東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)26号 判決
事実及び理由
一 請求の原因1ないし3の事実(特許庁における手続の経緯・本願考案の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取消すべき違法な点が存するか否かについて検討する。
1 本願考案の(ホ)の構成について
審決は、本願考案の(ホ)の構成の、「前記両側の大孔(カセツトの両側の大孔)の少なくとも一方にピンチローラを挿入させてテープを走行させると共に、カセツトに挿入される前記各磁気ヘツド(録・再ヘツド及び二個の小型ヘツド)の回路を動作制御する手段」は当業者が第一、第二引用例に基づいてきわめて容易に考案することができるものとするところ、原告は、審決の右判断は誤りである旨主張する。
(一) ピンチローラについて
(1) まず、当事者間に争いのない本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願明細書)、二(同手続補正書)及び後記認定の本願出願当時におけるテープレコーダに関する技術常識並びに弁論の全趣旨を併わせると、本願考案は、カセツト式テープレコーダに装着したカセツトを動かすことなくテープをリールからリールへと往復走行させ、テープの上半部と下半部にそれぞれ右往路又は復路別の録音を行い、かつその再生も行うことができる、いわゆるオートリバース式のカセツト式テープレコーダを主目的として考案されたものであり、本願考案の(ホ)のピンチローラの構成は、テープの右走行のために、カセツトの外側から、両側の大孔のうちのテープの進行所望方向の前方に位置するものに挿入するようにしたものであることが認められる。
(2) ところで、第一引用例に、審決認定のとおり、カセツトの一般的規格構成を示した項として、「ハ、二個のキヤプスタンおよびプレツシヤーローラーによつて再生は、カセツトを裏返すことなく連続させられる。」との記載のあること及び第二引用例に、ピンチローラが三つの大孔のうちの両側の大孔の一方に挿入されてテープを走行させる旨の記載のあることは、原告の認めて争わないところであり、右事実に、前掲甲第二号証の一、二、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)、第四号証(第二引用例)、第五号証(第三引用例)、乙第一号証の一、二、第二ないし第六号証、第七号証の一、二及び第八、九号証並びに弁論の全趣旨を併わせると、以下の事実が認められる。すなわち、テープレコーダは、本願出願前より、オープンリールのテープ、カセツトテープのいずれを使うものも種々開発、市販されて周知のものとなつていたこと、両者の構成原理は、カセツトテープがカセツト内に収納されていることに因る差異点を除いて同じであり、いずれのものも、両端を二個のリールに固定されたテープを往復走行させ、走行中のテープに、録音時には順次消去ヘツド及び録音用ヘツド(又は録・再ヘツド)を、再生時には再生用ヘツド(又は録・再ヘツド)をそれぞれ当接させて磁気を伝達させるようにし、テープに右走行をさせるためには、右各ヘツドよりテープの進行所望方向前方にピンチローラを設け、これと回転するキヤプスタンとの間でテープを圧接するようにした構成を具えており、この構成も周知されていたこと、カセツト式テープレコーダに使われるカセツトとしては、国内では、フイリツプス社開発のものが最も普及し、本願出願当時、単にカセツトといえばこれを指していたこと、そして、第二引用例には、当時周知のものとなつていた種々のカセツト式テープレコーダが記載されているが、いずれのものも、カセツトの中央孔に録・再ヘツドを、両側の大孔の一つにピンチローラを、他方に消去ヘツドをそれぞれ挿入し、ピンチローラに対応したキヤプスタンをテープの内側に挿入するようにし、録音は、まず、テープの巻かれたリール(供給リール)から他のリール(巻取リール)へテープを走行させる間に、テープの上半部又は下半部のいずれかの面に消去ヘツドと録音用ヘツドを順次当接させた後、次に、カセツトを反転裏返して、再びテープを右と同一方向に走行させ、右各ヘツドをテープの残り半分の面に当接させて行い、再生は、右と同様にテープを往復させ、右各録音面別に再生用ヘツドを当接させて行うようにした構成のものであること、なお、フイリツプス社開発のカセツトには、ピンチローラを両側の大孔のいずれに挿入しても、これと共働しうるキヤプスタンを挿入することができるようにその挿入孔が設けられていること、しかるところ、本願出願当時、すでに、少くともオープンリールのテープレコーダについては、本願考案と同じように、録再ヘツドを中央に、その両側に消去ヘツドを、さらにその両外側にピンチローラ(及びこれに対応するキヤプスタン)をそれぞれテープに当接しうるように設けたオートリバース式のものが開発されて周知となつており、また、同じテープレコーダとしてオープンリールのものと技術原理の共通するカセツト式テープレコーダについても、右と同様の構成を採用することにより、従前のものに比して明らかに便利なオートリバース式の録音、再生を行いうるとの認識は、当然のことながら当業者一般に存在していたこと、以上の事実が認められる。
(3) そして、右(2)の事実に前掲甲第三号証を併わせると、第一引用例における前記審決認定の記載部分は、カセツト式テープレコーダにおいて、カセツトの中央孔に再生用ヘツドを、両側の大孔にピンチローラを挿入しうるようにし、右ピンチローラに対応するキヤプスタンを設け、テープの進行所望方向前方のピンチローラとキヤプスタンを作動させる構成を具えることによつてオートリバース式の再生を行うことができることを意味したものであると同時に、右ピンチローラの構成に関しては、テープの走行法を右と同じくすべきオートリバース式の録音についてもこれを採用しうることを示唆するものと認めるのが相当である。
(4) 以上の事実によると、本願出願当時、すでに周知のものとなつていたカセツト式テープレコーダについて、これと技術原理を同じくするオープンリールのテープレコーダにおける周知のオートリバース式の構成を応用しようと考えること及びそのための構成として、ピンチローラを、それまでその挿入孔としてその一つを使用していたカセツトの両側の大孔の、テープの進行所望方向前方のものに随時挿入してテープに当接させるようにした構成、すなわち、本願考案の(ホ)のピンチローラの構成を考案することは、通常の技術常識を備えた当業者ならばきわめて容易になしえたものと認めるのが相当である。
(二) 磁気ヘツドの回路の動作制御手段について
前記(一)の(2)、(3)に認定の事実によると、テープレコーダに使われる各磁気ヘツドについて、その使用目的に適うように回路を動作制御する手段を講ずべきことは、いわば技術原理として当然予測されるところであり、本願出願当時の技術常識であつたものと認められ、前掲甲第三、四号証によると、第一、第二引用例の前記カセツトテープレコーダに関する記載も、右事実を当然の前提としたものであることが認められる。したがつて、本願考案の(ホ)構成の、各磁気ヘツドの回路を動作制御する手段は、当業者が右各引用例に基づいてきわめて容易に考案することができたものと認められる。
原告は、第一、第二引用例には本願考案の(ロ)、(ハ)、(ニ)の構成を具えた各磁気ヘツドは示されておらず、したがつて、その回路を動作制御する手段も示されていない旨主張する。しかしながら、右手段に関する前記技術原理は、磁気ヘツドの種類、数の如何を問わず通用しうるものであるところ、本願考案の(ホ)の構成は、右技術原理を適用した構成を規定するに止まるものであつて、それ以上に磁気ヘツドの種類や数等にかかる具体的構成を規定したものではない。したがつて、原告の右主張は、第一、第二引用例記載の磁気ヘツドと本願考案の磁気ヘツドとの間に主張のような相違が存するか否かに関係なく、それ自体、本願考案の(ホ)の構成の、各磁気ヘツドの回路を動作制御する手段についての前記判断を左右しえないものというべきである。
したがつて、本願考案の(ホ)の構成は当業者が第一、第二引用例に基づいてきわめて容易に考案することができるものとした審決の前記判断は正当であり、これと異なる原告の主張は理由がない。
2 本願考案の(ロ)の構成について 審決は、本願考案の(ロ)の構成の、カセツトの前記(二つの)小孔に挿入されるべき形状の小型ヘツドは、当業者が第三引用例に基づいてきわめて容易に考案することができるとするところ、原告は、審決の右判断は誤りである旨主張する。
(一) 第三引用例に、審決認定のとおり、三個の磁気ヘツドが図示され、カセツト用であること及びオートリバース用であることが明示されていることは、原告の認めて争わないところであり、前掲甲第五号証によると、第三引用例には、<1>カセツトステレオの見出しの下に、<2>三個の磁気ヘツドの外観を有するものが横に並んで図示され、<3>中央のものは大きく、その両側のものはいずれも中央のものの約半分の規模で図示され(同号証の記載及び表示上、両側のものを中央のものより特に実物より小さく表示したものとは認められない。)、<4>中央のものには、二個の横長の矩形が縦に並んで図示され、その各矩形はさらに上下に区切られており、一方、その両側のものには、いずれも中央部分に横に区切り線が図示され、さらに、左側のものには右区切り線の下方半分に、右側のものには同じく上方半分に、縦のギヤツプを示すと思われる線が示され、<5>中央のものの下には、R-400と、左側のものの下には、AE-300Aと、右側のものの下には、AE-300Bと符号が記されており、<6>さらにその下に、オートリバース用との説明記載がなされていることが認められる。
(二) そして、前記(一)の各事実に前記1の(一)の(2)に認定の周知事実並びに弁論の全趣旨を併わせると、第三引用例に図示されたものは、オートリバース式のカセツト式テープレコーダに使われる磁気ヘツドであることが認められる。ところで、本願出願当時、オープンリールのテープレコーダについては、オートリバース式のものとして中央に録音用(又は録・再)ヘツドを、その両側に消去ヘツドを、さらにその両外側にピンチローラを配設し、これらをテープに当接させる構成が周知されていたこと及びカセツト式テープレコーダについても、オートリバース式を行おうとする考えが存在し、その場合、当業者にとつて、カセツトの中央孔は録・再ヘツドを、両側の大孔にピンチローラをそれぞれ挿入する構成がきわめて容易に考案することができるものであつたことは前記1の(一)の(2)ないし(4)に認定したとおりであり、これによると、カセツト式テープレコーダにおいても、これをオートリバース式のものとするためには、録・再ヘツドのほかに、その両側に、かつピンチローラの内側に配設すべき二個の消去ヘツドを必要とすることがきわめて容易に想到されるとともに、右のようにカセツトの透孔のうち、中央孔と両側の大孔に録・再ヘツドとピンチローラを挿入させる構成とするならば、カセツト外からテープに当接させうる余地は、二つの小孔に限られることもまた当然に考えうるところといわなければならない。しかるところ、前記(一)の<2>の、三個の磁気ヘツド及びその並び方は、右オートリバース方式における各磁気ヘツドの数及びその配設の仕方と符合していることは明らかであり、前記(一)の<3>の、中央の磁気ヘツドと両側の磁気ヘツドの規模の相違点については、前掲甲第三、第五号証、乙第一号証の一、二及び乙第七号証の一、二によると、本願出願当時すでに周知されていた前記フイリツプス社開発のカセツトの各透孔の規模は、中央孔と両側の大孔は、ほぼ同じであつて、二つの小孔は、いずれも右大孔に比べて横幅が約三分の一、縦幅が約半分のものであり、一方、右カセツトに収納されるテープの幅は、右小孔よりも細く、したがつて、磁気ヘツドを小型化することによりこれを右小孔に挿入してテープに当接することのできるものであることが認められ、右事実によると、第三引用例図示の中央の磁気ヘツドと両側の小型磁気ヘツドの規模は、それぞれカセツトの中央孔と両側の小孔の規模に対応していること及びカセツトの小孔も磁気ヘツドを右のように小型化することによつてこれに挿入してテープに当接するために利用できることが認められ、前記(一)の<4>の、各磁気ヘツド上の図示部分については、テープレコーダにおいては、前記1の(一)の(1)、(2)に認定した事実によると、各磁気ヘツドのテープに対する磁気作用は、テープの往路、復路の別でテープの上、下半部の異なつた面に対して行われるものであり、したがつて、オートリバース式のものとするためには、録・再ヘツドがテープに対して磁気作用を行いうる部分は、テープの上、下半部に対応して上下二段に設けられなければならず、一方、各消去ヘツドのテープに対する磁気作用部分は、録・再ヘツドにおける右構成に対応して上半部又は下半部のいずれかに、かつ互いに異なる部分に設けられなければならないことが認められ、これによると、第三引用例の前記図示は、右の各磁気ヘツドがテープに対して磁気作用を行う部分に相応すべき構成を示しているとみることができ、前記(一)の<5>の、各磁気ヘツドに記された符号については、前掲甲第三、五号証及び乙第一号証の一、二によると、テープレコーダ業界においては、本願出願当時、録音用ヘツド、録・再ヘツド、消去ヘツドに、録音、再生、消去を意味する英語の、Recording, Playback, Erasingの各頭文字に由来する、R、R/P、Eの符号が使われており、そのことが周知となつていたことが認められる。
(三) 前記(一)、(二)の事実によると、本願出願当時、通常の技術常識を備えた当業者ならば、第三引用例には、オートリバース式のカセツト式テープレコーダに使用されるべき磁気ヘツドが図示されており、中央の磁気ヘツドは、録音用又は録・再ヘツドでカセツトの中央孔に挿入して使用されるものであり、両側の磁気ヘツドはいずれも消去ヘツドでカセツトの両側の小孔に挿入して使用されるものであることをきわめて容易に理解しうるものと認められ、これによると、本願考案の(ロ)の構成の、カセツトの小孔に挿入されるべき形状の小型ヘツドは、当業者がきわめて容易に考案することができたものとみるのが相当である。
したがつて、本願考案の(ロ)の構成は当業者が第三引用例に基づいてきわめて容易に考案することができたものとした審決の判断は正当であり、これと異なる原告の主張は理由がない。
3 本願考案の(ニ)の構成について
審決は、本願考案の(ニ)の構成の、前記各磁気ヘツド(録・再ヘツド及び二個の小型ヘツド)を備え、かつ録音(又は再生)時前記小型ヘツドを前記小孔の少なくとも一方に前記録・再ヘツドを前記中央孔にそれぞれ挿入させる摺動板は、当業者が第二、第三引用例に基づいてきわめて容易に考案することができたとするところ、原告は、審決の右判断は誤りである旨主張する。
第二引用例に、審決認定のとおり、カセツト式テープレコーダにおいて、録・再ヘツドと消去ヘツドを一つの摺動板に取付け、この摺動板を摺動させることによつて右各磁気ヘツドをカセツトの透孔に挿入させてテープに当接させることが記載されていることは、原告の認めて争わないところ、右事実及び前掲甲第四号証によると、右摺動板は、前記1の(一)の(2)認定のとおり本願出願当時に周知となつていた各種のカセツト式テープレコーダにおいて、いずれもテープに当接させることの必要な録・再ヘツド及び消去ヘツドについて、それぞれこれを同一板に取付け、摺動させることによりカセツトの中央孔及び両側の大孔の一つに挿入させうるように構成されたものであることが認められる。右事実によると、第二引用例記載の各磁気ヘツドと同様にカセツトテープに当接させることを必要とする本願考案における各磁気ヘツドについて、第二引用例記載の摺動板と同じ構成原理のもの、すなわち、本願考案の(ニ)の、各磁気ヘツドを取付け、摺動させてカセツトの前記各透孔に挿入させ、テープに当接させる摺動板は、当業者がきわめて容易に考案することができたものと認めるのが相当である。
原告は、第二引用例には本願考案における小型ヘツドは示されていない旨主張するが、本願考案の(ニ)の構成は、前記のとおりであり、各磁気ヘツドの摺動板への取付や摺動の具体的態様についてまで示したものではないのであるから、右主張は、それ自体、本願考案の(ニ)の構成についての前記判断を左右しえないものというべきである。
したがつて、本願考案の(ニ)の構成は当業者が第二、第三引用例に基づいてきわめて容易に考案することができるとした審決の判断は正当であり、これと異なる原告の主張は理由がない。
以上の次第で、審決を違法とする原告の主張は、いずれも理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法な点は認められない。そして、このことは、前掲乙第八、九号証によると、本願出願前にすでにカセツト式テープレコーダについて本願考案と同様の構成を示したうえ、その改良を目的とした特許、実用新案の登録出願が相次いでなされていたことが認められることによつても裏付けられるところである。
三 よつて、審決に違法があるとしてその取消を求めた原告の請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
(イ) 縁辺の長手方向における両側と中央にそれぞれ三個の磁気テープ(以下「テープ」という。)露出用大孔(以下「中央孔」及び「両側の大孔」という。)を形成し、これら大孔のそれぞれ中間に二個のテープ露出用小孔(以下「小孔」という。)を形成してなる磁気テープカセツト(以下「カセツト」という。)と、
(ロ) 前記小孔に挿入されるべき形状の小型磁気ヘツド(以下「小型ヘツド」という。)と、
(ハ) 前記中央孔に挿入されるべき録音・再生磁気ヘツド(以下「録・再ヘツド」という。)と、
(ニ) 前記各磁気ヘツドを備え、かつ録音(又は再生)時前記小型ヘツドを前記小孔の少なくとも一方に前記録・再ヘツドを前記中央孔にそれぞれ挿入させてテープに当接させる摺動板と、
(ホ) 前記両側の大孔の少なくとも一方にピンチローラを挿入させてテープを走行させると共に、カセツトに挿入される前記各磁気ヘツドの回路を動作制御する手段とを具備したことを特徴とするカセツト式テープレコーダ(ただし符号(イ)ないし(ホ)は本判決で付したものである。以下右(イ)ないし(ホ)の各構成部分をそれぞれ「本願考案の(イ)ないし(ホ)の構成」という。)。