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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1832号 判決 1986年10月29日

控訴人 亡末松留治訴訟承継人 末松志満子

右訴訟代理人弁護士 木幡尊

被控訴人 新井淳子

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

同 森達

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張は、次のとおり付加・補足するほかは原判決の事実摘示と同一(同二丁裏九行目の「(二)」を「(一)」と訂正する。)であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

1  訴訟被承継人末松留治(以下、留治という。)は、昭和六〇年一二月九日死亡し、その妻・訴訟承継人控訴人末松志満子が相続により本件建物を取得し、同六一年三月一七日、その旨の所有権移転登記を経由し、本件土地賃貸借契約の賃借人の地位を承継した。

2  更新拒絶(更新異議)の正当事由について

(1) 被控訴人及びその姉美智子(以下、あわせて「被控訴人姉妹」という。)の各所有土地の範囲、形状、道路との関係などを考慮すると、被控訴人姉妹は、各自の現在使用している新宿区三栄町一六番九、同番八(以下、地番のみで表示)の土地を利用して、それ相応の貸マンションを建築できるのであって、敢えて控訴人に賃貸している本件土地をも一体としたマンションを建築しなければ、その収入を確保し生活の基盤を確乎たるものにできないものではない。

仮に被控訴人主張のような今日的要請その他の理由から被控訴人が高層マンションを建築することが合理的であるとしても、本件土地を含む被控訴人姉妹の所有地を一体として使用することは、あらゆる面から見て被控訴人に非常に有利であり、被控訴人の本訴請求は、控訴人の犠牲において莫大な利益を得ることを目的とするものであって、到底認め得べきことではない。

(2) 被控訴人姉妹は、本件土地賃貸当時ないし本件土地を含む隣接土地建物を相続した当時以後今日に至るまで、本件土地の賃料及び現在各所有のアパート収入により生活しているもので、この状態は全く変わっておらず、また被控訴人主張の、右各アパートが隣接マンション建築工事により傷み四囲が高層化して日照通風が悪くなり入居者が減ったというようなことは、控訴人に関係のないことである。控訴人と被控訴人との関係において、本件賃貸借契約当時の事情が変わったということはない。

(3) 留治(承継後は控訴人)は、老後の安定のために本件建物(アパート)を建てたほか、控訴人住所地の借地上に四階建鉄筋ビルを所有し、その三階に居住し他階を賃貸しており、他に三七坪のアパート一軒を所有しているが、これらは、留治が一六歳で秋田から上京し、刻苦勉励して血と汗の結晶として築きあげた全財産である。

これに対し、被控訴人姉妹は、亡母スマから本件土地を含む合計一五〇坪の土地、建物を相続し、その所有土地の価値は莫大なものである。

3  正当事由の補強金額について

(1) 鈴木鑑定評価書(乙第一三号証)によると

イ 被控訴人姉妹の現有建物の敷地二筆(前出)の評価は、合計一億四三三一万七九六四円であり、この土地だけでも鉄筋コンクリート三階建、床面積一三六・一二平方メートル、延面積四〇八・三七平方メートルの建物を建てることができ、被控訴人姉妹において生活するに何ら支障がないこと

ロ 本件土地、被控訴人姉妹の前出二筆及び通路部分(一六番五)の土地を一体とした時の土地の評価は、二億八八四八万二五八〇円であり、現況のままでの各土地の評価(イ、ハ、ニ)の合計より六六四五万五〇一九円高く、この場合における建築可能建物は、鉄筋コンクリート三階建、床面積二六八・七一平方メートル、延面積八〇六・〇〇平方メートルであり、本件土地五〇坪が増えることにより倍の建物が建築できること

ハ 本件土地の現況評価は、七三六四万六二三〇円であること

ニ 通路部分の評価は、五〇六万二二六七円であることなどが判る。これによれば右各土地を一体として建物を建築する場合の有利は、一目瞭然であり、被控訴人が控訴人を立ち退かせることによる利益は莫大である。

(2) そこで、仮に借地権割合を七割として、被控訴人が控訴人に対し本件土地の評価額の七割である五一五五万二三六一円を補償しない限り、更新拒絶の正当事由はないというべきである。

(3) 留治は、本件土地を当時の土地評価額程の権利金を支払って賃借し、本件建物を建築して賃貸し、月四十数万円の収益を得ているのであり、これに借地権価格、建物価格を加えると、控訴人が本件土地を明け渡すことにより受ける損害は莫大なものになる。このことは、補強金額の決定には十分考慮されるべきである。

4  本件は地代値上げに端を発したもので、当初、被控訴人ないし被控訴人姉妹が本件土地を含むその所有地に建物を建築するという話はなかった。右は、本件訴訟において被控訴人が更新拒絶の正当事由を主張するために言い出したことで、その建築計画が本件更新拒絶時にあったとは到底考えられないし、現在でも同様である。建物建築資金、計画図、家族構成等についての主張も控訴審の審理の焦点の明確化とともに具体的に主張され始めたものであって、その経緯から明らかなとおり、右は書類上の操作にすぎず、その計画が具体的で実現すべき実行計画であるかは全く不明である。

二  被控訴人

1  留治が死亡し、その妻である控訴人志満子が本件土地賃貸借契約の賃借人の地位を承継したことに関する控訴人主張事実を認める。

2  更新拒絶の正当事由について

(1) 被控訴人姉妹が本件土地等の上に鉄筋マンションの建築を計画するに至った理由は、生活基盤(住居及び唯一の収入源)を確立する必要から出た合理性をもつものである。

すなわち、昭和四五年に本件土地等の南側に隣接して五階建マンションが建築され、東側には、それ以前に四階建の鉄筋ビルが建築されており、西側の公道向かい側にも二つの鉄筋ビルが建築され、また北側にも三軒共同してのマンション建築計画がある。本件土地等は、近い将来において四方を鉄筋ビルに囲まれた状況となることが予想され、現在においても、日照・採光・通風・電波などに対する障害、湿気の増加、害虫の発生、光熱費の増加などの被害が著しく、日中でも電燈を必要としたり、洗濯物の干し場などに困る状況にある。また、被控訴人の姉の所有する建物は、南側五階建マンション建築の際、旧式杭打ち基礎工事による激しい振動の影響で損傷を受け、緊急に建替えの必要に迫られている。かくして、以上のような難問を解決するために建築設計上の工夫をし易くするようにし、近い将来更に悪化することが確実視される周囲の環境に適応して、被控訴人姉妹の生活基盤を確立するためには、本件土地等を併合使用し、空間を多く確保するなどして、その敷地上に被控訴人姉妹両家の住居併用のマンションを建築するという方法だけが唯一の解決策なのである。

(2) 仮に被控訴人姉妹が各自の現在使用している土地の範囲内で建物を新築した場合、建築費用がかさむのみで、同人らが直面している難問は、一つとして解決されないばかりでなく、老朽化した違法建築建物である本件建物が残存し、近隣住民などに防災上の危険を与え続けることになる上、本件建物が朽廃・滅失した後は、本件土地は、いわゆる建築不適敷地(再築不能の死地)となるから、利用価値のない土地となり、限られた土地の高度利用という現在の都心部における土地政策や土地所有権の公共性・社会性の要請にも反する。

(3) 昭和三一年の本件賃貸借契約締結時以後、被控訴人側の家族構成は大きく変化した。被控訴人は、当初母スマと同居していたが、同人が昭和三六年に死亡したのに伴い、被控訴人が本件土地と一六番五、同九を、被控訴人の姉が一六番八及び同地上の古い建物を相続により取得し、姉は、昭和四〇年、同地上に共同住宅(あざみ荘)を建て替えその一室を住居としたが、昭和四四年、長男夫婦一家が同居するようになり、現在は孫が三人となっている。

一六番九地上の被控訴人の居宅にも昭和四四年ころから親族が入れ替わり同居するようになって現在に至っており、被控訴人は、独身で病弱なため、計画中の中層共同住宅完成後は、姉の次男夫婦一家(子供二人)と同居して老後の面倒を見てもらうことを予定している。

(4) 本件建物は、控訴人からすれば資本運用先の一部にすぎず、控訴人自身の生活の本拠でも、また営業の本拠でもないから、被控訴人の必要性の方が強い。

(5) 留治は、法規上、共同住宅の建築が許されていない本件土地に当初から共同住宅を建築して収益を挙げることを企図し、行政庁には自己の居宅(専用住宅)を建築するとの虚偽の申請書を提出し、専用住宅としての工事結了の検査を受けた変、増築を行って本件違法建築物を建築したもので、控訴人は、これによって現在も莫大な収益を挙げ続けている。

3  正当事由の補強金額について

(1) 乙第一三号証は、

イ 本件土地から公道に通ずる路地状部分の幅員は、実際は一六番五の南側の一部一・八一メートルしかないのに一六番の五全体の三・九三メートルあるとみなしている

ロ 一六番五の南側の一部の幅員一・八一メートルの二分の一にあたる部分が控訴人の利用部分であるのに、一六番五全体の二分の一にあたる部分を控訴人の利用部分とみなしている

ハ 控訴人の借地は、本件土地のみであるのに、一六番五の二分の一にあたる部分を借地面積に付加している

などの誤った前提で鑑定評価をしている。また、同鑑定評価は、地積に容積率を掛けて延べ面積を出し、これを三で割って床面積(建築面積)を算出しているところ、右は、本件土地等を併合使用して建物を建築した場合と被控訴人姉妹の占有土地だけを使用して建物を建築した場合のいずれについても鉄筋コンクリート三階建を建てることを前提にしているが、三階が上限であるとする法規上の制限はなく、更に実際には、建ぺい率、容積率からのみではなくいわゆる日影規制・北側斜線などの諸規制が加わり、延面積が削られるのであって、右鑑定評価の数値は、非現実的で観念的である。

(2) 被控訴人姉妹は、本件土地等を他に売却する計画はないのであるから、控訴人の主張するように被控訴人姉妹の占有土地のみを利用した場合と本件土地等を一体として利用した場合との間に土地価格の差があるとしても、それが即被控訴人姉妹の利得となるものではない。

(3) 三井不動産株式会社の調査報告書(甲第二六号証)によれば

イ 本件土地を単独使用した場合の本件土地の価格(一平方メートル当り)

ⅰ 本件賃貸借終了時(昭和五一年六月三〇日 一三万二六〇〇円

ⅱ 原判決言渡日(昭和五七年六月三〇日) 二三万三七〇〇円

ロ 本件土地等を一体として使用した場合の本件土地の価格(前同)

ⅰ 本件賃貸借終了時(前同) 一三万七八〇〇円

ⅱ 原判決言渡日(前同) 二四万二九〇〇円

であり、右イとロとの土地価格の差に照らし、仮に被控訴人の更新拒絶の正当事由が不十分であるとしても、被控訴人が提供を申し出ている立退料一〇〇〇万円は、更新拒絶の正当事由を補強するに十分である。

4  建築計画について

被控訴人は、昭和五一年七月二〇日、更新拒絶の書面の中で自己使用の必要性について述べており(地代に触れているのは留治からの書面の内容に対応したからである。)、留治は、右書面受領後、被控訴人に対し本件土地をそのうち任意に明け渡すと述べていた。そこで、被控訴人姉妹は、かねて(昭和四五年ころ)から計画中の中層共同住宅の建築に着手すべく行政庁や金融機関に足を運び、前川建築事務所に設計を依頼したが、建築法規の改正があると設計図も無駄になることなどから、本格設計を依頼するのは本件土地を明渡しを受けた後にすることにした。その後訴訟の進行に伴い、被控訴人側の中層共同住宅計画案を提出してその立証をしたのであって、本件更新拒絶時以前からの計画と基本的には何ら変るところはない。

第二  《証拠関係省略》

理由

一  本件土地及び本件建物の所有関係、本件土地の賃貸借の経過、更新請求とその拒絶、被控訴人の更新拒絶の正当事由が主位的主張だけでは不十分であること、無断転貸を理由とする被控訴人の解除の主張が理由がないことは、次のとおり付加、削除、訂正するほかは原判決の理由説示一ないし三と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決一四丁表九行目の「少なく」から同一〇行目の「であること、」までを「末松留治の所有であったが、同人は昭和六〇年一二月九日死亡し、その妻・訴訟承継人控訴人末松志満子が相続により本件建物を取得し、昭和六一年三月一七日、その旨の所有権取得登記を経由して本件土地賃貸借契約の賃借人の地位を承継したこと、」と改める。

2  《証拠訂正・付加省略》

3  同一六丁裏六行目の「も」から七行目までを削除する。

4  《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和四五年ころから本件土地と前出(原判示)被控訴人姉妹各所有の土地とを合わせた土地上に共同住宅(マンション)を姉美智子とともに建築する計画を有しており、これまでに色々と建築計画や資金計画を練っているが、控訴人から本件土地の明渡しを受けた後に本設計を依頼することにしているもので、昭和六一年一月ころには東京建物株式会社による共同住宅計画案も出来て具体化して来ており、計画は真意で可能と認められる。

したがって、更新拒絶当時既に被控訴人に本件土地の使用の必要性はあったと認められる。しかし、右事実その他当審における被控訴人の補充主張をあわせても、更新拒絶の正当事由の具備には至らない。

二  そこで次に、被控訴人は、更新拒絶の正当事由の補強として、いわゆる立退料の提供を申し出ているので、この点について判断する。

1  被控訴人が昭和五三年一二月一一日本件訴訟を提起し、原審において昭和五五年一二月二四日請求の趣旨変更の申立書陳述により控訴人に対し更新拒絶の正当事由の補強として一〇〇〇万円の提供を申し出たことは、記録上明らかである(なお、その主張によれば、被控訴人は、その額については固定したものとして固執しないとする。)。

ところで、借地法においては、期間更新の制度がとられている関係上、更新拒絶の正当事由は、本来、予見しうるものも含めて賃貸借の期間満了時点ないし賃貸人が更新につき遅滞なく異議を述べた時点に存在しなければならないわけであるところ、前記一認定事実によれば、被控訴人が控訴人からの更新請求に対し異議を述べたのが昭和五一年七月二〇日、本件賃貸借の期間満了時が同月二四日であるから、被控訴人の立退料の提供申出は、右時点から相当遅れてなされている。しかし、本件の経過に鑑みると、当事者間で終始正当事由の存否が訴訟で争われていて、更新されたことを前提とする法的状態が生じていなかったことは明らかであり、その間に、当初から存する他の事由の補強として被控訴人において金員給付等の提供を申し出てその支払と引換えに土地明渡を請求しているのであって、これは控訴人側にとって予想しえない事態ではなく、かつ、その金額が相当か否かは、裁判所により正当事由存否の判断との関連で決定されるもので控訴人側に一方的不利を強いるものではないから、およそ金員給付等により正当事由を補強しうるという理論を認める以上、被控訴人の提供申出を判断の要因に加えることは許容されるものと解するのが相当である。

2  前記一認定の事実関係のもとにおいて、本件土地に対する被控訴人の必要性と控訴人のそれとを比較した場合、引用判示のとおり被控訴人の必要性を優先させるべきであるとはいえないけれども、他方、控訴人の本件土地に対する利用も生活の本拠としてではなく家賃収入源としての建物の所有のためであることなどの事情を考慮すると、被控訴人が控訴人に対し相応のいわゆる立退料を支払うことによって、不十分な更新拒絶の正当事由を補強し、正当事由が備わったものとすることができるものというべきである。

3  そこで、以下、右補強の金額について検討する。

(1)  まず、右金額を検討するには、本件土地の価格ないし控訴人の本件土地に対する借地権価格が一つの基準とならざるを得ないから、これについて検討する。

イ 本件土地の面積が一六五・二五平方メートルであること、本件土地が長さ約二七メートルの路地状部分により公道に接していることは、当事者間に争いがない。

ロ 路地状部分の幅について

本件土地が右のように公道からかなり奥まった位置にあるため、路地状部分の幅が借地権価格の算定に影響するところ、その幅について、被控訴人は、一・八メートルと主張し、控訴人は、本件土地のほか一六番五の宅地八二・九二平方メートルも賃貸土地の範囲に含まれていると主張するので検討する。

《証拠省略》によれば、留治が昭和三一年七月二五日、亡スマから本件土地五〇坪を少なくとも七坪の私道付きで合計約五七坪(一八八平方メートル強)として借り受けたことが認められ、そうすると、右私道七坪(約二三・一平方メートル)の幅は、前示約二七メートルの長さから算出して、約〇・八五メートルであることになるけれども、《証拠省略》によれば、一六番五は、それ自体の幅は約三・九三メートルあるが、そのうち路地状部分は、昭和三一年当時から約一・八メートル(約六尺)であって、それを、控訴人と被控訴人家の二軒が共通の通路に使用していたことから、控訴人がその面積約一五坪の半分の七坪を借り受ける形にしたものであることが認められる。《証拠判断省略》

したがって、控訴人は、一六番五のうち幅約一・八メートル、長さ約二七メートルの路地状部分を実際に通行し、そのうち二分の一について賃借権を有するものと認めることができる。

ハ 《証拠省略》によると、東京都建築安全条例には、特例を除いて、「路地状部分により道路に接している土地に建物を建築する場合、路地状部分の長さが二〇メートル以上あるときは、その幅員が五メートル以上なければならない。」旨規定されていることが認められ、したがって、前記幅の路地状部分により公道に接している本件土地には、このままでは今後、原則として適法に建物を建築することはできないことになる。

ニ そこで、右のような条件下にある本件土地の価格ないし控訴人の借地権価格を算定することは極めて困難であるが、《証拠省略》によると、本件土地の更地価格について、籠島の評価は、昭和五七年六月三〇日現在、一般的地価としては一平方メートル当たり四七万四一〇〇円のところ、右不利な条件を考慮して一定の方式による減価をし、一平方メートル当たり二三万三七〇〇円としているのに対し、鈴木の評価は、昭和五八年一月一日現在、一平方メートル当たり四四万五六〇〇円としているが、これは、一六番五全体が通路部分であるとの前提に基づき、右不利な条件をほとんど考慮していないこと、なお、両名の評価とも、本件土地周辺の慣行的借地権割合は、更地価格の七割程度であるとしていることが認められる。

ホ 右両名の評価によると、本件土地は、狭く長い路地状部分により公道に接するという条件がないとすれば、昭和五七年ないし五八年における時価が一平方メートル当たり四〇数万円であることは動かないところであるが、時価とは、現実の条件下における客観的価格をいうと解されるから、右条件による減価を考慮した籠島の評価がより正確と考えられ、これによると、本件土地の時価は、一平方メートル当たり二三万三七〇〇円、合計約三八六一万円となり、借地権の価格はその七割として約二七〇二万円となる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  被控訴人が控訴人に対し本件土地賃貸借の更新拒絶をしたのは、本件土地等を姉とともに一体として利用するためというのであり、これが実現し、計画する共同住宅の建築、賃貸ができれば、被控訴人姉妹(姉の事情は、本件とは関係がないわけであるが、本件土地利用計画との関連で考慮に加える。)にとって極めて有利であって、本件土地を除いた同人ら所有地のみ利用の場合により利益が相当大きく、かつ本件土地自体の資産価値も、前記条件の解消によって増大することは、見やすいところである。右一体利用による利益の点は、直接には被控訴人姉妹の資産活用についての才覚や努力によるところが大きく、また本件土地の価値増大は、本来の価値が前示不利な条件の解消で顕在化するだけで、いずれも被控訴人の本件土地返還による寄与は、その要因の一部をなすにすぎない。しかしながら、本件では、本来更新拒絶の正当事由が不十分なところ立退料によってこれを補強しようとする場合であるから、右控訴人の本件土地返還による寄与を何ほどか補強金員額算定にあたって考慮することができる。

(3)  《証拠省略》によれば、控訴人は、現在、本件土地上の建物を六世帯に賃貸し、月に四〇万円ほどの賃料収入を得ていることが認められ、この収入及びその源である地上建物が被控訴人の立退料の補強によって更新拒絶の正当事由が備わることにより失われる(建物買取請求の点は措く。)ことになるのであるから、このことも右補強金額の算定要素として考慮することができる。被控訴人は、本件土地上の控訴人所有建物が違法建築であると主張するけれども、控訴人が格別支障なく現にその建物から得ている収入を無視することはできない。

(4)  前記引用判示のとおり、留治は、昭和三一年の本件土地賃借に際し、借地権売買代金名義で一五〇万円を支払っているものであるが、この金額は、当時としては、かなり高額のものというべく、更新拒絶の正当事由補強の負因として考慮すべきことがらということができるが、一方、《証拠省略》をあわせると、本件土地の地代はその地域性等に比べて安く(昭和四六年四月から月七五〇〇円)、値上げ紛争があったことが認められ、控訴人は次の(5)とあいまって右金員の相当部分は回収したといえる。

(5)  他方、本件予備的主張の場合、被控訴人が控訴人に正当事由の補強金員を支払うのと引き換えに本件土地の明渡しを求める関係上、控訴人は、被控訴人から損害金を請求されないまま、安い地代の供託により本件土地賃貸借期間満了時から一〇年余、金員提供申出時から六年近く経過し、この間、留治及び控訴人が本件土地を利用できた事実も無視することはできない。

(6)  以上認定判示した事実関係及び論点を検討し、更新拒絶の正当事由の不足の程度を総合勘案すれば、本件賃貸借の更新拒絶の正当事由を補強すべき金員は、被控訴人が申し出た一〇〇〇万円をもって相当と認める。

したがって、被控訴人が控訴人に対し一〇〇〇万円を提供することにより本件賃貸借の更新拒絶をする正当事由が備わり、賃貸借は期間満了により終了したものと認めることができる。

三  よって、控訴人(訴訟承継人)は、被控訴人に対し被控訴人から一〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに原判決別紙物件目録(一)記載の建物を収去して同目録(二)記載の土地を明け渡すべく、被控訴人の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべき(被控訴人は、金員の支払と引換えによる建物収去土地明渡の請求を予備的請求としているが、正確には被控訴人のいわゆる主位的請求の一部請求である。)ところ、結局右と同旨に帰する原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 時岡泰 山﨑健二)

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