東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)285号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)、(2)について
(一) 成立に争いのない甲第三号証によると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「従来より熱可塑性重合物質により、主織物に対し、芯地を接着させることにより織物を補強、硬化乃至修理するための接着性芯地は周知である。」(同号証本願公報一欄下から一六ないし一四行)こと、従来の方法には、接着剤である熱可塑性合成樹脂をフイルム、粉末の形態で用いるホツトメルト型、有機溶剤溶液の形態で用いる有機溶剤型、プラスチゾルの形態で用いるプラスチゾル型があるが、これら従来の方法は、「いずれにしても接着芯地用の接着剤に芯地のすき間に出来るだけ沈降せず表面に凸状に出るように工夫されているにも拘らず接着剤を有機溶剤型ホツトメルト型、又はプラスチゾル型のいずれの形で適用された場合でも一旦は熱を加えて有機溶剤を飛散させるか、ホツトメルトを流動化するとか、プラスチゾルをゲル化させるかの処理をほどこす必要があるため、接着剤は熱により一時的に流動性をおびるため芯地のすき間に沈降し、凸状に樹脂を固着させるには、織物と接着させるに必要以上の樹脂量を塗布しなければならない欠点がある。」(同二欄二三ないし二九行)こと、これに対し、「本発明の目的は、この様な熱可塑性接着剤の芯地のすき間への沈降を防止し、かつ接着性並びに耐ドライクリーニング性にすぐれた接着剤を従来全く得る事の出来なかつた熱可塑性合成樹脂エマルジヨンにより製造し、このエマルジヨン系接着剤を用いた接着性芯地の製造法を提供する事である。」(同二欄三五行ないし三欄三行)こと、「合成樹脂エマルジヨンは、加熱乾燥によつて流動性を出すのではなく、逆に樹脂化するために芯地のすき間に沈降する事がきわめて少く、しかも合成樹脂エマルジヨンは分散媒たる水を飛散させるのみで容易に樹脂化するという特性をもつている。」(同三欄九ないし一四行)が、「合成樹脂エマルジヨン単独では、例へ増粘剤によつて粘度を上昇した場合に於ても、まだ未乾燥の状態では芯地基布上に凸状を形成させる事が出来るが、乾燥に於て水分が飛散した後は、樹脂濃度が低いため要求された程の凸状は得られない。」(同三欄四ないし八行)、「従つて本発明ではこのエマルジヨンの特性を利用し、更に充分に芯地の表面に樹脂(接着剤)を凸状に出すために熱可塑性合成樹脂粉末を配合し、この配合物を繊維製芯地上に付着させて乾燥すれば、芯地の変形を伴うことなく、エマルジヨンの樹脂化によつて芯地上には熱可塑性樹脂が凸状に積層されるので目的を達する事が出来ることを見出し」(同三欄一四ないし二一行)、「更に、熱可塑性合成樹脂粉末を含有させることにより、単に接着剤の芯地のすき間に沈降するのを防止するばかりでなく、熱可塑性合成樹脂エマルジヨン中の樹脂と樹脂粉末とが、アイロンの熱によつて相溶又は相混和し、芯地の織物に対する接着力を高め、又、耐クリーニング性を高める事が見出された。」(同三欄二二ないし二九行)ことによつて本願発明を完成し、「商業的ドライクリーニングにも耐えることのできる接着芯地を提供する事が出来るようになつた。」(同四欄二ないし四行)と説明されていることが認められる。
右説明と前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は、従来の接着性芯地の製造方法における熱可塑性合成樹脂が製造時の加熱により芯地のすき間に沈降してしまうという欠点を解消することを目的として、繊維性芯地の上に付着させる接着剤として熱可塑性合成樹脂をエマルジヨンの形態にして用い、これに、右エマルジヨンの樹脂分濃度の不足を補つて芯地の表面に合成樹脂が凸状に積層されることを可能にするため、また、加熱接着時における芯地の織物に対する接着力を高め耐ドライクリーニング性を向上させるために熱可塑性合成樹脂粉末を配合することを主眼としたものであることが認められる。
(二) 一方、成立に争いのない甲第五号証によると、引用例は「可撓性基材の片面又は両面に感熱性接着剤の不連続な点状コーテイングを有し、衣料工業で使用するのに適した融着性芯地の製造に関する。」(甲第五号証訳文一頁二ないし五行)発明を開示した英国特許明細書であるが、そこには、熱可塑性組成物をプラスチゾル又はオルガノゾルの形態で用いる接着性芯地の製造法は知られているが、「こうした方法に於ては、使用可能なポリマーが限定されるばかりでなく、可塑剤の使用量が通常は組成物の四〇~六〇重量%と多く、しかも衣服の製造に利用するに際しては、衣料工業で使用されている各種のプレスで得られる温度よりも、一般に高い温度を必要とする。」(同二頁二ないし八行)欠点があり、また、「上記したように可塑剤を高割合で使用することは、析出物が溶融しているうちはその流動に役立つものの、〝シミコミ〟や〝シミトオリ〟を起しやすい点で衣服の製造に不都合がある。ここで〝シミコミ〟とはプレス操作中に接着剤が芯地基材中に流れ込んでしまうことであり、〝シミトオリ″とは芯地が接着せしめられる衣服の外側の生地に流れ出すことである。もし上記のプラスチゾル又はオルガノゾル組成物に用いる可塑剤の割合を少なくすると、この場合は、得られる芯地は洗濯及び/又はドライクリーニングに耐え得る程の充分な接着性を発揮しないかもしれない」(同三頁九行ないし四頁四行)欠点があつたこと、これに対し、引用例の発明は、「直径〇・〇一~〇・二〇インチの小点の形で面上に付着させると〇・〇〇二~〇・〇二インチの高さを保持するような粘度を持つ感熱性接着剤の水性分散液を、可撓性基材に間隔をおいて付着させ、次いで付着物を乾燥して付着物中の感熱性接着剤を固化させることにより、温度八〇~一七〇度Cで軟化すると共に接着性を呈するようになる感熱性接着剤が間隔をおいて付着したコーテイングを前記の基材表面上に残留させることからなる衣服製造に用いられる融着性芯地の製造法を提供する」(同四頁五ないし一五行)ものであり、右の「水性分散液とは、水又は大部分が水からなる媒質に接着剤が分散した懸濁液、エマルジヨン及び乳液を包含する」(同四頁一五ないし一七行)ものであること、その「接着剤の基材としては各種の熱可塑性重合体が使用可能であつて」(同六頁一三・一四行)、共重合体、エストラマーが包含され、二種以上混合しても使用可能であること「芯地用接着剤として使用される組成物の流動性やその他の性質を変える必要がある場合には、ロジン、……アルキド樹脂、……合成樹脂例えばフエノール―ホルムアルデヒド樹脂、天然樹脂例えばシエラツク、コパール、ダンマーの如き改質用樹脂を併用することができ」(同七頁一一ないし一七行)、「耐ドライクリーニング性又はその他の性質を改善するためには、架橋能を持つ成分を上記した熱可塑性プラスチツクに混合することが好ましい」(同七頁一八行ないし八頁三行)こと、また、「接着剤組成物は、所望の熱的性質を備えていなければならないことは勿論である。すなわち、接着剤は通常の大気温度で可撓性を有し、且つ非粘着性でなければならず、他方では所望の接着温度、好ましくは一〇五~一三〇度Cで、例えば一一五~一二〇度Cで軟化し、衣服用生地に接着しなければならない。こうした性質を付与するには、接着剤の基材となる合成樹脂又はその他の重合体を、可塑化することが時として必要である。可塑剤の性質と配合割合は勿論重合体の性質に依存する。」(同八頁一一行ないし九頁三行)、その他必要に応じ熱安定剤、紫外線安定剤、潤滑剤、ソジウムカルボニシメチルセルローズ等の増粘剤を用いることができるが、「分散液は芯地基材への付着操作中に、あるいはその後の乾燥操作中に、基材へ浸透しないことが好ましく、乾燥後は基材を巻いて保存できるよう接着剤の小瘤は十分に非粘着性でなければならない。」(同一二頁一〇ないし一四行)と説明され、審決の理由の要点2に示す組成の接着剤を用いる方法が実施例一として挙げられていることが認められる。
右事実によれば、引用例の発明は、熱可塑性合成樹脂をプラスチゾル又はオルガノゾルの形態で用いる従来の方法で製造した接着性芯地は可塑剤の使用量が多いため芯地を織物に接着する際の加熱により接着剤が芯地基材中に流れ込みあるいは織物にまで流れ出す欠点を有していたことにかんがみ、この欠点を解消することを目的として、接着剤である熱可塑性合成樹脂を水性分散液(懸濁液、エマルジヨン、乳液)の形態にして用い、これを芯地基材上に多数の小瘤の形で付着するようにした接着性芯地の製造法に関する発明であつて、引用例には、これに適した水性分散液を得るために熱可塑性合成樹脂粉末その他各種の物質を必要に応じ改質剤等として加えること、接着剤組成物を芯地基材に付着固化させる乾燥操作中にそれが芯地基材へ浸透しないようにすることが好ましいことも開示されていることが認められる。
(三) 原告は引用例のすべての実施例でフエノール樹脂が多量に配合されていることを挙げて、引用例の接着剤では熱硬化性合成樹脂が基本成分の一つであると主張する(取消事由(1))
右フエノール樹脂が熱硬化性合成樹脂であることは被告も認めるところであるが、引用例において、フエノール樹脂は接着剤組成物の流動性やその他の性質を変える必要がある場合に併用される改質剤として、ロジン、コパール、ダンマー等熱で軟化し溶融する樹脂とともに任意成分として挙げられていることは、前記認定の引用例の記載に照らし明らかである。
そして、前掲甲第三、第五号証によれば、本願発明の実施例一の樹脂エマルジヨンに含まれる熱可塑性合成樹脂として挙げられているアクリル酸エステル、樹脂粉末として挙げられているポリアミド、エチレン―酢ビ共重合体はいずれも、引用例の接着剤組成物に使用できる成分として例示されていることが認められるから、これを適切な割合で配合して水性分散液とすれば、引用例の方法においても接着性並びに耐ドライクリーニング性に優れた接着剤を得ることができると認められるのであつて、この場合熱硬化性合成樹脂を加える必要がないことは明らかである。その他、引用例の記載のすべてに徴しても、熱硬化性合成樹脂を併用しないと引用例の発明の目的、効果が達成できないと解すべき理由は見当らない。
原告の取消事由(1)の主張は失当である。
(四) 原告は、引用例の方法における接着剤は可塑剤を必須不可欠の成分とする旨主張する(取消事由(2))。
しかし、前認定の引用例の記載から明らかなように、引用例において可塑剤は、「可塑化することが時として必要である。」場合に加えられる任意成分として挙げられている。引用例の方法においても、可撓性があり適切な熱的性質を有する熱可塑性合成樹脂を接着剤成分として用いる場合に可塑剤を併用する必要がないことは、前示引用例の記載から明らかであるといわなければならない。
原告の右主張は失当であり、これを前提とする取消事由(2)の主張は採用することができない。
(五) 以上に述べたところによれば、審決が本願発明と引用例の実施例一の方法とを対比し、「熱可塑性合成樹脂エマルジヨンに、熱可塑性合成樹脂粉末を配合し、この配合物を繊維性芯地の上に付着させて乾燥する接着性芯地の製造方法において両者は一致し」と認定したことは正当であつて、原告主張の相違点の看過はないと認められる。
2 取消事由(3)について
前叙のとおり、引用例の方法において熱硬化性合成樹脂は任意の成分として挙げられている。そして、前認定の引用例の記載と原告も自認するとおり熱硬化性合成樹脂は一般に合成樹脂接着剤の主流を占める役割を果していることからすれば、引用例の方法において必要に応じ添加されるフエノール樹脂は主たる接着剤成分である熱可塑性合成樹脂の接着作用を補足するためのものと解される。してみれば、接着剤を芯地基材に付着固化させる乾燥工程において、接着剤成分の接着作用を喪失させる熱硬化や架橋反応を生じさせない程度に乾燥温度を調節すべきことは技術的に明らかといわなければならず、引用例の方法がこのように技術的に明らかな手段を講ぜず、乾燥工程においてフエノール樹脂が熱硬化し、ポリビニールブチラール微粉末と架橋反応を生じさせているとは到底認めることができない。右のことを考慮すれば、引用例におけるポリビニールブチラール微粉末は、本願発明における熱可塑性合成樹脂粉末と同様に、塗布時芯地基材面に接着剤を凸状に出し、水性分散液中に存していた熱可塑性合成樹脂と加熱接着時に相溶又は相混和し、もつて芯地の織物に対する接着力を高め、耐クリーニング性を高める効果を有するものと認められる。
したがつて、引用例のポリビニールブチラール微粉末が本願発明の熱可塑性合成樹脂粉末とその挙動が全く異なるとする原告の主張は理由がなく、右主張を前提とする取消事由(3)の主張は失当である。
3 取消事由(4)について
引用例の方法において、熱硬化性合成樹脂及び可塑剤はいずれも接着剤を組成する必須不可欠の成分としてではなく必要に応じ添加される任意成分として挙げられていると解すべきこと、その乾燥工程における乾燥温度として熱硬化性合成樹脂が熱硬化されるような高温を用いるものとは解されないことは、前叙のとおりである。そうすると、取消事由(4)の主張はすでにその前提において誤つており、この誤つた前提に基づいて審決の判断を論難する原告の主張は理由がない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決の認定判断にこれを違法とすべき点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
熱可塑性の合成樹脂エマルジヨンに、該エマルジヨン中の樹脂と加熱溶融時に相溶性若しくは相混和性を有する熱可塑性合成樹脂粉末を配合し、この配合物を繊維製芯地の上に付着させて温風または自然乾燥することを特徴とする接着性芯地の製造方法。