東京高等裁判所 昭和56年(行コ)52号 判決 1982年5月18日
控訴人(原告) 菊島文雄
被控訴人(被告) 東京都杉並区建築主事
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和五二年五月一一日付杉建収第四〇一五号を以つて訴外帝人殖産株式会社に対してなした原判決添付別紙物件目録記載の建物についての建築確認処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴人において証拠として甲第六一号証、第六二号証(昭和五三年三月二八日当時の本件建物の状況写真)、第六三号証(同五四年七月頃の本件A、B両棟間の道路の状況写真)、第六四号証(同月頃の本件B、C両棟間の道路の状況写真)、第六五号証(同月頃の本件C、D両棟間の道路の状況写真)、第六六、第六七号証、第六八号証の一ないし三(一は同五三年一〇月一日、二、三は昭和五四年一二月二六日当時の本件A、B両棟間の道路の状況写真)、第六九号証の一(同五二年五月頃の本件建物付近にあるもと糧食研究会があつた土地の前の状況写真)、同号証の二(同五一年一一月一二日当時の前同所付近道路の状況写真)、同号証の三(同五二年五月二七日当時の前同所付近道路の状況写真)、同号証の四(同五四年四月一八日当時の前同所付近の状況写真)、第七〇号証(同五二年五月三一日当時の本件建物南側道路の状況写真)を提出し、被控訴代理人において前記甲号証のうち第六一、第六六、第六七号証の成立は認める、その余の甲号各証がいずれも控訴人主張の写真であることは認める、と述べたほか、原判決の摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決一九枚目裏六行目の「審査の対象」を「確認の要件」と訂正する)。
理由
当裁判所は、建築主事のなす建築確認は、建築確認を受けた者に対して当該建築物を適法に建築し得るという効果を生じさせるにとどまり、当該建築物を維持、存続するための要件をなすものではないと解すべきであるから、建築確認の対象たる建築物が完成した以上、その後に建築確認の取消を得ても、このことによつて当然に当該建築物を除却し、それが発生させている日照、通風等の利益の侵害を除去することはできないから、右利益の救済を目的として建築確認処分の取消を訴求する訴は、訴の利益を欠くものであり、本訴についても同様に解くべきものと判断するものであつて、その理由は原判決の説示理由と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決二四枚目裏一〇行の「九九条一項」の次に「二号」を加え、同二六枚目表三、四行目の「手続的」を削除し、同二六枚目表九行目の「妨げはない。」の次に「これを詳述すれば、」を加え、同九、一〇行目の「工事開始の手続要件」を「工事進行の要件」と、同二六枚目裏一行目の「おいては、」を「おいても、」とそれぞれ訂正する。)。
よつて、控訴人の訴を却下した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める判決
(原告)
一 被告が昭和五二年五月一一日付で訴外帝人殖産株式会社に対してした別紙物件目録記載の建物についての建築確認処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
(被告の本案前の答弁)
主文同旨
(被告の本案の答弁)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 訴外帝人殖産株式会社は、昭和五二年三月九日、被告に対し、(1)別紙図面記載のA、B、C及びDの土地(B、C及びD地については構内道路を含む。)、(2)A地南側の公園敷地、(3)A地とB地との間の道路及び(4)南側にある東西に向く道路のうちの拡幅部分の土地(以下(1)ないし(4)の土地をまとめて「本件土地」という。)上に建築すべき別紙物件目録記載のAないしDの四棟(A棟はA地に建築される。B棟以下同じ。)からなる浜田山リツツハウス分譲共同住宅(以下まとめて「本件建物」という。)について建築確認申請をした。これについて、被告は昭和五二年五月一一日付で建築確認をした(以下「本件確認処分」という。)。
二 しかしながら、本件確認処分は次のとおり違法である。
1 開発行為の許可を受けていない。
本件土地周辺は市街化区域であるところ、同区域内の農地である本件土地(登記簿上の合計面積六二九八平方メートル、実測による合計面積五三一八平方メートル)を宅地化することは都市計画法四条に定める「開発行為」に該当するから、これについては都知事の委任を受けた杉並区長から同法二九条に基づく許可を受けなければならない。ところが、本件土地については右許可がなされておらず、これを看過してなされた本件確認処分は違法である。
ところで、本件において、開発行為に該当するにもかかわらずその許可がなされていないのは、建築主の東京都千代田区霞が関一丁目四番四号帝人殖産株式会社なるものに法人格がなく開発許可の申請が不可能であり、加えて周辺道路が狭隘にすぎるという地形上の欠陥があつたために、被告や建築主等により本件土地の宅地化がそもそも開発行為に該当しないとの欺罔的な理屈が作出され、これを前提にして開発許可申請の手続が回避されたことによるものである。すなわち、被告や建築主等は、農地である本件土地は既成宅地と同様な土地であるからその宅地化は形質の変更に当たらないとし、更に、A地とB地との間に幅員六メートルの道路(告示建築線)があるとの虚偽の事実を捏造し、この部分を事実上道路に築造することは道路の新設に当たらず、したがつて区画の変更にもならないから開発行為に該当しないとの隠ぺい工作を施したものである。もつとも、被告や建築主等は、他方では、その趣旨は明らかでないが、本件土地の南端部分を拠出して本件土地の南側に隣接する道路の幅員を従前の三・八メートル余りから六メートル弱に拡幅したり、A棟の南側に公園らしきものを設けたりしているが、これにより、都市計画法施行令二五条四号、六号に定める開発行為についての許可基準に適合することになるものではない。
2 自然保護条例に定める許可を受けていない。
本件土地を宅地化して本件建物を建築するには、東京における自然の保護と回復に関する条例(昭和四七年一〇月二六日条例第一〇八号)五一条に定める都知事の許可を受けることが必要である。この場合、当該許可条件として、開発面積六二九八平方メートルの三パーセント以上の緑地を設けることが義務づけられている。ところが、右許可がなされていないから、これを看過してなされた本件確認処分は違法である。
3 被処分者に権利能力がない。
本件確認処分は東京都千代田区霞が関一丁目四番四号所在の帝人殖産株式会社なるものに対してなされているが、右は、一会社の一事業部門に過ぎず、独立の法人でも権利能力のない社団でもない。このようなものに対してなされた本件確認処分は無効である。
4 不当な目的によるものであつて権利の濫用である。
前記1のとおり、本件土地を宅地化することは開発行為に該当するものであるにもかかわらず、これについて許可を受けられる見通しが立たなかつたために、被告や建築主等は、原告を含む周辺住民を欺罔し、農地である本件土地を既に建築物の敷地となつていた土地と同様な土地に仕立てあげ、またA地とB地との間に従前から道路(告示建築線)があるとの虚偽の事実を介在させて本件土地を宅地化することが開発行為に該当しないとしたものである。更に、本件土地は地目も現況も畑であり、前所有者の財団法人日本農業研究所は前々所有者の東京急行電鉄株式会社から宅地等農地以外の土地に転用する目的では売買できないとの特約付きで本件土地を譲り受け、これを耕作していたものであるが、被告は、右の事情を熟知しながら、帝人殖産株式会社が右の従前の経緯に反して宅地化する目的で右研究所から本件土地を譲り受けることを認容したうえ、本件建物に係る本件確認処分をなしたものである。
以上から明らかなように、被告は周辺住民の利益や関係法令を無視してでも本件建物の建築を実現させようとの不当な目的に基づいて本件確認処分をなしたものであり、権利の濫用である。
三 原告は、別紙図面のとおり、幅員四メートルの既存道路をはさんでA地の北側部分と向かいあう自己所有地上にある自己所有の家屋に居住しているものであるが、昭和五三年三月に本件建物が完成したことにより、冬期において(昭和五四年一二月二二日の冬至に観察したところによると)、日の出(午前六時四七分)から庭を含めた居住家屋の大部分が日影となり、午前一〇時になつて漸く建物のうちの居住部分から日影が離れるが、この時点でも庭先部分すなわち敷地のうちの東より南にかけての植込がある部分のほとんどが未だ日影であり、この部分の日影が原告宅前にある道路の縁まで後退したのは午前一一時三五分であつた。しかも、A地の南側には住宅が密集しており、これらの住民から建設反対の声が上がるのを避けるために、A棟の建築位置を北側へ押し上げA地の南側に公園やポンプ室を配置したから、原告だけが日照の被害を被るようになつており、原告の被害感は倍加している。
また、本件建物の完成により、プライバシーは侵害され、常時大規模建築物群から威圧を受け、通風の阻害があり、更には、台風来襲時における被害、居住環境の悪化による原告宅地の値下り、天空侵害による被圧迫感、その他前述のように被告や建築主等により実際には存在しないのにあたかも存在するかのように説明された告示建築線の疑義解明に支払わされた労苦、建築現場周辺道路の幅員測量において受けた妨害等、その被害は枚挙にいとまがない。殊に、本件建物完成による通風、日照阻害により、原告の庭木が相当程度枯れてしまい、庭は昔日の面影なきまでに荒れ果ててしまい、また、昭和五四年一〇月の台風来襲時には、東南からの暴風がAないしDの各棟にぶつかつた後に合流してA棟北端より原告宅に向かつて奔流し、屋根瓦が吹き飛ばされ、庭木が倒される被害が発生したが、本件建物周辺でこのような被害にあつたのは原告だけである。
四 原告は、昭和五二年六月三〇日にはじめて本件確認処分の存在を知り、同年八月一五日に東京都建築審査会に対し審査請求をしたが、一年数か月を経過しても裁決はなされない。
五 よつて、本件確認処分の取消しを求める。
(被告の本案前の主張)
一 原告は、本件確認処分の名宛人ではない第三者であり、次に述べるとおり、本件確認処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである。
1 建築確認処分は、建築主等をして建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低基準を遵守させることにより、建築物の安全性を確保し都市環境を保全することを目的とするものであり、建築主等が法の各種の制限規定を遵守することによつて、隣接地の日照、通風等が保護されたとしても、これらの利益は建築基準法によつて保護を予定されたものではなく、いわゆる反射的利益にすぎない。
そうすると、隣人にすぎない原告の本件訴えは原告適格を欠き不適法である。
2 仮に、処分の名宛人でない隣接居住者に建築確認処分を争う原告適格が認められる場合があるとすれば、それは、隣接居住者が保健衛生上不断の悪影響を受け、あるいは火災等の危険にさらされるおそれがあるといつた例外的な場合に限られると解すべきである。
ところが、本件建物の建築により原告の被る被害は極く軽微なものにすぎない。したがつて、原告は、本件建物により日常の保健衛生上不断の悪影響を受けることはなく、本件確認処分の取消しを求める原告適格を有しない。
3 更に、原告は、少なくともB、C及びD棟に係る建築確認処分については、その取消しを求める適格を有しない。
帝人殖産株式会社はAないしDの四棟の建物についてそれぞれ別個の建築確認申請を行い、被告は右各申請ごとに別個の建築確認処分(杉建収第四〇一五ないし第四〇一八号)をしたところ、その位置関係からみて、原告が争い得るのはA棟に係る確認処分(杉建収第四〇一五号)だけであり、その余の棟に係る確認処分は原告と無関係である。
二 また、本件訴えは、次に述べるとおり、訴えの利益を欠き不適法である。
本件建物は昭和五三年三月に既に完成しているから、原告が本訴で主張する利益は本件建物の全部又は一部が除却されることによつてのみ救済され得るにすぎない。ところが、特定行政庁(本件の場合、杉並区長)が建築基準法九条に基づいて是正命令を発することができるのは、当該建築物がその敷地及び構造等に関する実体法規に違反している場合に限られるのである。建築確認を受けていないといつた手続規定違反があることや建築確認処分が取り消されたというだけで、これが発せられるだけではなく、また、それらの事情が特定行政庁の是正命令を発するか否かの裁量に影響を与えるものでもない。
したがつて、原告の主張する利益は本訴によつては救済され得ないものであり、本件訴えは訴えの利益を欠き不適法である。
(本案前の主張に対する原告の反論)
一 原告適格について
1 建築基準法六条一項が建築確認の制度を設けている趣旨は、直接には、建築秩序を確保し、一般的な火災の危険の防止、生活環境の保全等の公共の利益を維持増進することにあるが、この場合における公共の利益とは、具体的には、近隣居住者の生命健康を保護し火災等の危険から守ることにほかならない。そして、建築規制法規は、近隣居住者の採光、通風、生活環境の保全、防火に寄与する限度において、公共の利益と同時に近隣居住者の個人的利益をも保障するものと解すべきである。そうすると、隣接地の日照、通風等が保護され、これにより近隣居住者が受ける利益は、建築基準法により保護が予定された法的利益であり、単なる反射的利益ではない。
したがつて、違法な本件確認処分により生活環境上の悪影響を感ずる原告は、右の法的利益を害されたものとして本件確認処分の取消しを求める法律上の適格を有するというべきである。
2 建築確認処分の効力を争う隣接居住者の原告適格は、被告の主張するような保健衛生上不断の悪影響を受け、あるいは、火災等の危険にさらされるおそれがある場合だけに限定されるものではない。原告は、前記1のとおりの理由により、優に原告適格を有するものである。
のみならず、原告は、保健衛生上不断の悪影響を受け、あるいは、火災等の危険にさらされている。すなわち、緑の畑に代わり四棟の過密住宅群が原告宅の軒先に出現したため空気が濁り、就中A棟が屏風の如く立ちはだかつているため、南風が遮られ夏季は炎熱地帯と化し、冬期は午前中の日照を奪われ、これらにより、原告は保健衛生上不断の悪影響を受けることになつている。更に、大地震の際のA棟の給水塔、窓ガラスの破片等の飛来やA棟そのものの倒壊、またA棟の火災による類焼等により、原告は不測の危険にさらされるおそれがある。その意味でも、原告は本件確認処分を争う適格を有するものである。
3 本件確認処分は、昭和五二年五月一一日本件建物の全体について杉建収第四〇一五号をもつて一括してなされたものであり、性質上も一体不可分である。AないしDの四棟について別個に確認処分があるのではない。したがつて、争いの対象は一体としての本件確認処分の全体である。被告は、争いの対象を狭める目的で、事後的に書類操作を行い、あたかも当初から右四〇一五号がA棟だけについてなされた確認処分であり、またB棟が四〇一六号、C棟が四〇一七号、D棟が四〇一八号をもつて各別に確認されていたかのような外観を作出しているものである。
更に、被告の主張によると、本件土地を四分割した各土地部分を敷地とする四棟について同時に各別の建築確認を行なつたことになるが、そのようなことは許されない。というのは、仮に、右が許されるとすると、土地を細分化することにより許可を受けずに実質上開発行為と同内容の工事が施行されてしまうからである。
二 訴の利益について
被告は、本件確認処分を取り消す旨の判決によつて完成した本件建物が除却されるわけではないので、本件訴えは訴えの利益を欠くと主張する。
しかし、被告の右主張を前提とすれば、違反建築物が完成する前に当該違反建築物に係る建築確認処分の取消判決を獲得しなければならないことになつてしまう。被告の右主張は不可能を強いるものである。本件のような建築関係法規の最低基準に違反する場合には是正命令の対象となるのであり、また、本件確認処分を取り消す旨の判決があれば、当事者及び関係行政庁はこれに拘束され、杉並区長は是正命令を発しなければならなくなる。したがつて、原告は本件確認処分を争う利益を有する。
(請求原因に対する被告の認否)
一 請求原因一は認める。
二 同二は争う。但し、本件土地の合計面積が登記簿上六二九八平方メートル、実測五三一八平方メートルであることは認める。
三 同三のうち、原告がA地と幅員四メートルの既存道路をはさんだ北側の土地上に存する家屋に居住していること、昭和五三年三月に本件建物が完成したことにより、冬期において、日の出から午前九時頃まで、庭を含めた原告の居住家屋の全体が日影となること、A地の南側部分に公園やポンプ室が配置されていることはいずれも認め、原告の居住家屋が一一時頃にならないと完全な日照を得られないことは否認し、その余の事実は知らない。
四 同四は不知。
(本案についての被告の主張)
一 開発行為
1 都市計画法四条一一項によれば、「開発行為」とは、主として建築物の建築の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいうと定められているところ、本件においては、本件土地内に道路等を廃止、付替あるいは新設するものではないから、区画の変更には当たらない。もつとも、本件建物の建築に際し、A地とB地との間の現況畑部分に幅員六メートルの道路が設けられたが、右道路は、建築線台帳に記載されている告示建築線(昭和一八年六月三〇日付警視庁告示第一〇五号により告建第一〇六六九号をもつて指定されたもの)が現地において占める位置に築造されただけのものである。このように、建築基準法(昭和二五年法律第二〇一号)附則五項により既に法律上の道路位置指定があつたとみなされている土地を事実上道路に築造することは道路の新設に当たらない。
また、本件においては形質の変更もない。すなわち、本件建物建築前の従前の本件土地は、農地であつて既成宅地ではないが、造成されたものではなく、かつ、南側において幅員六メートルの、西側において幅員四メートルの道路に接していて排水設備も整備されているから、既成宅地と同様の土地ということになる。そして、本件建物の建築に際しては、わずかに二〇センチメートルの盛土が行われるだけであり、本件土地の形質の変更はない。
2 仮に、本件土地を宅地化することが開発行為に該当し、これについて許可を要するとしても、左の理由により、本件確認処分に原告主張の瑕疵はない。すなわち、
建築基準法六条一項は、建築主事が建築計画の確認をするに際しその計画が当該建築物の敷地の衛生、安全等に関する技術的規制の条項に適合するか否かの審査義務を定めたにとどまると解するべきである。ところが、都市計画法二九条の開発許可の制度は、無秩序な開発行為によつて劣悪な市街地が形成されることを防止するとともに、長期的な展望の下に都市の健全な発展を図るために設けられた都市計画法上の各種の制度の実効性を担保するための規定であり、建築物の敷地の衛生、安全等に関する技術的規制を目的とするものではない。したがつて、建築主事が建築計画の法適合性を審査するに際しては、都市計画法二九条の開発許可の有無は審査の対象とならない。
更に、仮に、建築確認の審査事項に開発許可の有無が含まれるとしても、開発許可をなすべきか否かの判断はもとより、その前提となる開発許可を要するか否かという実質的判断は都道府県知事がなすべきであるから、建築主事が審査できるのは建築確認申請書に開発許可証が添付されているか否かという形式的審査だけである。ところで、杉並区では、建築確認関係の事務を所掌する建築部建築課(課長が建築主事である。)は、敷地が一〇〇〇平方メートル以上の場合には開発行為に該当するか否かの判断を都市計画関係を扱う建築部市街地計画課に求めることとなつており、これに基づき市街地計画課が本件は開発行為に該当しないとの回答をしたので、被告は右判断に拘束され、自ら更に判断を加える必要はないのである。したがつて、この点につき本件確認処分に何らの瑕疵もない。
なお、東京都における自然の保護と回復に関する条例は、自然が破壊されるのを防止するための規定であり、建築物の敷地の衛生、安全等の技術的規制に関する定めをしたものではない。したがつて、建築確認処分をするに際し右条例に適合するか否かは審査の対象とならない。
二 被処分者の能力
原告は、本件確認処分を受けた帝人殖産株式会社に権利能力がないというが、そのような事実はない。右会社は昭和三六年三月三日に成立した法人である。なお、建築確認処分は被処分者の権利能力の有無によつて効果の異なるものではない。
三 正当な権利の行使
原告は、本件確認処分が不当目的による権利濫用であると主張するが、原告の主観的被害感に基づく邪推であり、法令を誠実に執行する立場にある被告が一私人である帝人殖産株式会社のために法令を無視してまで建築確認をすることはありえない。
(被告の本案についての主張に対する原告の認否及び反論)
一1 被告の主張一1前段のうち、本件土地に道路を新設することがなく区画の変更ではないとの部分は争い、告示建築線がA地とB地との間に位置するとの部分は否認する。なお、甲第二六号証の図面においては、右告示建築線なるものが、告建第一〇六六九号ではなく告建第一〇四九号と表示されている有様で、被告の主張は到底納得がいかない。
同一1後段のうち、建築前の本件土地の現況が畑であること、本件土地が西側において幅員四メートルの道路に接していること、本件土地付近は下水道の排水設備が整備されている地域であつたことは認めるが、本件土地が従前から宅地と同様の土地であつたとの部分及び形質の変更がないとの部分は争う。
2 同一2は争う。
3 同二は争う。昭和三六年三月三日に成立したのは、大阪市西区江戸堀一丁目一〇番八号(旧一丁目五三番地)所在の帝人殖産株式会社であり、本件確認処分の相手方ではない。
4 同三は争う。
二 区画の変更があることについて
A、B両地間及びこれを南北に延長した区間に昭和一八年六月三〇日指定の幅員六メートルの告示建築線なるものが存在しないことは、これまで述べてきたとおりである。したがつて、A、B両地間及びこれを南北に延長した区間に築造された幅員一部三・二メートル、一部六メートルの道路は新設されたものである。
また、B、C両棟間及び、C、D両棟間にも幅員四メートルの構内道路が新設されており、被告がC、D両棟間に真正な告示建築線が位置することを否定するなら、右の構内道路も新設されたことになる。更に、本件土地の南端部分から間口一〇〇メートル余り、奥行二メートル余りを切り取つて歩道を新たに築造し、これを既設の南側道路に付設しているが、これも道路の新設に該当する。
これらの一連の道路の新設により本件建物の建築敷地は縦横に区画されたものであり、区画の変更に該当することは明らかである。
三 形質の変更があることについて
本件土地は、地目及び現況とも畑であり、従前から建築物の敷地となつていたものではないから、仮に被告主張のとおり土地の造成がなく、公共施設がこの土地の利用目的に合うように整備されていたとしても、既成宅地と同様な土地ということはできない。のみならず、本件土地の南側の隣接道路の幅員は三・八メートル、西側の隣接道路(原告宅と本件土地との間の道路)の幅員は三・五メートルでこの道路は行き止まりであるから周辺道路の整備状況は劣悪であり、排水設備が一応整備されていても、公共施設が整備されているということはできず、本件土地を既成宅地と同様な土地ということはできない。したがつて、本件土地を宅地化して本件建物を建築することは、形質の変更に該当するものである。
四 開発許可が建築確認の前提要件となることについて
建築基準法六条一項による建築計画の確認に際しては、都市計画法二九条や同法三七条等に適合しているか否かが審査の対象となるのである。建築基準法施行規則一条五項、都市計画法施行規則六〇条、昭和四四年一二月四日建設省計宅開発第一一七号建設省都計発第五六号の通達も、このことを前提とした手続及び運用を定めており、現に杉並区建築部建築課は右の趣旨にのつとり昭和五二年三月二六日に同部市街地計画課に対して、本件が開発行為に該当するか否かの審査を依頼しているところである。
第三証拠<省略>
理由
一 本件建物が本訴提起前の昭和五三年三月に既に完成していることは当事者間に争いがない(本訴提起が昭和五三年八月二一日であることは記録上明らかである。)。
ところで、原告が本件建物により享受を妨げられていると主張する日照、通風等の利益は、既に完成している本件建物が除去されることによつてはじめて回復されるものであるが、果たして、本件確認処分の取消判決を得ることによつて本件建物の除却という結果が導かれるものであるかどうかを、まず検討する。
二 建築基準法六条の建築確認の制度は、建築物の建築計画が建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「関係法令」という。)に適合しているか否かを事前に審査することにより、違反建築物の出現を未然に防止しようというものであり、一定の建築物を建築しようとする建築主は、当該工事に着手する前に、その計画が関係法令に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならず(六条一項)、確認を受けずに工事をすることはできないとされ(六条五項)、これに違反した場合には罰金に処せられることとされている(九九条一項)。
このように、建築確認は、当該確認に係る建築物について建築工事をなし得るという効果を有し、判決によつて建築確認が取り消されれば、右の効果が排除され、工事を施工し得なくなるものであるが、建築物が既に完成した場合には、もはや禁止すべき建築工事は完了しているのであるから、建築確認の取消しによる工事施工の停止ということが無意味であることは、いうまでもない。
三 次に、建築基準法九条によれば、建築物が同法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反している場合には、特定行政庁において建築主等に対し当該工事の施工の停止を命じ、又は当該建築物の除却、移転その他右規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができ(一項)、この是正命令に応じない場合には行政代執行法の定めるところに従い、特定行政庁自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる(一二項)とされているところ、原告は、建築確認を取り消す判決があれば、特定行政庁はこれに拘束され、右の是正命令を発しなければならなくなるから、右取消判決によつて違反建築物の除却という前記の目的を達することができると主張する。
建築確認が取り消された場合、特定行政庁において当該建築工事の施工の停止を命じ得ることはいうまでもないが、特定行政庁において既に完成した建築物の除却等を内容とする是正命令を発するためには、当該建築物が関係法令に実体的に違反していることが必要である。建築確認が取り消されれば、確認手続を履践したことにはならないが、完成した建築物が実体的に関係法令に適合している以上、工事進行の手続的要件である建築確認を経ていないというだけで、右のような是正命令を発し得ると解することはできないし、その反面、特定行政庁において、当該建築物が関係法令に適合しないと判断するときは、たとえ当該建築物が建築主事の確認どおりに建てられたものであつたとしても、これに対し是正命令を発するに妨げはない。建築主事の確認は、工事開始の手続要件として建築計画の法規適合性を判断するものであつて、工事の進行を許容する効果しか有しておらず、工事完成後のいわゆる完了検査においては、当該建築物が確認どおり建てられたかどうかではなく、それが関係法令に適合しているか否かを検査することとされており(建築基準法七条二項)また、特定行政庁は建築主事とは権限を異にする機関であり、建築主事の確認の判断が特定行政庁を拘束することを定めた規定も存しないことからすれば、たとえ当該建築物が確認どおりに建てられたものであつても、それが関係法令に適合しない以上、特定行政庁において確認の取消しを待つまでもなく、是正命令を発し得ると解されるのである。すなわち、建築確認の存在は、是正命令を発する上の法的障害とはならないのである。他方、建築基準法九条の規定からすれば、是正命令を発するか否か及びいかなる内容の是正命令を発するかは、特定行政庁の合理的判断に基づく裁量に委ねられているものと解するほかなく、しかも是正命令を発するには同条の定める通知、聴聞の手続を経る必要があるのであつて、仮に判決により建築主事の確認に係る建築計画の違法が明らかにされたとしても、そのことによつて直ちに特定行政庁に対し是正命令を発すべき義務を生じさせるものではない。
右のように、判決によつて建築確認が取り消されない限り是正命令を発し得ないものではなく、また、判決で建築確認の違法性が明らかになつたからといつて、特定行政庁において是正命令を発することを義務づけられるものではないから、建築確認の取消しは、その法律上の効果として当然に是正命令の発出とこれによる違反建築物の除却という結果をもたらすものではないというほかない。
特定行政庁が是正命令を発するに当たつては、建築主事の判断が事実上尊重され、建築確認を受けた計画どおりに建てられた建築物については通常特定行政庁において是正命令を発せず、判決で建築確認が違法であることが明らかにされれば、是正命令の発出を期待し得る可能性が出てくるとしても、それは単に事実上のものであつて、このような期待ないし利益をもつて、建築確認の取消しによる法的効果ということはできない。
四 そうすると、建築物の完成後に当該建築物についての建築確認の取消しを求める訴えは、その勝訴判決を得ても、当該建築物を除却しそれによつてもたらされている日照、通風等の利益の侵害を排除するという機能を法律上有し得ないから、右侵害排除を目的とする限り、右訴えは、適切有効でなく、訴の利益を欠くものといわざるを得ない。
原告は、違反建築物が完成する前に当該建築物についての建築確認の取消判決を得なければならないとすることは不可能を強いるものであると主張するが、建築確認処分の執行停止を申し立てて建築物の完成を阻止しておけば、本案訴訟において建築確認処分の違法を争うことが可能であり、また、違反建築物により真に重大な被害を被るという場合には、建築主を直接の相手方として建築工事禁止の仮処分を申し立て、建築物の完成後であつても、当該建築物の排除を訴求するという、より直截的な民事上の法的手段もないわけではないので、前記のように建築物完成後における建築確認取消の訴えの利益を否定したからといつて、権利救済の道を閉ざすことになるものではない。
五 以上のとおりであるから、本件建物の完成後に本件確認処分の取消しを求める本件訴えは訴えの利益を欠くものとして不適法といわざるを得ない。
よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙物件目録、図面<省略>