東京高等裁判所 昭和57年(う)94号 判決
論旨は、量刑不当の主張であるが、要するに、本件「エルアドロ」店舗は、出入口が一か所しかなく、その構造、内装の点などからみて防火あるいは防災上重大な欠陥があり、深夜酔客を相手とする営業形態とも相俟つて、ひとたび火災が発生した場合には飲食客らを迅速、かつ、安全に避難させることが困難であることを被告人両名において認識していたにもかかわらず、経営者もしくは店長として、営利本位に奔るあまり、飲食客や従業員の生命、身体の安全管理に万全の注意を払わず、必要な改造工事その他防火防災対策をなおざりにする等原判示のような業務上の基本的、かつ、初歩的な注意義務を怠つた結果、本件火災により死者一一名、負傷者三名に及ぶ極めて重大な結果を惹起したものであつて、被害者らにはなんらの落度もなく、被害者やその遺族の蒙つた経済的損失や精神的苦痛には言語に尽せないものがあり、これに対する慰謝の手段は全く講じられておらず、示談も成立していないこと、被害者やその遺族の多くは被告人両名について厳重な処罰を望んでいること等を考慮すると、被告人らの刑責はまことに重大であるといわなければならないのに、被告人両名をいずれも禁錮一年六月に処したうえ、三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑は、軽きに失し不当であり、破棄を免れない、というのである。
そこで、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、本件は、原判示のとおり、新潟市中心部の歓楽街の一角にある鉄骨造陸屋根三階建の「今町会館」と称するいわゆる雑居ビルの二階西側の店舗(床面積約八一・四平方メートル)で営業していた被告人歌代の経営にかかるラテンパブスナツク「エルアドロ」の出入口通路天井裏付近からいわゆる漏電により出火し、火が可然性の強い内装材のハイパイルに燃え移るや、猛烈な煙と有毒ガスを出しながら右通路から同店ホールへと燃え広がつて火災となり、その結果、今町会館二階及び三階のうち延約二〇一平方メートルを焼燬し、「エルアドロ」店舗内にいた飲食客九名及び従業員二名が焼死あるいは一酸化炭素中毒により死亡し、また、飲食客三名が火傷あるいは便所の腰高窓から避難した際地上に落下したことにより加療約三週間ないし三か月間の傷害を負つたという事案であつて、本件火災による死傷の結果の発生について、被告人両名にそれぞれ過失責任が存することも、原判決が詳細に判示するとおりである。特に、関係証拠によれば、本件「エルアドロ」店舗は、出入口としては、高さ約二メートル、幅約七四ないし八六センチメートル、長さ約五メートルの、人一人が漸く通れる程度の狭いS字型に曲がつたトンネル式通路が一か所設けられているのみで非常口はなく、客室に換気孔が三か所あるが、窓は同店舗北西隅に設置されていた大便所の中に、縦約三四センチメートル、横約五八センチメートルのガラス二枚が上下にはめ込まれた北向きの腰高窓(地上高約四・四八メートル)が一か所あるだけという状態で、無窓建築物というに等しい構造になつていたのみならず、同店舗内の右出入口通路及び客室の壁、天井には可燃性が強く、燃焼したときは大量の煙、有毒ガスを発する化学繊維製品(アクリル・レーヨン製「ハイパイル」)が張りめぐらされていたため、防火防災上危険性が大であり、一旦火災が発生すると、客を迅速、かつ、安全に避難させることが極めて困難であることが予想され、現に、被告人両名とも、この欠陥を了知し、火災発生の際の危険を察知していたがゆえに、被告人歌代において昭和五二年一二月ころ、前記S字型通路を撒去して出入口を拡張する改善工事を計画し、内装業者にその見積りまでさせたにもかかわらず、当面の営業実績の向上にのみ気を奪われて右工事の実施に踏み切らず、そのまま営業を継続しているうちに本件火災の発生をみるに至つたものであり、しかも、被告人両名は右のように火災発生の際の危険性を認識していながら、消防法上の防火対象物である本件「エルアドロ」店舗に関し、法令上の防火・防災対策を懈怠し、従業員らに対する火災の際の消火、通報及び避難等の訓練や指導はもとより、消防用設備等の整備、点検も全く行わず、本件当時「エルアドロ」には前経営者から引き継がれた粉末消火器が一台置かれていたのみで、被告人歌代はその存在すら記憶になく、被告人佐藤もその正しい使用方法を知らなかつたという有様であつたことが明らかであるから、本件火災事故の原因は、被告人両名が不特定多数の客の来集する飲食店の経営者あるいは店長として、営利本位に奔つて多数の飲食客や従業員の生命、身体の安全管理の責任を顧みず、防火、防災対策をなおざりにしていた重大な業務上の過失に起因するものであつたことは否定できないところである。したがつて、被告人両名の過失は、この点でも悪質重大であるといわなければならない。
のみならず、関係証拠によれば、本件後「エルアドロ」店舗内で施行された実験の結果、飲食中の同店内の客らに火災の発生を通報した場合、約二五秒程度あれば、同店内の全員が前記トンネル状通路を通つて店外に脱出可能であることが明らかにされているのであつて、実際に火災に遭遇した場合に実験と同様に円滑に事が運ぶかどうか多少問題はあるにしても、本件において最初に出火を知つたと認められる従業員畠山春久(一酸化炭素中毒死)が、「チーフ、火」と言つて被告人佐藤に異常を知らせた際、同被告人が直ちに火災発生の危険に気づき、店長として従業員を指揮し、飲食客らに対し火災の発生を通報し、適切な避難誘導の措置を講じていたならば(店内にいた全員が前記出入口から脱出することも優に可能であつたと考えられるのに、同被告人は軽卒にも事の重大さに気付かず、漫然客の接待を続ける等して貴重な時間を空費し、本件漏電による出火後約八分三〇秒も経過したころに漸く火災の発生を認識しているのであつて、しかも、この時点でも、なお直ちに飲食客らに対する火災発生の通報、避難誘導に努め、あるいは前記消火器による消火活動を機敏に行つていれば、前記実験の結果に徴しても、店内にいた全員が難を逃がれて店外に脱出する余地もあつたと認められるのに、前述のように、被告人両名において平素からの消火用設備等の点検、整備や、消火、通報及びに避難等の各訓練を全く怠つていた結果、被告人佐藤は、火をみて動転したとはいえ、自分一人店外へ飛び出して原判示のような全く愚にもつかない行動に終始して、貴重な時間をほとんど無為にすごし、その間火勢が増大したため唯一の出入口であつたS字型通路からの脱出を不可能ならしめてしまつたのであるから、被告人歌代の経営者としての責任は言うまでもないところであるが、現場の店長としての被告人佐藤の過失は特に重大であり、死亡した被害者らの遺族の中に、同被告人が火災を現認したとき、店内に一声かけてくれたならば、被害に遭わずに済んだ旨痛恨の心情を述べている者がいるのもまことにもつともなことである。
更に、本件の被害状況について見ると、本件火災の結果、今町会館二階及び三階のうち延約二〇一平方メートルを焼燬したほか、前述のとおり、死者一一名、重軽傷者三名にのぼる多数の死傷者を出し、特に、本件火災の鎮火直後に行われた現場の実況見分の結果によつてもうかがわれるように、出火当時被害者の飲食客らは、火災発生の通報がなかつたため、突然猛煙により出入口通路がふさがれた状態になつて始めて火災を知つたが、時既に遅く、逃げ場を失い、猛煙と猛火に包まれ、必死に避難口を求めて店内を右往左往し、さながら焦熱地獄のような情景の下に次々に非業の死を遂げなければならなかつたものであつて、その苦痛と無念のほどは計り知れないものがあること、死亡した被害者ら一一名は、いずれも二〇代から四〇代にかけての働き盛りの青壮年であつて、その遺族も被害者らの不慮の死に遭い、悲嘆と失意のうちに毎日を送り、なかには一人息子や一家の支柱である働き手を失なつて生活に困窮する者もあるなど本件における被害は、精神的にも経済的にも深刻で悲惨なものであること、遺族及び被害者らに対する慰謝の手段はほとんど講じられておらず、示談も成立していないこと、本件被害が甚大で被告人らにおいて将来とも損害賠償をする資力はなく、一部の者を除き被害者や遺族らの被害感情は宥知するに至つていないこと、遺族の多くは被告人両名について厳重な処罰を望んでいることなどの諸事情に徴すると、本件についての被告人両名の罪責はまことに重く、実刑に処することの当否を検討すべき事案であることは否定できないところである。
なお、原判決の「量刑の理由」に関する判示部分を論難する所論について付言するに、原判決の説示のうち、「本件の出火の原因が近来比較的稀な漏電によるものである」とする点については、本件がもともと出火そのものの責任を問うものではなく、出火の際の危険を予測して事前にとるべきであつた防火対策の有無、あるいは本件火災を現認したときに講ずべき措置を問題とするものであるから、右の点が被告人両名に対し寛刑で臨む理由となりえないことは所論の指摘するとおりであり、また、「本件店舗の造作・内装がいずれも被告人歌代において前経営者から引き継いだもの」であるとする点や「被告人佐藤が慣れない店長という地位についてからわずか二か月後に本件が発生している」とする点についても、被告人両名とも火災が発生した場合には本件店舗の構造・内装が消火・避難上危険であるということを十分認識していたにもかかわらず、その改善措置をとらないまま営業を継続したものであつて、しかも、本件死傷の結果を生じた原因は、単に造作及び内装のみにあつたわけではなく、前記のように、消火・避難等の態勢が全くできていなかつたことに加え、被告人佐藤の出火発見後の行動が適切を欠いたことにあるのであるから、これらの点はかくべつ被告人らにとつて不運であつたとするいわれはなく、更に、「本件被害者が多数で、請求された賠償金額も高額にのぼるため、被害者側との示談交渉が難航し、そのため被害感情も宥和するに至つていない」とする点についても、被告人両名が本件遺族から請求されている賠償の額は約四億円と推測されるところ、この金額は、被害者の人数、年齢や遺族の状況等を考慮すると、決して法外なものではなく、被告人らにおいて将来とも賠償する資力がないことは、むしろ被告人らの刑責を重からしめるものであるとする所論も首肯しうるものといわなければならない。
以上詳述したとおり、本件は、いわゆる雑居ビル内の飲食店の火災事故としては例をみない死者一一名、重軽傷者三名という多数の死傷者を出した災害事犯であつて、その原因は、被告人両名が経営者あるいは店長として、営利本位に奔つて多数の飲食客や従業員の生命、身体の安全管理を顧みず、防火・防災対策をなおざりにしていた重大、悪質な業務上の過失に起因するものであるから、その結果の重大性と示談の不成立及び遺族らの被害感情等をあわせて考えると、被告人らの罪責が極めて重いことは多言を要しないところである。そうだとすれば、被告人両名にはさしたる前科もなく、本件を深く反省し、死亡した被害者の冥福を祈り、今後とも可能な範囲で慰謝に尽す意思を有していること等被告人らに有利な諸事情を斟酌しても、被告人両名を各禁錮一年六月に処し、三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑は、軽きに失し不当であるといわざるを得ないから、結局論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。