信号の送出停止による再生をすることができ、電話をかけ直す必要がないという効果を有することが明らかである。
(3) そして、本願発明の右の効果が当業者において当然予想できたものであることを認めるに足りる証拠はないから、本願発明の前記相違点にかかる構成は、審決が述べ、被告が主張する理由から直ちに当業者が容易になし得たものとすることは相当でない。従つて相違点(5)につき格別の発明力を要しないとした審決の判断は誤りであるといわなければならない。
3 以上のとおり、相違点(4)、(5)についての審決の判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかである。従つて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。
3 よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)