東京高等裁判所 昭和57年(う)1368号 判決
所論は、要するに、原判決は、起訴状記載の公訴事実のうち、被告人が、自車の進路を左に変更する前の速度について、公訴事実に「時速約三〇キロメートル」とあつたのを「時速約四二キロメートル」と認定し、また、行為の態様について、起訴状には「矢島直人(当時二五年)運転の普通貨物自動車に自車を衝突させ」とあるのを「矢島直人(当時二五年)運転の普通貨物自動車に自車を衝突させて同車をその先のガードレールに衝突させ」と認定しているが、犯行直前の速度、行為態様は、被告人の防禦の点から極めて重要な事項であつて、訴因変更の手続をしたうえ、被告人に防禦の機会を与えるべきであるのに、その手続を欠いたまま、訴因と異なる事実を認定した原判決には、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある、というのである。
そこで、記録を調査して検討するに、原判示事実中、被告人が自車の進路を左に変更する前の被告人車の速度及び被害者に傷害を負わせるに至つた態様につき、起訴状記載の公訴事実と原判決認定の事実との間に、所論指摘の相違があることは認められるが、被告人に対する本件業務上過失傷害事件における訴因の基本的構成要素としての過失の内容は、被告人が普通乗用自動車を運転して原判示道路を進行中、道路左側に停車するため、進路を左へ変更するにあたり、その合図をし、前後左右の安全を確認して進路を左へ変更すべき注意義務があるのに、その合図を適切にせず、後続する被害車両との安全を確認することなく、急激に左に寄つて進行したため、自車を左後方から進行してきた矢島直人(当時二五年)運転の普通貨物自動車に衝突させて同人に傷害を負わせた、というものであり、原判決の認定もこれと異なるところはないものであるから、所論指摘の被告人が自車の進路を変更する前の被告人車の速度や、衝突の結果としての傷害の結果発生に至る経過は、右の基本的事実を敷衍する事情に過ぎず、訴因の過失としての注意義務の内容や被告人の防禦に何らの影響を及ぼすものではないから、訴因変更の手続を要しない事項であるばかりでなく、原審における審理の経過をみると、これらの事項についても十分な訴訟活動がなされ、被告人に防禦の機会が十分に与えられていたことが明らかであるから、原判決に所論のような違法は存しない。