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東京高等裁判所 昭和57年(う)1715号 判決 1984年3月29日

被告人 木村毅

昭一一・一〇・二生 労働組合役員(新潟県高等学校教職員組合執行委員長)

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森川金寿ほか八名連名提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一章の第一について

所論は、原審が弁護人側の申請した証人君健男の取調請求を却下したのは、憲法三七条二項によつて保障された被告人の証人喚問権を侵害し、証拠の採否に関する合理的基準を逸脱したものであつて、右は判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反にあたるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、原審記録を調査検討して判断すると、原審が弁護人らの申請した証人君健男の取調請求を却下したことは所論のとおりであるが、憲法三七条二項は被告人側の申請した証人をすべて取調べなければならないとの趣旨を規定したものではなく、裁判所は合理的な裁量の範囲内で証人取調の許否を決することができるのであつて、前記証人君健男の取調請求を却下した原審の措置に右裁量の範囲を逸脱した違法のかどがあるとは決して考えられず、原審の訴訟手続に所論のような法令違反はないから、論旨は理由がない。

二  控訴趣意第一章の第二について

所論は、新潟県議会における総務文教委員会の審議、採決を刑法二三四条所定の「業務」にあたるとした原判決は、右法条の解釈、適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、検討すると、威力業務妨害の点に関する本件事案の内容は、原判決の認定するとおり、新潟県議会における総務文教委員会(以下総文委という)の委員長や委員らが、同県の条例改正案の審議、採決のため、同県庁舎内の第三委員会室において、所定の位置に着席し、他の委員の到着をまつて開会しようとしていたところ、被告人ら約二〇〇名の労働組合員らが相次いで右第三委員会室に侵入し、着席していた前記委員らに罵声を浴びせ、委員席の名札で机を叩くなどしたうえ、委員長の退室要求も無視して同室内を占拠し、委員長や委員らの退室を余儀なくさせ、前記委員会の議案審議、採決を一時不能にしたというものである。そして、右総文委は地方自治法一〇九条に定められた常任委員会にあたり、その委員は県議会の議員であつて、総文委の議案審議、採決が公務に該当することは明らかであるが、公務ではあつても一般人に対し直接に権力作用を行使する職務ではなく、その職務の性質は一般の私人や私企業、団体等が行なう会議における議事遂行に類似するものであるから、右総文委の審議、採決を刑法二三四条所定の威力業務妨害罪の保護の対象である「業務」から除外すべき理由はないというべきであり、右審議、採決は同条にいう「業務」に該当するものといわなければならない。

従つて、右と同旨の見解に立ち本件威力業務妨害罪の成立を認めた原判決は相当であり、所論のような法令の解釈適用の誤りはないというべきであるから、論旨は理由がない。

三  控訴趣意第二章について

所論は、原判決には事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとし、被告人木村らには総文委の開催を妨害しようとの目的はなく、他の組合員らとの間でその開催妨害につき共謀した事実もないこと、被告人木村が第三委員会室に入つたのは、知事との面会拒否の工作をしたと思われる自民党委員に抗議すると共に、その間の事情の釈明を求めるためであつて、総文委の審議、採決を妨害しようとする意図ではなかつたこと、「当日多数の組合員を動員して県庁舎内に滞留した地公労の目的は、基本的には総文委の審議、採決の妨害にあつたといわざるを得ない」との原判決の認定は誤りであり、地公労が組合員を動員したのは、議会関係者に対し知事との交渉の斡旋を求め、交渉による解決が図られるまでの間総文委の開催を待つてほしいと要請する趣旨に基づくものであつて、その要請行動は言論による説得を目指すものであつたこと、被告人らの入室の態様、入室後の言動等からしても、被告人木村が入室の際に総文委の審議、採決を妨害する意図を有していたものと推認することはできないこと、被告人木村や他の組合員らの入室は、全体として平穏を害する態様のものではなく、「侵入」にあたらないこと、被告人木村とその後から入室した者との間で「侵入」についての共謀が成立する余地はないこと、被告人らの入室当時、総文委は休憩中であり、直ちに開会し採決できる状況にはなかつたのであるから、刑法二三四条にいう妨害されるべき「業務」は存在せず、被告人らの行為は威力業務妨害には該当しないこと、被告人らの入室後の行動は未だ違法な「威力」と目すべきものではないことなど種々詳論し、被告人木村について建造物侵入、威力業務妨害の各罪は成立せず、同被告人は無罪であるというのである。

そこで、原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、原判決が掲げている各証拠を総合すれば、おおむね原判示どおりの「犯行に至る経緯」ならびに「罪となるべき事実」を認定することができるのであり、原審ならびに当審において取調べたその余の証拠を考え合わせても、原判決の右事実認定につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな誤りがあるとは決して考えられない。

右の点について、所論にかんがみ補足説明すると、所論は、被告人木村らには総文委の審議、採決を妨害する意思がなく、他の組合員らとの間でその妨害につき共謀した事実もないことを強調する。しかし、原判決が「犯行に至る経緯」の二以下において詳細に認定しているとおり、職員の退職手当に関する条例の改正をめぐつて、新潟県当局と同県地方公務員労働組合共闘会議(以下地公労という)とは対立する立場にあり、両者間の交渉は難航し暗礁に乗り上げた形になつたまま、右条例の改正案が県議会の総文委において審議され、本件当日の七月五日には同委員会での採決が予定されていたのであつて、同日動員された地公労傘下の組合員多数が早朝から県庁舎内の第三委員会室付近廊下などを埋め尽くしたのは、地公労代表者と知事との直接交渉を求めると共に、その実現までは総文委の開催、条例改正案採決を妨害しようという地公労の目的によるものであることが証拠上明白といわなければならない。現に、本件当日における総文委の午前中の開会は不可能となり、午後になつて機動隊の出動による組合員の排除という事態が生じたのであつて、これらの点も原判決が認定しているとおりである。その後原判示のような経緯により、地公労の代表団が知事公舎に赴き、知事との面会を求めたものの、結局拒否されて県庁に戻り、午後四時二〇分ころから被告人木村をはじめ多数の組合員らが第三委員会室に入り込んだのであるが、右入室の際被告人木村としては、知事との面会につき妨害工作をしたと思われる自民党所属の委員に抗議をし釈明を求めるつもりであつたと同時に、総文委の開催、条例改正案の採決を妨げようとの意図をも有していたものと認められる。地公労の幹部である被告人木村において、当日早朝から組合員を動員した地公労の前記目的を放棄、変更したとみるべき理由はない。そして、被告人木村に続いて入室した組合員らにおいても、同様に総文委の開催、条例改正案の採決を妨げようとの意図を有していたことが明らかであり、右組合員らと被告人木村との間には、右総文委の開催等の妨害につき、暗黙のうちに相互の意思連絡があつたものと認めるのが相当である。以上の次第であるから、原判決が罪となるべき事実として、「被告人四名は、自民党委員らが当日の知事との面会を妨害したとの認識のもとに、同委員らにその旨の抗議をするとともに総文委の開催を妨げようとして、地公労傘下の組合員約二〇〇名と共謀のうえ……」と認定しているのは相当であり、また、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の一の6、二の5等において、被告人木村を含む多数の組合員らの間で総文委の開会を妨害しようとの共謀があつた旨の判断を示しているのも相当であつて、原判決の右認定、判断に誤りがあるとは考えられず、所論は失当といわなければならない。

次に、所論は、被告人木村らの第三委員会室入室は「侵入」にあたらないというのであるが、被告人木村の入室の経過や状況は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の一の1ないし3において詳細に説示しているとおりであり、出入口の扉付近にいた二名の警備員の間に割つて入り、警備員を押しのけるようにしながら扉を開けて入り込んだものであるから、決して平穏な立入りということはできない。警備員らの了承を得て入室したものとは認められないことも、原判決が説示しているとおりである(この点についての被告人の当審における供述も、他の関係各証拠に照らし措信することができない。)。所論は、被告人木村の入室は第三委員会室の看守者である鶴田総務部長の推定的意思に反するものではないというのであるが、本件当日における諸般の情況の推移、関係者の立場、被告人木村の入室の目的など所論指摘の諸点を総合考慮しても、同被告人の本件入室が県庁舎の管理権者である鶴田総務部長の推定的意思に反しないものであるとは考えられない。以上のとおりであるから、被告人木村の第三委員会室立入りが人の看守する建造物への「侵入」に該当することは明らかというべきである。また、被告人に続いて入室した者の入室行為が建造物侵入にあたることも、原判決が弁護人の主張に対する判断の一の4、5において説示しているとおりである。さらに、所論は、被告人木村とその後から入室した者との間で「侵入」についての共謀が成立する余地はないという。確かに、被告人木村や同人に続いて第三委員会室に立入つた者の間で、その立入りにつき事前に具体的、明示的な共謀がなされた形跡のないことは原判示のとおりであり、被告人木村は、自分以外の者が入室して来るのは予定外のことであつた旨原審公判廷において供述しているのであつて、被告人木村だけについていえば、同人の入室と同時に建造物侵入罪の単独犯が成立するということができよう。しかし、同被告人の建造物侵入の状態は入室後警察官によつて逮捕されるまで一時間近くの間継続していたのであり、その間右建造物侵入の犯罪行為は終了しないとみられるのであつて、その間において多数の組合員が相次いで侵入し、原判示のとおり、自民党委員らに罵声を浴びせるなどし、委員長の退室要求をも無視して室内を占拠し続け、被告人木村も他の組合員らも互いに一体となつた行動をとつているのであるから、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の一の6において説示しているとおり、同被告人と他の組合員ら約二〇〇名との間においては、同被告人の入室以後の段階において建造物侵入についての共謀が順次成立したものとみて差支えないというべきである。以上のとおりであるから、被告人木村が原審における共同被告人三名ならびに地公労傘下の組合員約二〇〇名と共謀のうえ原判示の日時に原判示の第三委員会室に故なく侵入した旨の原判決の事実認定になんら誤りはなく、その点の事実誤認をいう論旨はいずれも理由がない。

次に、所論は、被告人らの入室当時、総文委は休憩中であり、直ちに開会し採決できる状況にはなかつたのであるから、刑法二三四条の保護する「業務」は存在しないというのであるが、この点に関する原判決の説示(弁護人の主張に対する判断の二の2)は相当であり、被告人らの入室当時において総文委は休憩中ではなく、社会党所属の委員が到着するのをまつて開会しようとしていたのであるから、刑法二三四条の予定する「業務」が存在していたことは明白であつて、所論は失当といわなければならない。また、所論は、被告人らの入室後の行動が「威力」にあたらないというのであるが、この点についても、原判決が弁護人の主張に対する判断の二の3、4において、詳細に経過事実を認定し、被告人らの所為が「威力」を用いて委員会の業務を妨害したことになる旨説示しているとおりであつて、威力業務妨害罪の成立を認めた原判決の事実認定になんら誤りはない。

以上のとおりであるから、被告人について原審における共同被告人や地公労傘下の組合員約二〇〇名との共謀による建造物侵入ならびに威力業務妨害罪の成立を認めた原判決の事実認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認はなく、論旨は理由がない。

四  控訴趣意第三章について

所論は、弁護人側の正当行為の主張を排斥した原判決の判断は誤りであるとし、退職金に関する本件条例の改正案は極めて不当なものであつたこと、右条例の改正手続においては、県当局や県議会自民党による交渉権の侵害や労使慣行の無視など重大な瑕疵があつたこと、知事が面会約束を破つたのは自民党の圧力によるものであることなど種々詳論し、被告人らの委員会室立入りは、目的において正当であり、態様としても平穏なものであつて正当かつ相当であるから、正当行為として無罪とされるべきである、というのである。結局、所論は正当行為の点に関する原判決の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りをいうものと認められる。

そこで、検討すると、原判決が弁護人の主張に対する判断の三の1において、君知事が地公労代表との面会を一定の条件のもとに了解したことやその後その面会を断わつた理由などについて説示したうえ、被告人らの本件行為は正当行為として容認されるべき範囲を著しく逸脱した違法なものである旨の判断を示しているのは、原審ならびに当審において取調べた各証拠に照らし相当というべきであり、右判断について事実誤認や法令の解釈適用の誤りがあるとは決して考えられない。

右の点について、所論にかんがみ補足説明すると、所論は、原判示の条例改正案の内容が不当なものであることやその改正手続に重大な瑕疵があつたことなどを種々力説するのであるが、右の条例改正案は、その適用をうけるべき者にとつて厳しい内容のものであることは確かであるにしても、人事管理の公平、均衡、行政効率の増進などの目的からは必ずしも不当、不合理なものということができず、昭和五三年一一月に県当局から地公労の役員にその大綱が提示され、翌五四年五月末から六月末にかけて、原判示のとおり、県当局と地公労との間で何度も交渉が重ねられているのであり、所論のような労使慣行、議会慣行などを考慮しても、右条例の改正手続において重大な瑕疵があつたと速断することはできない。そして、条例改正案の内容やその改正手続について、地公労側が不当と考え不満に思つていたとしても、それだからといつてどのような行動に出てもよいということにはならず、所論の諸点は被告人の本件犯行を正当行為とみるべき理由にはあたらないというべきである。

また、所論は、知事が面会の約束を破つたのは自民党の圧力によるものであるというのであるが、本件当日におて知事と地公労代表者との面会約束が一旦とりつけられながら結局その面会が実現しなかつた事情については、原判決が「犯行に至る経緯」の三の2、3あるいは「弁護人の主張に対する判断」の三の1において詳細に認定、判断しているとおりであり、自民党の圧力によつて面会約束が破られたものとは決して認められない。原判決の右認定、判断が相当であることは、原審で取調べた関係各証拠のほか、当審で行なつた証人君健男、同禰津文雄の各尋問の結果によつても明らかである。従つて、自民党の圧力によつて面会約束が破られたものとし、それに対し抗議をするため本件の委員会室立入りに及んだものであるとする所論は、その前提において既に失当といわなければならない。また、当時被告人らが自民党からの働きかけによつて知事との面会約束が破られたものと思い込んでいたとしても、その思い込みは十分な根拠のあるものではなく、そう思い込んでいたからといつて委員会室への立入りが正当として許容されることにはならないというべきである。

以上要するに、本件における条例改正案の内容、右改正案をめぐる県当局と地公労との交渉状況、本件当日において知事と地公労代表者との面会が実現しなかつた事情、被告人が第三委員会室に入り込んだ目的、入室の態様ならびに入室後における言動などの諸点を総合考慮しても、被告人の本件所為を正当行為とみることはできず、社会通念に照らし可罰性がないものということもできないのであつて、この点に関する原判決の事実認定ないし法律判断に誤りがあるとは考えられないから、論旨は理由がない。

五  むすび

以上のとおり、論旨はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 市川郁雄 千葉裕 小田部米彦)

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