東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)83号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて判断する。
1 原告は、乙(先願発明)が耐摩耗性材料を掬い面より突出して「溶着」したのは、構成刃先を掬い面先端に支えることを目的としたがためであり、甲(本願発明の特許請求の範囲の第一番目の発明)は掬い面より沈んだ位置に「被覆層」を設けたもので、その被覆部分で構成刃先を掬い面先端に支えるというようなことは全くなく、両者はその目的を異にするのに、審決はこの点の差異を見落している旨主張する。
しかし、乙において耐摩耗性材料を掬い面に「溶着」すれば甲におけるように耐摩耗性材料の「被覆層」ができるのは当然のことであり、乙が耐摩耗性材料を掬い面に溶着するのはその部分の耐摩耗性向上を意図してのことである―先願発明の明細書(成立について争いのない甲第三号証参照)には、工具鋼において、切削時に切削層が掬い面と接触する位置である切刃稜から〇・三mmないし一mm離れたところの摩耗・損傷をなくすために、耐摩耗性材料を溶着する旨の記載がある(甲第三号証第三欄第五行ないし第一四行、第四欄第二〇行ないし第三〇行)ーから、審決がその点において両者は同一であるとしたことに誤りはなく、仮りに乙において掬い面に耐摩耗性材料を溶着することにより構成刃先が支持されるようになつても、その溶着により掬い面の耐摩耗性が向上されることには変りはないから、原告の主張は理由がない。
2 原告は、超硬切削工具では切削速度が大きいために構成刃先がほとんど生じないのに対し、工具鋼切削工具では切削速度が小さいために構成刃先が生ずるのであるから、両者は切削工具として互に性質の異なるものであるのに審決が、対象となるものが超硬合金のスローアウエイチツプであるか、工具鋼切削工具であるかは甲、乙両発明の目的・効果の上からも格別の差異とは認められないとしたのは誤つている旨主張する。
しかし、成立について争いのない甲第二号証の一及び三によれば、本願発明の技術的意義は、超硬合金チツプにおいて、切削時に切削屑が掬い面と接触する位置であるブレーカー溝面の摩耗・損傷を防止するために、そこに耐摩耗性材料の被覆層を設けたことにある(甲第二号証の一第二欄第一九行ないし第二三行、同欄第三六行ないし第三欄第七行)と認められるところ、先願発明における工具鋼においても、切削時に切削屑が接触する掬い面に耐摩耗性材料を溶着したものであること前説明のとおりであり、切削屑が接触する掬い面の摩耗・損傷を防止する目的の点において両者は同一であり、両者の切削速度の大小による構成刃先の生成の有無はその点にいささかの影響を及ぼすものではなく、審決が甲、乙両発明は、目的・効果の上からも格別差異がないとした判断に誤りはない。原告の主張は理由がない。
3 原告は、掬い面とチツプブレーカーとは同一ではないのに、審決は両者の区別を否定し、乙のような掬い面も普通段差があつてチツプブレーカーとして働くので甲のブレーカー溝面との差異はないとしたのは誤つている旨主張する。
しかし、審決は掬い面とチツプブレーカーは同一であるといつているのではなく、乙におけるような工具鋼切削工具も普通掬い面に段差があり、その段差がチツプブレーカーとして働くといつているのであつて、成立について争いのない甲第四号証の一によれば、切削工具の掬い面にはチツプブレーカーと称する段があることが普通であると認められるから、審決の右認定に誤りはなく、切削屑が擦過することにより摩損されることでは先願発明におけるチツプブレーカー部分も本願発明のブレーカー溝面と差異はないとした審決の認定にもなんら誤つた点はない。
三 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本件審決にはこれを取消すべき違法の点はないから、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 超硬合金チツプよりなる切削工具において、すくい面上のブレーカー溝面にTicを主成分とする被覆層を有し、他の部分の全部、又は少なくともランド部及び主切刃に隣接するチツプ外周部を含む一部は同被覆層を有さないことを特徴とするスローアウエイ型超硬切刃。
(2) スローアウエイ型超硬チツプの全外表面上にTicを主成分とする表面被覆層を形成した後、ブレーカー溝面以外の全部、又は少なくともランド部及び主切刃に隣接するチツプ外周部を含む一部の同被覆層を除去することを特徴とする超硬切刃の製造方法。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>