大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)53号 判決

一 請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

原告は、審決取消の事由として、審判手続における拒絶理由で不備の点として指摘された第一点ないし第五点は当業者が本願考案の明細書及び図面の記載によつて十分認識できることであるから、拒絶理由と同様に、これらの点が不明であるとした審決は誤つている旨主張するので、以下、この各点について順次検討する。

1 成立につき争いのない甲第二号証の一(本願考案の明細書及び図面)、同号証の二、三(同明細書の手続補正書)によれば、本願考案は、「自動車用変速機のフロアシフトコントロール装置に関し、特に、フロントエンジン、フロントドライブ方式のいわゆるFF車のフロアシフトトランスミツシヨンコントロール装置に関する」ものであつて、「通常、この種形式の変速機において採用されているリモートコントロール方式には、ダイレクトチエンジ方式に比して、操作レバーの操作感があいまいで、作動が不確実である欠点を有していた。」本願考案は、この「欠点を解決し、確実な操作感及び作動性を有するトランスミツシヨンコントロール装置を提供するものである。」(同明細書「考案の詳細な説明」の冒頭)ことが明らかである。

2 第一点について

前掲甲第二号証の一ないし三によれば、エクステンシヨンロツド5に関して、本願考案の明細書には、「図(別紙図面(一))において、1はトランスミツシヨンケース、2は該ケース1に固設された第一ブラケツト、3は車体フロア、4は該フロア3に固設された第二ブラケツト、5は第一ブラケツト2に一端を枢着され、他端を第二ブラケツト4に摺動可能に軸着されたエクステンシヨンロツド」と説明されていることが認められるが、右のように設置されたエクステンシヨンロツド5の作用、効果については説明がない。

しかしながら、自動車の駆動関連機構においては、エンジン又はこれと一体となつた変速機と車体との間には、走行中、通常、相対的変位が生ずること、そして、それがために、エンジン又は変速機と車体との間に設けられた操作機構に作動上不具合(操作感があいまいで、作動が不確実であることなど)が生ずるところから、その作動上の不具合を除去するための機構が採用されていたことなどは、従来周知のことであり、(成立につき争いのない甲第三号証特許公報の二欄二六行ないし三欄五行(別紙図面(二)参照)、甲第七号証の二ないし五)、また、変速機をリモートコントロールする装置においては、エンジン側と車体側との間に関連するシヤフト(ロツド)について、その一端をエンジン側には回転または枢動自在に、また、他端を車体側に摺動自在にそれぞれ支承した具体的構造は、前掲甲第三号証及び甲第七号証の二ないし五にみられるように、本願考案の出願前周知の構成である。

ところで、本願考案におけるエクステンシヨンロツドは、「トランスミツシヨンケースに一端が枢着され、他端が車体フロア下部に摺動可能に軸着された」構造(実用新案登録請求の範囲)であり、明細書の考案の詳細な説明及び明細書と共に願書に添付された図(別紙図面(一))においては、「エクステンシヨンロツド5は、前叙のとおり、「第一ブラケツト2(エンジン側)に一端を枢着され、他端を第二ブラケツト4(車体側)に摺動可能に軸着され」ていることが説明されている。右の明細書及び図面の各記載を、前記の周知事項を斟酌して、理解すれば、本願考案におけるエクステンシヨンロツドは、前記のような構成を採用することによつて、自動車の走行中、トランスミツシヨンケースが前後、上下、左右に振動して、車体フロアとの間に相対的変位が生じた場合にも、トランスミツシヨンケースに取付けられているエクステンシヨンロツドが、これに無理なく追従し、また、エクステンシヨンロツドの揺動も吸収されることになり、これによつて、トランスミツシヨンコントロール装置の他の部材に悪影響を及ぼすことが少なくなるという作用効果を当業者が容易に認識しうるものと認められる。したがつて、右のような作用効果が本願考案の明細書中に特に明記されていないことをもつて、実用新案法第五条第三項に規定された要件を満たしていないものということはできない。

3 第二点について

本願考案の操作レバーの先端の構成に関しては、その明細書の「実用新案登録請求の範囲」に、「先端が上記エクステンシヨンロツドに揺動自在に結合されると共に基部が上記コントロールチユーブに結合され」と記載されているほか、「考案の詳細な説明」には、「6は該エクステンシヨンロツド5に回転並びに摺動自在に緩嵌し、後端近傍にボス6aを垂設したコントロールチユーブ、7はコントロールチユーブのボス6aにピン8で一体的に結合され、先端がエクステンシヨンロツド5の一部に揺動自在に装着された操作レバーであり、車両進行方向に対して前後又は左右に操作することによつてコントロールチユーブ6は前後に摺動し、又は左右に回転する。」(二頁一二行ないし末行)と記載されているのみであり、明細書と共に願書に添付された図面(別紙図面(一)参照)をみても、操作レバーの先端がエクステンシヨンロツドの一部にどのような具体的構造によつて「揺動自在に装着」されているのかは必ずしも明瞭ではない(操作レバーの基部とコントロールチユーブのボス部は、ボス6aにピン8で一体的に結合されている。)。

しかしながら、自動車用変速機のリモートコントロール機構としては、一端固定の棒状体にコントロールシヤフトを摺動自在に嵌挿し、コントロールシヤフトのボス部に操作レバーの基部をピンで揺動自在に支承し、かつ、操作レバー基部の先端を前記棒状体に揺動自在に支承して、操作レバーを操作することによつて、コントロールシヤフトを前記棒状体に対して、摺動自在に、しかも、回転可能にした構造は、本願考案の登録出願前に当業者にとつて公知の構造である(成立につき争いのない甲第四号証特許出願公告昭四七―三〇一二五号特許公報の第1図及び第2図参照)。

右のような公知の事項と本願考案における操作レバーの先端の構成に関する明細書の前記記載とを併せ考えると、本願考案におけるエクステンシヨンロツド、コントロールチユーブのボス部及び操作レバーの基部ないし先端との関連構造並びに作用、効果については、当業者が容易に認識できるところと認められる。なお、被告は、本願考案では、「操作レバーの基部がコントロールチユーブに結合されている。」(実施例においては、前記認定のごとくピン8で一体的に結合されている。)ので、操作レバー7を添付図面(別紙図面(一)参照)の<1><省略><2>方向に動かすことができないと主張するが、本願考案において、ここに「一体的に結合」とは、操作レバーの機能からしても、「一体的に固着した構造」を意味するものとは到底解されず、ある程度の回動や摺動を許容して結合する場合が当然含まれ、これを意味しているものとみるのが相当であるから、この点の被告の主張は採用できない。

4 第三点について

前掲甲第二号証の一ないし三によれば、本願考案の明細書には、「伝達部材」に関して、次のような記載の存することが認められる。すなわち、「操作レバー7を前後方向に操作すると、コントロールチユーブ6も前後に移動して第1連動レバー9、シフトロツド10、シフトレバー11を介して、セレクトシヤフト12は回転し、一方、操作レバー7を左右方向に操作すると、コントロールチユーブ6は回転方向に変位し、第2連動レバー13、セレクトロツド14、セレクトレバー15及びその摺動子15aを介して、セレクトシヤフト12は軸方向に摺動変位する。」(三頁一四行ないし四頁二行)

右の記載に徴しても、本願考案の「実用新案登録請求の範囲」における「伝達部材」は、右のような第1連動レバー9、シフトロツド10、シフトレバー11及び第2連動レバー13、セレクトロツド14、セレクトレバー15などを指すものであることが明らかである。そして、本願考案における「伝達部材」は、コントロールチユーブ先端の変位をトランスミツシヨンのセレクトシヤフトの変位に変換するものであれば足り、その具体的構成の如何を問うものでないというべきである。

この点に関し、被告は、本願考案の「伝達部材」は、(A)コントロールチユーブ先端の軸方向の摺動変位をセレクトシヤフトの回動変位に、また、前者の軸心を中心とした回動変位を後者の軸方向摺動変位に、それぞれ変換して伝えると共に、(B)コントロールチユーブ先端のシフト変位とセレクト変位とが、それぞれ互いに他に影響を与えることなく、独立してその変位をセレクトシヤフトに伝える機能を有するものでなければならない、と主張し、したがつて、前記(A)、(B)の機能を奏するための「伝達部材」の構成が本願考案において必須の構成要件であるべきであると主張する。

しかしながら、すでに前1項において認定したとおり、本願考案は、自動車用フロアシフトトランスミツシヨンコントロール装置に従来採用されているリモートコントロール方式における、ダイレクトチエンジ方式に比して、操作レバーの操作感があいまいで、作動が不確実であるという欠点を除去することを目的としたものであつて、コントロールチユーブの変位をセレクトシヤフトに伝達するための具体的な構成を、特に考案の目的ないし内容としたものではない。

したがつて、被告が指摘する前記(A)、(B)の機能を奏するための具体的な「伝達部材」の構成を、本願考案の必須の構成要件たるべきものと考える必要はない。

この点の被告の主張は、肯認しえない。

5 第四点について

操作レバー7の操作に伴つて、セレクトシヤフト12が変位するための連動態様は、すでに、第三点の検討において認定した本願考案の明細書三頁一四行ないし四頁二行の記載によつて、明らかである。ただ、操作レバー7を添付図面(別紙図面(一))の<1>、<2>、<3>、<4>、に操作した場合に、セレクトシヤフト12が<1>、<2>、<3>、<4>、に変位することの個々の具体的説明はない。しかし、各リンク部材(伝達部材)の関連構造については、本願考案の明細書に、「9は摺動子9aがコントロールチユーブ6の先端付近の円周溝6bに係合することによりコントロールチユーブ6の軸方向の動きに連動し、トランスミツシヨンケース1にピン結合する第1連動レバー、10は下端が第1連動レバー9に連結された伝達部材たるシフトロツド、11はシフトロツド10の上端に連結されセレクトシヤフト12に一体的に固設されたシフトレバー、13は基部をコントロールチユーブ6の先端側に固設されエクステンシヨンロツド5の枢着部付近にまで達する第2レバー、14は第2レバー13とセレクトレバー15とを連結する伝達部材たるセレクトロツドで、セレクトレバー15に植設された摺動子15aはセレクトシヤフト12の円周溝12aに係合する。」(前掲甲第二号証の一、二頁末行ないし三頁一三行)と説明されているので、この説明と図面の記載とを併せ斟酌すれば、伝達部材の個々の具体的な変位の態様は、次のとおり理解することができる。

(1) まず、操作レバー7を操作して、例えば、第1速に変速する場合には、操作レバー7をまず左方向(図中手前方向)に操作する。これに伴い、コントロールチユーブ6が矢印1st、2nd側に回動され、この回動は第2連動レバー13を介してセレクトロツド14を引下げ、セレクトレバー15を反時計方向に回動させ、セレクトシヤフト12を引き抜く(図中右方向)よう作動する。

(2) 次に、操作レバー7をシフトパターンに従い前方に操作する。これに伴い、操作レバー7は前記エクステンシヨンロツド5に揺動自在である下端を支点として、コントロールチユーブ6を前方すなわち第1ブラケツト2側に移動させ、コントロールチユーブ6は、前方の円周溝6bを介して、第1連動レバー9を図中時計方向に回動させ、シフトロツド10を押上げ、これと連結したシフトレバー11を介して、セレクトシヤフト12を矢印<1>方向に回動させて、第1速に変速される。

(3) 以下、順次シフトパターンに従い<2>、<3>、<4>、に操作レバー7を操作すれば、コントロールチユーブ6は矢印2nd、3rd、4th、R方向に回動して、第2連動レバー13、セレクトロツド14、セレクトレバー15を介して、セレクトシヤフト12をそれぞれ軸方向位置<1><2>、<3><4>、に操作すると共に、コントロールチユーブ6の前方への操作<1><3>及び後方への操作<2><4>は、第1連動レバー9、シフトロツド10、シフトレバー11を介して、セレクトシヤフト12を<1><3>方向及び<2><4>方向へ回動させて、それぞれ変速する。

右のように、操作レバーを操作した場合のセレクトシフトの変位を生ずる作動態様は当業者が容易に看取しうるものというべきであるから、本願考案の明細書は、この点においても、当業者が容易にその実施をすることができる程度に構成及び作用が記載されているというべきである。

この点について、被告は、(イ)第1連動レバー9のトランスミツシヨンケース1に対するピン結合点、(ロ)第2連動レバー13のコントロールチユーブ6に対する結合点及び(ハ)セレクトレバー15のトランスミツシヨンケース1に対する取付構造が、それぞれ不明瞭であると主張する。しかしながら、被告が指摘する前記(イ)の点は添付図面(図面(一))の記載をみると、トランスミツシヨンケース1から張り出したブラケツト状部材及びL字状の第1連動レバー9の曲り部付近に軸状の部材が示されており、そこが枢支点と認められる。また、(ロ)の点については、第2連動レバー13は、コントロールチユーブ6の回転軸心に対してオフセツトされていることが、図面の記載から容易に認識しうるところであり、(ハ)の点についても、セレクトレバー15は、トランスミツシヨンケース1に取付けられたブランケツトに設けられた軸を中心に回動するものであることが図面上容易に理解できる。したがつて、本願考案の実施の態様を把握するに足り、この点の被告の主張は採用できない。

6 第五点について

本願考案の「実用新案登録請求の範囲」の記載については、当事者間に争いがないところ、そこには、「トランスミツシヨンケースに一端が枢着され、他端が車体フロア下部に摺動可能に軸着されたエクステンシヨンロツドと、該エクステンシヨンロツドに回転並びに摺動自在に緩嵌するコントロールチユーブ」及び「コントロールチユーブ先端の変位をトランスミツシヨンのセレクトシヤフトの変位に変換する伝達部材」との各記載がある。右の記載は、要するに、エクステンシヨンロツドの一端がトランスミツシヨンケースの一部に枢着され、そして、このエクステンシヨンロツドに緩嵌されたコントロールチユーブの先端の変位を、トランスミツシヨンに設けられたセレクトシヤフトの変位として伝達する伝達部材が設けられていることを意味しており、右のような構成を採用することによつて、エクステンシヨンロツドの枢着部とセレクトシヤフトの受働部とを異なる位置に配設しうることが明らかである。

このことは、コントロールチユーブ及びそれと同軸のエクステンシヨンロツドのトランスミツシヨン側端部をセレクトシヤフトの位置から任意に離れた、他の部品と干渉しない自由な位置に配置できるという効果を奏するということにほかならない。

右の作用、効果を奏するための構成が登録請求の範囲に記載されていないとした審決の認定は誤りである。

7 以上のとおりであるから、本願考案の明細書及び図面の記載は、本願考案に係るトランスミツシヨンコントロール装置の具体的構造及びその作用、効果については必ずしも十分であるとはいえないとしても、すでに検討したようにこの種装置に関する本願考案の出願前の技術的水準を考慮に入れれば、本願考案が目的ないし内容とする構成は、理解するに難くないものといわざるをえない。

したがつて、本願考案の明細書及び図面の記載が前記五点において不備のため実用新案法第五条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていないとした審決は、結局失当であるというほかはない。

そうすると、審決は、違法として取消を免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註その一〕本願考案に関する事項は左のとおりである。

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四八年五月七日、特許庁に対し、名称を「トランスミツシヨンコントロール装置」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(実願昭四八―五二六二八号)をしたところ、昭和五二年一一月二四日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和五三年一月一九日、審判を請求(昭和五三年審判第六九八号事件)したが、特許庁は、昭和五六年一月一四日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一月二八日原告に送達された。

2 実用新案登録請求の範囲(昭和五二年七月二五日付手続補正書による補正後の記載)

「トランスミツシヨンケースに一端が枢着され、他端が車体フロア下部に摺動可能に軸着されたエクステンシヨンロツドと、該エクステンシヨンロツドに回転並びに摺動自在に緩嵌するコントロールチユーブと、先端が上記エクステンシヨンロツドに揺動自在に結合されると共に基部が上記コントロールチユーブに結合され、該コントロールチユーブを上記エクステンシヨンロツドに対して回転並びに摺動せしめる操作レバーと、上記コントロールチユーブ先端の変位をトランスミツシヨンのセレクトシヤフトの変位に変換する伝達部材とからなるトランスミツシヨンコントロール装置。」

(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>

図面(三)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!