東京高等裁判所 昭和57年(う)583号 判決
本件火災は,株式会社カタセの店舗改装工事に当たり,じゆうたんの床張り作業に従事した被告人が,他の従業員2名とともに,本件建物の2階西側木造店舗部分において,じゆうたんの裏面に引火性成分を含有する接着剤を塗布する作業をしていた際,右接着剤の気化ガスに何かの火が引火し撚焼することによって発生したものであるが,原判決は,被告人がたばこを吸うため擦ったマツチの火が右気化ガスに引火した旨の被告人の捜査段階における自白及び目撃証人窪田幸由の証言は,いずれも信用することができず,他に右事実を認めるに足る証拠はなく,また火源が他にある可能性を否定することもできないので,結局,犯罪の証明がないとして,被告人に無罪の判決を言い渡した。
しかしながら,原審において取調べた証拠のほか,当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると,本件建物の2階店舗部分で改装工事に従事していた窪田幸由の目撃状況に関する証言,すなわち,出火直前,被告人が,窪田が作業をしている付近に来てたばこを探し,これを持って店舗西側奥に戻ったが,窪田が作業をすませて被告人らがいる方を見たとき,ちょうど被告人がたばこをくわえる動作をし,マツチを擦った際,接着剤の気化ガスに引火して一挙に燃え上り,その時,被告人が「しまった」とか「やっちゃった」と言った旨の証言は,基本的事実関係において首尾が一貫し,具体的かつ詳細なものであるとともに,被告人のすぐそばで接着剤の塗布作業をしていた被告人の同僚の証言及びその他2階店舗で改装作業に従事し出火時の状況について述べている関係者の証言等とも一致し,信用することができるものである。
原判決は,接着剤の気化ガスは空気よりも重く,従って被告人が立った状態でマツチを擦ったとしても気化ガスに引火することはないと認められることからも,右証言は信用できない,というが,右判断の根拠になっている原審における鑑定や消防署の実験結果は,いずれも外気の影響を受けない状況の中で行われたもので,本件建物の出火時の状況と条件を異にしているところ,当審において取調べた鑑定結果及び改装後の本件建物において空気の流れや強さの状況を測定した検証の結果によると,接着剤の気化ガスは風の影響を受けやすく,出火時においては,一階から上昇してくる風の影響を受け被告人らが作業していた場所付近で上昇し,被告人がマツチを擦った高さと認められる床上80センチメートルないし1メートル20センチの高さにおいて引火濃度に達していたと認められ,かつ目撃者らの証言によって認められる引火炎上の状況とも一致し,この点からも窪田証言の信用性は裏付けられる。
そして,たばこを探しに行ったのは出火の直前ではなくもっと早い時間帯であった旨の被告人の公判廷における弁解は,関係者の供述と一致しないことから信用することができず,また,被告人は,身体の拘束を受けない状態で,被疑者としての取調べを受けた2日目の昼ころに自白しているのであり,捜査段階における自白の内容は具体的かつ詳細で特に不自然不合理な点が見当らないばかりでなく関係証拠によって認められる客観的事実と一致する点が多く,迫真性に富み,信用することができる。
その他の出火原因となるべき状況,すなわち,電気配線との接触による火花放電や静電気による火花放電は,証拠上その可能性を認めることはできない。
原審及び当審において取調べた証拠によると,本件公訴事実を認定することができるのであって,原判決には審理をつくさなかった結果事実を誤認した違法があり破棄すべきである。
本件における被告人の過失は重大で,建物を焼失させるとともに,死者6名を含む多くの死傷者を出したその結果も大きいところ,自己の責任を否定し被害者らに対する慰謝の措置を講じていないことにかんがみると,その刑責は重いといわなければならない。