東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)87号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 本願発明に関する請求の原因四、1、(一)の事実、審決摘示の引用例A発明の記載内容及び同発明に関する請求の原因四、2の事実、審決摘示の引用例B発明の記載内容及び同発明に関する請求の原因四、3、(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない(なお、成立に争いのない甲第四、第一〇号証によれば、引用例B発明に係る容器は順次はめ込み式の三個からなるが、審決摘示の構成を有するのは外側のものと認められる。)
右争いのない事実に基づいて本願発明と引用例A発明を対比すると、両者は、内側殻体と外側殻体とを有する合成壁を有する放射性物質貯蔵及び運搬用容器である点で一致するほか(以上の点は当事者間に争いがない。)、合成壁内部は有用キヤビテイを画定している円筒形容器により形成され、内側殻体は放射線(ガンマ線)遮蔽用の高密度材料によつて囲まれている点及び放射性物質からの崩壊熱除去のため外側殻体の外面に対して全体的方向が半径方向である伝熱素子が配置されている点で一致し、本願発明が外側殻体の外面に対して配置されかつ伝熱素子が部分的に埋め込まれている中性子吸収材の層を備えているのに対し、引用例A発明ではかかる中性子吸収材の層を備えていない点において相違している(右相違点は当事者間に争いがない。)。
三 そこで、右相違点について判断する。
1 前記のとおり、引用例A発明はガンマ線を放射する使用済燃料(放射性物質)の貯蔵及び運搬用容器に関するものであるところ、ガンマ線のほか中性子をも放射する使用済燃料の貯蔵及び運搬用容器を開発するに当つては、右両放射線を同時に遮蔽し、かつその崩壊熱を除去するという課題を解決する必要がある。しかして、前記引用例A発明のほか、前記のように、放射性物質からの中性子遮蔽及び崩壊熱除去に関する引用例B発明が引用例に開示されている以上、まず、A容器においてガンマ線を遮蔽し、その伝熱素子に崩壊熱除去の機能をもたせたうえ、A容器の外側殻体に接しその外側に右伝熱素子を埋め込むように中性子遮蔽のための吸収材の層を形成することによつて、右課題を解決し得ることは当業者として容易に着想し得るものということができる。即ち、引用例A発明及び同B発明から本願発明を推考することは容易であると認めるのが相当である(なお、原告は引用例B発明が請求の原因四、3、(三)において原告が指摘する本願発明の構成を備えていない旨主張するが、審決は引用例B発明の構成から本願発明の右構成を推考することは容易であると認定したにすぎないから、原告の右主張は意味のないことに帰する。)
2 原告は、引用例A発明と同B発明に関する技術は分野を異にする旨主張するが、両発明とも、本願発明同様放射性物質から放射される放射線の遮蔽及び崩壊熱の除去において共通性を有しているものということができるから、本願発明の進歩性の判断資料とすることに支障はないものというべきである。
3 原告は、ガンマ線、中性子の性質及びそれぞれの放射性物質による崩壊熱の相違に照らし本願発明は、単に引用例A発明と同B発明を組合せただけで得られるものではなく、各種の実験を重ねた後にはじめて想到し得る旨主張する。
しかし、前記のとおり、引用例A発明はガンマ線を、同B発明は中性子をそれぞれ遮蔽し、かついずれも崩壊熱を除去する伝熱素子を備える容器に関するものであるから、その両者を組合せガンマ線と中性子を同時に遮蔽し、かつ共通の伝熱素子により崩壊熱を除去することができるのではないかと考え、そのための実験に着手することは、当業者にとつて格別困難なものと認めることはできない。また、本願発明において、ガンマ線と中性子を放射する使用済燃料を対象とするが故に、右両発明の組合せ手段において特段の工夫をこらしたとか、特異な実験をしたとかを認めるに足りる証拠もない。元来、発明は、実験の集積によつて得られるのは当然であり、本願発明の効果も両発明を組合せた場合に当然奏せられる以上のものを出でないものというべきである。
4 原告は、本願明細書に先行技術の記載がないことをもつて本願発明の進歩性の根拠として主張するが、そのようなことが、発明の進歩性を左右するものでないことはいうまでもないところである。
5 成立に争いのない甲第六号証(リーベン・W・ペターソン、C・ウエスレイ・スミス共著の論文「積出容器の設計と輸送」)、甲第八号証によれば、一九七〇年二月開催の核使用済燃料の運搬に関するサウザンガバナー会議において発表された右論文には、ガンマ線と中性子を放射する使用済燃料の運搬容器において、中性子放射を遮蔽するために容器のキヤビテイに水を入れる必要がある旨記載されていることが認められる(なお、成立に争いのない甲第七号証のC・ウエスレイ・スミス著の論文が右会議において発表されたことを認めるに足りる証拠はない。)。
原告は甲第六号証の論文の著者両名は放射性物質に関する専門家であり、引用例A発明及び同B発明を熟知していたと思われるにもかかわらず、中性子遮蔽のため、あえて重量の重い水系の容器を提案したのは、専門家でさえ右両発明を結合させることを気付かなかつたことを意味するとして、これを結合させた本願発明の進歩性を主張する。
しかし、前掲甲第四号証(引用例)、成立に争いのない乙第一号証(米国特許明細書第二、九六一、四一五号、昭和三六年三月一〇日特許庁資料館受入)によれば、高密度ポリエチレン、ポリエチレンのような水素原子含有量の高い化合物とホウ素又はホウ素化合物を含有した固態の樹脂質キヤリア等の水以外の中性子吸収材が使用されていることは本願出願前周知であつたことが認められるから、中性子遮蔽用の吸収材として水を選ぶか固態状のものを選ぶかは、いわば選択的事項であつて、専門家と称せられる前記論文の著者が水を使用したということは、右のような周知事実を前提としたうえで、本願発明とは異なる中性子遮蔽手段を選んだにすぎないものというべきである。したがつて、原告の右主張は、右論文の著者が引用例A発明及び同B発明を知つていたとしても、本願発明の進歩性を支える理由とはならないし、また、本願発明の容器が構造が簡単で重量が軽いということは、本願発明が非水系容器として中性子遮蔽手段に固態状吸収材を採用したことにより当然生ずる効果であつて、格別のものと認めることはできない。
6 以上述べたところによれば、原告主張の取消事由は理由がなく、本願発明が引用例A発明及び同B発明から容易に推考し得るとした審決の判断に誤りはない。
四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
合成壁を有する放射性物質貯蔵及び運搬用容器にして前記合成壁は、内部に有用キヤビテイを画定している円筒形容器を形成すると共に放射線遮蔽用の高密度材料によつて取り囲まれている内側殻体と、外側殻体であつて、その外面に対して配置され且つ伝熱素子が部分的に埋め込まれている中性子吸収材の層を有し、前記伝熱素子の全体的方向が半径方向である、前記外側殻体と、を有することを特徴とする放射性物質貯蔵及び運搬用容器(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>