東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1260号 判決 1983年6月30日
控訴人亡杉山ふて訴訟承継人 杉山文七
<ほか一名>
右控訴人ら訴訟代理人弁護士 近藤與一
同 近藤博
同 近藤誠
被控訴人 鶴間千代
右訴訟代理人弁護士 水口昭和
主文
一 原判決主文第二項を取消し、被控訴人の金員支払請求を棄却する。
二 控訴人らの本件各控訴中、その余の部分を棄却する。
三 原判決主文第一項を次のとおり変更する。
控訴人らは、被控訴人に対し、被控訴人から金一〇八三万円の支払いを受けるのと引換えに、
1 原判決添付別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物を明渡し、
2 同目録二記載の建物について、所有権移転登記手続をせよ。
四 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(訂正等)
1 原判決四枚目裏七行目の「(一)の」及び同末行から五枚目表一行目末尾までをそれぞれ削除する。
2 同五枚目表九行目の「至っている」の次に「(供託の事実は、事情として主張するものである。)」を加える。
(当審における被控訴人の主張)
第一審被告杉山ふて(以下「亡ふて」という。)は、昭和五七年三月五日死亡したが、その養子である控訴人両名が同人を相続し、同年四月一二日付けで本件建物につき、相続を原因として控訴人両名が各共有持分二分の一を取得した旨の所有権移転登記を経由し、本件建物を占有している。
(被控訴人の右主張に対する認否)
被控訴人主張の相続の事実及び所有権移転登記のなされた事実は認める。
(当審における証拠関係)《省略》
理由
一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求中、土地、建物の明渡し及び建物についての所有権移転登記手続を求める部分は、これを正当として認容すべきものと判断するが、そお理由については、次のとおり付加、訂正するほか、原判決がその理由第一において説示するところと同じであるから、これを引用する。
1~3《証拠関係省略》
4 同七枚目表二行目の「大正末期」を「昭和初期」と改める。
5 同七枚目表九行目の「後は、」を「後、本件建物において」と改める。
6 同七枚目裏九行目の「孫」の次に「五人」を加える。
7 同八枚目表二行目の「娘」を「末の娘洋子」と改め、同三行目の「孫たち」の次に「のうち他の四人(長男文男は昭和一二年生、二男博義は昭和一五年生)」を加える。
8 同一〇枚目裏一〇、一一行目の「訴外文七」を「訴外宇八」に改める。
9 同一一枚目表五行目の「養子縁組がなされた。」の次に「その後、ふては昭和五七年三月五日死亡したが、控訴人両名は同人を相続し、同年四月一二日付けで本件建物について、亡ふてから控訴人両名への相続を原因とする共有持分各二分の一の所有権移転登記を経由し、(この点は当事者間に争いがない。)本件建物を占有している。」を加える。
10 《証拠関係省略》
11 同一一枚目表一〇行目から一二枚目表八行目末尾までを次のとおり改める。
「右認定の事実によれば、昭和五〇年三月当時、本件賃貸借契約の更新期が迫っていたところ、宇八夫婦は老令に加え病気入院の有様で、約一年にわたり本件建物を空屋同然としており、特に宇八は回復の見込みもほとんどなく、したがって本件建物に戻れる可能性もなかったこと、本件建物は朽廃の様相を呈しているので、更新するとすれば、いずれ大幅な改築か建替えが必要となるうえ、更新に際しては、通常、世間一般で支払われている程度の更新料の支払いを求められることが予想されたが、宇八夫婦は生活保護を受けているような状態であって、親族である養子の控訴人文七夫婦やその孫らの援助も全く期待できなかったから、右の費用を捻出することはとうていできなかったこと、亡ふての病状は宇八ほどではなかったが、同女は、将来本件建物に戻るよりも、ある程度の金銭を所持して、そのまま病院で暮らすことも考えていたこと、そこで、亡ふては右の諸点を思い合わせ宇八を代理して、昭和五〇年三月八日頃、長汐病院において、被控訴人の提案を受入れ、更新期を目前にした本件借地関係の清算方法として、本件建物を借地権付きで売買することを承諾したものと認められる。もっとも、前記争いのないとおり、亡ふては、昭和五〇年七月一六日付けで本件建物につき相続登記をしているが、右は控訴人つるや訴外内田が本件売買の交渉に介入し始めてから後の出来事であり、右登記にあたっては控訴人文七が相続分を放棄して亡ふての単独名義とされ、その直後には前示のとおり亡ふてと控訴人つるとの間の養子縁組の届出がなされていることをも考え合わせると、右登記には、具体的代金額についての折衝を有利に運ぼうとする控訴人つるや内田らの意思が強く働いているものと推認されるところであって、右登記の点は、亡ふてが宇八の代理人として前記のような意思表示をした旨の認定と矛盾するものとはいえない。
ところで、右売買契約における代金額については、前記認定の事実によれば、被控訴人から金三〇〇万円出すなどとの話はあったが、世情にうとい老人同志のやりとりであり、未だ確定的な金額の合意とはなっていなかったところ、その後控訴人つるや内田らの介入する結果となったため、具体的な金額の合意をみるに至らなかったものと認められるが、前記及び後記認定の事実によれば、その後の双方の交渉は、最後の段階で控訴人ら側が突如本件土地の買受けを希望するまで、もっぱら本件土地の借地権の時価相場をめぐるものであり、その過程における二回の鑑定は、双方とも売買を当然の前提として、右時価を明らかにするためになされたものと認められること(なお、甲第一一号証には、借地権を第三者に譲渡したい旨の記載があるが、《当事者》によれば、被控訴人は当初から一貫して自己への売渡しを希望しており、借地非訟事件の申立て当時まで、当事者間では、第三者への譲渡は全く問題とされていず、右記載は賃借権譲渡許可の申立てとして事件を受理してもらうために整えた形式にすぎなかったことが認められるから、右記載は、本件売買契約の成立と矛盾するものとはいえない。)を合わせ考えると、被控訴人と宇八の代理人亡ふては、本件売買契約当時、そのような方法で更新期を控えた借地関係を清算する場合において社会通念上相当とされる価格、すなわち借地権付建物の時価によるとの意思であったものと推認するのが相当であり、右契約成立の経緯に照らせば、右のように、具体的金額についての最終的合意に至らないまま、時価による買取りの方法で借地関係を清算する合意が確定的に成立したとしても、あえて異とするには当たらない。なお、右時価の決定方法についての合意のあったことを認めるに足りる証拠はないが、その具体的金額について当事者間で意思の合致をみるに至らなかった場合でも、最終的には裁判において、右契約時点における客観的な時価を認定し、それを前提として権利関係の結着をつけることができるのであるから、そこまでの合意がないからといって、時価によるとの合意を否定することはできない。その結果として具体化した金額が契約当事者の予測した額と著しく異なるときは、あるいは錯誤の問題が起りうるが、本件においては、後記認定額が売主側の契約時点における予測額を著しく下回るものとは証拠上認められないから、買主側である被控訴人から錯誤の主張がない以上、控訴人らにおいて、この点を理由に契約の効力を云々しうべきかぎりでない。
さらに本件土地及び建物の引渡し、本件建物の所有権移転登記の各時期、売買代金の支払時期及びその支払方法、履行場所等についての合意のあったことを認めるに足りる証拠はないが、これらは売買契約の成立要素ではない。そして、売買契約における所有権移転の時期は、原則として売買の合意の成立した時期と認められるところ、本件においてもこれと別異に解すべき特段の事情はなく、登記手続や引渡しについては、特段の定めがない以上、契約成立後いつでも被控訴人からその履行を求めうるものといわなければならない(右契約当時、本件建物が空屋同然であったことは、前示のとおりである。)が、後記のとおり本件土地及び建物の明渡し義務並びに本件建物の所有権移転登記手続をなすべき義務は、売買代金の支払義務と同時履行の関係にあるから、被控訴人から客観的に相当な額と認めるに足りる代金の提供がないかぎり、売主側である控訴人らが履行遅滞の責任を負うなど格別の不利益を被ることもない。)
12 同一三枚目裏二行目の「調停は」の次に「昭和五三年三月」を加える。
13 同一四枚目表末行の「一三日」を「一五日」と改める。
14 《証拠関係省略》
15 同一四枚目裏末行の「混同」から同一五枚目表一行目の「三月」までを「訴外宇八が借地権を被控訴人に譲渡してこれを失ったことによって、昭和五〇年三月八日頃」と改める。
16 同一五枚目表三行目の「被告は原告に対し、」を「右宇八から亡ふてを経て相続によりその権利義務を承継し、本件建物につき自己名義に所有権移転登記を経由している控訴人両名は、被控訴人に対し、本件賃貸借契約及び売買契約に基づく義務の履行として、」と改める。
二 本件売買契約に際し、訴外宇八から被控訴人に対し、本件土地、建物の明渡しずみまで、一か月金一万三五〇〇円の使用損害金を支払う旨の合意がなされたとする被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。被控訴人は、仮に右合意が存しないとしても、宇八及びその相続人らは、債務不履行又は不法占拠により、右と同額の損害金の支払義務を免れないとも主張するが、本件建物の所有権及び本件土地の借地権を売渡した宇八及びその相続人である亡ふてさらに同人の相続人である控訴人らは、被控訴人から右契約による売買代金の提供があるまで(右代金の提供があった旨の主張、立証はない。)は、同時履行の抗弁権により、本件土地、建物の明渡しを拒むことができる結果、本件土地、建物の占有を維持することによって債務不履行ないし不法行為の責任を問われるべき筋合いではないものというべきであり、被控訴人は、本件土地、建物の明渡しを代金一〇八三万円の支払いと引換えに求めることにより、双方の債務が同時に履行されるべき関係にあることを自認しているものと解されるから、債務不履行ないし不法行為の成立を前提とする被控訴人の右主張も失当たるを免れない。
したがって、被控訴人の金員支払請求は、その理由がないものといわなければならない。
三 以上の次第で、原判決中、被控訴人の金員支払請求を認容した部分は、失当としてこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却すべきであるが、被控訴人のその余の請求については、これを認容した原判決は相当であって、右部分に対する控訴人らの本件各控訴は、いずれも理由がないものとして棄却されるべきである。なお、原審における口頭弁論終結後に生じた原審被告杉山ふての死亡による前示のような権利義務関係の承継に伴い、原判決主文第一項は、本判決主文第三項のとおり変更されるべきである。
よって、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横山長 裁判官 野﨑幸雄 淺野正樹)