大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1486号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一1 請求原因2の(1)及び(3)は、当事者間に争いがない。

2 <証拠>を総合すると、請求原因1の(1)及び(2)、請求原因に対する答弁(二)の5の(1)の(イ)及び(ロ)の各事実及び次の各事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。(一)神長車が本件県道から本件交差点に入ろうとする場合、確かに交差点に入るまでは左方に対する見とおしは極めて悪いが、交差点に入つた途端に左右の見とおしは全く自由であり、本件国道を進行している車両等を充分に認識発見することができること、(二)本件交差点附近の交通量は平日は非常に多いが、本件事故当時は日曜日の朝であつたため、神長車と豊泉車の外は進行している車両はなかつたこと、(三)従つて、神長は交差点に入つた地点において左ななめ前方一〇数メートルの地点に豊泉車を発見することができた筈であり、かつ発見すべきであつたのに発見した形跡はないこと、(四)神長車が交差点に入つた地点から衝突地点までは手前側車道の二車線(7.3m)と中央分離帯の切れ目を超え、更に向う側車道の一車線を超えなければならず、その間に約一一mの距離があること、(五)神長車の本件交差点に進入した時の速度は時速三〇KMないしそれ以上であつたこと、(六)神長車が徐行しており、かつ少くとも豊泉が神長車を発見したのと同時に神長が豊泉車を発見していれば、急停車又は進行方向変更の措置をとることにより衝突は避けられた筈であるのに、これらの措置をとつた形跡は全くないこと、(七)豊泉も神長車が交差点に入つたとき、これを自車の右ななめ前方一〇数mの地点で発見することができた筈であり、かつ発見すべきであつたのに、七ないし八mに接近するまで発見しなかつたこと、(八)神長は事故の際に頭部を保護すべきヘルメットをかぶつていなかつたこと。控訴人らは神長車が豊泉車に衝突された部位は左前部ではなく、左後部であると主張するが、甲第一五号証の一ないし五をもつてしても、前記認定を覆えして右主張を認めるに足らず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。のみならず、仮りに衝突部位が左後部であつたとしても、前認定の事実関係のもとでは、神長車の過失割合の判断に消長を及ぼさない。

二(1) 控訴人ら主張の如く、被控訴人県が、本件県道の所有者兼管理者で、本件交差点には埼玉県公安委員会が道路交通法四条により本件信号機を設置管理しているところ、事前に被控訴人東電から被控訴人県大宮警察署長に対し、本件事故発生当日の午前六時から午前九時三〇分まで信号機への送電を中止する旨の通知を受けたこと、被控訴人東電が本件信号機に対して独占的継続的に電力を供給する地位にあり、前記のように事前に送電中止を被控訴人県に通知したこと、以上は当事者間に争いがない。

(2) 一般に車輛等は信号機による交通整理に従うであろうから、本件の場合も、信号機が作動していたならば、特段の事情なき限り、信号機に従つた交通が行われ、本件のような事故は起り難かつたであろうとはいえない。しかしながら、交差点に信号機を設置するか否かは、当該交差点の交通量等に応じ交通の安全と円滑を図るという観点からする道路管理者の裁量によるところが多いものであり、本件交差点についても被控訴人県は右観点から信号機を設置したものと認められるのであるが、前記判示によれば、本件信号機が作動しなかつた時間帯は一般に交通量の少いものと認められる日曜日の朝午前六時から同九時三〇分迄の間であり、且つ本件交差点の形状が交差する道路に明らかな広狭の差があるもので、車輛等が交通法規を守ることに迷うという種のものではないと認められることからすれば、本件の場合について、信号機の設置者である被控訴人県及び独占的に送電していた被控訴人東電において信号機の作動に代わる措置を採る義務が存したといえるかは、多分に疑問の存するところである。

車輛等は、信号機が作動せず、交通整理が行われていない場合は、その場合に則した交通法規に当然に従うことが要請されるのであり、その要請に従う限り、一般に事故は防止されるのである。本件においても、神長及び豊泉が右要請に従つておれば本件事故は発生しなかつたであろうし、かつ前示のような本件交差点の形状に鑑みればこの要請に従うことは容易であつたのである。従つて本件の場合、仮りに被控訴人県或いは被控訴人東電に前記義務があると見る場合でも、その義務懈怠が本件事故発生に占める責任の割合は、極めて小さいものといわねばならない。

三右二に判示したところを前提に、被害者側の神長車と加害者側の豊泉車及び被控訴人県、同東電とを対置した場合、前記一に認定の事実の下では、神長車に大きな過失があり、その過失が本件事故発生につき占める割合は少なくとも六〇%を下らないものと認めるのが相当である。

控訴人らが本訴において請求する損害総額のうち、一七二〇万円が填補されたことは控訴人らの自認するところであるが、仮りに控訴人らの訴求損害総額をすべて認めるとしても、その過失相殺後の賠償額から右填補額を控除すると、その残額はあり得ないことが計数上明白である。そうすると、控訴人らの本訴請求は理由なきこと明らかである。

(田中永司 武藤春光 安部剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!