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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1415号 判決 1983年5月31日

控訴人 大谷とめ

右訴訟代理人弁護士 会沢連伸

被控訴人 角田靖子

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、控訴人が金三〇〇万円を支払うのと引換えに別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和五七年五月二七日から右明渡済みまで一か月二万四〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

〔申立〕

(一)  控訴人

第一次的に「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という。)を明け渡し、かつ、昭和五六年五月一日から右明渡済みまで一か月金二万四〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、第二次的に「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し、控訴人が金一九七万六〇〇〇円を支払うのと引換えに本件店舗を明け渡し、かつ、昭和五七年五月二七日から右明渡済みまで一か月金二万四〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

(二)  被控訴人

控訴棄却の判決を求める。

〔主張及び証拠関係〕

(一)  控訴人の主張

(1)  控訴人の夫である大谷清は、その所有する本件店舗を、昭和四五年五月一日被控訴人に対し期間五年、賃料月額一万五〇〇〇円の約定で賃貸し、昭和四八年九月一日から賃料を月額一万七〇〇〇円に改訂し、昭和五〇年五月一日契約を更新して期間を三年、賃料を月額二万二〇〇〇円と定め、次いで昭和五三年五月一日更に契約を更新して期間を三年、賃料を月額二万四〇〇〇円と定めた。

(2)  大谷清は昭和五五年五月三〇日に死亡し、控訴人が相続により本件店舗の所有権を取得し、これに伴って本件店舗の賃貸人たる地位を承継した。

(3)  控訴人は、昭和五五年九月二二日被控訴人に対し、昭和五六年四月三〇日の賃貸借期間の満了に際しては契約の更新を拒絶する旨を通知し、被控訴人が右期間満了後も依然として本件店舗の使用を継続しているので、同年五月二五日これに対し異議を述べた。

(4)  右更新拒絶には、次のとおり正当な事由がある。

(イ) 控訴人は、長男征夫夫婦と共に本件店舗の隣で大衆食堂を営んでいるが、一か月につき売上げは約八〇万円、純益は約三〇万円である。控訴人は、右営業の維持発展のため右征夫名義で昭和五四年八月二三日訴外日立信用組合から食堂改築、駐車場設備資金一八〇〇万円の融資を受け、現在月額約二〇万円を返済しているので、残りの約一〇万円で控訴人ら家族五人(控訴人、征夫夫婦及びその子供二人)が生活しなければならない状態であり、この苦境を脱するためには、本件店舗を収去し、その跡地を二ないし三台分の駐車場にすることによって売上げの増大を図る必要がある。自動車の増加や飲食店の乱立により、近時では顧客のための駐車場を設置することが飲食店経営にあたって絶対不可欠であり、控訴人が昭和五四年の店舗建築の際に駐車場(三台分)の設備をした際の実績からみて、本件店舗の跡地を駐車場にすれば、一か月八万円程度の収益の増加を期待することができる。また、本件店舗の前の国道を通過する車両の運転者らに控訴人の食堂の存在を知らせる看板等を設置する必要も生じてきた。

(ロ) 被控訴人は、その住居から本件店舗に通って洋裁業を営んでいるが、これによる月間の収入は、被控訴本人の述べるところによれば、八万五〇〇〇円程度であるところ、これから本件店舗の賃料、往復の交通費を差し引くと、純益は五万円程度である。これに被控訴人の夫の給料手取り月額一七万円位を加えた合計二二万円位で、被控訴人夫婦と子供一人の三人が生活している。

(ハ) 現今の社会生活において純益月額五万円程度の収入を挙げることは、必ずしも本件店舗によらなくても可能であると一般経験則上いうことができる。また、賃料額が高くなることさえ覚悟するならば、本件店舗と同程度の店舗を他に見出すことは決して難事ではない。これに対し、控訴人にとっては、食堂営業のための駐車場の適地を他に求めることは、実際的にも、経済的にも無理である。

(ニ) 控訴人は、食堂を全面改築するのに先立ち、昭和五三年一一月ごろ被控訴人に対し、本件店舗を同時に取り壊してその跡を駐車場とするとともにその上に二階を作ってそこに被控訴人に移転してもらい、その内装等はすべて控訴人において負担するという計画を提案し、協力を求めたが、被控訴人はこれを拒絶した。

また、昭和五五年九月に前記のように更新拒絶の通知をしたのち、控訴人は、被控訴人に対し、三年位の期限の猶予を与えるから本件店舗から退去してもらいたい旨申し入れ、これに対し被控訴人は五年の猶予期間がほしい旨答えたが、間もなく右回答を撤回し、退去を拒絶した。控訴人は、そのころ被控訴人に対し本件店舗のすぐ近くに約九・九平方メートルの店舗と畳敷二間のある貸室を斡旋し、もしそこに移転する意思があるならできるだけ援助すると申し入れたが、これも拒絶された。

(5)  仮に、以上による正当事由の具備が認められないとしても、控訴人は、原審の昭和五六年一一月二六日の口頭弁論期日において、被控訴人に対し立退料の提供を補強条件として本件店舗賃貸借契約の解約を申し入れたものであり、右立退料として一九七万六〇〇〇円(本件店舗の二年分の賃料に相当する五七万六〇〇〇円に一四〇万円を加えた金額)を支払う用意がある。右立退料の提供と前項で述べた事実を総合すれば、賃貸借契約解約の正当事由が具備しているものというべきである。したがって、右解約申入から六か月後の昭和五七年五月二六日の経過により解約の効果が生じ、賃貸借は終了した。

(6)  よって、控訴人は被控訴人に対し、第一次的に、賃貸借の期間満了による終了を原因として、本件店舗の明渡と昭和五六年五月一日から右明渡済みまで一か月二万四〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を、第二次的に、前記解約による賃貸借の終了を原因として、控訴人が立退料一九七万六〇〇〇円を支払うのと引換えの本件店舗の明渡と昭和五七年五月二七日から右明渡済みまで一か月二万四〇〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

(二)  被控訴人の主張

(1)  控訴人の主張中、(1)ないし(3)の事実は認める。同(4)、(5)のうち、被控訴人が本件店舗に通い、そこで洋裁業を営んでいること、被控訴人が夫及び子供と三人で暮していることは認め、その余の事実は争う。

(2)  被控訴人は、本件店舗を賃借して以来、幼い子供を育てながら苦労して十数年にわたり洋裁業を継続し、ようやく顧客の信用を得て営業も安定し、一か月平均九万円位の純益を得ている。一方、被控訴人の夫の収入は、最近では残業がなくなっているため月額手取り一三万円程度にすぎないので、被控訴人の収入がなければ生計を立てることができず、また、他に新店舗を借りる経済的余裕もない。

これに対し、控訴人は、本件店舗のほかに二軒の貸店舗を有していて経済的余裕があり、(仮に控訴人主張のような借入金の返済のために苦しんでいるとしても、それは控訴人自身の生活設計の誤算によるものであり、これを本件店舗の明渡を求める理由とするのは不当である。)、また、現在小規模にせよ駐車場を有していて、これを増設する必要はない。

以上の事情に加え、被控訴人が本件店舗を賃借するにあたって権利金二五万円を支払っていること、賃貸借契約更新に関する交渉の際、控訴人は、一方的にその意見を述べるのみで被控訴人の意見に耳をかそうとしなかったこと等にも照らすと、控訴人の更新拒絶ないし解約に正当な事由の存しないことは明らかである。

(三)  証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人が昭和四五年五月一日本件店舗を控訴人の亡夫大谷清から賃借したこと、その後、控訴人主張のような経過で、右賃貸借契約が逐次更新され、控訴人が賃貸人の地位を承継したこと、控訴人が、その主張のとおり、昭和五六年四月三〇日の賃貸借期間の満了に際し更新拒絶の通知をし、かつ、期間満了後の被控訴人の使用継続に対し異議を述べたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、右更新拒絶につき正当事由が具備していたかどうかについて検討する。

《証拠省略》によれば、次の各事実を認めることができる(《証拠判断省略》)。

(一)  本件店舗は、昭和二九年ごろに建てられたもので、西側は国道六号線に、南側は同二四五号線に面し、被控訴人は右店舗に肩書地の住居から通って洋裁業を営んでおり(この点は当事者間に争いがない。)、控訴人は本件店舗の東側に隣接する大衆食堂を息子の大谷征夫夫婦と共に経営している。

(二)  控訴人は、本件店舗やこれに接続していた食堂の旧建物が古くなったので、これを全面的に改築するとともに食堂へ来る客は自動車を利用する者が多くなっているため駐車場を確保したいと考え、昭和五三年一一月ごろ被控訴人に対し、本件店舗部分を二階建に改築して階下部分を控訴人が使用し、二階を内装をしたうえで再び被控訴人に賃貸するから改築に同意してもらいたいと申し入れたが、改築期間中の休業補償や仮店舗の提供などについての話合がなされないうちに、被控訴人は、再び新しい店舗に入れるかどうかに不安を抱き右申入れを拒絶した。そこで、控訴人は、昭和五四年八月ごろまでに食堂部分のみを従前の広さより縮小して改築し、三台分の駐車場を設置した。

(三)  その後も、控訴人は、本件店舗を取り壊し、その跡に駐車場(二ないし三台分)や国道六号線を通行する車両からよく見えるような看板を設置したいとの希望を持ち、昭和五六年四月三〇日の賃貸期間の満了に先立ち、前記のように更新拒絶の通知をしたうえ、被控訴人と本件店舗からの立退きについて種々交渉し、本件店舗の近くで、国道二四五号線沿いに同六号線から三〇メートル位東に入った所にある別の貸家(約九・九平方メートルの店舗と和室二室で権利金三〇万円、賃料月額四万円)を見付けて被控訴人に紹介し、そこへの引越を要請したが、国道六号線から離れた場所にあることや店舗部分が狭いこと、和室部分は必要ないことなどを理由に被控訴人に拒否された。

また、その頃、控訴人は、被控訴人に、三年間の猶予期間をおくから明け渡してほしい、被控訴人が他に店舗を借りるに必要な権利金、敷金については考えてもよい旨申し入れたところ、被控訴人は、猶予期間として五年間ほしいと言っていたが、後にこれを撤回して明渡を拒否すると回答するようになった。

(四)  控訴人は、息子の征夫夫婦、その子二人(いずれも小学生)との五人暮しであり、前記大衆食堂の経営により一か月平均約三〇万円の純益(売上げの約三八パーセント)を挙げ、そのほかに店舗兼住宅二軒を有し、これによる家賃収入は年間八〇万円位である。昭和五四年に食堂部分の建物を改築した際、建築及び什器設備改善の資金として征夫名義で日立信用組合から一八〇〇万円を借り受け、毎月元本八万六〇〇〇円と利息を支払っているが、現在の毎月の弁済額は元利合計約二〇万円であり、最終弁済期である昭和六四年八月二三日には元本残額九一一万円の弁済をしなければならない。

(五)  控訴人が食堂を改築する前の昭和五三年度の食堂の売上げは約三九〇万円であり、改築後の昭和五五年度の売上げは約六四〇万円である。右売上げの上昇のすべてを三台分の駐車場が設置されたことによるものと仮定しても、駐車場一台分に対応する一か月平均の売上げの上昇は七万円程度、同じく純益の上昇は二万七〇〇〇円程度である。控訴人が本件店舗の明渡を受け、その跡地に食堂の看板を設置したうえ二ないし三台分の駐車場を設置した場合に、純益の上昇がどの程度となるかは、とりわけ右看板設置の効果が不明であるために、確実な予測をすることが困難であるが、駐車場の増設自体による増収に限っていえば、以上の事実からみて、一応一か月平均六ないし七万円を超えない程度とみるのが妥当である。

(六)  被控訴人は、会社員の夫と子供一人(小学生)との三人家族であり(この点は当事者間に争いがない。)、夫の月収は手取り約一三万円(残業のある時で約一七万円)、被控訴人の本件店舗における売上げは一か月平均九万円前後であり、これから建物の賃料を差引くと残額は六万六〇〇〇円前後となり、そのほか自動車による店までの通勤の費用を必要とする。

(七)  被控訴人は、昭和四五年に本件店舗を賃借するにあたって、少なくとも二〇万円の権利金を支払い、以後右店舗で個人客の注文による婦人服の仕立を行い、営業成績も一応安定していたが、現今では需要は減少する傾向にある。立地条件等において本件店舗と同程度の店舗を他に賃借した場合には、具体的な金額は確定できないが、相当額の権利金及び本件店舗におけるよりかなり(少なくとも二万円程度)高額の賃料を支払うことになるものと予想されるので、営業の維持にはかなり困難が伴うものと考えられる。

以上認定したところによれば、昭和五六年四月三〇日期間満予の時点において、本件店舗の賃貸借の終了を必要とする控訴人側の事情に一応首肯すべきものはあるが、これと右賃貸借の存続を必要とする被控訴人側の事情とを比較した場合に、前者の方が優越するということはできないから、控訴人のした更新拒絶には正当な事由があるとはいえず、それが有効であることを前提とする控訴人の第一次請求は理由がない。

三  次に、控訴人が、原審における昭和五六年一一月二六日の口頭弁論期日において、被控訴人に対し本件店舗の賃貸借の解約の申入をし、その正当事由を補強するため、立退料六〇万円を支払い、昭和五七年四月末日まで本件店舗の明渡を猶予し、本件店舗の一年分の賃料債務(二八万八〇〇〇円)を免除する意思があることを表明し、第二次的請求として、右立退料の支払と引換えに、かつ、右期限猶予及び債務免除を条件として本件店舗の明渡を求めたことは、訴訟の経過に照らし明らかである(控訴人が右口頭弁論期日において陳述した同日付の準備書面には右立退料提供等を更新拒絶の正当事由の補強のために申し出る旨の記載があるが、弁論の全趣旨に照らし、右は解約申入の正当事由の補強の趣旨であることが明らかである。)。その後、当審の口頭弁論において、控訴人は、右正当事由の補強として立退料一九七万六〇〇〇円の支払を申し出たが、右は、新たな補強条件の申出というよりは、原審においてした補強条件の申立につきその趣旨として含むところを明らかにしたものと解されるので、右一九七万六〇〇〇円の立退料の支払を補強条件の内容として前記解約申入以後六か月間継続して正当事由が存在したかどうかを検討する。

更新拒絶の正当事由に関し第二項で認定した各事実は、右解約申入の正当事由の存否に関しても全く同様の意味をもつものというべきであるから、問題は、これらの事実に加え前記の立退料の提供をも併せて考慮した場合に正当事由が具備したといえるかどうかの点に存する。

第二項で認定した事実によれば、控訴人は現在借入金の返済に追われており、現状のままではそのような状態が今後も相当期間続くことが予想され、約定どおり昭和六四年八月の最終弁済期に借入金を完済するには多大の困難があると思われるので、食堂の営業成績の向上を図る必要がある。弁済に難渋するような多額の借入をしたことにつき控訴人ないし征夫の計画の立て方に安易な点があったとしても、食堂部分の建物が建築後長期間経過し、自動車利用の客が多くなっている等の客観状勢の変化により経営の改善を図る必要のあったことを考慮するとき右計画の安易な点を理由として直ちに本件店舗の明渡を必要とする控訴人側の事情を軽視することはできない。他方、被控訴人についてみると、本件店舗を明け渡すことによって経済的に打撃を被ることは明らかであるが、被控訴人が本件店舗における営業によって得ている純益の額が前記の程度のものであることに照らせば、これと同程度といえなくても余り隔りのない金額の収入を挙げるのには必ずしも本件店舗において営業を継続するのが唯一の方法であるとは思われず、他に店舗を求めるに要する権利金、敷金、増加するであろう賃料と現在支払っている賃料との当分の間の差額及び当分の間顧客の減少する場合の減収相当額の填補等を考慮した相当額の立退料の支払を受けるならば、右店舗を失うことによる損害は、これを全部補償しえないとしてもかなり軽減されるものと考えられる。

以上のほか、上記認定の諸事情を総合勘案すると、控訴人が被控訴人に対し三〇〇万円の立退料を支払うことによって賃貸借契約の正当事由が具備するものとみるのが相当である。そして、控訴人の立退料支払の申出は、一九七万六〇〇〇円と格段の相違のない範囲内で裁判所の決定する額の立退料を支払う趣旨をも包含するものと解されるから、控訴人が昭和五六年一一月二六日にした立退料支払の申出を伴う解約の申入は正当事由を具えたものというべきであり、その後六か月を経過する間右正当事由の基礎となる事実関係に格別の変動はなかったのであるから、昭和五七年五月二六日の経過により右解約は効力を生じたことになる。したがって、控訴人の第二次請求は、立退料三〇〇万円の支払と引換えに本件店舗の明渡を求め、かつ、昭和五七年五月二七日以降明渡済みまで一か月二万四〇〇〇円の賃料相当損害金の支払を求める限度で理由がある。

四  よって、右の限度で右第二次請求を認容し、その余の本訴請求を棄却すべきであるから、これと趣旨を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条本文に従い、仮執行の宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下郡山信夫 裁判官 加茂紀久男 大島崇志)

<以下省略>

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