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東京高等裁判所 昭和57年(う)722号 判決 1983年3月31日

(東京高裁昭五七(う)第七二二号、有線電気通信法違反等被告事件、昭58.3.31第六刑事部判決、破棄、有罪・弁護人上告、原審横浜簡裁昭五六(ろ)第八三号、昭57.3.16判決)

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

当審及び原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官新井弘二作成名義検察官山崎惠美子提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護士佐藤利雄・同柏木義憲・同井口多喜男連名提出の答弁書に、各記載のとおりであるから、これらをここに引用し、記録及び当審並びに原審取調の各証拠により次のとおり判断を示す。

所論は、要するに、本件公訴事実は「被告人は、日本電信電話公社(以下公社という)から架設を受けている横浜市西区中央二丁目四六番二一号所在の有限会社ステフアノ商会事務所内の加入電話回線に、同回線電話(受信側)の自動交換装置からその通話先電話(発信側)の自動交換装置内度数計器を作動させるために発信されるべき応答信号(以下通信という)を妨害する機能を有するマジックホンと称する電気機器(以下単にマジックホンという)を取付け使用して公社の通信を妨害するとともに、公社の右度数計器作動に基づく発信側電話に対する通話料金の適正な計算課金業務を不能にさせてこれを妨害しようと企て、昭和五五年一〇月一日ころ、右有限会社ステフアノ商会事務所に設置された公社の加入電話である横浜西電報電話局(〇四五)三二四局三四六二番の電話回線に右マジックホンを取付け使用して、この電話に他の電話(発信側)から通話の着信があつた際の通信の送出を妨げるとともに右度数計器の作動を不能にし、もつて公社の有線電気通信を妨害するとともに偽計を用いて公社の通話先電話(発信側)に対する通話料金課金業務を妨害したものである」(有線電気通信法第二一条・刑法第二三三条)というものであるところ、原判決は、その外形的事実を肯認しながら、本件は可罰的違法性を欠き違法性そのものを阻却するとして、被告人に対し無罪の言渡をしたが、右は被告人がマジックホンを購入した動機・その使用態様・実害の程度及び本件立件の経緯等可罰的違法性ないし違法性を阻却する事由に関する事実を誤認しひいては法令の解釈適用を誤つたものである、というにある。

そこで、按ずるに、

一原判決は、「被告人の本件所為は外形的・形式的にみれば、刑法の偽計業務妨害罪と同時に特別法である有線電気通信法第二一条に違反することとなり、これらは刑法第五四条の観念的競合の関係に立つものと考える」としたうえ、本件所為はその可罰的違法性ないし違法性そのものを阻却するという判断を示しているので、右判断の当否の検討に先立ち被告人が本件マジックホンを購入し取付け使用するに至つた前後の事情をみると、

(1)  マジックホンと称する本件機器は、電話設備による本来の通話を妨害するものではないが、これを加入電話回線に取付けることにより回線電話(受信側)の自動交換装置からその通話先電話(発信側)の自動交換装置内度数計器を作動させるため発信されるべき応答信号を妨害し通話料金の計算を阻害するので、その結果発信側の通話料金が徴収されないという機能を有するものであること、

(2)  被告人は昭和四七、八年頃海外旅行に赴いた折、旅行斡旋会社に勤務していた石原秀博と知り合い、そのころ被告人が経営していたデルタ自動機器販売有限会社が横浜市中区本町所在のビルの一郭に事務所を設けた際に石原秀博の口添を受けたこともあつて、昭和四九年ころデルタ自動機器販売有限会社が事実上倒産し右ビルから退去した後も交際を続けていたが、本件の二、三年前からその交際が杜絶えていたこと、

(3)  石原秀博は、昭和五五年八月頃、週刊誌により長野県下の株式会社エレクトロニクスジャパンでマジックホンを製造し販売員を募つていることを知り、同社に赴き、同社の社員からマジックホンはこれを電話回線に取付けると電話の呼出し状態のままで通話できるので、その回線電話を受信側とする通話についてはその料金が徴収されないという機能を有するものであり、それを取付け使用しても法規に抵触するものではない旨の説明を受け、同社からこれを仕入れて販売するようになつたが、たまたま被告人が有限会社ステフアノ商会を経営していることを聞き、同年一〇月一日ころ、横浜市西区中央二丁目四六番二一号所在の萬代ビル一階にある右有限会社ステフアノ商会事務所に赴き、同所で被告人に対し、株式会社エレクトロニクスジャパンの社員から聞いたマジックホンの前記のような機能やそれを取付け使用しても法規に抵触するものではない旨並びにそれにより通話料金の低減をはかり得る旨を申し向けてその購入方をすすめた結果、被告人はその機能や使用が法規に抵触するか否かについての不安はなおあつたものの、七万二、〇〇〇円を支払い一台を購入し、その一、二日後にも石原秀博のすすめに応じ更に一台を同様七万二、〇〇〇円で購入したこと(但し、原判示のように、被告人が石原秀博に対する既往の不義理の穴埋めまたは同人の窮状の救済としてこれを購入したものとは認め難い)、

(4)  そのころ被告人は、右有限会社ステフアノ商会の事務所に設置されている公社の加入電話である横浜西電報電話局(〇四五)三二四局三四六二番の電話回線に右マジックホンを取付けたうえ、同商会の従業員武井一夫をして附近の公衆電話機から右三四六二番の電話回線に通話を試みさせたところ、通話後に投入した一〇円硬貨が戻されたので、石原秀博の説明したとおりの機能を確認し得たが、なおそれを取付けて使用することが法規に抵触するか否かの不安があつたため、翌日右有限会社ステフアノ商会の顧問弁護士佐藤利雄に対し意見を求めたところ、同弁護士から使わない方がよいとのすすめを受けたためこれを取外したこと(所論は、被告人は買受けたマジックホンを二台共電話回線に取付使用したというが、右事実を肯認できる証拠はない。)

(5)  神奈川県警察本部は、長野県警察本部から、前記株式会社エレクトロニクスジャパンに対する有線電気通信法(第二一条)違反・偽計業務妨害被疑事件に関し同社よりマジックホンを仕入れて販売した前記石原秀博についての捜査共助の要請を受け、これにもとづき、神奈川県警察本部刑事部捜査第二課所属の警部補重野寛らが石原秀博を取調べた結果、同人が被告人にも販売した事実が判明したので、右重野寛は予め電話により被告人に対しマジックホン購入の事実を確かめたうえ、昭和五五年一一月二一日前記捜査第二課所属の警察官西本義明を伴つて有限会社ステフアノ商会事務所に赴き、同所において、前記佐藤利雄弁護士立会のもとに被告人に対し、石原秀博の前記事件についての捜査協力を要請するとともに、その購入の経緯等の説明を受けた際、被告人から購入した二台のうち一台を取付けてテストをしたが、佐藤弁護士に聞いたら使わない方がよいといわれたので取外した旨の供述を得たため、その時点で被告人を有線電気通信法(第二一条)違反並びに偽計業務妨害の被疑者と認め、その旨を被告人に告げて被告人より右被疑事件の証拠品として購入したマジックホン二台の任意提出を受けこれを領置したこと(但し、当時右重野寛から本当に許されないのはマジックホンを製造したり販売したりした者である旨の、右佐藤利雄弁護士から購入者・使用者が正犯となり製造・販売者が教唆犯・幇助犯になるのではないかとの旨の発言があつたものの、原判示のように、右重野寛が被告人を前記被疑者と認めた以後に被告人には絶対に迷惑をかけない旨公約した等の事実は認め難い。)、

などの事実が認められるところである。

二右のような事実関係によれば、被告人は、石原秀博の説明によりマジックホンを加入電話回線に取付けると電話の呼出し状態のままで通話できるので、その結果発信側の通話料金の支払を免れるということを知りながら、被告人みずからこれを有限会社ステフアノ商会事務所に設置された前記加入電話回線に取付け使用したものであり、このような行為が法秩序全体の見地から許容されるいわれがないから、本件所為はその違法性に欠けるところはないというべきである。前記のように、被告人はマジックホンを買受ける際、その取付け使用が法規にふれるのではないかとの疑問を抱いていたのであり、このことはマジックホンを取付けた後に公衆電話を使つたテストにより現実に通話料金が返されたことに不安を覚え、顧問弁護士に相談のうえこれを取外したという事実とあわせ、被告人の違法性に関する認識を裏付けるものである。

三ところで、原判決は、理由二(三)の結論において、被告人の本件所為は可罰的違法性ないし違法性そのものが阻却されるとし、その根拠として、(1)被告人はマジックホンを取付け使用すると通話料金が無償になるということについて概括的な認識を有していたにすぎないこと、(2)その機能を確認する目的でテストとして一回使用したが、その結果通話料金が無償になることを確認し、これを使用することに不安を覚えて自社の顧問弁護士佐藤利雄に相談し、その意見に従つて直ちにマジックホンを取外し使用を中止していること、(3)本件所為により公社に与えた実害は僅か一〇円であり、厖大な利潤をあげている公社の実態に着目すれば九牛の一毛にすぎないこと、(4)有線電気通信法違反の罪についても、一般の通信という概念からすれば、専ら同公社の課金業務遂行のため必要とされる「応答信号」への障害が同法による取締の対象となるという認識はほとんどなく、法の不知は恕せずという考え方をとることは被告人に対し極めて酷であることを挙げている。

四しかし、有線電気通信法(第二一条)違反の罪及び偽計業務妨害罪はいずれもいわゆる危険犯であり、現実に有線電気通信または業務遂行が妨害されることは必要でなく、これらに対する妨害の結果を発生させるおそれのある行為があれば足りると解すべきであるから(前者につき昭和三三年三月四日最高裁判所第三小法廷決定・刑集一二巻三号三七七頁、後者につき同一一年五月七日大審院判決・刑集一五巻五七三頁参照)、被告人が本件マジックホンを前記加入電話回線に取付けたことは、同回線電話(受信側)の自動交換装置から通話先電話(発信側)の自動交換装置内度数計器を作動させるために発信されるべき応答信号の送出(それが有線電気信法第二条第一項・第二一条にいう「有線電気通信」にあたると解すべきことは原判示のとおりである。)または公社の課金業務の遂行を妨害するおそれのある行為に該当し、これにより犯罪が成立するから、被告人がその後のテストののちマジックホンの使用に不安を感じ弁護士に相談のうえその意見に従いこれを取外したこと、本件による実害額が僅少であることなどは、被告人の捜査官に対する協力行為とともに、いずれも犯行後の情状に関する事項である。また、被告人が本件犯行前にマジックホンの取付け使用により電話料金が無償となることについて概括的認識に止まつていたか否かなどの点は、被告人の犯意が確定的か否かに関する問題であり、その他前記本件犯行前後の経緯にてらし、被告人の本件所為につき違法性を否定すべき事情を見出すことはできない。

したがつて、被告人の本件所為が起訴状記載の各罰条に該当するとしたうえで、原判示のような事由に基づきその可罰的違法性ないし違法性が阻却されるとして被告人に対し無罪を言渡した原判決は、違法性事由に関する事実を誤認しひいては法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項・第三八二条・第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年一〇月初旬ころ、日本電信電話公社から架設を受けている横浜市西区中央二丁目四六番二一号所在萬代ビルにある有限会社ステフアノ商会事務所内の加入電話回線に、同回線電話(受信側)の自動交換装置からその通話先電話(発信側)の自動交換装置内度数計器を作動させるために発信されるべき応答信号を妨害する機能を有するマジックホンと称する電気機器を、これを取付けて使用するときは、同公社の有線電気通信を妨害するとともに同公社の右度数計器作動に基づく発信側電話に対する通話料金の適正な計算課金業務を不能にさせてこれを妨害することとなることを知りながら、あえて、右有限会社ステフアノ商会事務所に設置された同公社の加入電話である横浜西電報電話局(〇四五)三二四局三四六二番の電話回線に右マジックホンと称する電気機器を取付け使用して、この電話に他の電話(発信側)からの通話の着信があつた際の応答信号の送出を妨げ通話先電話(発信側)の度数計器の作動を不能にし、もつて同公社の有線電気通信を妨害するとともに、偽計を用いて同公社の通話先電話(発信側)に対する通話料金課金業務を妨害したものである。(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件所為は可罰的違法性を欠くものである旨主張するところであるが、その採用し得ないことは前記のとおりである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、有線電気通信法違反の点は同法第二一条に、偽計業務妨害の点は刑法第二三三条・罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、それぞれ該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段・第一〇条に従い重い有線電気通信法第二一条違反の罪によつて処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額内で諸般の事情を考慮し、被告人を罰金三万円に処し、刑法第一八条に従い金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、当審及び原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い全て被告人に負担せしめることとして、主文のとおり判決する。

(菅間英男 篠原昭雄 松本光雄)

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