東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1534号 判決 1983年6月29日
(一五三四号事件控訴人、一五〇三号事件被控訴人、
以下一審原告という)
東京海上火災保険株式会社
右代表者
石川実
右同一審原告
日動火災海上保険株式会社
右代表者
佐藤義和
右同一審原告
日産火災海上保険株式会社
右代表者
本田精一
右同一審原告
共栄火災海上保険相互会社
右代表者
高木英行
右同一審原告
安田火災海上保険株式会社
右代表者
宮武康夫
右一審原告ら訴訟代理人
井波理朗
服部訓子
太田秀哉
(一五〇三号事件控訴人、一五三四号事件被控訴人、
以下一審被告という)
日本国有鉄道
右代表者総裁
高木文雄
右訴訟代理人
森本寛美
井関浩
外八名
主文
一 一審原告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
二 原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。
三 一審原告らの一審被告に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの各負担とする。
事実《省略》
理由
一一審原告ら主張の請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、本件事故発生当時の状況については、当裁判所は原判決とその判断を同じくするので、この部分を引用する(原判決理由二)。
二 一審原告の債務不履行責任について
1一審原告らは、右盗難事故の発生は、運送人たる一審被告の貴重品保管上の重大な過失によるものであるから、一審被告は、荷主たる証券代行に対して運送契約上の責任がある旨主張するのに対し、一審被告は浅場は一審被告の被用者ではないので、同人の行為につき一審被告には責任がないばかりでなく、本件事故の発生については、一審被告に重過失はもとより軽過失もなかつたから何らの責任もない旨抗争するので、先ずこれらの点について判断する。
前述のとおり、浅場は、訴外中部国鉄用品運輸株式会社の従業員で、同社の業務として本件小荷物の取扱を行つていたものであり、また同社は、一審被告が運送業務をなすに当り使用した者(履行補助者)であるから、結局浅場の行為について、一審被告は小荷物運送の運送人としてその責を負うものである。
そこで、前認定の各事実に基づき一審被告の責任原因について検討するに、一般に小荷物の取扱に当つては、運送の委託を受けた運送人は荷送人に対して毀損あるいは盗難等を受けることのないように善良は管理者としての注意をすべき義務をおうことは当然であり、それらが本件において当事者間に争いないように貴重品として明告がなされている場合には、一層慎重に注意を払うべきであるところ、本件小荷物の盗難時の状況をみるに、本件小荷物の置場は、アコーデオン式シャツターで公道と遮断されてはいるけれども、内部の様子を外部から観察できる状況にあり、かつシャッター脇の通用門の鍵については、日本通運に保管が委ねられていたのであるが、その管理は必ずしも十分ではなく、施錠のされていない状態に置かれていることがあり、したがつて外部からの侵入が可能であつたこと、また特に警備要員の配置はなく、時間によつては荷物置場が無人となる状況にあつたことが指摘でき、小荷物の取扱の点については、事務室内に貴重品の保管場所は設置されているが、本件において浅場は積込予定列車の到着に若干余裕のある時刻に本件小荷物を一般荷物と同じ場所に持ち出し、かつそれを同所に置いたまま暫時その場を離れたことを認めることができる。しかしながら、一方で本件盗難事故は、浅場が本件小荷物から目を離した極めて短時間内に発生したものであつて、その間にこのような事故が起こるなどということは浅場ならずとも予測し難いところであつたものと考えられ、そのうえ、本件盗難は、この種の窃盗事件を処処で発生させていた専門的窃盗団によつて、周到な準備と計画のもとに、極めて巧妙に敢行されたいわば職業的犯罪に属するものであることが明らかである(この点は、前掲甲第三七号証により認めることができる。)。
このような諸事情を併せ考えるとき、本件浅場の行為について重過失があると評するのは余りに過酷に失するものと認められ、また、一審被告の本件小荷物の取扱いについて、運送契約本来を著しく逸脱するような態度があつたというような事情を認めることもできない。
もつとも、原審証人浅場潔の証言によれば、同人は、本件物件(貴重品一二六号)が窃敢された後もこれに気付かず、同種の他の六個の荷物を積載した台車を到着ホームの列車車掌室入口まで運行し、右荷物を受授証とともに担当者杉本某に渡した後、更に別の作業を続けていたところ、杉本や担当車掌らから荷物が一個足りない旨の指摘を受け、直ちに他の荷物の間や車掌室内等を探索したが発見できず、列車発車後、約二時間余、更に線路上や荷物置場等を探し歩いたが、発見するに到らなかつたので、後事を同僚の杉本某に託し、上司に報告もしないまま休養したこと、そのため、一審被告側では、本件事故は、翌々日の昭和四九年一〇月一一日荷主である証券代行からの連絡によつて始めて発覚するに至つたものであること等の各事実が認められるのであつて、これらの事実によれば、本件事故発生後の浅場ないし一審被告の対応は、極めて杜撰なものであつたと評する他はないのであるが、これらは、いずれも、事故後のことであつて、本件事故発生の直接の原因となつたものではないから、未だ前認定の判断を動かすに足りないものというべきである。
以上の諸点を総合すれば、本件債務の履行につき一審被告に重大な過失があつたとするのは相当ではないが、本件小荷物の一審被告への明告額が六〇〇〇万円であつて(この点は当事者間に争いがない)、極めて高額であるにも拘らず、これをたとい僅かな時間にもせよ外部から侵入可能な場所に置き、監視の目を離して本件事故を発生させたことにつき、未だ浅場に全く過失がなかつたものとは断じがたいといわなければならない。
そうすると、一審被告は、本件小荷物の委託者たる証券代行に対し債務不履行による責任を免れないものというべきである。
2そこで、次に一審被告の責任の程度について検討する。
(一) 一審原告らは、一審被告の債務不履行により、本件有価証券中の原判決添付目録(一)ないし(七)の有価証券の時価相当額の損害を受け、これを同原告らが保険代位したとして、控訴の趣旨第二項で主張する損害賠償の請求をするのであるが、右主張は、一審被告の債務不履行につき重大な過失があつたことを前提とするものであることは、その主張自体に徴して明らかであるところ、一審被告の債務不履行につき重大が過失があつたものとは認められないこと前説示のとおりであるから、この点に関する一審原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(二) 次に、一審原告らは、本件有価証券小荷物の運送委託にあたつて、鉄道営業法一一条の二にいう要償額の表示はされていないが、種類は証券、価額を六〇〇〇万円として商法五七八条所定の明告がされているので、一審被告は、少くとも右の限度で責任がある旨主張するのに対し、一審被告は、本件小荷物の運送委託にあたつて、荷送人たる証券代行が一審被告に対し、一審原告らが主張する如き明告をしたことは認めるが、本件につき一審被告に重過失はなく、軽過失のみ認められる場合には、本件小荷物については一審原告らが自認するとおり、鉄道営業法一一条の二所定の要償額の表示はないのであるから、一審被告に右明告額の賠償責任はなく、鉄道運輸規程七三条により、その賠償額は一キログラム毎に金四万円宛の責任が生じるにすぎない旨抗争する。
そこで考えるに、鉄道営業法は商法の特別法であつて、鉄道による運送契約には、鉄道営業法及び鉄道運輸規程が商法に優先して適用され、したがつて、鉄道営業法一一条の二、第二項、鉄道運輸規程七三条が適用される場合には、商法五七八条はその適用が排除されると解するを相当とする。その理由は、次のとおりである。鉄道営業法所定の要償額の表示と商法五七八条所定の明告とは、ともに運送人に損害賠償額を予知させる限りにおいては共通する面があるけれども、鉄道運送契約においては、商法上の高価品の明告があつた場合には、通常小荷物運賃に二〇割の加算をした額の割増運賃が徴せられる(昭和五〇年一〇月一日改正前の荷物営業規則五七条)のであるが(本件の場合は料金額一〇五〇円成立に争いのない乙第七号証)更に鉄道営業法上の要償額の表示制度の適用を受けるためには、荷送人は、運送を委託する際、要償額申告書をもつて表示する(鉄道運輸規程二九条)とともに、表示額一〇〇円まで毎に一円の表示料(同規程三〇条)を支払わなければならないのであつて(本件の場合は表示額六千万円として表示料六万円)、両者は明らかにその適用の条件を異にしているのである。仮りに鉄道運送において、表示料の支払いをしなくても明告さえしておけば、その限度で損害賠償が受けられるとすれば、鉄道営業法所定の表示料制度は実質的意味を失い空文化することにならざるを得ない。そして鉄道営業法一一条の二の規定の文理からすれば、高価品等について損害賠償責任がある場合に、要償額の表示があれば同条一項により、表示額の限度で一切の責に任じ、その表示なき場合には同条二項によつて賠償額を定めることとしており、その限りにおいて、鉄道営業法はそれ自体において完結した規定となつているのであるから、商法の規定の適用はこれを排除しているものと見られるのである(鉄道運送において明告がなされ、割増料金が徴収された場合は、運送人としての注意義務がそれだけ加重されることになると解され、此の点で明告の意義は存するのであるが、本件の場合この点を考慮しても、運送人に重過失があつたと認め得ないことは前記判示のとおりである)。
以上のとおりであるから、証券代行が一審被告に運送委託をするにあたつて、高価品たることの明告はしたが、要償額の表示をしなかつたことについて当事者間に争いのない本件においては、鉄道営業法一一条の二、第二項鉄道運輸規程七三条の適用のみがあり、一審被告は、その主張するとおり、証券代行に対し一キログラム毎に金四万円の賠償金を支払う義務があることになるが、本件小荷物の重量が一七キログラムであることについては一審原告らの明らかに争わないところであるから、結局、一審被告は、証券代行に対し金六八万円の限度で損害賠償責任を負担することとなるのである。ところで、本件小荷物中の原判決添付目録記載の各番号毎の有価証券の重量について、一審原告らは何らの主張をしないので、右目録中の(一)ないし(三)の重量についても、(四)ないし(七)のそれについても、ともに不明であつて、一審原告らの主張に徴しても、前示のとおり証券代行が取得した損害賠償請求権がどのような割合で一審原告らに保険代位により帰属するに至つたかはこれを確認するに由ないものといわざるを得ない。
そうであれば、一審原告らのこの点に関する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れないものというべきである。
三一審原告らは、一審被告には、証券代行に対する不法行為責任がある旨主張する。しかしながら、本件小荷物については、証券代行は所有権を有していたのではなく、単に運送人たる一審被告に対し運送委託者(荷送人)たる関係にある者にすぎないことは、その主張自体に徴して明らかであるからかかる契約関係にある者に対し、そのことによつて生じる権利(債権)を債務者が侵害したとしても、それは債務不履行となるに止まり、不法行為を構成するものではないと解される。そして、右の債権債務関係を捨象した場合に証券代行の何らかの利益の侵害があつたとしても、後記の所有者に対する不法行為責任について述べると同じく不法行為の成立を認め難い。したがつてこの点に関する一審原告らの主張は、採用できない。
四 有価証券の所有者に対する不法行為責任について
本件有価証券の各所有者が一審被告と何らの契約関係にないことは、一審原告らの主張に徴して明らかである。そうすると、一審被告ないしその被用者と目すべき浅場は、右各証券所有者らに対しては、何らの契約上の義務を負うものでないことも当然である。いいかえれば、一審被告らは、本件各有価証券につき、各所有者らに対する関係では、その保管上善良な管理者としての注意義務を負うものではなく、一般普通人のなすべき注意をもつてこれを保管すれば足りるものと解される。そうであれば、本件において、一審被告の従業員ないし浅場が本件有価証券を自ら窃取或いは私用し、又は適切な措置を講せずに放置して顧みなかつたために他人が窃取するに至つた等の状況があれば格別、前記認定の事実関係のように、通常部外者の立入が認められていない本件小荷物置場で、暫時保管の目が離された隙に、周到に計画準備された窃盗団の一味によつて、瞬時の間に窃取されたという本件事情のもとにおいては、いまだ一審被告ないし浅場らが右の注意を怠つたものとまでは認めがたい。したがつて一審被告が本件有価証券の各所有者らに対して不法行為上の責任を負ういわれはないというべきである。
そうすると、一審原告らの一審被告の本件各有価証券の各所有者らに対する不法行為を理由とする請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であることは明らかである。
五以上のとおりであるから、一審原告らの本訴請求は、いずれもその理由がないからこれを棄却すべきであり、これと判断を異にする原判決中一審被告敗訴部分を取消すこととして、民訴法三八四条、三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(田中永司 武藤春光 安部剛)