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東京高等裁判所 昭和57年(う)1977号 判決 1986年5月28日

目  次

主文

理由

第一 弁護人の控訴趣意

一 原判示第六の事実(議院証言法違反の事実)に対する控訴趣意

1 第一点 原判決には訴訟条件を具備しない公訴事実について判決した違法があるとの論旨

2 第二点 原判決には訴訟手続の法令違背があるとの論旨

(一) 被告人の昭和五一年九月五日付検察官調書についての論旨

(二) 渡辺尚次の昭和五一年八月二二日付検察官調書についての論旨

3 第三点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

(一) いわゆる大庭オプシヨンに関する議院証言法違反の事実についての論旨

(二) いわゆる簿外資金に関する議院証言法違反の事実についての論旨

4 第四点 原判決には法令の適用を誤つた違法があるとの論旨

二 原判示第三の事実(一億一二〇〇万円の受領に関する外為法違反の事実)に対する控訴趣意

1 第一点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

2 第二点 原判決には訴訟手続の法令違反があるとの論旨

三 原判示第四の事実(デモ・フライト費用に関する外為法違反の事実)、第五の事実(三〇三四万五〇〇〇円の受領に関する外為法違反の事実)に対する控訴趣意

1 第一点 原判決には法令の適用を誤つた違法があるとの論旨

2 第二点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

四 原判示第五の事実((三〇三四万五〇〇〇円の受領に関する外為法違反(一五、一六号機関係)の事実))に対する控訴趣意

第二 検察官の控訴趣意(量刑不当)

被告人 若狹得治

大三・一一・一九生 会社役員

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中、証人籔下勝に支給した分の二分の一および証人中山素平に支給した分の全部は被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人日沖憲郎、同佐久間幾雄、同坂上壽夫、同鵜澤秀行、同竹田穣共同作成名義の控訴趣意書ならびに検察官吉永祐介作成名義の控訴趣意書(検察官松田昇作成名義の補充訂正申立書を含む)に、これに対する答弁は、検察官松田昇、同山本和昭、同飯田英男共同作成名義の答弁書(前記補充訂正申立書を含む)ならびに前記弁護人五名共同作成名義の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一弁護人の控訴趣意

一  原判示第六の事実(議院証言法違反の事実)に対する控訴趣意

1  第一点 原判決には訴訟条件を具備しない公訴事実について判決した違法があるとの論旨

所論は、要するに、『原判決には訴訟条件を具備しない公訴事実について実体判決をした違法がある、』というのである。すなわち、『原判決は被告人に対する昭和五一年九月三〇日付追起訴状記載の公訴事実(簿外資金関係に関する偽証の事実)につき、原判示第六において右の公訴事実どおりの事実を認定したが、そのうち、被告人の「全日空が正式の契約によらないで現金を受領しこれを簿外資金としたことはない」旨の証言についてはこれが偽証なりとして議院からは告発されてはおらず、したがつてこの事実に関する限り訴訟条件を欠くものといわなければならないから、原審は実体につき審判することなく公訴を棄却すべきであつたのに、原判決がこの事実についてまで実体判決をしたのは明らかに違法のものというべきである、』と主張するのである。

そこで検討するのに、本件の告発をなすにあたり議院が簿外資金受領に関する所論事実を告発状に記載しなかつたこと、原審がそれにもかかわらずこの事実について、いわゆる大庭オプシヨンに関する偽証の事実と共に審理をし、議院の告発は告訴(告発)不可分の原則の例外をなすものに非らずとしてこれに対しても実体判決をしたことはいずれも所論のとおりである。しかしながら、簿外資金に関する偽証の事実が告発状に摘示されてはおらず、これにより議院による告発の意見が明示されているとはいえないとしても、右事実はこれと同一の宣誓手続の下になされたいわゆる大庭オプシヨンに関する偽証とともに一個の偽証の罪の一部を構成するものであつて、一罪のうちその余の事実につき適法な告発がなされた以上はその告発の効力は当該宣誓手続の下になされた虚偽の陳述の全部に及ぶと解するのが相当であるから、所論は失当で採用できない。もつとも、所論は論旨の理由づけをるる掲げて原判決を論難するのである。すなわち、『議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第八条は、委員会は証人が偽証の罪を犯したものと認めたときは告発しなければならない、と定めているが、右の告発は起訴条件と解すべきものであることはわが判例上明らかである。何となれば、議院内部のことは議院の自治に委ねられるべきものであること、又偽証の罪は議院や委員会などの国政調査の作用を保護法益とする犯罪であることなどから偽証につき処罰を求めるかどうかは議院や委員会の判断に委ねるのが相当と解されるが故である。このような議院証言法の特質に鑑みると、同法における議院等の告発の効力を解釈するにあたつては特に告発者の意思を重んずることが要請される。してみると、証言の内容を最もよく知る議院における被告発者の一連の証言中告発の対象事項を特定の部分に限りその余の事項につき処罰を求めていない場合には告発の効力は告発した部分に限られて然るべきであつて、それ以外の部分にまで及ぶものとなすべきではない。そうとすると、告発をまつて受理すべき事件についての告発の効力は一罪の全部に及ぶとのいわゆる告訴(告発)の客観的不可分の原則は同法第八条所定の告発に関する限り適用されないと解するのが至当である。しかるに、原判決はこのような同法同条項の特質に思いを致すことなくしかも一回の宣誓の下に数個の陳述をした場合は科刑上の一罪と解すべきであるのに単純に一般原則を掲げてこのような場合においても単一の偽証罪を構成すると解し、告発状に記載してない事実についてまで審判した誤りを犯した、』として原判決を非難するのである。所論のうち、議院の自治を重んずべしとする議院証言法の一般的特質に関し論述する部分については当裁判所もこれを首肯するに足るものと考える。しかしながら、議院においてすら告発しない事実について裁判所が偽証罪として処断することが、明らかに告発者の意思に反する場合、或いはそうすることによつて議院の自律権能を明らかに侵害する結果を招来する場合は同条項の特質に鑑み、告発不可分の原則の例外をなすものとしてその挙に出ることは許されないとしても、これらの事情の認められない本件においては原則に立つて、告発の効力は一個の宣誓手続のもとになされた一罪の全部に及ぶものと解されるから、その効力は所論簿外資金に関する偽証の事実にも及ぶものと解するのが相当である。又所論引用の判例は、議院の告発は告訴の客観的不可分の原則に例外にあたるとまで判示した趣旨とは解されないことが明らかであるから、所論に沿う判例とすることはできず、当審の示す法律見解と異なる所論の見解は採用することができない。論旨は理由がない。

2  第二点 原判決には訴訟手続の法令違背があるとの論旨

(一) 被告人の昭和五一年九月五日付検察官調書についての論旨

(1) 『原判決は被告人の昭和五一年九月五日付の検察官に対する供述調書を原判示第六の事実の有罪認定の資料に供しているが、該調書は同判示事実を被疑事実とする勾留の期間の経過後に、しかも他の事実の起訴後の勾留期間中に同判示第六事実を取調べるという違法な取調に基づいて作成されたもので証拠能力を欠くから、これを原判決が被告人断罪の資料に供したのは訴訟手続の法令違背を犯したものとの非難を免れない。又該調書は任意捜査の結果得られたものであるから、違法とはいえないとする原判決の説示は、凡そ捜査の実態を無視したものであつて、令状なくして身柄を拘束し強制捜査をしたに等しきものをそうではないとする点において憲法三三条に定める令状主義に違背し、かつ刑訴法が勾留期間を最大二〇日以内とした制限を潜脱するものというべきであるから、この点よりしてもこれを被告人断罪の資料として用いることは訴訟手続の法令違背のそしりを免れない』というのである。

(2) そこで所論について検討を加えるが、所論調書は、原判示第六の事実以外の事実(原判示第三、第五の各事実)の起訴(同年七月二八日)後の勾留期間中しかも同第六事実の勾留期間の満了による経過後に検察官が被告人を取調べた結果、作成されたものであることは記録上所論のとおりであることが認められる。しかしながら、一般に検察官において勾留の基礎となつている事実につき公訴を提起された者を右事実以外の事実につき右の勾留期間中に任意に取調べることそれ自体は何ら違法視されるべきものではないのであり、就中、本件においては関係証拠特に被告人を取調べた検察官の原審証言などによつてもこの取調が名実共に任意におこなわれた実態であつたことが明認できるから、取調のありようにつき不当があつたとるる述べる被告人の原審供述にかかわらず所論取調は令状主義に違背するものでもなく更に勾留の法定期間を潜脱したものともいえないのであつて適法のものとすべきものである。これと異なる法律見解に立つての所論は、前提を欠く違憲主張を含め失当で採用できない。

(二) 渡辺尚次の昭和五一年八月二二日付検察官調書についての論旨

(1) 所論の骨子は、『同調書は渡辺に対する議院証言法違反の事実について同人が起訴されたあとその身柄拘束中に同人を別事実につき参考人として取調べた結果得られたものであるが、同人は折から同法違反の自己の事件について勾留中であつたけれども、いやしくも検察官が同人を参考人として取調べる以上は在宅取調と同様の取扱いなり手続的保障がこれに対して要請されるのに、取調検察官はそのような配慮をしたうえで同人を取調べた事跡はなく、むしろまさしく同人を所論事実に関し被疑者として取扱つたうえで取調をなしたものであるからこれ又令状主義に違反したものであり、原判決にはしたがつて罪証に供しえないものを有罪の証拠とした誤りがある』というのである。

(2) そこでこの所論について判断するが、一般に或る事実について起訴勾留中の者をこれと異別の事実について参考人として取調べるにあたつては、その取調が参考人の取調の域を出ないでおこなわれるべきものであることは論をまたないところであるが、しかし、関係証拠によれば、所論の日に渡辺を参考人として取調べた検察官はこの点について配慮を加えたうえ、任意に取調に応じた渡辺から事情を聴取し、同人もその任意の意思に基づいて供述し、その結果これが所論調書として録取されたことが認められ、したがつて令状主義を逸脱したものとは認められないから、令状主義違反の取調に基づき作成された供述調書として証拠能力が否定されるとする所論はその前提を欠いて失当といわなければならない。論旨はすべて理由がない。

3  第三点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

所論は、要は原判示第六事実についての原判決の事実認定を論難するに尽きる。以下詳述すれば次のとおりである。

(一) いわゆる大庭オプシヨンに関する議院証言法違反の事実についての論旨

(1) 所論は要するに次のようにいう。すなわち、『原判決は判示第六において、

1  昭和五一年二月一六日衆議院において開かれた同予算委員会において、証人として法律により宣誓のうえ証言するに際し、自己の認識に反して、「大庭社長が在任中DC―一〇につき何らかの契約をする、例えば、オプシヨン契約をするとか、製造番号を押さえるとか、何らそういう疑わしい事実はなかつたと確信している。三井物産がダグラス社に対し全日空のためにDC―一〇を仮発注したと思つていないし、仮に仮発注の事実があつたとしても、それは全く全日空に無関係であつたと考えている。」旨及び「全日空がロツキード社から正式な契約によらないで金銭を受領したことは絶対にない。同社から帳簿外の金銭を授受したことは一切ない。」旨陳述し、

2  同年三月一日、右衆議院において開かれた同予算委員会において、証人として法律により宣誓のうえ証言するに際し、自己の認識に反して、「大庭社長が在任中DC―一〇につき何らかの、例えば、オプシヨン契約をしたということは全く了解できない。当時DC―一〇は設計段階であつたので、大庭社長がDC―一〇をオプシヨンするということはあり得るはずもなく、DC―一〇を選定する考えをもつていたことは想像もできなかつた。」旨虚偽の陳述をした

と認定しているけれども、原判決が偽証の事実として掲げているものは、いずれも証人たる被告人がみずから実験した過去の事実に関し記憶に反する虚偽の陳述をしたというものではなく、せいぜい被告人が自分の見解、感想、想像を述べたという域を出ないものとか、自分の所見、理解、判断に理由づけを与えたものとか、記憶どおりに答えた真実の供述とかのそのいずれかであるから、これらが偽証にあたるものとは到底いうことができない。何故にこのように偽証にあたらないものが偽証であると誤つて断じられるに至つたかの理由を求めれば、それは証人尋問のやり方などに問題があつたことに他ならない。すなわち本件における委員会の証人尋問は客観的真実探求のためにおこなわれたものではない。冷静な尋問手続によつて証人の真実を述べさせようとしたものでもない。しかもその結果得られた漠然たる内容のままの証言につき告発がなされたのに、検察官はこのような問題のある証人尋問手続、内容についての検討を十分なさぬまま公訴の提起をなし、原判決は審理を尽すことなく被告人の証言に至る背景事情を無視するなどして、不当に得られた被告人の陳述を安易に偽証罪に問擬したところにある。』といい、そして所論は加えてこの点についての被告人の検察官に対する供述調書の信用性などを論難し、原判決には重大な事実の誤認があり法律の解釈についても誤りを犯しているとして、会議録に基づいて具体的に所論に沿う個所を指摘して主張するので以下その主張ごとに区分して判断を示すことにする。

(イ) 所論は、二月一六日及び三月一日の衆議院予算委員会において三井物産のDC―一〇発注に関連してなされた被告人の証言が虚偽の陳述に当らない旨の主張をしているので、所論に鑑み以下逐一判断を示すこととする。

(a) はじめに、「大庭社長が在任中DC―一〇につき何らかの、契約をする、例えばオプシヨン契約をするとか、製造番号を押えるとか何らそういう疑わしい事実はなかつたと確信している」旨の被告人の供述が虚偽かどうかについて審案する。衆議院予算委員会会議録第一四号によると、この供述は楢崎弥之助委員の「四五年二月に行かれて大体それからそう時間をおかずにDC―一〇のオプシヨンと申しますか、いわゆる製造ナンバーを二、三機押えられたという事実はありませんか」との質問に始まる一連の質問に対する応答の過程で答えられたものである。その経緯をたどると、被告人は右の質問に対しまず「そういう事実は全くございません」と答えたものの、「当時はあなたは副社長でありました。では大庭社長がやられたという事実はありませんか」との質問に対し、被告人は「そういうことは全くないと私は信じております。と申しますのは過去にいろんなことを云われておりますけれども、(私は)(三井物産の若杉社長に対し)全日空は何か責任はありましようか、法律的責任はありますか(と尋ねたところ)いやそれはありません、(との答えであり)、それでは道義的な責任はありますか(と尋ねたのに対し)いやそれももちろんありません(という答えで)ということを確かめております。したがつて私はそういう風評が一部流れたことを知つておりますけれども、現実問題としては何らそういう疑わしい事実はなかつたというふうに確信しております」と答えたのであり、次の「そうすると大庭社長が独断であなたにも相談せずにそういうことをなされたということがあるかも知れないとお思いですか」との質問に対し、「私はそういう事実もおそらくなかつたであろう。ただ大庭社長としては適当な機材をやはり押えておきたい、できるだけ早く輸入したいというお気持はもつておられたのじやないか、というふうに推測はいたします。しかし現実の行動としては何らかの契約をする、例えばオプシヨン契約をするというような事実は全くなかつたということだけは明確でございます」と答弁したことが明らかである。所論は『被告人がかくの如く証言したのは被告人においてオプシヨンなる言葉の意味についてこれをフアームオーダーの確定契約に付随して締結されたオプシヨン契約と理解しその前提で右のような意味でのオプシヨンを大庭がした事実を知らないからその旨を証言したのであるし、今一つ若杉(三井物産社長)若狹会談の席上若杉に全日空には法的にも道義的にも責任がないことを確かめてその確信をいだいていたからこそその事実がなかつたとの確信を述べたにすぎないから、虚偽のことを陳述したはずはない』というのである。しかし同委員の質問の核心は、要するに、全日空においてダグラス社からDC―一〇の引渡を受けられるように、その方法、態様の如何を問わず三井物産との間で或いはダグラス社との間で何らかの手を打つたかどうかについて被告人自らがこれをやつたか、そうでないとすると大庭がやつたものかどうかを知つているか、被告人が知らないとすると大庭がこれをおこなうことについて被告人に対し相談をせずにしたことがあるかも知れないと思うかという趣旨で質問をしたことが明らかであり、被告人もそのような質問として理解したうえ証言し、被告人自らがこれをおこなつたことがないことはもとより、大庭がしたかどうかも知らないし自分に相談せずにしたことがあつたとも思えない旨を答えたことが認められるから、被告人がいわゆるオプシヨンの意義についてどのような認識を有していたかには関わりなく、自らこれをおこなつたか否かの点を除き、後記の如く認識していた被告人は己れの認識と相反する供述をしたものと認められる。又被告人は若杉発言が不正直なものであること、すなわち若杉の発言にもかかわらず大庭と三井物産との間には大庭の要請により三井物産がDC―一〇の三機位を押えておくという密約があつた事実を知りながら只単にDC―一〇発注の事実について知らないというふうに答え、更にこれにとどまらなかつたばかりかむしろ積極的にこの若杉発言を用いて密約の存在を否定するという挙に出てその趣旨の証言をなしたものであると認められるのである。虚偽陳述に非らずとして争う所論は失当で採用できない。

(b) 次に「大庭社長が在任中DC―一〇につき何らかの、例えばオプシヨン契約をしたということは全く了解できない。当時DC―一〇は設計段階であつたので大庭社長がDC―一〇をオプシヨンすることはありうるはずもなく、DC―一〇を選定する考えをもつていたことは想像もできなかつた」旨陳述する点が虚偽の陳述かどうかにつき検討するが、所論は『この証言は被告人において大庭オプシヨンに関する引継ぎの有無についての質問に対して引継ぎがなかつた旨真実を答え、引継ぎがありえないことの説明として当時飛行機はまだ設計段階にあつたのでそのようなことのありえない理由を述べたにとどまるから、自己の経験事実を述べたものではない以上偽証にあたらない』というのである。ところで、この証言は松永委員より大庭社長が退任する際ダグラス社との間でいわゆるオプシヨンをした事実を被告人に引継いだ事実があつたかどうかとの質問を端緒としてなされた質問に対する答弁としてなされたものである。この発問は会議録を仔細にみていくと、社長交代期にオプシヨンの件につき引継ぎがなされたかどうかを問うにとどまらず、要は、被告人が大庭においてDC―一〇確保のために何らかの手を打つていたかどうかその内容は何であつたのかを窮知していたかどうかを問うたものであつたこと、被告人はそのような質問の趣旨であることを了解していたこと、にもかかわらず自己の認識に反してそのような手が打たれていないことを答えたことが明らかである。このことは所論会議録中の右の事項に関するさまざまの質問に対する被告人の応答自体に照らして優に認められるところである。しかも被告人はDC―一〇確保のために大庭が何らかの手を打つたことがあり得ないこと、考えられないこと、自分が知らないことを殊更に理由づけ裏付け強調するためにDC―一〇は未だ設計段階にあつたと述べたのであるが、関係証拠によると、被告人は昭和四五年二月ころ新機種選定のための調査団長として渡米しダグラス社の工場を視察した際、既に工場内でDC―一〇の組立作業がおこなわれていることを直接見聞し(或いは資料を貰つて)知つていたのであり、飛行中ではなかつたものの胴体など機体の一部につき製造作業が進行中であつたことは動かし難い事実であつたのであるから、未だ設計段階であつた旨の被告人の供述は明白に事実に反する虚偽の陳述であつたということができる。

(c) 次に「大庭社長がDC―一〇を選定したい考えを持つているとは夢にも思つておりません。飛行機が出来ない状態でそういうような予見をお持ちになつているとは想像もできないことでございました。」なる供述について検討するが、所論は『前示の応答は、経験した事実についての質問に対するものではなく、いわば被質問者の理解なり所見を問うたにとどまつている質問に対するものであるから、この部分の応答は記憶に反する供述ではない。そもそも偽証の対象にすらならない。』というのである。しかしながら、被告人は後に判示するとおり大庭がDC―一〇を選定したい希望を有することを承知し、かつ大庭が三井物産にDC―一〇を確保することを要請しているその経緯については部下の少くとも二回にわたる報告によつて知悉していたのであり、「あなた自身そういうふう(ダグラスでいくのだということで自分に一任されていると思つて仕事を進めておられたというふう)に大庭さんが考えていることが推察できましたか」とか「常務会で機種選定の話が出たんだから自分の気持はわかつていてくれたはずであると大庭さんはいうのですが」との質問は単に被告人の所懐を問うたものではないうえこの質問に対する前示の応答は自己の認識に反するものであるから虚偽の陳述と断ぜざるを得ない。所論は採用できない。大庭のDC―一〇発注にまつわる被告人の証言は経験事実を語つたものではないとか自己の見解、感想、想像の域を出ないものであるとの所論について一言すれば、被告人に対するDC―一〇発注に関する一連の質問の大方は被告人がその経緯、内容を何らかの形で認識していたのではないかという観点から右についての認識、記憶を問い糺すものであつたことが明らかであり、質問の巧拙や委員会の雰囲気、質問の基本的なあり方、目的、態様などが理想的な形でとりおこなわれたものではなく非常に乱暴な言葉の質問、決めつけの質問、無秩序な質問などがあつたとの被告人の原審供述にあるような状況がよしんばあつたとしても、要は被告人が自らの認識に反した事柄を述べたものである以上これが虚偽の陳述と目されることはやむをえないところといわなければならない。被告人の証言は虚偽の陳述ではないとしてるる主張する所論はいずれもその前提を欠くから、失当として排斥を免れない。

(ロ) 次に所論は、『被告人の昭和五一年九月五日付の検察官に対する供述調書は作成の経過、内容からみてとうてい信用し難いものであるから、これを有罪認定の証拠として用いた原判決の認定は採証法則に違背したものであつて、これにより原判決は事実誤認をしている』というのであり、その理由を縷述するのである。所論調書に信用性なしとして論述するその主要な点は、次のとおりである。『第一に右調書の大部分は被告人の面前で作成されたものではなく、検事が被告人の供述を予めメモしておいたのを被告人が目の前にいないところで要約調書のかたちで作成したものであつて、このような作成の経過からしてその記載内容は検察官の主観に基づく歪曲ないし作為的介入が加わつた疑いの濃いものである。第二に、同日付調書の末尾には国会の会議録の写が添付されており、これに偽証だとされる部分に赤鉛筆で傍線が引かれ一〇箇所の部分に<1>から<10>までの符号が付されているが、これは検察官の指示によつて被告人がその指示どおりに偽証部分とされるところに赤線を引き、番号を付けたものであり、被告人自身が会議録を検察官の面前で読みながら自分の意思で選んだものでないのであつて、このことは被告人が自ら会議録写中の符号<5>につき後に偽証にはならないと思うから訂正してほしい旨申し出たことによつても明らかである。何とならば被告人がもしも自発的に線を引いたものであればこのような形での思い違いの供述並びにその訂正ということはありうる筈のないものであつて、すなわち、これは検察官の指示によつたと考えるほか理解しうべくもないところである。第三に、右調書の記載内容がずさん極まりないものであることが掲げられる。すなわち、例えば八月三〇日付の同人の検察官に対する供述調書においては、被告人は一億一二〇〇万円の簿外資金につきこれが全日空に入つたことは知らない、よく記憶をたどつてみると言つているのであるが、その後この点については取調がなされないまま推移し九月五日付の同人の供述調書に至つて突如として被告人が全日空においてこれを受領したことを認めたかのように扱われ、さればこそこの点について偽証をした旨の自白があつたように調書が作成されているのであるが、しかし該調書は前後にそごのみられる杜撰に過ぎる調書というほかはない。第四に、「三井物産が大庭の要請により全日空のためにダグラス社に対しDC―一〇の購入契約をした経緯の概要を了知しながら事実に反する証言をしたことから申し上げる」云々の所論調書の冒頭部分の被告人の供述記載を見れば明らかなように、本調書は、検察官が被告人の面前で調書を作成せず、後日の公訴提起に備えて勝手に要約したことが明らかな個所である。第五に又、同調書中のいわゆる若杉、若狹会談の経緯、内容に関する供述記載のうち、被告人が「三井物産の若杉社長が全日空には法的、道義的責任がないといわれた言葉は正直でないと思つた」と供述するくだりは、被告人が思うことの凡そありえないことの記載でしかないし、「若杉社長が商人的感覚でそのような言い方をされた」と被告人が供述したとされるくだりも被告人の方から言う筈のないセリフである。この供述部分は、渡辺尚次、石黒規一の各検察官に対する供述調書の記載と対比してみると検察官はこの両名の供述記載を下敷にして被告人の供述を作為的に曲げて記載した疑いの濃いものといわざるを得ない』などと主張して数々の根拠を掲げるのである。

そこで、被告人の所論調書の信用性を争う主張の主要なものについて検討を加える。

まず、被告人の前記九月五日付調書の信用性について審按すると、所論調書は次のような経過によつて作成されたものと認められる。取調担当の山辺検事は議院証言法違反の事実について五一年八月二七日ころから被告人に対する取調を実施したのであるが、同年九月三日までに被告人の供述を詳細にメモにし翌九月四日午前中にこのメモに基づいて被告人の面前で検察事務官に口授して録取を開始したのであるところ、これを見た被告人よりメモのとおり録取されるのなら前(八月九日付、一六日付)の調書と同じく録取が出来るまで別室におらせていただきたい旨の申出があつたため山辺検事がこの希望を入れて被告人を舎房に戻らせたうえ引続いて録取をなし、九月五日この録取が終つた段階において取調室内の被告人の面前で同日付の調書の読み聞けをなしたこと、その際、被告人から供述の一部訂正申立てがなされたため検察官において右申立に相応する部分について追加訂正して録取したこと、被告人はこれにより訂正箇所が正確であることを確認したうえ、供述記載のすべてについて供述したとおりの記載があるとして署名指印するに至つたことが明認できる。右の経緯に徴すれば同調書は被告人の面前で作成されたものと優に認めうるのであり、検察官は僅かに訂正箇所が被告人の申立に基づいて後に是正された点を除き、当初から被告人の供述をその供述するとおりに正しく記載したことが明認できるから、他に検察官の主観に基づく作為的介入が同調書に加えられたとの証跡のないことを右に判示する点と併わせ考えると、被告人の所論調書の信用性は優に肯認できるところであり、所論の如き理由をもつてしてはその信用性を否定し去ることはできない。被告人は、捜査段階における取調状況について原審公判で詳述し、その内容は所論に合致するものであるところ、その骨子は「検面調書は自分の言葉で書かれてはいない、法廷で該調書が信用されることはないし、調書の記載内容が現実と違うことを明らかにすることは難しくないと思つたのでいちいち違うところを指摘しなかつた」などというものであるが、先にるる判示するところと対比し採用するに由なきものといわなければならない。

もつとも、所論は、『所論調書には被告人が偽証箇所であると自認し自ら赤で線引きをした国会会議録が添付されているけれども、これは被告人が自発的な意思に基づいて指摘した箇所ではない』としてこの点も同調書の信用性がないことの根拠となるとするのであるが、被告人が同年八月二七日から同月末日までの間に、取調の際に検察官より示された国会会議録はたかだか被告人自身の証言の記載されている同年二月一六日分の一四ページ分と同年三月一日分の二二ページ分合計三六ページ分程に過ぎないところ、被告人は該部分を相当の時間をかけて読みながら自発的に虚偽の陳述をした箇所なりとして順次これらを指摘していつたうえ、その箇所に赤エンピツで傍線を引き、何故にこれが虚偽の陳述となるかの理由についても逐一詳らかに説明を加えていつたことが取調検察官の原審証言によつても知れるうえ、「調書に添付されている議事録について私が赤エンピツで筋を引き数字の符号を記入しながら申し上げます」との記載のある所論調書自体によつても前掲証言が該調書作成の経緯を如実に物語つているということができる。被告人は当審公判廷においても原審と大要同旨のこと、すなわち、「議事録中の偽証部分に自分で線を引くというようなことは全くやつておりません。読み返す機会も時間を与えられなかつた。呼び出されて何ページの何行目から何行目まで線を引きなさい、そこに何番という番号を付けなさいという指示がありました。したがつて<5>だけ違いますと訂正申立てをしたことは全くございません。調書全体について承服していないので、この調書は自分の言つたままには書かれていません」と供述し所論に沿うのであるが、先に認定したところと対比しこれに直ちに信を措くことはできない。又これらの供述を基にして所論調書の作成経過を攻撃する所論も採用できないことに帰する。尚所論は『所論調書中の被告人の「四七年度引渡分として四機を確定発注し、その後の引渡予定分として六機をオプシヨンしていると判つた」旨の供述記載があるけれどもこれは関係証拠からして被告人がそのような詳細なことまで理解しうるはずのないことを供述したことになるから、このような供述記載部分のある調書は信用できない』というのであるが、被告人は後述する石黒書簡中の四七年三月、五月、六月、八月各一機のデリバリー時期についての記載を決裁過程において見たことがあつたり、渡辺尚次から大庭が三井物産に対して全日空は四七年度中にDC―一〇を四機位買うと約束した旨の報告を受けたこととかによつて同四七年度引渡分として四機のDC―一〇が確定発注されていることを理解し得たのであつて、理解しえないことを供述したというにはあたらないから、この所論も失当で採用できない。更に所論中には、『若杉、若狹会談における若杉の発言は「不正直だと思つた」旨の同調書中の被告人の供述記載は、被告人において大庭と三井物産との間には何かいわくがあつたという事実を被告人が知つていることが前提でなければならないのに、被告人はそのような供述をするはずはないからこれ又所論調書が信用できない一つの証左である、』とするくだりもあるが、被告人は後述のとおり三井物産が大庭の要請によつてDC―一〇を押えていることを了知していたのであるから、このくだりの所論も前提を欠く主張として採用できない。以上説示したとおりであるから、所論調書の供述記載には信用性がないとの所論に左袒することはできない。

(ハ) 次に、所論は、要するに『原判決は大庭哲夫の国会における証言を原判示第六の事実の認定に用いているが、該証言は最も重要な点について信用性を欠くものであるから、原判決は採証法則に違背した証拠評価、その取捨選択をなしたもので違法といわざるを得ない』というのである。そうしてその主たる根拠として次のような諸点を列挙する。すなわち、『<a>、まず、大庭は、同人の要請により三井物産が全日空のためにダグラス社に対しDC―一〇をオプシヨンしたという案件を同人が社長を辞任する昭和四五年五月二九日に被告人及び渡辺尚次の両名に対して引継ぎをしたと証言しているが、この証言部分は、原判決すらも信用しなかつたものであり、更にはつきりといえば、むしろ大庭が記憶に背いて故意に引継ぎの事実があつたとして事実を曲げて供述したといつてはばかりのないものであること、<b>、大庭は、新機種選定のための調査団の報告を聞いて、同年三月ころオプシヨンを与えた、又、同四五年三月であつたと思うが同四七年一月に手に入る飛行機の製造番号を押えたことを通知するための書類にサインをしたと証言しているが、三井物産の石黒副社長のその後の証言によつて、大庭の右証言が事実と異なることが明らかとなり、大庭の再尋問の結果、大庭はオプシヨン契約の書類にサインはしておらなかつたこと、オプシヨンをしたのは同四五年三月でなく、同四四年七月二九日である旨証言するに至り先の証言が誤りであることを認めてこれを訂正するに及んだのであるが、大庭の証言はこのようなあやふやな記憶ないしは誤解に基づいてなされたものであつたのにかかわらず、予算委員会においては各委員らがこのような大庭証言を土台にして被告人に対し質問を浴びせたのであり、これに答えて被告人が大庭証言のいうところを「信じられない」とか「夢にも考えられない」とか証言したからといつて偽証になるいわれなどありはしない』、というのである。そこで検討を加えるが、原判決が大庭証言のうち右<a>記載の引継ぎに関する事実についての証言を信用しなかつたこと、又<b>記載の如く大庭が証言を所論のような経緯を端緒としてその一部につき訂正変更したことは記録上それぞれ所論のとおりであることが認められるが、大庭の証言をその内容、供述の推移に照らして検討してみても基本的な大筋については揺がぬものがあるし、又訂正をしたことについては首肯しうる理由と事情とが存在したことが窺われるうえ、他に同人が故意に事実を歪めて証言したとか誤解ないしあやふやな記憶に基づいて証言をしたとの証跡は見当らないから原審の証拠の取捨判断には格別誤りはなく、これと異なる主張をなす所論は、失当で採用できない。

(ニ) 次いで、所論は、『原判決は原判示第六事実の判示中に被告人がいわゆる大庭オプシヨンの経緯に関する事実の概要を認識していたと認定しているが、右認定は証拠に基づかざるものであり、原判決は大庭オプシヨンに関する偽証の核心をなす前提事実につき認定を誤つた結果、被告人に偽証ありと断じたものであるからとうてい破棄を免れない』という。論旨の骨子は次のとおりである。

(a) まず、三井物産が大庭の要請によりダグラス社とDC―一〇の購入契約を結んだ経緯の概要とは原判決によれば以下の如きものである。すなわち、昭和四四年七月二五、六日ころ当時全日空社長であつた大庭は全日空においても国内幹線に大型ジエツト機を導入しようと考え、その機種としてダグラス社のDC―一〇が適当とし、自分の一存で同社の日本における代理店として全日空に対しDC―一〇の販売活動をおこなつていた三井物産(輸送機械部次長灘波清一)に対し三機の購入方についてダグラス社と交渉するよう依頼したこと、そしてダグラス社のマツクゴーエンら関係者に対し社内でオーソライズして航空局の許可を取るため時間がかかるから、それまでの間、三井物産において三機のDC―一〇(ダグラス社が既に日航に提示したプロポーザルにより同社向けに製造が予定されていたもの)について日航と同一条件で押えておくこととして貰いたいと要請したこと、そこで三井物産は、これを受け、全日空の社内の組織としての意向は不明ではあるものの社長である大庭がDC―一〇の採用決定の意思表示をしたのであるから、後日正式に発注があることは必至と考え、全日空のためDC―一〇の引渡を受ける権利を確保することとしたこと、そうして、同年七月二九日大庭は三井物産の若杉社長に対し全日空は大型機を昭和四七年四月に導入するが、飛行機を全日空のために押えてほしいと要請、三井物産は同月二五日付ダグラス社の三井物産に対するプロポーザルに基づき、三井物産がダグラス社に三機のDC―一〇の確定発注をし、四機をオプシヨンする旨のレター・オブ・インテントを発し若杉とマツクゴーエンとがこれに署名したこと、後に三井物産は確定発注を一機増加して確定注文を三機から四機にしこれに伴い、オプシヨン分を六機に変更してその旨のレター・オブ・インテント修正書を発し、同四五年二月に右四機を確定発注する契約を締結したこと、四五年四月ころ大庭は三井物産に対し同年七月末までに全日空の特別仕様を提示し同年九月三〇日までに社内の意思統一をしたうえ正式に契約を締結することを確約したこと、三井物産は大庭が以上の事を内密に運んでいることを了知していたこと、以上が原判決のいうところの経緯の概要である。

(b) これに対して、所論は次のような認定非難をするのである。つまり、『右の経緯なるものがはたして客観的事実として存在していたとしても、被告人自身は右の過程にはいずれも自ら関与したものではなかつたから、全くあづかり知らぬところである。したがつて、原判決も経緯の概要とは「三井物産は大庭の要請により全日空のためにDC―一〇を三機位押えた」と認定するにとどまつたが、しかし被告人は右認定にかかる程度の概要すら了知していなかつたことが明らかである。

この点につき、原判決は、被告人が渡辺尚次から昭和四五年六月初めと同四六年末ころとの二回にわたり右の経緯について報告を受けた事実ありとの認定を下しているが、そもそも被告人はそのような報告を受けた事実そのものがないのであつて、原判決挙示の証拠によつては被告人において右の報告を受けた事実は認定できはしないのである。よしんば被告人において右の報告を受けた事実ありとの認定が証拠上可能であるとしても、その報告内容たるや甚だしくあいまい模糊とした漠然たるもので、単なる噂の域を出るものではなかつたのである。例えば、証拠によつても渡辺が昭和四五年六月ころ被告人に報告をしたのは、大庭が三井物産を通じてダグラス社にDC―一〇を三機押えたということを渡辺において松田部長から聞知したというだけのものでしかなく、被告人が聞いたことといえば大庭さんの社長時代に三井物産とダグラス社との間で何らかの契約があるらしいけれども、大庭が契約の場にいて関係しているようだという程度に止まるし、昭和四六年末に渡辺が被告人に伝えたという内容も三井物産の植村常務が渡辺を訪ね大庭さんと若杉社長、マツクゴーエン副社長が集つて全日空が昭和四七年度に導入する機材としてDC―一〇を四機位買う旨の約束をしたという程度に過ぎないから、いずれにしても被告人が経緯の概要を了知していたといえるものではないことが明らかである。そうしてこれに照応する被告人の供述をみても、「三人が集つて全日空が四七年度にDC―一〇を買う約束をした」との渡辺の話以上の具体的内容を聞いたというものではなく、特に被告人が報告を受けた内容は極めて断片的で範囲の限られたものであり、それとても伝聞を重ねたものであつて事実の真相を把握しうるようなものではあり得なかつたことが右の経緯を了知していたかどうかの判断をするについては重視されるべき事柄である。又被告人が国会において証言をするに至るまでの経過をみても、同証言は五一年六月九日の三井物産石黒副社長の国会証言のなされる以前におこなわれたものであり、前記のとおり二回にわたり渡辺より報告があつたと仮定しても伝聞による断片的報告に基づいた情報源に依拠してなされたものであるから、証言時までに被告人が原判示の事実の概要を承知できていた筈がないのである。以上の次第であるから、誤つた事実を前提として被告人が偽証をしたと断じた原判決の認定はいずれの観点よりしても証拠に基かざるものというべきである』とし、その理由としてDC―一〇の購入契約の性格、被告人の認識についての各事実誤認の主張を含め縷述するのである。

(c) そこで、三井物産が大庭の要請によつて、全日空のためにDC―一〇を発注したか否か偽証の前提となる事実の存否につき、以下所論に即して順次検討を加える。

<イ> まず、『大庭は三井物産に対し具体的にDC―一〇を全日空のために押えてもらいたい旨要請した事実はなく、大庭がDC―一〇を採用したい旨の希望を述べたにとどまつたのを、将来全日空はDC―一〇を選定購入するは間違いなしと誤つて速断した三井物産が、自らの判断で全日空にDC―一〇を転売して利得をうる目的で右DC―一〇を思惑で発注、買持をしたにすぎないから、右購入契約は大庭の要請とは無関係になされたものである。』旨の所論について判断を加えると、関係証拠によれば、三井物産によりなされたDC―一〇の発注は次のような経緯であつたと優に認めることができる。すなわち、三井物産において航空機の商いを担当する輸送機械部次長の灘波は、昭和四四年七月二〇日過ぎころ、ダグラス社副社長マツクゴーエンから日本航空が国内線用大型ジエツト機の採用決定を延期するとの意向であることを聞き込み、既にダグラス社が日航向けに製造をすることを予定していた三機のDC―一〇を全日空に売り込まんとし、同月二五、六日ころ全日空本社を訪ね、大庭社長に対しその購入方を慫慂したところ、ダグラスをシリーズで購入していた日本航空の出身であり、かねて社内でもダグラスフアミリーなどと評されることもあつた大庭は、全日空発足二〇周年記念の年にあたる同四七年四月が同社就航の国内幹線に大型ジエツト機を導入する好機であるとし、その機種としてDC―一〇が最適と考えており、DC―一〇は開発の進んでいない或いは機材の大き過ぎる他の航空機メーカーの機種よりも実績もあるなどして評価の高い機種であるところから、早めに確保しておかないと右の時期に機材を得ることは間に合わないおそれがあると懸念し、全くの自己の一存で灘波に対し右三機の全日空による買入れについてダグラス社と交渉するよう依頼したこと、このように大庭が組織内の通例の決定手続を経ないで機材の購入、リースなどを独断専行した事例は従来もあつたこと、そうして大庭は同四四年七月二七日ころ全日空本社において、ダグラス社のマツクゴーエンらに対し、全日空は四七年四月ころを目途にDC―一〇を就航させ、数年間継続して少なくとも合計二〇機以上を購入する予定である旨の話をしたこと、その際、社内でオーソライズしたうえ運輸省航空局の許可を得るのには時間がかかるので、それまでの間三井物産においてダグラス社が日航に提示している前判示の三機について同社向けのと同じ条件で押えておくこととしてもらいたい、右三機に伴うオプシヨン機についても押えておいてもらいたいと要請したこと、これを請けて灘波は三井物産の担当常務李家らに右の話の趣きを報告し、これに基づき担当者らにおいて協議の結果、全日空の社内の意向はさしあたり不明としても、社長たる大庭がDC―一〇採用の意思表示をした以上後日全日空よりの正式発注のあることは必至であると見越し、ダグラス社からのプロポーザルに基づいてレター・オブ・インテントを発し、全日空のために前渡金を立替払することにより、全日空がダグラス社と正式にその購入契約をするまでの間全日空のためにDC―一〇の引渡を受ける権利を確保することとし、これにつき三井物産若杉社長の決裁も得たこと、数日後の同月二九日三井物産に自ら赴いた大庭は若杉に対して直接重ねて「四七年四月に大型機を導入する予定である。ダグラス社が日航向けに見積つている飛行機を是非全日空のために押えてほしい」旨要請し、その際飛行機購入に必要な資金援助までも要請したこと、これを請けて若杉は了承を与えたこと、そうして若杉はこの要請に基づき大庭の立会の下にマツクゴーエンとともにダグラス社の三井物産に対する同四四年七月二五日付プロポーザルに基づき、三井物産がダグラス社にDC―一〇の三機を確定発注し、かつ、これに伴い四機をオプシヨンする旨のレター・オブ・インテントに署名したこと、もつとも、その後大庭のあらたな要請もあつたことから、三井物産においては確定発注を一機増加し、同年九月一七日ダグラス社に対し確定発注を四機、オプシヨン機を六機に変更する旨の八月一六日付のレター・オブ・インテント修正書を発したこと、そうして三井物産はダグラス社の要請に基づき、大庭の了解をもとりつけたうえで同四五年二月二日ダグラス社との間に右修正書に基づき四機を確定発注し六機をオプシヨンする旨の正式契約を締結したこと、次いで同年四月ころ霞ヶ関ビル内にある三井クラブで大庭、若杉、マツクゴーエンの三者が会談し、大庭は両名に対し同年七月末までに全日空の特別仕様を提示し同年九月三〇日までに機種選定についての全日空社内の意思をDC―一〇と決めることに統一したうえダグラス社と全日空との間で正式に契約することを確約したこと、その翌日灘波は右三者会談に同席した日本ダグラス社のボガードとともに全日空本社に大庭を訪ね、前記会談についてのメモを示し同人の確約が間違いないことを確認させたこと、以上の各事実を優に認めることができる。以上の事実と証拠によれば三井物産は右四機につき大庭の要請に基づきDC―一〇の購入契約を締結したものであつて、少なくともこの段階で確定発注した納期を昭和四七年度とする四機については三井物産の思惑による買持ではないことが明らかである。

ちなみに、昭和四四年七月二五日付のレター・オブ・インテント中に「ダグラス社は三井物産が本航空機の購入契約の全条件をA SCHEDULED AIR LINEに譲渡する権利を有することに同意する」旨の記載があるが、全日空へのDC―一〇売込みの代理店契約(REPRESENTATION AGREEMENT)(昭和四四年七月二九日付)及び七月二五日付のレター・オブ・インテントの修正書No.1(同年八月一六日付)が当初のレター・オブ・インテントで、「三井がDC―一〇を三機購入する」となつていたのを、一項で「四機確定発注」と改め、二項で「ダグラス社が右DC―一〇機四機につき、三井に販売すると同一条件で全日空にプロポーザルを提示し、全日空がその一部又は全部を購入した場合三井がダグラス社に発したレター・オブ・インテントの下での三井・ダグラス両者の相互に負担する義務は、全日空購入機数については解除される……全日空が航空機について支払をするたびに、三井がダグラス社に支払つた分を利息を付けず返還する」旨記載していることからすると、右七月二五日付書面にいう「三井物産が本航空機の購入契約の全条件をA SCHEDULED AIR LINEに譲渡する権利を有する」にいうA SCHEDULED AIR LINEとは、「当面全日空を指すものである」旨の原判示は相当であり、右のレター・オブ・インテント修正書No.1にある四機に関する限り右条項の存在することをもつて、思惑買いと評する根拠とはなし難いものというべきである。

もつとも、もし全日空が前示の如き経緯があるにもかかわらず後日DC―一〇を正式に発注しないような事態が万が一起こつたとしても、三井物産が、引合の多い、実績のあるDC―一〇なれば、販売権を得て販売活動をなせば内外の航空会社への転売も可能であり、これにより利益を上げうると慮つたことのあつたことは、三井物産が全日空に図ることなく、昭和四五年一一月三日付で確定発注機数を四機から六機に変更し増加分二機については思惑買いと評されてもやむをえないようなことをおこなつたことによつても窺えないではないけれども、当初確定発注した四機に関する限り三井物産によるDC―一〇のダグラス社への発注は購入に必要な資金援助までも求めてした大庭の要請なくしてはあり得なかつたものであり、かつ三井物産としては全日空によるDC―一〇の発注は必ずあるものとの見通しの上に立つて発注したのももつともと認められるから、前記の四機に関してはこれが大庭の要請とは無関係のものであるとか三井物産の思惑による買持であるとかいうことはできない。

更に所論は『三井物産の発注機数及び納期並びにその変遷のありようからみても本件購入の契約が大庭の要請によつておこなわれたものとはいえない』旨いうのであるが、関係証拠によれば次の諸事実が認められる。すなわち、大庭は国内航空需要の伸びは同四二年以降ほぼ同様の趨勢を維持して推移していくものとの見通しを有し、この見通しのうえにたつて、これに対応すべき四七年四月ころからDC―一〇を導入就航させようとの目途の下に、その機数については爾後数年を出ずして二〇機以上が必要になると考え、同四七年度については最小限五機程度、予備機を含めてこれに加えるに若干の機数が必要と考えていたこと、このような考えがあつたればこそ大庭は三井物産の灘波やダグラス社のマツクゴーエンに対し、「ここ数年間でDC―一〇を合計二〇機以上購入する考えである」と話し、当初の確定注文機三機とこれに伴うオプシヨン分四機(納期はすべて四七年度の予定)を三井物産で押さえてくれるよう要請し、これにより三井物産は大庭立会下において三機確定発注、オプシヨン四機のレター・オブ・インテントを発出するに至つたこと、更に大庭はDC―一〇の導入のテンポを早めた方が得策と考え、当初より早いペースでの機数の増加を求めたこと、三井物産はこの要請に応えてレター・オブ・インテント修正書により、納期は前同様のまま機数を確定発注四機、オプシヨン六機と増加変更したこと、次いで大庭は四五年当初ころに至るまでに全日空の大型機導入に必要な準備体制の進捗状況を考慮した挙句、オプシヨン分六機の納期を一部修正しようと考え、その旨三井物産に伝え、これを受けた三井物産においては同年二月二日付でダグラス社と結んだ購入契約において四七年用機材として四機引渡を受けることとし、オプシヨン機は四八年度二機、四九年度四機とする旨修正するに至つたこと、以上の経緯が認められる。右の事実に鑑みると、確定購入機数、オプシヨン機数(及びこれらの納期)が昭和四五年二月までにしばしば増加する形で変更されたことは所論のとおりであるけれども、これらはいずれも経営上の状況判断をした大庭の意思に基づくものであることが認められるから、前記の購入契約時までの間に関する限り三井物産が商社としての立場においてその商い上独自に思惑にしたがつて機数、納期を勝手にいじくりまわしたものでないことが明らかである。進んで、所論は『三井物産は全日空以外の航空会社への売り込みを策して発注したのだ』とも主張するが、三井物産は前判示の発注時点においては全日空以外の航空会社に対する販売代理権はダグラス社から与えられてはおらず、代理手数料を得て他社へ売り込むことは許されなかつたものであるから、これを策するということは本来ありうべくもないところであり、只万一の場合は内外の航空会社へ実際上の販売活動をおこない転売して欠損の生ずることのないよう慮つたとしても、三井物産がダグラス社の販売代理権を獲得するための実績作りをせんがため買持をしたとは認められず、所論は以上判示した限度では採り得ない主張といわなければならない。のみならず、三井物産は全日空に対しDC―一〇を売り込む活動をすること既にダグラス社の販売代理店として全日空向けの機材の販売活動をすることの了承を得ていたものであり、実質上はDC―一〇の全日空向けの販売代理権を取得していたに等しき状況にあつたのであるから、敢えて実績作りのために買持をする必要性は前記の四機に関しては少なくともなかつたのであつて、所論は立論の前提を欠くものということができる。しかし、所論は『DC―一〇の購入が三井物産の思惑買いに他ならなかつたことの証左なり』として、<1>ダグラス社から三井物産にあてた四四年七月二五日付プロポーザル中に日航優先条項が明示されていることとか、<2>前示レター・オブ・インテント中に「ダグラス社は三井物産が本航空機の購入契約の全条件を不特定のア・スケジユールド・エアラインに譲渡する権利を有することに同意する」旨記載があることとか、<3>四五年一月三〇日付合意書に「ダグラス社は三井物産が購入等した全航空機を全日空及び日航に売却の申し込みができる」旨の記載のあることとか、<4>三井物産において全日空に無断で四五年一一月三日付購入契約修正書により確定発注を四機から六機に変更したこととか、<5>三井物産社員の大橋英世作成の内部文書「米ダグラス社DC―一〇型旅客機の経緯について(概要)」中に思惑買いを示す文言のあることとかを尚挙げるのである。だがしかし、<1>及び<3>がそれ相当の理由に基づくものであることは原判示のとおりであり、又<2>の意味は前述したとおりであつて、<1>ないし<3>はいずれも思惑買いとみる根拠たりえぬものである。又前述したように、<4>は少くとも思惑買いと評されてもやむをえないものとしなければならず、この部分に関する限り所論の指摘は首肯しえぬでもないけれども、だからといつて昭和四五年二月のDC―一〇購入契約時までの購入分まで思惑買いと認めることができないことは前判示のとおりであるから、この点の所論も結局採るを得ず、<5>も所論を肯定する根拠となしえないことは原判決が判示するとおりであつて、所論はいずれも排斥を免れない。

<ロ> 次に、被告人は本件DC―一〇購入契約の概要について認識を有していなかつたとの所論について検討を加えるが、この所論の採用しえぬこと以下に判示するとおりである。すなわち、関係証拠によれば、三井物産の灘波が四四年九月末ころ調達施設部長の松田に対して「大庭社長のご希望によりうちの方でDC―一〇を押えさせてもらいました。四七年の四月には必ず間に合います」と話をしたこと、これを聞いた松田は驚いて直ちに大庭に右の話に関し事の次第を確かめたところ、大庭は自分が三井物産に押さえさせたのだとの話を松田にしてこれを肯定、しかし社内においては内密にするように指示し、ために松田は爾後口を封じられてしまつたこと、そうして四五年六月一日に大庭が社長を退任して程なく松田は渡辺に対して、『四四年秋ころ三井物産の灘波より「大庭社長から話があつて、ダグラス社に対し四七年度に全日空に入れる機材を押さえておいた」との話を聞かされ、大庭社長に確かめたら大庭から「四七年四月導入に間に合うように三井物産を通じてダグラス社にDC―一〇を三機くらい押さえてある」と言われた。このことは大庭社長から口止めされていたが社長が代つたし三井物産から早く正式契約にしてくれとせつつかれているのでどうしたものかと思い相談に来た』旨話をしたこと、渡辺は松田からこの話を聞くや、直ちに社長室に赴き被告人に対し松田のこのような内容の話をそのとおりに伝えたこと、翌四六年末ころ三井物産常務植村一男は全日空に来社、渡辺と面談、先に三井物産常務石黒規一の名で同年六月全日空に対して四機のDC―一〇の採用方を求めたのに全日空がこれを拒んだことに焦慮しているとの三井物産の意向を伝え、「三井物産がダグラス社にDC―一〇を発注したのは三井が勝手にしたものではない。大庭社長が四五年三月に霞ヶ関ビル三五階の三井クラブで若杉社長、マツクゴーエン副社長と会い三者の間で全日空が昭和四七年度に導入する機材としてDC―一〇を四機位買うと約束したが故である。書類こそ作つてはおらぬが、社長同士が約束した以上契約として成立する。もし全日空がDC―一〇を購入しないというのであれば訴訟によるべしとの意見もある。」旨、強硬談判に及んだこと、そこで渡辺はそのころ被告人に対し社長室において植村常務の右の要求をそのままの内容どおり報告したこと、以上の事実が認められる。右の事実によれば、被告人は大庭の依頼に基づき三井物産のした購入契約の経緯の概要を相当程度承知していたことは優にこれを肯認しうるのである。もつとも、所論は右と大要同旨の原判決の認定を論難し、第一に『そもそも松田は渡辺に対しDC―一〇発注の経緯を報告したことはないから、渡辺において被告人に対し松田の報告を伝えるということは、前提がそもそもないのであるから、ありうべくもない』というのである。しかしながら松田が渡辺に対し前判示のように報告したことは関係証拠に照らし明認できるところであり、渡辺がこれを被告人に対して報告をしたことも信用性のある被告人、渡辺の検察官に対する供述調書、関係者の供述などに鑑み首肯しうるところであるから、所論は失当で採用できない。被告人は当審においても「渡辺から松田からの話を聞いた記憶はない、もし聞いていたら、誰がやつてくれたとか、何機どうしたというように明確に確かめている、機種選定はああそうですかということで終るそんな軽いものではない」と供述するのであるが前記の認定に照らして採るを得ない供述であり、又被告人は同四五年六月、七月にかけて噂を聞いたことはあるというのであるが、これを調査したことはないと述べており、たとえ噂の域を出ないとしてもこれを調査しないというのは事柄の重要性と平仄の合わぬ挙措ということができる。

ちなみに、被告人は前判示のような話を渡辺から聞くや「大庭のやりそうなことだ。そのうちに三井物産の社長によく聞いてみよう」と答えたことが関係証拠上認められるから、被告人が大庭の求めによるDC―一〇発注の大筋を承知していたことは否定しうべくもないところである。所論は第二に『被告人は四五年七月一日の常務会で「DC―一〇を七月中にコミツトしないと四九年になる。七月なら四七年四月に出せる。この機会を逸すると、DC―一〇をあきらめなければいけないことになる。委員会で討議してくれ」と発言し、更に、被告人が同年七月二八日の新機種選定委員会の第三回本委員会の席上、「DC―一〇は七月中オフアしなければ四九年になるというのは絶対動かせないものだろうか、四七年四月、五月が駄目としても四八年度用については若干弾力的に考えられるのではないか」とか、「今日物産の社長が来るからどうしてダグラスだけが急がせるのか聞いてみよう」と発言しているが、被告人が若し渡辺から松田の話について第一回目の報告を受けていれば、DC―一〇が確保されていることを知つたはずであり、そうとすると右のようにDC―一〇を四五年七月中に発注しないと四七年度に引渡が不能になつてその時期の導入が間に合わないという心配が起きる筈はないから、これは被告人が渡辺の報告を受けていない、つまるところDC―一〇発注に関する経緯を知悉していなかつたことの何よりの証左である』というのである。

なるほど、七月一日の常務会議事録をみると、所論のとおりの言葉で発言をなした者は同議事録の書記役繁森企画課長の当審証言などよりして被告人であると認められるのであるが、右発言は三井物産からもたらされたダグラス社の提示する発注条件をみて大型機選定に関しDC―一〇を四七年四月の導入機材として決定し発注にまで及ぶかどうかにつき新機種選定委員会本委員会或いは総括部会において討議をすることを指示したものと認めうるのであり、それとともにいま直ちに採否を決しないと引渡時期が動いてしまい、四七年度導入が無理としても四八年度に導入することすら不可能となり更に一年後の四九年度にまで導入がずれ込んでしまうのは毎月相当数の飛行機が作られていることからみて不可解であるとして当該プロポーザルに対応する合点のいく説明を求めたにすぎないものであることが看取される。そうとすると折あたかも大型機の導入時期や新機種選定について熱を入れて検討中であつたことからすれば、このような発言をして精力的に検討することを指示したりすることは社長として至極当然のことであり、これは被告人が渡辺よりの当初の報告に基づき三井物産が大庭の要請によつてDC―一〇を発注したことの内実を窺知していたことと格別矛盾するものではないと認めることができる。被告人は当審において右の発問は「全日空としては四七年四月から導入したい、どうしても入れたい、三井物産からのプロポーザルによると四九年まで機材がなくなつてしまうと不安で、DC―一〇を候補機種から除かねばいけなくなると全日空として困るという観点からいつた」というのであるが、右に判示したところと対比してもこの発言は被告人が大庭オプシヨンを知つていることと格別矛盾するものということにはならないものといえる。何故なら、全日空がレター・オブ・インテントを発しない限り、ダグラス社は三井物産に対してはとも角、全日空との関係においては三井物産のした購入契約の条件(引渡時期を含む)に拘束される法律状態にはないが故である。次に七月二八日になされたという被告人の発言についてみると、本委員会議事メモや当審取調べにかかる太田ノートなどによれば、被告人が所論の席上所論のような発言をしたことが窺知できるが、これについては、被告人は当審において「七月中にコミツトしないと七月中発注は無理で四九年になるとの報告なので、七月中というプロポーザル期限を延長できないか、四八年度の納入は何とか融通がつかないかという趣旨で発言したものである。」というのであるが、この発言はダグラス社の代理店たる三井物産からの正規のプロポーザルを受け、これにつき全日空において同年七月中のDC―一〇発注見送りの結論が出たことを前提としてその対応策を検討しプロポーザル期限の延長の可否、四八年度引渡可能の機材の確保の見とおしなどについて席上担当者の意見(たとえば松田)を求めたり打開の方策を示唆したりしたものであると認められるからこの発言は被告人が三井物産が大庭の要請に基づきDC―一〇を既に押えてあることを知つていようがいまいが直接関わりのない問題であつて被告人が右の経緯を知つていたことと矛盾するものではないということができる。ところで、所論は、被告人の右のような発言がなされた背景には被告人が三井物産のプロポーザルの期限が動かすことのできないものであつて、四五年七月末の期限が過ぎてしまうと四七年度用機材が手に入らなくなると考えていたとの前提があつてそれで成り立つているところがある主張であり、被告人はこの主張に沿つて右期限が動かし難いとの考えを持つていた旨当審で供述するけれども、担当の松田はこの期限を交渉の余地のあるものとし、右の七月分が格別の意味をもつているプロポーザル期限の提示とは考えていなかつたものであり、そのことは諸々の会議の席上における同人の発言によつて知れるところであるが、被告人はこの話例えばプロポーザル期限は融通の利くものであるとの同人の発言を聞知したこともあり、現に実際同一の機材についてプロポーザル有効期限が七月末日のが九月一五日に伸長されたばかりか九月一五日期限のも決定できなくて全日空のスペツクを出すこともなしに一〇月一五日まで再度延長された事跡も見られるのであつて、期限の遵守が厳しく求められるような三井物産からの口頭の話があつたとしても、これを動かし難いものとして全日空関係者が対処してきたものとは本件に関する限りはみられない(プロポーザルは絶対のデツドラインとして動かせないという証言をする者もみられはするが)から、所論は立論の構成の点で既に事情を異にしているということができ、この点からしても所論主張を首肯することはできない。以上の次第であるから所論主張の被告人の常務会、本委員会における発言をもつて被告人が渡辺から第一回の報告を受けていたとの事実を否定し去ることはできない。被告人は、原審公判廷において、「ダグラスだけが七月末までにオーダーしないと四九年まで機材がなくなるということは常識的には考えられない、ダグラスだけがそんなに急ぐのかを考えると、大庭社長が何か約束をしていたのに社長が交替になり事情が変つたので約束をとりつけておきたいということがあるのではないか」と供述し、尚被告人は当審においても「社長に就任した直後ころ鈴木専務か渡辺のいずれか或いは両方からか話を聞き、大庭が三井物産の担当者に対しDC―一〇を用意するよう話をしたのではないかと思つた」と供述しているところ、これは被告人が渡辺から松田からの打ち明け話についての報告を聞いた旨検察官に述べたことと基本的には符節の合うものであることからすると、これらの公判供述は、この点について言及する松田や渡辺の検察官調書の信用性(所論が別の項でなしとして彼此争うにもかかわらず)を裏付けるものということができるのである。ところで、経理部長であつた太田は、当審取調べにかかる太田ノート中の四五年七月二八日の本委員会についての記述(19)中「ダグラスとは以前いろいろな経緯もあつたようだがこの際白紙に戻すのもやむを得ないと思う」との鈴木専務の発言記載部分につき、「当時社内には候補三機種のうちの一つであるDC―一〇に関連して大庭さんがダグラスか三井物産と何らかのかかわり合いを持つていたのではないかという芳しからぬ非常に漠然とした噂が広まつていたが、それは大庭が三井物産に対してDC―一〇を内示注文しているというはつきりしたものではなかつた。鈴木専務からも部下からも聞いたことはない。鈴木専務も、調査させたがストレートに大庭さんに結びつく内容のはないといつていた。松田或いは徳田からDC―一〇を何機か押えているのは間違いないという回答を得たことはない。鈴木専務も確認ずみといつたことはない」と証言するのであるが、当審取調べにかかる同人の検察官に対する供述調書一五項によると、「大庭が退職して一月位たつてから経理部の者から大庭さんが三井物産を通じてダグラスのDC―一〇を何機か内示注文してしまつたらしいという話を噂の形で聞いて松田か調達施設部の徳田に確かめたところ、やはり大庭さんが(鈴木専務からも聞かされていた)三井物産を通じてDC―一〇を何機か押えていることは間違いないようである旨の回答を得たので鈴木専務に報告したら既に確認ずみのようなことをいつていた」と述べているところからすると、太田の当審証言はこれと対比して不自然な部分を含むものであつて、この供述記載自体に徴して信用できないところがあるといわなければならない。又若し大庭がDC―一〇に関し三井物産との間に何らかのかかわり合いを持つているというのであれば、このことはとりもなおさず新機種選定作業に大きな影響をもたらすばかりか経理、運航、整備などにも多大の影響を及ぼすことは必至のことであり、しかも、機種選定にあたつて重要な資料となる事柄でもあつて、会社の命運を左右するような事柄であるから、これについて取沙汰する噂が広まつているならば、噂の実体、真偽を解明するなどの対策が講じられてよい筈なのにそのような処置のとられた形跡はみられぬこと、又、先の鈴木発言を受けて、いろいろな経緯があつたとはどういうことなのかなどとこの問題について席上発言した者のいないことなどを勘案すると、このような状況は被告人を含む担当者においてはDC―一〇確保のために大庭が何らかの手を打つたことを了知していたことを示すものと認められるのであつて、商社としてはよくある出来事であるなどとして安閑としておられるものとはいえない事柄であると認められる。しかも太田は右検察官調書の記載内容について正確に記憶していないというのみでこれと異る公判供述に至る経緯、理由について詳らかにしていないことからしても太田の当審証言は採るをえないこと、もつとも松田は当審において太田ノートのことについて証言し、「太田ノートからみると大庭さんが三井物産にDC―一〇を押えさせていることを被告人は知らなかつたと思います」というけれども、これが根拠のある供述と評価しえないことは右証言自体に徴して明らかであるばかりか、松田の信用性の認められる検察官調書の記載と対比しても採るをえない証言であることなどからしても、これらをもつて被告人がDC―一〇発注の経緯の概要を了知していたことを否定する証左とすることはできない。

尚『被告人は若杉社長との会談において若杉からDC―一〇の発注に関し、全日空には法律的、道義的責任はない旨説明を受けていたので植村の申入れはDC―一〇売り込みの方便でしかないと認識していたにとどまり、さかのぼつて渡辺も又右の若杉発言を被告人からかねて聞知していたため、植村の申入れは等閑に付してよいと考え、被告人には植村常務が来社した事実を簡単に報告したにすぎない』との所論について考えてみるのに、関係証拠によると被告人は前判示のとおり植村申し入れにつき渡辺からの報告を受けたことが明らかであり、しかもその際被告人は渡辺に対し「前に若杉社長から全日空に責任がないとの言質をとつてあるからほつておけばよい」と答えた事実も優に認められること、そればかりか被告人は渡辺からの植村来社の趣きについての前判示のような報告を聞くや、大庭が霞ヶ関ビル三井クラブにおける三者会談の席上若杉やマツクゴーエンに約束した四七年度用機材四機こそ、さきに申し越しのあつた石黒書簡に記載されていた四七年度中の納期の四機と同じものでこれにあたるものであり、三井物産において既にこれを確定発注したものと理解し、大庭社長が若しも書面にサインでもしていることがあれば全日空がこれを原由として三井物産などから損害賠償などの責任を問われるおそれなしとせずと懸念する余り、その頃三井物産会長水上達三(全日空取締役でもある)にその事実の存否を確かめたことがあつたのであり、被告人のこのような対応も被告人が渡辺の報告を端緒として本件発注の事実を認識するに及んでいることの端的な徴表事実ということができる。したがつて所論はいずれも当を得ないものであつて採用できない。

又『被告人は若杉、若狹会談の席上における若杉の発言からして三井物産のしたダグラス社に対するDC―一〇の発注は大庭ないしは全日空とは無関係におこなわれたと認識していたにすぎない』との所論について検討を加えるが、この所論の理由のなきことは既に判示している点よりして明らかといわなければならないけれども、更に付言すれば次の如くである。若杉が会談の席上被告人に対し大庭の要請により三井物産が全日空のためにダグラス社に対しDC―一〇を発注した事実を明らかにせず全日空にも責任ありといわなかつたのは、全日空に対し責任を問うことはできないものではないとしても、一つには全日空からあたかも追い出される形で社長を退いた大庭との口約束をたてにとり被告人と交渉することは全日空と三井物産との爾後の関係によからぬ影響を与えるやも知れぬということ、二つには全日空が機種選定に臨むにあたり、ボーイング七四七は大き過ぎ、L―一〇一一の製造作業は進んでいない、DC―一〇には実績があることなどからして、DC―一〇を選定するに違いない客観情勢であつたことなどから大庭との口約束を持ち出すまでもなくこれを全日空に買い取らせる状況下にあるなどと考えていた三井物産においてこれらを配慮したことによるものと証拠上認められるし、他方被告人はDC―一〇の発注について従来自ら承知していた経緯からすれば、若杉が全日空に責任があると思つていたのにかかわらず、かえつて責任なしといつたことについて意外の感を覚え、若杉が正直に話をしないのは商人的感覚によるもので円滑円満にDC―一〇を全日空に買い取らせるには大庭との約定を前面に持ち出さない方がむしろ得策だとしたが故であると想到するに至つたものの、しかし被告人は従来のそのような経緯に拘束されないでいろいろな意味で最適の機種を選定したいとの存念から、右の若杉発言をたてに三井物産と大庭との間の叙上の約束、経緯は全日空としては関わりのないものとしようと決心するに至つたこと、更に被告人より若杉発言を聞知した渡辺(その時期は渡辺が八月に帰国したのちと認められる)も被告人と同様、若杉は大庭とのかねての約束を被告人に対して持ち出し被告人を現に社長とする全日空をこれによつて縛るような言辞をろうするよりも、全日空の選定する新機種が昭和四七年四月の就航時点ではDC―一〇に自ずから決まらざるを得ない四囲の状況下においては、むしろすつきりした形で被告人からDC―一〇を購入する意思表示をさせた方が利口なやり方だと考えたに違いないと思いを致したこと、又、被告人や渡辺がそのように考えてよい客観状況が前示のとおり存在したこと、以上の各事実が認められる。もつとも、被告人は当審において右の点に関し「日本の代表的な大会社の社長が物を売り込むときに嘘をつくとは夢にも考えていないから、若杉の責任がないという言葉を正直でないと思つたことはございません、商人的感覚、役人的感覚という言葉も使つたこともなく区別して考えることもない。これと違うことの書いてある検面調書に署名指印したのは検事が訂正をしてくれなかつたし、公判廷で決めて貰いなさいといつたからです。」と供述するのであるが、以上の事実と関連証拠と対比して採るをえないものといわねばならない。右認定事実によれば、被告人は大庭の要請により三井物産が全日空のためにDC―一〇を発注していた経緯を知悉していたこと、しかし若杉発言を根拠に右の経緯に拘束されずに全日空にとつて最適の機種を選定しようと考えていたことは明らかであるから、これと異なる前提に立つて原判決を論難する所論は当を得ないものということができ、採用するに由ない。

進んで、渡辺の昭和五一年八月二二日付検察官調書の信用性について検討を加えるが所論は、『渡辺は、検察官から、被告人が同四五年六月初めころDC―一〇発注に関する第一回報告を渡辺から受けたと供述している旨聞かされたためこれに迎合して自己の供述を符合させようとしたもので、真実は五一年六月になつてはじめて渡辺が松田から聞いたDC―一〇発注の話を四五年六月に既に松田から聞知していたと聞いた時期をずらせ話をすり替えて嘘の供述をした』というのである。しかし被告人の部下であつた渡辺が被告人において議院証言法違反に関する刑事責任を問われるような事柄について被告人に不利となるように供述を所論のようにたやすく作為的に変えるということはまずもつて考え難いこと、所論のいうところの渡辺から第一回の報告を受けた旨検察官から渡辺が示唆されたという被告人の供述内容というのは、渡辺の原審供述によれば、たかだか渡辺から大庭が三井物産に対して何らかの手を打つたのではなかろうかとの風評を聞いたという程度のごく漠然としたものに過ぎないことが知れるのであり、このようなあいまいな被告人のしたという供述に基づいて渡辺が詳しい迎合供述をすることのできる筈はないこと、むしろ所論調書において渡辺は松田から大庭が独断専行しておこなつたDC―一〇の発注という稀有異例の事実を打ち明けられ、これを被告人に直ちに報告した経緯や渡辺自身のこれに対する所懐、判断を具体的かつ詳細に迫真力をもつて供述していることなどの諸点に鑑みると、渡辺の検察官に対する所論供述記載部分の信用性には疑いをさしはさむ余地はないものと認められる。所論は続けて、『石黒書簡中の四七年度デリバリーの四機はまさに大庭の手配した機体だと思つた旨の渡辺の供述記載はデリバリーの内容を知らない同人の語れるところではないから同部分にも信用性は認められない』と主張する。しかし、渡辺は前判示のとおり松田から報告を受けて大庭が四七年度用機材としてDC―一〇を三機位三井物産に要請して押えてあることを知悉していたのであるから、三井物産の石黒常務の書簡による申し入れ中に記載してある四七年度中デリバリー納期到来の四機が右の大庭要請にかかる機体にあたるものであると察知することはたやすい道理であるから、所論の渡辺の供述記載部分はかえつて自然でかつ合理性のあるものと考えてよく該部分は信用するに足るものと認められる。

(ホ) 次に所論は重ねて被告人の国会における証言に対する原判決の認定非難をするのである。

(a) 要は『被告人が虚偽の陳述を国会の証人尋問の席上なしたと認定しその認定に至る理由につき検討を加えた点を説示しているが、原判決は被告人の証言に至る背景事情を無視したが故に事実を誤つて認定するに及んでいる』というのである、以下その要点は左の如し、

<イ> 『第一に、質問と答弁とがかみ合つていない。被告人はオプシヨンなるものについて航空業界における通常の形態―業界の常識である―におけるものと理解し、フアーム機に付随するオプシヨン機の権利という意味でオプシヨンのことを答弁していたのに、質問者は予備知識を欠いていたがために、これを知らなかつたのである。被告人は、とりあえず製造ナンバーを押えるとかいう意味での大庭のいわんとするオプシヨンと被告人のいう通常の意味でのオプシヨンとの違いを知つたうえで、オプシヨンの事実はなかつたと考えているとか大庭のいうオプシヨンがあつたとしても、自分は関知しないことであるとか、そのような事実はないと信ずるとか述べたに止まるのであるからこれが偽証といわれる筋合はない。原判示は独断と証拠の解釈の歪曲によつて事実認定を誤つたのである』『以上のことは偽証であると問擬される証言部分について、具体的に検討することによつて一層原判決の誤りが明白となる。すなわち、被告人の前掲調書に添付の会議録写中偽証にあたるとして番号が付され赤傍線が引かれている個所のうち、<2>のところで、「大庭社長がやられたという事実はありませんか」との質問に対し「そういう事実も全くないと私は信じております」という部分があるが、これは被告人の理解するオプシヨンがないという意味でなされた答弁であるから、虚偽ではありえない。又被告人はそのように信じたことの理由として若杉社長に自分が確かめたときの同社長の発言にまつわることを付加して述べたにすぎないからこの部分も又虚偽の陳述たりえないものである。「現実問題としては疑わしい事実はなかつたと確信しております」というのも、通常形態におけるオプシヨンを意識したうえでのことであるから、偽証にはあたるべくもない。同じく<3>について「大庭社長が独断であなたにも相談せずにそういうことがなされたことがあるかも知れないとお思いですか」との質問に対しての、「そういう事実もおそらくなかつたろう、しかし現実行動として何らかの契約をする、例えばオプシヨン契約をするというような事実は全くなかつたということだけは明確でございます」という被告人の答弁も、正式契約を大庭が独断でおこなつた事実はないということを証言したまでであつて、大庭が自認するようにDC―一〇につき全日空としては正式契約はしていないのであるから、この陳述はこの事実に相応するもので虚偽の陳述ということはできない。』

<ロ> 次いで所論は、『原判決は、河村委員の「社長に就任した昭和四五年五月仮発注が存在するという事実は知つていたか」との質問に対し、被告人が「仮発注がおこなわれたと私は思つておりません。全日空は無関係であつたと考えています。」云々と陳述したことが偽証であると決めつけて判示しているが、誤りで不当である、』『被告人はオプシヨンなるものを正式契約を結んだ際にフアーム機に付随して与えられるオプシヨン権というように認識しており、これに基づいて正式契約をしたことも仮発注したこともなく、世上いろいろ伝えられることとは全日空は無関係であると考えている旨を答えたものであるから、この証言内容が偽証とはいい得ない。』というのである。

<ハ> 更に所論は、『原判決は、被告人に対し社長になられた当時大庭オプシヨンを知つておられたかと時期を限定して被告人の社長就任当時の認識を問うた質問を、時期に関係なく仮発注をした事実はないかという質問をしたかの如く把えたうえ、被告人自身も質問をそのようなものと理解して答弁したと認定したが、この認定は驚くべき独断である。これは質問の趣旨を時期を限定したものと解すると、するとこれに対する被告人の答弁を偽証となし得ないことになるのを避けるため原判決が敢えてなしたものと目すべきである。』

<ニ> 進んで所論は、被告人の三月一日の証言に至る背景事情について縷述する。すなわち、所論は『被告人が一回目(二月一六日)の証言を終え、三月一日に二回目の証言をなすまでに大庭がオプシヨンにつき「調査団の調査結果を見てダグラス社と書面を交換した。私のしたオプシヨン契約は社内の大部分の者の知つていることで若狹も知らない筈はない」と被告人の二月一六日の証言と対立する話をしたことが新聞報道された事実があり、被告人も当然この報道内容を知つて第二回の証言に臨んだのであるが、被告人の三月一日の証言はこのような状況の変化を無視して理解することは許されないのに原判決はこれを無視する誤りを犯した』

<ホ> 所論は言葉を継いで、『原判決が番号<4>について、被告人は「大庭がDC―一〇につき何らかの例えばオプシヨン契約をしたということは全く理解できない」と陳述しているけれども、これは全日空においてDC―一〇の引渡しを受ける権利を確保するため何らかの手を打つたということは了解できない旨を答えたものとして偽証であると認定しているが、事実誤認である』といいその理由として、『被告人が新機種導入の経過について詳細な説明をおこなつていくうえで、四五年二月か三月の新機種選定の調査団が帰つたばかりの時点において大庭がオプシヨン契約をしたという新聞報道は自分としては了解できないと説明したのみにすぎない番号<4>の証言が偽証になるいわれはない』ということを掲げる。

<ヘ> そうして所論は、『<8><9>についても同様で「社長交代にあたつて引継ぎをした際オプシヨンをしたことについても引継ぎがあつたか」との質問に対する「設計段階だからオプシヨンすることはありえない」という被告人の答弁に対し、原判決は、オプシヨンすることはありえない旨の陳述が偽証になる以上、大庭がDC―一〇に決めたいという希望を有していたとの認識があつたのに、これを否定し去つたことはその理由づけの点を含め偽証が成立すると認定判示するけれども、オプシヨンすることはあり得ないというのは被告人の考え方を述べたにすぎないものであり、しかもそれを裏付けうるものがあつたのであるから、このような陳述がいかなる観点からいつても偽証とされるいわれはない。』というのである。

<ト> 『<7>についても偽証になる筈もない。質問は大庭が常務会の席などでDC―一〇が良いと発言したことがあるかどうか聞いているのに、原判決は右の質問は大庭がDC―一〇が望ましいとの考えを有していたかどうかについての被告人の認識をたずねたものと判定しこの質問部分に対する答弁が偽証であるとしているが、これは原判決のこじつけである。』とも所論はいう。

<チ> 『番号<5>、<6>についても同断である。被告人の「飛行機ができない状態でDC―一〇でいくんだというそういうような予見を大庭さんがお持ちになつているとは夢にも思つていない。想像できないことでございました。」という答弁について、原判決は、被告人は大庭の三井物産に対しDC―一〇の確保を要請している事実を知つていたから予め大庭がDC―一〇に決めたいという希望を持つていることは知らなかつたというのはその認識に相反する陳述であつて偽証であると判示するけれども、右の答弁は被告人において単なる感想を述べたに過ぎないものであるから偽証にあたるはずもないし、元来<5>の部分の答弁はそれ自体偽証になる性質、内容のものでもあり得ない』というのである。

(b) そこで以上の如く、原判決の認定をるる攻撃する所論についてその要点を判示することとする。原判決がいわゆる大庭オプシヨンに関し偽証なりと認定したところは先に判示したとおりの部分に限られており、所論が被告人の国会におけるその余の証言部分を偽証に非らずとして指摘するところは原判決に対する具体的論難たりえないから既に当該部分はこの点において失当といわざるをえないし、又、先に判示したところに照らして偽証にあたる事実に関連する事項を含めすべての所論の理由のないことが明らかであるが尚若干敷衍して主要な点を判示すれば左のとおりである。まず所論会議録にある質問、応答を客観的にその発言自体に徴してその内容、形式の両面から検討してみると、以下の点が認められる。すなわち二月一六日、三月一日のいずれの委員会においても、議員たる質問者のねらいとするところの核心は、全日空つまり被告人が、大庭社長時代にいわくのあつたらしきダグラス社のDC―一〇でなくロツキード社のL―一〇一一を新機種として選定採用するに至つたのはどうしてなのか、その採用にあたり航空業界に影響力を有すると思われる企業家や政治家から何らかの要請なり働きかけはなかつたかどうか、新機種選定準備委員会など社内の組織以外の方面から何らかの影響を受けなかつたかどうかという点にあつたことは歴然たる事実と認められる。そうして被告人はこれに対して、そのような働きかけなどはなかつたと答弁することに終始し、帰するところその系として大庭オプシヨンなるものは自分のあずかり知らぬところであると一貫して応答していることが明らかである。ところで、国会の委員会の席上で問題とされたオプシヨンは大庭の結んだオプシヨンという意味であり、それはとりもなおさず、その性格は明確でないものの、或いは全日空と三井物産、全日空とダグラス社、三井物産とダグラス社のいずれの間でなされたかどうかはともかく、要するに製造番号を押えるというたぐいのもの或いは仮発注したという程のものであり、各委員からの質問も凡そのところその意味で用いられていたものであること、質問者はいずれも、少なくとも航空会社の社長を多年勤めた程の被告人に比して航空業界なり航空機購入契約のありよう、航空機の製造工程、性能などについての知識、経験は当然のことながら乏しい人達であつたと思われること、しかも質問自体からも察せられるように質問者には質問、追求に必要な情報が事柄の性質上手元に準備されておらず、又これがあつたとしても片々たるものであつたと窺知できること、したがつてオプシヨンというものについては言葉や名目に差等こそあれ前記の程度の意味のものであるとの前提で質問がなされていること、これはつまるところ全日空がL―一〇一一を決定するに先立ち大庭がDC―一〇をダグラス社から就航期に間に合うよう全日空のために引渡を受けるべく何らかの手だてを講じたかどうかという点を、特定の時点を端緒とはするものの質問内容はこれに限定せずに尋ねたものであり、これに対して専門的知識を有する被告人においては航空業界で通常用いられるものとは異なる用法のものがあつたとしてもそれはそれとして質問の趣旨を質問者の考えたとおりかみ分けて理解できてこれを受けとめておりこれに合わせて応答したものであること、オプシヨンの意味の点を含め質問と応答はかみ合つていたこと、ところが被告人は後に判示するとおり右の意味に相応する以上のオプシヨンが存していたこと及びその経緯の概要を十分了知していたのに事実はないと信じている、疑わしい事実はなかつたと確信している、事実も恐らくなかつたろう、オプシヨン契約をするというような事実は全くなかつたということだけは明確でございますと陳述したのであり、これはすなわち被告人が理由づけに付加して述べた点を含め被告人の認識、記憶に反する事柄を供述したことに他ならないことが明認できるところであつて、これらの点に関する原判決の認定を論難する所論はいずれも当を得ないものといわなければならない。以下所論に鑑み主要部分につき詳述する。

<イ> <3>の被告人の答えの中の「私はそういう事実も恐らくなかつたろう」との部分は、<2>の答えの主眼点を反覆したものであり、加えて被告人が昭和四六年暮頃三井物産の水上取締役にたしかめて大庭がサインした文書はないと確信していたので、(大庭が)「現実の行動として何らかの契約をする、例えばオプシヨン契約をする、というような事実は全くなかつたということだけは明確でございます」と述べたものであつて、樽崎委員の最初の質問中に、「DC―一〇のオプシヨンと申しますか、いわゆる製造ナンバーを押えられたという事実はありませんか」とあることに鑑みれば、所論のいう、確定発注(フアームオーダー)に付随するオプシヨンの権利の意味に右の「オプシヨン」を理解して、大庭が当事者となる契約をしたことはないということだけを答弁したにとどまるものとは認めることができない。

<ロ> 河村委員の質問中には、「仮発注というものが存在し、現にアメリカにおいて三井物産が十機仮発注した……ことが存在する事実は知つておられましたか」とあつて、被告人の答弁の主眼は、(三井物産が)「仮発注をしたとは思つていない。ダグラス社が見込生産をした可能性はある、それには全日空は無関係である」という点にあると解されるが、河村委員は「仮発注」という用語は使つているが、「オプシヨン」という用語を仮発注の意味で用いていないのであり、むしろ被告人の答弁中に「もし、オプシヨン契約というものがありますれば、それは正式な契約でございまして、もちろん両社の明確なサインが必要でございます……三井物産に再度にわたつて確めましたところ、そういうものは一切ございませんという明確な答えをきいておりますので……全日空は全く無関係であつたというふうに考えております」と答えているところ、この答弁をこの質問答弁に先立ちなされた野間委員の質問答弁のうち所論が指摘する部分を考慮に入れて分析すると、三井物産とダグラス社の間に発注契約及びこれに付随するオプシヨン契約の存在を否定する答弁と、全日空が当事者となつてサインしたものはないと三井物産から再度明確な答えをきいていることを理由としてあげ、全日空は無関係であるとする答弁とを含むものと理解されるのであつて、オプシヨン契約という用語の意味が不明確であつたが故に誤つた答弁をしたという事実関係にはないものということができる。

<ハ> 右の河村委員の質問中には、「社長になられた当時……そういうことが存在するという事実は知つておられましたか」とあり、質問の当初の段階においては時期の限定がついていた質問がなされたことは所論のとおりであるが、これに対する被告人の答弁とその後の応答をみると、被告人が原審で、昭和四六年暮から四七年にかけて同社のためリザーブされたDC―一〇の二九号機の写真をみせられたと述べている二九号機に言及していることからしても被告人が時期を限定意識して応答しているとは認められない。

<ニ> 被告人の第一回目の証言後、二回目の証言までの間に所論指摘の報道があり、これをふまえて三月一日の質問応答が行われたことは所論指摘のとおりであるが、被告人としては、前述したとおり、大庭において三井物産に依頼して、昭和四七年引渡のDC―一〇の四機位を確保する手を打つていたことを了知していたのであるから、<4>で新機種選定委員会の昭和四五年二月から五月の間の活動状況をあげ、「その間に、何らかの、たとえばオプシヨン契約があつたという新聞の報道がございますが、そういうことはわれわれには全く了解できないことでございます」と答え、大庭前社長がDC―一〇の購入につき何らかのことをしたことは全く知らない旨を示しているのであるから、この応答部分が偽証に当たるものであり、また、<8>で、引継の事実を否定したうえ、これにとどまらず、昭和四五年二月に調査のため渡米した調査団が「帰りましてその資料を調製しておる段階でございまして、しかも先ほど申しましたようにまだ設計段階でございます。そういうものについてオプシヨンをするとかしないとかいうことはあり得るはずはございません」と答え、<9>で「社内に機種選定準備委員会ができたばかりの段階でございますし、まだダグラスもロツキードも全く机上のプランの段階でございます。したがいまして、会社としてどれにするかという決定する段階では全くございません。そのように考えております。」と答え、大庭がDC―一〇購入について何らかの手を打つたことは全く知らない旨を同じく示しているのであるから、これ又偽証に当るものである。

<ホ> <7>は、松永委員の「週一回の常務会の席で大庭前社長の在任中……新機種のDC―一〇が望ましい、これは安全性その他からいつてこれがすばらしいんだという、こういつたことが議題とならずとも話題になつたことがあつたでしようか」との問に、答えたもので、被告人の答えは、「そういうことは一回もございません。大庭さん在任中にはまだDC―一〇はできあがつておりません。設計段階でございますので、そういう話があるということは考えられませんし、現実に私たちはそういうことを聞いたことは一度もございません」というもので、常務会の席でDC―一〇が望ましい旨の話題を一度も聞いていない旨の被告人の認識を述べたものであるところ、右の被告人の証言を聞いた折、被告人と同じく常務会に出席し、大庭がDC―一〇を雑談として推薦していたことを聞いたことのある藤原が検察官に対する八月二七日の供述調書中で、「この点については、私は一回もないというのは嘘になると思いましたし、その点をあまりはつきりと断定的に一回もないなどというのはまずいなと思つたのです」と述べていることに鑑みても、右の被告人の答えは虚偽のことを陳述したもので偽証に当るからその旨の原判断は結論においては、相当である。

<ヘ> <5>は、稲葉委員の、「大庭さんは、もうダグラスでいくんだということが自分に一任されるという風に思つて仕事を進められておつたというふうに答えていたんですよ……あなた自身、そういうふうに大庭さんが考えているということについては推察できましたか」との問に対し、「まだ飛行機もできない状態のときに、DC―一〇でいくんだということをお決めになるということは夢にも思つておりません」と答えた部分であるところ、右質問は「大庭がDC―一〇に決める前提で仕事を進めていたことを察知していたか」という趣旨であることは質問自体に照らして明らかであり、大庭が三井物産にDC―一〇の確保を要請していたと知つていた被告人が、このことを否定するため、右の答えをしたと認められるから偽証に当る旨の原判断は相当である。なお、原判決は<6>部分を偽証に当ると判断していないのであるから、この点の論旨は不適法である。

(二) いわゆる簿外資金に関する議院証言法違反の事実についての論旨

所論は、要するに『原判決は被告人が昭和五一年二月一六日の衆院予算委員会の席上「全日空がロツキード社より正式な契約によらないで金銭を受領したことは絶対にない。同社から帳簿外の金銭を授受したことは一切ない。」旨の陳述をして偽証をしたとの事実を認定しているが、被告人は同委員会では自己の記憶に反する陳述をしたものではないから、原判決は事実を誤認している』というのである。そうして、所論は陳述部分を具体的に挙げてこれが偽証にあたらない所以を縷述するのである。

(1) その要点は『第一に、まずもつて原判示の陳述に符合するような明確なる被告人の陳述はもともと存しないから右の判示自体杜撰な認定であるといわなければならない。第二に原判決が偽証とする被告人の「全日空に対し広報用の金員が支払われている事実はない」旨の陳述は被告人自身の記憶のままを述べたものであるから、断じて偽証というようなものではない。被告人は荒船委員長の質問の趣旨が「広報用経費として金員を受領したことはないか」ということであつたので右のように答えたものであるから偽証には凡そなりえない。第三に、原判決は河村委員の質問に対して被告人が「ロツキード社から帳簿外の金銭を受領したことは一切ない」旨陳述して偽証をしたと認定しているが、原判決が被告人は費目を限定しないで金員を受取つていない旨陳述したかの如く判示している点は、被告人は広報費として受領したことはないと述べたまでであり広報費に関し受領を否定する陳述をしたに過ぎないから、右判示は原判決の明らかな誤解に基づくものであり、右陳述部分は偽証にはならない』、というのである。

(2) そこで検討するに、結局のところ所論の要点は、『質問は広報用経費として金員を受領したことはないか、ということであつたので、被告人はそのような趣旨での金員を受領した事実はない旨答えたにすぎないものであるから、この陳述は被告人の認識、記憶に反するものではないから偽証にはならない』というにある。しかし所論の理由のないことについては原判決が説示するとおりであつて、当裁判所もこの認定判断を首肯することができる。特に河村委員の質問に対しては被告人は質問の趣旨を超え、広報用経費たると否とを問わず、或いはマージンその他名目を問わず、例えば一機あたりいくらという形でロツキード社から契約書記載以外の金員或いは帳簿外の金銭は一切受取つていないと陳述したものであるところ、この陳述は関係証拠上被告人の原判示第三、第五の事実についての認識に反する内容のものであつたことは、後述するとおりである。就中被告人が簿外資金を受領していたことを認識していたことはこれを前提とした被告人らの証拠工作がなされたことによつても窺知できるところである。被告人は国会証言に先立つ二月一〇日ころ、コーチヤン証言中の「全日空に対し三〇三四万五、〇〇〇円の支払をなした」旨の証言が追加分の八機に関し言及されたことに着目、追加分は八機ではなく、したがつて八機分に対するものとして同証言にあるような金銭の授受がなされたことはないことから、この証言部分はコーチヤンの勘違い証言として突つぱねればよいとして渡辺や沢らに対して金員の授受自体の秘匿方を慫慂したこと、更に渡辺とくだんの証人喚問に対する対応を協議した際、あくまでもロツキード社から簿外で日本円を受取つていないことで押し通そうと決め、これに基づいて、領収書を出している訳ではないし、金銭授受の仲立ちをした丸紅の大久保は全日空に迷惑をかけないと言つているから表沙汰になることはない旨沢や藤原にも話している事実のあることが認められるのであり、これは被告人が簿外資金受領を認識していたことを示す何よりの証左ということができる。してみると、被告人が先のような陳述をなしたことは自らの認識に反する虚偽のものであつたことが明らかであるから、所論は失当といわざるを得ない。

4  第四点 原判決には法令の適用を誤つた違法があるとの論旨

(一) 所論は、要するに、『原判決は被告人が衆議院予算委員会において証人として証言した事項につき、被告人に対し議院証言法六条一項を適用して、被告人を偽証の罪で断罪しているが、しかし同委員会における証人尋問手続は適正手続の保障を欠いているから憲法三一条に違反し、かつ本件証人尋問は自白の強要にも等しきものであつたから右証人尋問手続はやはり憲法三八条にも違背するのであつて、かかる違憲の手続によつて得られた証言に議院証言法を適用することは許されないことに帰するから、同法の法条を適用し被告人を処断した原判決は法令適用の誤りをも犯している、』というのである。そして更に理由を付加して次のようにいう。『憲法三一条にいう適正手続の保障は国勢調査権に基づく調査手続にも適用されるべきものであるところ、刑事手続においては適正手続を制度的に保障する数々のルールがあるのに対し国政調査における証人尋問手続を定める議院証言法においては、質問の方法などに対する規制など証拠調の方法についての規定は全く設けられておらず、ために運用面においては刑事手続におけるそれとは大いなる差異を招来し、本件においては重複尋問はもとより侮辱的な質問や威嚇的発言もなされ、証人の意思に圧迫を加えるような雰囲気の中で証人尋問が実施された結果、国政調査権の範囲を逸脱した不法な尋問となつたのであり、不当な調査から身を守るすべもない証人の人権に対する配慮を欠いたままなされた証人尋問は人権保障を欠いた不適正な手続と断ぜざるをえない。しかるに原判決は右証人尋問は適正手続の要件を一応充たしていると解されるとしているが、これは杜撰極まる判示であり、その説示する内容もとうてい承服し難い不当なものを含むものというべきである。又、憲法三八条一項は自己に対する刑事訴追又は有罪判決を招来するおそれのある事実についてはいかなる手続の下でも供述を強要されないことを保障したものであつて、国政調査手続における証人尋問手続に関してもこの規定は適用されるところ、被告人に対する本件証人尋問は証言拒絶権の行使もできないような状況でなされたものであつて右尋問手続は明らかに憲法三八条一項に違反するものであるから、その結果得られた証言を、議院証言法をもつて問擬断罪することは許されるべくもない』というのである。

(二) しかしながら議院証言法に基づきなされる国会における証人尋問手続は、その規定の内容、体裁、同法の条項が志向するところのものなどを総合して勘案すると、証人に対する人権保障をそれなりに配慮していて適正手続の保障を完うすることの可能なものと優に認められるし、本件において施行された被告人に対する具体的な尋問手続をみても被告人が証言拒絶権の告知を受けており、かつ委員長より手続の進行について所要の指摘がなされていて被告人において時宜を得てこれを行使することが不可能な状況下でなされたものとは認められないから、所論違憲の主張はいずれもその前提を欠いて失当であり、この手続によつて得られた被告人の証言を偽証罪に問擬した原判決には違憲、違法の廉は存しない。論旨は理由がない。

二  原判示第三の事実(一億一二〇〇万円の受領に関する外為法違反の事実)に対する控訴趣意

1  第一点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

所論はまず、『原判決は原判示第三において被告人は藤原亨一らと共謀のうえ一億一二〇〇万円をロツキード社から受領したと認定しているが、被告人は藤原が右の金員を同社から受取つたとは露知らず、丸紅から貰つたものとばかり思つていたに過ぎないしそもそも藤原と右金員の受領について共謀したことすらないから、原判決はこれらの点について事実を誤認している』と主張するので以下項を別けて判断を示す。

(一) 所論は、論旨の根拠の一つとしてまず『航空機メーカーからではなく代理店からリベートとして簿外で日本円を受領した前例がある』ことを掲げる。『つまり全日空は以前ボーイング社からB―七二七を購入した際販売代理店の日商岩井からリベートを貰つていたことがあつたから、被告人はL―一〇一一の六機分の謝礼金の九〇〇〇万円についてもB―七二七の場合と同様リベートを受取るとしても代理店たる丸紅からこれを貰い受けるものとばかり認識していたのである。何故なら藤原らはB―七二七の購入、リベートの交渉は日商岩井とのみおこないボーイング社の者とは交渉していなかつたこと、日商岩井は同社の販売手数料などからリベートを支出していたこと、日商岩井はボーイング社から別途付加手数料を受領していたこと、だからこそ付加手数料報告書を作成していたのであり、販売手数料のほか輸入業務代理手数料を得ている商社はリベートを自ら支払う能力を有していたことなどの事実が物語るように、航空機購入のリベートはそもそも販売代理店がこれをおこなつていた、』というのであり、被告人は原審及び当審でこれに沿う供述をしている。そこで検討するに、まず被告人の供述の要旨は「藤原から一億一二〇〇万円の受領の件について事前の相談とか事後の相談、報告は全くございませんと明確に申し上げられる。一号機ないし六号機のL―一〇一一を購入する以前に全日空がB―七二七型機をボーイング社から購入した際、同社の代理店である日商岩井から一機について五万ドル程度のリベートを出したいと言つてきたので、好ましくないと感じていたが、何回か催促を受けているうち藤原君が私の全責任でやりますから認めて下さいという話をしたことがあつた。一〇月二八日のロツキードのL―一〇一一の決定のときもボーイングと同じに五万ドルにしましようかという程度の軽い話として聞いていました。日商岩井からリベートを貰つたことがあつたので、右の六機購入にあたつて三〇万ドルのリベートを貰うことについて一〇月二八日の段階で事前に了承を与えたことは事実だが、これとても右と同様、ロツキード社の代理店の丸紅が支払うものと認識していた。いわんやそれ以降のL―一〇一一の輸入等の業務は丸紅が関与せず全日空商事及び全日空の子会社であるアナ、アメリカスが取り扱うようになつてきており、自分としては丸紅との関係が稀薄になつたから同社からリベートを貰うということさえ念頭にはなかつた。藤原が全責任をもつてやるというのでまかせてあるので想像もできない。」などというのである。しかし、簿外で金員を受領した事実に関する証拠を検討すると、全日空がボーイング社からB―七二七を購入した際藤原、松田らがリベートを得て簿外資金をひねり出すにあたつてはまず藤原が社長たる被告人に相談、B―七二七を買う際ボーイング社から金員を出させて裏金を作つたらどうかと松田から話があつたが、社長の許可があれば同社と交渉したいとはかつたこと、被告人はこれにつき了解を与えたこと、藤原は実務は主として松田と井上をしてあたらせ日商岩井の担当者を含め、ボーイング社の副社長と折衝、一回ごとの契約機数スライド方式で、機体の引渡を受けた都度一機あたり一万五〇〇〇ドルから二万五〇〇〇ドル相当の日本円を簿外により支払を受けることが決まり、藤原は被告人に対しボーイング社と話をして裏金を出させることにしましたと報告、被告人もこれを了承するに至つたこと、そして全日空はこの約定に基づいてボーイング社から簿外資金として二九万五〇〇〇ドル相当の日本円を受領しこれを簿外で保管したことが認められるのである。被告人は以上の経緯からB―七二七の購入に伴うリベートはボーイング社から支払われることを知悉していたと認め得るのであるうえ、所論の挙げる前例は本件と事実関係の前提を異にしているからこれをもつて、ただちに販売代理店からリベートを貰うとの認識しか持たなかつたとの所論の根拠とすることはできない。ところで所論が所論主張を裏付ける客観的な証拠資料であるとして掲げるボーイング社と日商岩井間における付加手数料契約書についてみてみるに、この付加手数料契約なるものは関係証拠によると、ボーイング社が日商岩井を介してリベートを日本円で簿外により支払うための便法の一つとして通常の代理店手数料とは別に付加手数料なる名目で日商岩井に交付する形をとつたものと認められるのであり、右契約書はむしろ全日空が日商岩井の担当者から受領した金員はボーイング社の負担において出捐されたこと、すなわちリベートの金の出所はボーイング社であることを示す証左といつてよいものと認められるから、商社がリベートの支払能力を有することが即ち航空機メーカーそのものでなく商社がリベートを支払う主体であることを示すということになるものではないのである。したがつてボーイング社から裏金を貰つたという前例は本件一億一二〇〇万円の支払主体が丸紅であつてロツキード社ではないと認識したことの根拠たりえないものである。尚『L―一〇一一の最初の六機購入分として受領した九〇〇〇万円の中には計五一〇〇万円もの我国内の銀行振出しの自己宛小切手(一一枚)が含まれていること、しかもこの大半が丸紅本社の所在地の銀行の小切手であつたことからするとこれを知る被告人らが右預手の取組を依頼したのは丸紅であつたと考えるのはごく自然であり、被告人が本件一億一二〇〇万円についても、リベートの支払主体が丸紅と認識していたことの根拠となるものである』とする所論もあるが、右の預手のうちの若干が所論のとおりの丸紅本社所在地の銀行(阿倍野橋支店)振出にかかるものであることは否めないけれどもこれが右九〇〇〇万円のリベートの出所が丸紅であつたとして被告人がその旨認識していたことの根拠とすることができないことは小切手流通上の性質からみて自明のことといわなければならない。

(二) 次に所論は『藤原が丸紅からリベートの問題が出たら日商岩井の例にならつて一機当り五万ドルで話をつけたい旨被告人にはかり、被告人はその趣旨でのみこれを了承したにすぎないのであるからロツキード社が支払主体であるとの認識で被告人は藤原と共謀をしたはずもない』というのであるけれども、日商岩井の例は前述したとおり支払主体の点で立論の前提とするに由なきものであるうえ、被告人らがリベートを出させる一機あたりの金員を円ではなくドル単位で考えていたこと、被告人は藤原に対し一〇月二八日の段階で六名の政治家に贈ることを藤原とはかつた計三〇〇〇万円については、この三〇〇〇万円を出捐させる相手については「丸紅でもロツキードでもどちらが出してくれてもよいので丸紅にまかせなさい」と指示したことはあつたがそれは急を要する金員の準備があつたからであり、これとは別に本件の一機当り五万ドルの金員を受取る件については丸紅に負担させてもよいとの指示が被告人から出た証跡のないこと、藤原が七号機ないし一四号機に関し本件の金員を受領するにあたつては原判示のように大久保に対しコーチヤンへの問い合わせを依頼していること、第一次契約分の九〇〇〇万円が全日空に入金されたのち、藤原が渡辺に対してこの金のことは丸紅でも大久保しか知らぬ旨を話しているところからみると、これは一機当り五万ドルという金の出所が丸紅とは考えられない発言であると解されること、更に被告人が四九年二月二〇日に渡辺に対し一機について五万ドルの裏金をL―一〇一一を買つてやるお礼としてロツキード社から貰つてたと話したことが認められるところ、渡辺の所持する同人の用いる手帳(証拠番号略)の二月二〇日の欄に「L社関係の話」などと記載してあるのは、渡辺の供述と併わせてみると被告人が話したL社―ロツキード社からの右の裏金のことを意味し指称するものと解されること、藤原は九〇〇〇万円はロツキード社から受領するものであるとの認識を持つていたことを示す供述を原審公判廷においてすらなしていること、藤原が支払主体はロツキード社であると認識しかつ同人はロツキード社から支払をうけるとの線で話を詰めることを被告人にはかつたことが関係証拠上知れるから被告人において支払主体が丸紅であるとのこれと別異の認識をもつたとは認め難いところであつて、以上の諸点からみれば被告人はL―一〇一一購入に伴う最初の六機分のリベートはロツキード社から受取るものであるとの認識に立つて藤原らと協議を遂げたものと認められ『被告人と藤原との支払主体に関する認識内容は別であつた』との所論を含め所論は採用することはできない。

(三) 次に、『被告人は本件一億一二〇〇万円の受領につき藤原と共謀したことはない』旨の所論について検討する。関係証拠によれば、被告人はもともと全日空の裏金の受領支出全般を含め社務を統括する立場にあつたことが明らかであるが、被告人はB―七二七の購入の際にも全日空がボーイング社から裏金を受領するについてかつて藤原と協議しこれを承知した経緯を有する身であつたこと、L―一〇一一の第一次契約分の九〇〇〇万円の受領についても被告人は藤原との間で事前に協議しこれを了承しており、しかも右金員が入金されるや被告人は藤原からその旨の報告を受けてこれを了知していたこと、支払主体が丸紅ではなくロツキード社であることを被告人が知つていたことは前判示のとおりであること、取締役経営管理室長の立場でしかなかつた藤原が所論一億一二〇〇万円の金員の受領についてその一存で処理することはその金額、相手方、入金の手法、管理方法、事後の影響などの点からみてありうべくもないこと、藤原の前述の原審公判供述などを併せ考えると第二次、第三次契約分の計八機に対するリベートについても被告人と藤原の間に共謀があつた旨の両名の検察官に対する自白はいずれも十分信用するに足るものであつて共謀などありはしないとする所論は失当のものとして採用できない。

2  第二点 原判決には訴訟手続の法令違反があるとの論旨

(一) まず所論八月三日付調書については、被告人は既にB―七二七を購入するにあたり日商岩井ではなくボーイング社から、裏金となるべき金員を受領したことを了知していたことは前述したとおりであるから、「ボーイング社からも同様の方法で簿外の資金を受け取つていた」旨の供述記載があることをもつて八月三日付調書の信用性を云々する所論は理由がない。

(二) 『被告人の八月九日付調書中に、昭和四七年一〇月二八日「トライスターの確定契約の都度、全日空が一機五万ドル相当の日本円をロツキード社から謝礼としてもらうようその交渉を藤原君にするよう申しました」とあることを理由に、第二、第三次契約の八機分について裏金の折衝をするのに改めて藤原が被告人の了解を得る必要はなかつたのであり、八月三日付調書中の右八機分について「簿外資金を受取ることについて藤原から了解を求められたことがある」旨の記載は、信用性がない』旨の所論については、被告人及び藤原はいずれもロツキード社から購入するL―一〇一一の合計二一機の全部について一機当り五万ドルの裏金が得られると期待していたものであることは原判示のとおり認められるが、二一機を一括発注したわけではないから、発注のたびごとに相手方と裏金支払について折衝する必要のあることは当然であり第一次契約の際にリベートを受領することについて被告人が了承を与えていたことと、これに引続いて藤原が第二次、第三次契約の八機分について裏金を受領することを被告人に了解を求めることとは何ら矛盾するものではないから、被告人の「八機分(第二次、第三次契約分)についてロツキード社から一機五万ドル相当の簿外資金を受取ることについて藤原から了解を求められたことがある」旨の所論調書の供述記載が信用性を欠く旨の所論も採用の限りではない。更に所論は被告人の八月九日付けの検察官に対する供述調書の信用性を弾劾するので検討を加えるが所論の掲げる原判示部分は所論のように全二一機分について当初から金員の支払を受ける意思であつたとの点まで否定したものではないから、同部分についてのこれと異なる評価を前提に彼此いう所論は所論それ自体失当といわなければならないし、更に被告人が前記政治家へ贈るべき金員を丸紅かロツキード社のいずれからでもよいから出させたいと藤原に申し向けたのは、被告人が一〇月三〇日にL―一〇一一を新機種に選定したことを公表するに至るまでの間に、種々世話になつたと思う人達に謝礼を贈るにもそれに要する裏金がなくてはかなわぬため緊急にこれを調達する必要上、ロツキード社からの出捐が時期遅れとならぬようこれに備えて予め丸紅からの出捐を考慮したことによるものと推認できるが故に、右の被告人の言辞をもつて被告人が支払主体が丸紅であると考えていたとの証左とすることはできないから、この供述記載をもつて所論調書の信用性を否定することはできない。

(三) 又藤原の昭和五一年七月二一日付検面調書中のL―一〇一一の購入契約に伴う簿外資金の支払主体はロツキード社である旨の供述記載は支払主体がロツキード社であるとの客観的事実や、同人のその旨の認識と符合しこれと相反するものではないから、所論は右の判示と前提を異にする主張であつて採用できないものであり、同人の同月二三日付の検面調書中の所論指摘の供述記載部分は検察官の勝手な作文ではなく同人の自発的意思に基づく真実に合致する供述であることが関係証拠により明らかであることに鑑み、当該調書の信用性を争う所論は採用するに由ない。付言すれば藤原はかねて検察官から裏金の受領にあたつて被告人の了解を得たか否かの記憶を喚起するよう求められていたのに対し、七月二二日「確かに被告人に事前に了承を得た、事後にも報告していた」旨供述をしたので検察官は関連事項を含め取調べをなしこれを録取して二三日付調書を作成するに至つたこと、更に右調書の内容をみても裏金の支払につき大久保に問い合わせをしそのことを被告人に報告した時期についてというような重要事項について訂正申立が藤原よりなされた結果これに沿う訂正がおこなわれているものもある、などその作成経過、内容、体裁に照らしてこの点よりしても信用性を有するものと認めることができる。而してボーイング社が日商岩井からのリベートの支払主体である旨の同人の七月二六日付の検察官に対する供述調書も八月三日付調書に関し本項(二)で判断を示したのと同じ理由でその信用性を肯認するに十分である(尚被告人及び藤原の所論検面調書の任意性を否定すべき証跡は記録上認められず、所論指摘の各検面調書の信用性を争う主張を含め、所論は失当で採用できない。)。

三  原判示第四の事実(デモ・フライト費用に関する外為法違反の事実)、第五の事実(三〇三四万五〇〇〇円の受領に関する外為法違反の事実)に対する控訴趣意

1  第一点 原判決には法令の適用を誤つた違法があるとの論旨

(一) 所論は、要するに『原判決には法令適用の誤りがある、というのである。すなわち、原判決は外国為替及び外国貿易管理法違反の公訴事実に対し、実体法規を適用し被告人を処断しているが、本件公訴提起の手続は法律に違反して無効のものであるから被告人に対し実体法規たる外為法を適用処断した原判決は間違つている。すなわち外為法二七条は一項二号後段において非居住者からの支払の受領を禁止し、同条一項三号後段において非居住者のためにする居住者に対する支払を禁止しているところ、本件においてはエリオツトにつき居住者であるか非居住者であるかを特定しないまま同条項三号後段の罪に問擬しているのであるけれども、エリオツトが非居住者である場合、改正前の同法二七条一項二号後段の適用がなされるべきものであり、居住者か非居住者であるかによつて法律の適用を異にすることとなるから、訴因としてこれを特定すべきものであつたのである。しかるに、本件公訴事実は二号後段にあたる事実を掲げたのか或いは三号後段の事実を摘示したのか特定を欠いていて不明であるが故に、公訴提起の手続は不法のものといわざるを得ず、したがつて本件公訴は刑訴法三三八条四号により公訴棄却がなされるべきである。仮りに訴因としての特定に欠けるところがなく公訴提起の手続に瑕疵なきものとしても、原判決が原判示第四の二及び同第五の事実に対し外為法二七条一項三号後段を適用したのは擬律の誤りがある』というのである。

そこで検討するのに、所論起訴状には公訴事実として居住者である被告人らがエリオツトから非居住者であるロツキード社のためにする支払として本件金員を受領した旨明示されているばかりか、適用すべき罰条として外為法二七条一項三号が記載されていることも所論起訴状に照らして明らかなところであつて、被告人の所論所為が同法条一項三号後段に定める「非居住者のためにする居住者に対する支払の受領」にあたるとして検察官が訴因を特定しこれを掲げたことが認められるから支払者であるエリオツトの居住性を訴因に記載するところがなかつたとしてもその特定に欠けるということはできない。所論は失当で採用できない。又、所論後段の法令違反の主張について判断を付加すると、原判決が被告人の所論所為は昭和五四年法律六五号附則八条により同法による改正前の外為法二七条一項三号後段にあたるとして同条項を適用し被告人を処断したのは相当であり、原判決には所論のような法令適用の誤りも存しない。すなわち、外為法二七条一項各号の規定により規制を受けるべき支払の支払主体は、同条一項本文において「何人も」と定められているのであるが、その文理、法意に鑑みると、居住者たると非居住者たるとを問わずこの支払者に含まれると解されるところであり、かつ又原判示第四、第五の事実たる支払の受領は、外国為替管理令一一条一項貿易外取引の管理に関する省令別表一七第一号ロの規定に定めるところの支払の受領にあたるところ、同別表一六第二号によれば、この支払は居住者が非居住者のためにする居住者に対する内国支払手段による支払並びに非居住者が他の居住者のためにする居住者に対する内国支払手段に対する支払がともにこれにあたるものと認められるから、これによつても前示別表一七第一号ロに規定する非居住者のためにする居住者に対する支払の受領における支払者は、居住者であると、非居住者であるとを問わないものと解するのが相当である。そうすると、非居住者のためにする居住者に対する支払の事実が認められる限り前記の三号後段が適用される筋合と考えるのが合理的と解されるところ、原判示第四、第五の各事実共に右事実が明認できるから、原判決が被告人の所為に対し同法二七条一項三号後段を適用したのは正当というべきである。『同法二七条一項本文にいう「何人も」とは犯人の国籍を問わないという法意にすぎない』とか、『居住者からの居住者に対する支払を規制対象としている』とか、『大蔵省令をたてに外為法の解釈を措定しようとするのは本末てん倒である』とか、『同省令には非居住者が他の非居住者のためにする居住者に対する支払を対象としてはいない』とか主張する所論はいずれも失当であつて、採用できない。

(二) 尚、所論は『原判決は外為法違反の事実について被告人と他の者との間に謀議が存在したとして被告人を共同正犯に問擬しているが、被告人らの間に外為法違反の事実すなわち日本銀行の許可を受けずに金員を受領する行為について意思の連絡ないし共同犯行の認識があつたと認めるに足りる証拠はないから、原判決が被告人を共謀共同正犯として断罪したのは共同正犯理論について誤つた見解に立つものであり、かつ所論挙示の判例にも相反する法律判断をしたものというべきである』と主張する。しかしながら、被告人は後に判示する如くロツキード社から金員が出捐されることを知悉しており、簿外で日本円により受領することを予定し外貨の正規の移動を前提とした外為法に定める手続を踏んでいないことも部下との協議、指示を通じて窺知していたところであり、所論の点につき被告人が共犯者との間に意思の連絡のあつたことは関係証拠によつて優にこれを認めることができるから、法令違反と判例違反をいう各所論はいずれもその前提を欠くものであり失当で採用できない。論旨はすべて理由がない。

2  第二点 原判決には重大な点について事実誤認があるとの論旨

(一) 所論は、原判示第四の事実に関する事実誤認の主張である。すなわち、

(1) 『原判決はデモ・フライト費用七万四〇〇〇ドル相当の日本円二〇七二万円の受領につき被告人と沢、植木ら三名の間で順次共謀が成立したとし、沢が昭和四九年四月一〇日ころ簿外資金を得ようと被告人に相談、了承をとりつけ、沢は植木にその旨指示し、植木は同月一二日から一五日までの間にエリオツトに対し別途別の方法で受領したいと申し入れ、エリオツトがこの要求を請け入れ合意が成立したことから植木は直ちにこれを沢に報告、沢はそのころ被告人に報告して了承を得たと認定している。しかしテレツクス等の証拠資料から証拠を精査すると右に判示する合意の日時は真実と著しく異なることが明らかである。何となれば、これらによればデモ・フライト費用の金額については四月一七日の段階に至つても未だ全日空とロツキード社との間では決定をみるに至つていなかつたのであるから、四月一二日から同月一五日の間に両社の合意が成立するはずはない。デモ・フライトの費用として支払うべき金額、支払方法の決定は五月三日以降エリオツトが再来日するまでの間未定であつたことになり、決定時期は五月末或いはむしろ六月になつた可能性がある。そうとすると、五月一九日ころまでに被告人に右の報告はなかつたことになりこれと異別の事実―三月下旬に原判示の共謀が成立したとの事実―を述べる沢の検察官に対する供述調書は信用性なきに帰する。しかも仮りに右の報告が被告人に対しなされたとしても、この報告は被告人に外為法違反の事実認識をいだかせるような内容のものではなかつたのである。にもかかわらず被告人、沢、植木の三名が真実に符合しないことを口を揃えて検察官に供述したということは、これらの調書がそれぞれ誘導と押しつけによつて作成されたことを示すに他ならない。これらを有罪認定の資料としたため原判決は事実を誤つて認定するに至つた』というのである。

(2) 更に、所論は、『原判決は四月一二日から一五日までの間にデモ・フライトの費用七万四〇〇〇ドルと決め植木がその現金払を求めエリオツトがこれを承諾したと認定しているが、しかし現金の支払は植木が要求したものではなく、むしろエリオツトから先行的に申し入れたものである。原判決はエリオツトの、先に自分から現金の提供を申し入れた旨をいう証言は同人が従前全日空に有利な行動をとつてきたところからすれば、全日空にことさら有利になるように証言したのであつて信用できないと判示するけれども同証言はその内容が首尾一貫しておりほぼ真実が語られているとみることができる。なるほど同人の証言中には一部矛盾するところがみられはするものの、それは同人を尋問したものが同人の記憶のはつきりしない点について適切な尋問を施行しなかつたことや七万四〇〇〇ドルという金額が確定したのがデモ・フライトの終了後であり支払方法について問題があつたことに由来する』というのである。

(3) 所論は進んで次のように主張する。『原判決は沢が四月一〇日ころ被告人に対しデモ・フライトの費用を簿外で落そうと思うがどうかと相談し被告人がこれを了承、更に沢がデモ・フライトの件で二〇〇〇万円貰うように了解をとつたので簿外資金にする旨被告人に報告してその了承をとりつけたとし、三名順次共謀したと認定しているが、先ず沢において外為法違反を伴う可能性のあることについての認識をもつていたことは断じてなく、沢の認識がそうとすると、仮りに被告人が原判示の如く相談を受けたとしても簿外としたいという内部的な経理処理の問題の相談にすぎないから被告人に外為法違反の共謀まであつたとすることはできない。又四月一〇日ころ沢が被告人から了承をとりつけたという事実もありえない。原判決は被告人から右の簿外資金を貰うことについて沢が了解を得た日時は三月下旬ころであると供述する沢の検察官に対する供述記載は誤りであるがその部分が同調書のその余の供述部分の信用性にまで影響を及ぼすものではないと判示するけれども、費用決定の時期が変わることになれば沢の供述する事実の存否そのものが疑わしいはめになるから、右の供述記載の信用性は調書全体の信用性に影響を及ぼすものというべきであり、右の点の原判示は誤りである』『更にいえば三月一三日、五月一五日の各常務会の席上における被告人や他の幹部の発言、エリオツトの供述は、いずれも被告人の共謀したことはない旨の原審公判供述が真実であることを裏付けているのであり、被告人が五月九日にデモ・フライトを無償で実施する旨の禀議書の決裁をしたからといつて被告人に共謀があつたとすることはできない』とするのである。

(二) そこで各所論につき検討を加える。

(1) 所論主張の証拠資料すなわち昭和四九年四月一二日付ロツキード社のフレツド・モアから籔下宛のメモ、同月一七日付モアから植木宛てのテレツクスの記載内容をみても、原判示のデモ・フライト金額の日時に関する原判決の認定の妨げとなるものとはなりえないことが明らかである。もつとも、デモ・フライトの事前交渉を担当した調達課の籔下は、当審において証言し時期の点は別として原審における自分の証言は経過の大筋において間違いないとはいうものの、以下のとおり証言するのである。すなわち「昭和四九年三月三一日から四月三日にかけての間にフアースト・コールがなされて以来、エリオツトの下の事務担当のモアとデモ・フライトに関する折衝をなし、初めはデモ・フライト費用の算出方法として時間当り運航コストをベースにして算出しようとしたが全日空がL―一〇一一の運航を開始して間がなく運行日数が浅くて正確な算出が得られなかつたため、同月下旬ころ機体の減価償却をベースにした金額の算出方法に切り換えたと思う」、そうして「四月一七日付モアからオニ宛のテレツクスにデモ飛行のための飛行機使用の時間当り運航コストに関する記載があるが、このことは全体の費用の計算上時間当りコストが問題になつていて少なくともその日ころまでにはモアも時間当りコストの方式による金額算出に関心をもつていたことをあらわしているから、右時点においては減価償却方式による七万四〇〇〇ドルという金額は未だ出ていないはずである。このようなことを前提にすると四月上旬に金額を決めていたことと理屈が合わず奇異に感する。四月一六日以前にこれが決まつた可能性は薄いと思う」というのである。この籔下の当審証言は、同人の捜査段階における供述並びに原審における供述とその内容を異にしているので更に所論指摘のメモ、テレツクスをもとに検討を進めると以下のとおりである。

まず、四月一二日付モアメモ、四月一七日付モアから植木宛テレツクスの記載によれば、四月一一日以前モアと籔下の折衝時においては、デモ・フライト機の賃料計算根拠として、時間当りの運航コストが用いられていたと認められる。これは、三月三一日から四月三日の間エリオツト在日中に同人と植木の折衝時に全日空側がした籔下のいわゆるフアースト・コールの金額が不合理であるとし、エリオツトがリーゾナブル・コストを主張したことを受け、エリオツト離日後、モア籔下間でリーゾナブル・コストの計算根拠を求め話し合われたことを意味する。四月一二日エリオツトが再来日し、モアが四月一四日離日したあと行なわれたエリオツト、植木、籔下会談で、時間当りの運航コストの計算根拠となる数字を算出できなかつた全日空側が原価償却を計算根拠として折衝し、エリオツトから七万四〇〇〇ドル相当の日本円による支払の承諾を得たこと、モアは契約作成担当者であつて、本件デモ・フライトの折衝の実務担当者であつたエリオツトとは違つた立場にあつたから、エリオツトは四月一七日付テレツクス発信時までには、四月一五日(籔下の米国出張期間は四月一六日から同月二一日まで、エリオツトの離日は同月一八日である)になされたエリオツトの七万四〇〇〇ドル支払の承諾について情報を得ていなかつたものと推察される。エリオツトは四月一八日離日し、その後の全日空との連絡にはオニが当つていたものであるところ、五月一日付モアからオニ宛テレツクス中には、「パーテイシペーシヨン、アグリーメントにサイドレターを付加することは奇妙なことであるから若し全日空がおのぞみならそうするまでだ」、五月一日付オニから香港にいたエリオツト宛テレツクス中に「全日空は三項の支出費用の返金に関しサイドレターを必要としている」、五月三日付エリオツト発オニ宛テレツクス中に「植木、エリオツトは、返金に関するサイドレターにつき討議し署名することになる」旨の記載、同じ頃に全日空に届けられたと認められるエリオツトの署名のあるパーテイシペーシヨン、アグリーメントの原文には、「全日空はデモ・フライトで何の負担もしないというのがロツキード社の意思である」、「9ロツキードはデモンストレーシヨンの間に生じた全日空の費用を返金する」との記載があることをみれば、右九項が、デモ・フライトの謝礼、賃料といつた機材の貸与と対価関係に立つ前記七万四〇〇〇ドルの支払とは別個の費用に関する規定であると認められる。更に五月九日オニ発エリオツト宛テレツクスには、「右九項を削除する」、「籔さんは禀議書をすべて書きそれに添付するエリオツト発のテレツクスを待つている。五月一〇日は沢が渡米する前の最後の日である」との記載があり、これの返信と認められ、かつ禀議書に添付されたものと推認される五月一〇日エリオツト発オニ宛テレツクスでは、エリオツトの署名のあるパーテイシペーシヨン、アグリーメントと異り「返金条項」が削除されており、その経緯に照らせば、航空局の意向を配慮した全日空側の要求で「返金条項」が削除され、成文になつたと認められる。これら諸事実に鑑みれば、籔下の当審証言は採るを得ず、前記九項の返金条項の削除を理由に、機材貸与と対価関係に立つ七万四〇〇〇ドル支払の合意がなされたのは、前記禀議書作成後である旨の論旨は根拠を欠き採用の限りではない。

(2) 被告人は当審において「二〇〇〇万円の件は沢君からロツキード社から謝礼を持つて参りましたので青木に保管させてございますといつてきた記憶があるだけで事前にデモ・フライトの費用を簿外とすることについて了承を求められたことはない。自分の検面調書では了解を求められた時期はホツドソン駐日大使就任前つまり四月中旬となつているが沢にそういう相談をしたことはない。自分が同大使のお祝パーテイに沢君を自分の代りに出したという話をしたら検事がそのころそんな話をしたのではないかと変つてきて結びつけたものである、」というのであるが、関係証拠と対比すれば措信できないものというほかはない。以上のとおりであるから所論はすべて採用できない。

(3) また本件金員が植木において現金によつて支払われたい旨申し出、エリオツトがこれを了解したものであることについては原判決が詳細に説示するとおりであり、その根拠とした点を含め、原判決のこの説示は首肯するに十分である。

(4) 次いで被告人が昭和四九年五月九日付起案のデモ・フライトを無償でおこなう旨の禀議書を決裁しその費用を簿外で受領することについて了承を与えた旨の原判示部分について検討を加える。被告人は、第一に、これより先同年三月一三日の常務会において、林常務の運航形態についての「ロツキード社にリースすることになるのか」との質問に対する、「どういう形でやるか決めてはいないが、いずれにしろ金はもらう」旨の調達施設担当の沢専務の応答などを聞知したうえ、有償で実施することにつき了承を与えたこと、第二に有償である点についての社の方針にはいささかも変更はないのに、被告人は同年五月九日付起案の、デモ・フライトにつき全日空負担で機材を提供することとする旨の決裁を求めた禀議書に右の社の方針と異るものと知りつつ決裁をしたこと、第三に五月一五日の常務会における植木部長の「デモ・フライトを無償で実施する」旨の発言に対し了解を与えていることなど、被告人の客観的態度に加え、被告人がこれらの推移についてデモ・フライトを有償で実施すると決めながら全日空がロツキード社から簿外で現金を受け取ることは表に表わさない形をとつた禀議書に決裁したのに、このことを五月一五日の常務会で実際を説明できないため、全日空側の有償以外のメリツトを強調して細かいことを考える必要はないと発言した旨供述した検察官調書の供述記載のあること、前判示のとおり右決裁時以前に七万四〇〇〇ドルの額は定まつていたことなどを併せ考えると、被告人が沢と共謀をしたことは優にこれを肯認することができる。

(5) 次に被告人が外為法違反の事実認識まで有していたか否かについて論及するのに、関係証拠によると、二〇七二万円を受領する当時被告人はこの金員が米国にあるロツキード社が負担するものであることを承知していたこと、被告人らは当初からこの金員を全日空の裏金とするために簿外で日本円で受けとることを予定しており、したがつてこの金員につき正式の金員移動をふまえた外為法所定の手続を履践するものでないことは認識していたこと、しかもこの支払の受領には日本銀行の許可を要することを認識していながら、現実に日銀の許可を得ることなくこれを受領したことを承知のうえで植木に保管させたことが明認できるから、被告人に外為法違反の認識ありとの原判決の認定は十分に首肯することのできるものといえる。所論は採用できず論旨は理由がない。

四  原判示第五の事実((三〇三四万五〇〇〇円の受領に関する外為法違反(一五、一六号機関係)の事実))に対する控訴趣意

所論は事実誤認の主張である。すなわち『原判決は原判示第五において、被告人はロツキード社との間でL―一〇一一の一五、一六号機の確定購入契約を締結するに際し謝礼として同社から簿外で日本円を提供させようと沢にもちかけ、沢は一〇万ドルの謝礼を同社に負担させこれを受領して簿外資金にしようと考え、被告人の了承を得て植木に対し右の趣旨でエリオツトと交渉するよう指示したと判示しているが、全日空がロツキード社から一〇万ドルを受領したのはエリオツトより植木に対してその供与の申入れがありエリオツトがこれに基づき持参した結果であつて、一五、一六号機の早期締結の謝礼として右金員をロツキード社から提供させるべく被告人が沢に示唆し、沢が植木に指示して共謀を遂げた事実はいずれもないから、原判決は証拠の評価を誤つて事実を誤認した』というのである。しかしながら関係証拠、とりわけ被告人、沢、植木らの捜査段階における供述調書によれば、被告人が所論金員の受領について沢らと共謀を遂げたとの事実は優に肯認することができる。右の共謀に至る経緯は原判決の説示するところと大筋同様であるが、特に被告人が右両機を購入する有利な立場を活用して謝礼を出させ簿外資金作出を企てた経緯並びに共謀の事実は優に認めることができる。被告人は全日空幹部役員会において航空需要の見通しなどからロツキード社に全日空がオプシヨンしていたL―一〇一一の一五号機ないし二一号機のオプシヨン期限を四九年五月三一日から同年八月三一日まで延期することと定め、この旨を全日空よりロツキード社に伝えて了解を得ていたが、ロツキード社から社内の経営危機を乗り切るための一つの方策としてオプシヨン期限を延長したものの、うち少なくとも三機について同年六月中に確定購入契約を結んでほしい旨要請されるや、全日空経営管理室がいわゆるPSAからリースしているB―七二七の二機のリース期限到来にあたりこれを更新しなければL―一〇一一の二機の購入が可能であるとの判断をもつている旨の報告をもとに被告人は四九年六月二〇日ころ右七機のうちの二機(一五、一六号機)を購入することを決したこと、そして同年七月一〇日ころからこの意思決定に基づいて植木らにおいてエリオツトと契約条件について交渉を始め、その過程において五〇年度引渡機体の基本価格を同五一年度引渡機体のそれに比べて値引きするというエスカレーシヨン・メリツトの保証並びに第一回の代金支払期日を通常の場合と比して遅らせた同四九年八月とする、大阪空港乗入れが不可能ならばキヤンセルできる(CLX―二二〇D―五)などの条件を提示しロツキード社はこれらの条件を呑むことに同意したこと、ここにおいて同年七月二八日ロツキード社との間に右二機の購入契約を結ぶに至つたこと、そうして被告人は右二機につき期限より早めに購入することを機縁にその謝礼としてロツキード社から簿外で日本円を提供させようと企図し、これより先の七月上旬ころ社長室において沢に対しこれをもちかけたところ沢はその意を体し、一〇万ドルの謝礼をロツキード社に出させこれを日本円で受領して簿外資金とすることを植木と相談しこのことを被告人に話をして了承を得たこと、この了承に基づいて沢は植木に対しエリオツトと交渉するよう指示したこと、植木は右の指示を受け同月一〇日ころ大阪空港問題のためエリオツトに対し一〇万ドル欲しい旨伝え、エリオツトは一〇万ドル相当の日本円の簿外による支払の要求であることを知つたうえでこれを応諾したこと、植木はこれを沢に報告、沢は青木に保管させるよう指示したこと、以上の各事実が認められる。これらによれば被告人ら四名の間において共謀が成立したことが優に肯認できる。もつとも、所論は、『右二機のくり上げ確定購入契約は全日空にとつても利益をもたらすものであつたから簿外の謝礼を請求できる筋合のものではなく、又右一〇万ドルはエリオツトから先に提供する旨の申出があつたればこそ実行されたものであるから、二機の早期確定契約締結の謝礼を提供させるべく共謀するといつたものはありうべくもない』と所論の論拠を掲げ、当審における被告人の供述もこれに結論において沿うところである。すなわち、被告人は「事前に沢から右金員の受領に関し相談を受けていないし、被告人から沢に対し一五、一六号機の価格交渉について特別の指示を与えていない」と供述するのである。しかしながら、関係証拠によると、被告人らが右の二機の確定購入契約を結ぶに至つたのは、もとよりエスカレーシヨン・メリツトなどがあつたことによるのではあるけれども、ロツキード社の経営危機乗切り対策の一環としてテキサコ社がロツキード社に肩代りして再建を図るにあたり、同社が一八〇機もの新しい注文をとるべく、二機でも三機でも確定発注してほしいとの依頼がコーチヤンから全日空に対してあつたため早期契約締結に協力するとの配慮からなされたものであるうえ、当時の航空需要の実勢は前判示のようなオプシヨン期限延長を決めた時点と逕庭のない不況下で新らしい飛行機を買うような状況下にはなかつたのであるから、PSAからのリース機B―七二七の二機の当該年度における返還の代替機として座席数のはるかに多いL―一〇一一を二機入れたとすれば供給過剰を招きかねないリスクを全日空が負うものであつたことよりすれば右の契約締結は依然全日空が交渉する上では有利な優越した立場にあつたことは否めない状況にあつたのであり、加うるに被告人は社長就任後全日空においても簿外資金を持つことの必要性緊急性を痛感していたことでもあり、更に既に全日空がこれ以前の取引においてロツキード社から、L―一〇一一の採用購入にあたつてロツキード社に日本円による簿外資金の提供方を求めた事蹟のあつたことなどを総合すれば、一五、一六号機の購入を好機として優越せる状況を利用し、いわばロツキード社の足許をみすかした形でロツキード社に確定契約締結前に大阪問題につき一〇万ドル必要との口実で裏金の提供を求めたのはむしろ自然とみることのできるものと認められる。他方ロツキード社にしてみれば、もともと謝礼の話が持ち出される前に二機について確定購入契約をすることの合意が成立していて、しかもメーカー各社の売り込み競争が熾烈であつたとはいえ、出費を可及的に押えんとしていたであろう立場から架空領収書を作成したり、日本円調達に複雑で手間のかかる手法を用いなければならない裏金作りを先行的に申し出るということは考え難く、むしろ稀有のことに属することを考慮すると、エリオツトと直接一〇万ドルについて交渉した植木が大阪問題でと切り出した旨の検察官調書の記載は信用するに足るものであり、エリオツトが全日空の意図を察知して先走つてかような申出をする必要性はないものと認めるのが自然の成行というものといわねばならない。所論中にはその主張の理由づけとして、『一五、一六号機の確定購入契約の経緯自体をみれば自ずから明らかである』とか、『先行的な謝礼供与申入れである旨いうエリオツトの証言は信用できるものである』とか、『エリオツトの証言これに沿う植木の原審公判供述と異なる植木の検察官に対する供述調査は誘導等に基づき録取されたもので信用性がない』とか、『被告人や沢の検察官に対する供述調書中の原判示に沿う供述記載に信用性がない』とか、『金額は二八〇〇万円ではなく三〇三四万五〇〇〇円であるとするのは証拠物の存在を無視し採証法則に反するものである』とか主張し原判決は立証不十分のまま誤つて事実を認定したと論難する点もある。しかしながら証拠を検討しても原審が自由心証の適正な範囲を逸脱しているとは認め難く採証法則違背による事実誤認はないから、証拠の信用性を弾劾する所論を含め原審の判示するところと相容れない所論は右認定と対比しいずれも理由のないものとして採用するに由ない。論旨は理由がない。

第二検察官の控訴趣意(量刑不当)

所論は、量刑不当の主張であつて、要するに、被告人を懲役三年、執行猶予五年に処した原判決の量刑は、いかなる観点からしても刑の執行を猶予した点において著しく軽きに失して不当である、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討したところを以下に詳論するが、原判決が被告人に対する科刑にあたつて、量刑の事情の項でその主たる理由を簡明に記述した点は、当裁判所もこれを結論において相当なものとして首肯することができる。

本件は原判示のように、全日空社長であつた被告人が、国会において、いわゆるロツキード疑惑について証言を求められた際、虚偽の陳述をしたという事案と、同社役員らと共謀して全日空の簿外資金とするべく法定の除外事由がないのに、航空機購入などの謝礼としてロツキード社から三回にわたり合計一億六〇〇〇万円余を受領したという事犯とである。ところで、被告人は運輸省事務次官を退官したあと、昭和四四年四月請われて全日空に顧問として入り、同年五月副社長に就任、同四五年六月一日前社長大庭哲夫急拠退任の跡を継いで社長に就任したものである。そのころ、全日空においては当時の航空需要の増大、機材の大型化、高速化の趨勢に対応するため、同四七年四月には国内幹線に大型ジエツト機を導入したいとの計画を有し、同四五年一月そのための新機種選定準備委員会を発足させ、当初前記の時期に就航させるのに間に合わせるのを目途とし、爾来同委員会において右幹線に適合する機種の選定作業を進めていたのであるが、被告人は副社長時代は委員長としてこれを主宰し、社長就任後は経営全般を掌握する立場からこれを統括運営していたものである。そうして、同委員会における機種の選定、大型機導入の時期の決定はそのいずれについても諸般の事情から最終決定をみないうち、同四七年七月俗に航空憲法などと称される「航空企業の運営体制について」なる運輸大臣通達が発出され、これにより国内幹線への全日空による大型機導入は同四九年度以降に認められることとなつたのであるが、かねて新機種選定作業中の同委員会は同四七年八月末その候補とされていたロツキード社のL―一〇一一、ダグラス社のDC―一〇、ボーイング社のボーイング―七四七SRの三機材はいずれも優劣つけ難しとして被告人に報告、選定を被告人に一任したところ、被告人はL―一〇一一の採用を決断、同年一〇月二八日幹部役員会にはかつてL―一〇一一の採用を内定し、同月三〇日取締役会において正式に決定をみるに至つたものである。右の結果全日空は同四八年一月ロツキード社との間でL―一〇一一を六機(一号機ないし六号機)購入する旨の第一次契約を結び、これに付随して一五機(七号機ないし二一号機)のいわゆるオプシヨン契約を結び、右オプシヨンに基づき同年五月三一日に第二次の四機(七号機ないし一〇号機)、同年九月二六日に第三次の四機(一一号機ないし一四号機)、同四九年七月一八日に第四次の二機(一五号機、一六号機)の各確定契約を締結し購入したところ、被告人は、L―一〇一一の採用にあたり全日空のいわゆる裏金となる簿外資金を捻出確保しようと考え、一機当り五万ドル相当の日本円をロツキード社から簿外で支払を受けることを期待し、ロツキード社の販売代理店たる丸紅の担当者をしてその旨の交渉をロツキード社との間で詰めさせ、原判示の者と共謀して結局第一次契約の六機分として合計三〇万ドル相当の日本円九〇〇〇万円を受領したのを手始めに第二次、第三次契約分の合計八機につき四〇万ドル相当の日本円一億一二〇〇万円、第四次契約分の二機につき一〇万五〇〇〇ドル相当の日本円三〇三四万五〇〇〇円を受領するに至つたものである。更に、被告人は、ロツキード社がL―一〇一一のオーストラリアへの販売キヤンペーンのため現地でのデモンストレーシヨン飛行(いわゆるデモ・フライト)を計画し前記五号機を日本へ輸送する途次オーストラリアへ立寄らせ同機を用いてデモ・フライトを実施しようとした際、これを了承し、リース費用に見合う七万四〇〇〇ドル相当の日本円二〇七二万円をロツキード社から受領するに及んだものである。のみならず、このL―一〇一一の採用にからむ疑惑を解明せんがため国会が国政調査権に基づき証人尋問をおこなつた際、被告人は証人として出頭、委員会の席上、証言を求められるや、前記のように全日空が簿外資金を受領し保管していたことを認識していたのに、ロツキード社から正規の帳簿外の金員を受領したことは一切ないとか、或いは大庭前社長が社長在任中DC―一〇につき三井物産に要請して昭和四七年引渡しの四機位につき手当をしたとの事実を認識しながら、大庭社長が社長在任中にDC―一〇につき何らかの、例えばオプシヨン契約をしたということは全く了解できないなどと証言し、いずれも自己の認識に反する虚偽の陳述を昭和五一年二月一六日、三月一日の二回にわたり衆議院予算委員会でしたものである。被告人は簿外資金の受領にあたつては担当役員と相謀り被告人の指示に基づき密かにその実行にあたつた担当役員からその報告を受けていたものであり、更にDC―一〇に関する大庭オプシヨンなるものについても、これがあつたことを承知しながら、新機種として自らL―一〇一一を採用することを決したとなれば、右選定は外部からの圧力、影響によるものではないかとの疑惑を招きかねず、金員の使途についても追及される破目となることを慮り、これらの疑惑や追求をかわすため敢えて知らぬ存ぜぬと申し張つたばかりか、疑惑を否定する根拠となるべき理由をるる付加して虚偽の陳述をするに及んだものである。

右のような全日空の主要幹部ぐるみの外国為替管理法違反の所為について被告人の果たした役割はその立場上主導的なものであつたこと、その結果として同法違反の事実については外国為替の管理調整に関する秩序を阻害して得た金額、犯行回数、手口等の態様は正常にして健全な商取引の埓をはるかに超えたものと評価せざるを得ず、健全な社会通念からみても企業の論理からしても容認し難いものであること、加えて、得た簿外資金の管理、使途、使用の相手などについても大本においては被告人が采配を振つていたこと、その費消先にも不透明なものや或いは汚点や禍根を残すものがあり、この点のみを捉えてもその所為についての被告人に対する道義的非難の程度は大きいものがあること、他方議院証言法違反の事実については、再度にわたる被告人の偽証により民主主義の根幹組織たる国会を正しく機能せしめるのに不可缺な国政調査権の適正妥当なる行使を妨げることの少なくなかつたこと、証人喚問に先立ち、部下と相謀り偽証工作を試みたことなどの諸点を考慮に入れると、犯情はまことによくないものがあるといわなければならない。しかし、ひるがえつて考えるのに、被告人らにおいてなされた簿外資金の作出は主として会社経営上の配慮から出たもので被告人らの私腹を肥やす類のものではなかつたこと、現にこれが個人の用に供せられたとの証跡のないこと、国会において偽証に出た動機、経緯をみても自己の保身のためであつたとの色彩を有するものであつたことは否めないところとしても、その主眼は全日空に対する社会的信用を保持し、これが明るみに出れば予想されるさまざまの影響から企業を擁護、防衛するためや或いはその波及効果に対する配慮の念から企業のトツプの立場において苦しまぎれになしたものと思料されることなどに加えて、財界、経済界の要人が言葉を尽して述べる被告人の人格、数々の業績、特に被告人が本来辺幅を飾らずかつ地位にてん淡とした人柄であることや、かつては優秀な官僚として或いは卓越した経営者として手腕を振るい、全日空や航空事業、更には従来担当した海運、造船事業を含め運輸行政、企業発展のために尽した功績その他の閲歴などにかんがみ従来から今日まで社会的貢献度も少なからずあるものと窮知できること、今もつて被告人が全日空会長の地位に留まつているのは主として社内事情によるものと思われ必ずしも被告人本人の本意ではないこと、本件が表沙汰となるや厳しい世の非難を受けて全日空社長の地位を去り、相応の社会的制裁を受けたことその他共犯者との刑の権衡などの被告人に有利に斟酌すべき一切の事情を併せ考慮すると、敢えて被告人に対し実刑をもつて臨むのは苛酷に過ぎて相当とは思料されず、被告人を懲役三年に処し五年間右刑の執行を猶予した原判決の量刑は正鵠を得たものと認められ、これが軽きに失して不当であるとまでいうことはできない。被告人に対する公訴の提起のない事実について彼此いう所論を含め所論は採用できず、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用を負担させることにつき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時國康夫 礒邉衛 日比幹夫)

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