大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(う)250号 判決

被告人 千明太禮

〔抄 録〕

所論によれば、原審弁護人らは、昭和五六年一二月一日の原審第七回公判期日において、「被告人の本件所為には未だ刑事罰をもって対処するに値するだけの質と量を持った可罰的違法性はなく、無罪が相当である」旨、法律上犯罪の成立を妨げる理由を主張したにもかかわらず(弁護人鹿野琢見他四名共同作成名義の弁論要旨第一)、原判決がこれに対する判断を何ら示していないのは、刑事訴訟法三三五条二項に違反したものであって、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

たしかに、所論弁論要旨第一の冒頭には、所論引用の如き文言の記載の存することが窺われ(記録第一冊六六丁)、原判決が右主張に対し特段に判断を示していないことは、所論の主張するとおりである。

しかし、ひとくちに可罰的違法性を欠く旨の主張と言っても、それが違法性阻却事由その他如何なる法律的構成を有する主張であるかは、その主張内容である具体的事実関係の如何によって個々に判断すべきものであり、本件に即してこれを見れば、極めて多岐に亘る弁論要旨の核心をなす部分は、砂塚側と千明側との従前の経緯、本件各会談の席上当事者双方が録音装置を準備していた状況、本件が親族間における口論に過ぎないこと、その他の諸事情に照らし、たとえ口論の過程における言葉の端々に脅迫的と受け取れる言辞が用いられていたとしても、これを刑法上の脅迫罪を構成するものとして断ずるには疑問があるとする点にあり、ひっきょう、それは、本件所為の構成要件該当性を否認するにほかならないものと解されるから、原判決が本件所為を脅迫罪の構成要件に該当するものとして罪となるべき事実に掲げ、これに相当法条を適用していることによって右主張を排斥する判断は既に示されたものと言うべく、右以外に刑事訴訟法三三五条二項による判断を示すべき必要は認められない。

従って、原判決がこれと同旨の見解に立ち、原審弁護人らの主張に対する判断を別個に判示しなかったことに、所論の違法があるものと言うことはできない(仮りに、原審弁論要旨中に違法性阻却事由その他法律上犯罪の成立を妨げる理由の主張を含むものと見られ、原判決がこれに対する判断を示さなかったことが違法と認められるものとしても、原審訴訟記録及び証拠に照らし、右主張の理由のないことは後記の如くであるから、右違法は未だ以て判決に影響を及ぼすものではない。)

(草場 半谷 須藤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!