東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2642号 判決 1984年8月30日
控訴人
株式会社住宅ローンサービス
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
尾崎昭夫
武藤進
控訴人
西群馬信用組合
右代表者代表理事
B
右訴訟代理人弁護士
横川幸夫
被控訴人
Y
右訴訟代理人弁護士
遠藤昭
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
理由
一 請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人らの抗弁(被控訴人の所有権の喪失)について判断するに、被控訴人が訴外C夫婦と同居していたことがあること、訴外Cが本件契約の締結に際して本件各不動産の登記済証及び被控訴人の印鑑証明書を訴外D又は訴外Eに交付したこと及び訴外Cが訴外三栄観光開発株式会社から融資を受けるに際し本件各不動産を担保に供したことがあつたことは当事者間に争いがなく、以上の争いがない事実に≪証拠≫を総合すると、次のような事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 被控訴人(昭和二七年○月○日生れ)は、昭和三四年三月一八日に母Fと死別し、昭和三六年一〇月一七日に父Gを失つて、姉のHに身の回りの世話をみてもらうなどしていたが、昭和四七年五月頃Hが婚姻して家を出たことに伴なつて、訴外C、同K夫婦が本件各不動産中の原判決添付の物件目録(三)記載の居宅に移り住み、被控訴人及び弟のIと同居するようになつた。
2 父Gの遺産であつた本件各不動産については、同人の死亡後未だ相続登記をしないままとなつていたが、相続人の長女J、次女K、三女H、長男被控訴人及び次男Iは、昭和五四年一月頃協議のうえ本件各不動産は長男の被控訴人に相続させることとした。そこで、被控訴人は、訴外Kに印鑑登録にかかる印章を託して本件各不動産についての相続による所有権移転登記申請の司法書士への委任を訴外Kに依頼し、同年二月一七日に右所有権移転登記を受けたが、右印章及び本件各不動産の登記済証は訴外Kの保管に委ねたままとしていた。
3 ところが、訴外Cは、訴外Kが被控訴人の右印章及び本件各不動産の登記済証を保管しているのを奇貨として、被控訴人に無断で本件各不動産を担保として他から融資を受けようと企て、同年二月二七日頃、被控訴人の右印章を冒用して委任状等を偽造するなどして、訴外三栄観光開発株式会社から訴外C及び被控訴人を連帯債務者として八〇〇万円を借り受け、被控訴人の代理人として本件各不動産について抵当権設定契約及び代物弁済の予約を締結し、右訴外三栄観光開発株式会社のために抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記をした。
4 しかし、訴外三栄観光開発株式会社からの右借入れは高利であつたので、訴外Cは、本件各不動産を担保として他から低利のローンを受けて借り代えることとし、同年三月下旬頃、訴外L(以下「訴外L」という。)に、被控訴人には無断であることの事情を告げたうえ、その方途について相談したところ、結局、長期のローンを受ける適格のある然るべき給与所得者に本件各不動産の所有名義を変更し、その者の名義を借りてローン会社から融資を受けるという方法をとることにした。
かくして、訴外Lは、知り合いの訴外Eに対して、被控訴人が右のような方法でローンを受けるために名義を貸してくれる者をさがしていると言つて、被控訴人には無断であることの事情は秘したまま、名義貸与者となる者を求めた。そこで、訴外Eは、この話をかねてから取引のあつた訴外Dに持ち込んだところ、訴外Dが名義を貸すことを基本的に了解してその手続等については訴外Eに一切を委ねたので、訴外Lが被控訴人から委任を受けた代理人であるとの理解の下に、同年六月初旬頃、訴外Lとの間において、本件各不動産の所有名義を訴外Dに変更し、訴外Dはこれに抵当権を設定して控訴人会社から二、六〇〇万円のローンを受けること、訴外Dは控訴人会社からローンを受けた二、六〇〇万円を被控訴人に交付し、控訴人会社へのローンの返済は被控訴人においてするものとすること、訴外Dは被控訴人がローンの返済を完了したときには本件各不動産の所有名義を被控訴人に変更するものとすることとの合意をした。
そして、訴外Lから右の結果について連絡を受けた訴外Cは、訴外Kが保管していた被控訴人の前記印章を冒用して印鑑証明書交付申請のための被控訴人名義の代理人選任届(乙第一一号証)を偽造して被控訴人の印鑑証明書(乙第一〇号証の三)の交付を受け、また、右印章を冒用して本件各不動産の訴外Dへの所有権移転登記の申請についての司法書士への被控訴人名義の委任状(乙第一〇号証の二)を偽造して、訴外Kが保管していた本件各不動産の登記済証とともに右印鑑証明書及び委任状を訴外Lに交付した。一方、これら関係書類を訴外Lから受け取つた訴外Eは、訴外Dからも所有権移転登記申請に必要な書類の交付を受け、これらに基づいて同月二〇日本件各不動産について同日付売買を原因として訴外Dのために所有権移転登記がなされた。
5 そして、訴外Dは、同月二〇日、控訴人会社から二、六〇〇万円のローンを受けて、これに基づく控訴人会社の債権を担保するため、本件各不動産について控訴人会社との間において債権額一、六〇〇万円及び一、〇〇〇万円の各抵当権設定契約を締結し、これを原因として控訴人会社のために各抵当権設定登記をした(訴外Dが借り受けた右二、六〇〇万円は、訴外三栄観光開発株式会社に対する訴外Cの借入金債務の弁済並びに訴外D及び同Eに対する謝礼の支払いなどに充てられたほか、訴外Lを介して訴外Cに交付された。また、訴外Dは、同年八月一五日、訴外会社の訴外D及び同Eに対する合計五五〇万円の貸付金債権の担保として、本件各不動産の所有権を訴外会社に移転することとして、訴外会社のために所有権移転登記をし、さらに、訴外会社は、同年一〇月五日、控訴人組合との間において、本件各不動産について根抵当権設定契約を締結して、控訴人組合のために根抵当権設定登記をした。)。
三 ところで、本件各不動産の所有者の被控訴人にはこれを担保としてローン会社からローンを受ける適格がないため訴外Dの名義を借りてローンを受けることを目的として本件各不動産の所有権を訴外Dに移転するという右に認定したような合意は、本件各不動産を専ら右のような目的のために信託的に譲渡する旨の契約と解することができる。
そして、控訴人らは、訴外Cが被控訴人の代理人として訴外D又はその代理人の訴外Eとの間において右合意の下に本件契約を締結したものであることを前提として抗弁するものであるところ、≪証拠≫によれば、訴外D及びその代理人として行動していた訴外Eは、およそ訴外Cがこれら一連の取引に何らかの形で介在していることを訴外Lから聞かされたようなことはなく、訴外Eは、控訴人会社からローンを受けた後、初めて訴外Cに会つて、被控訴人の使者と考えて被控訴人に交付すべき金銭を訴外Cに託したことがあるというにとどまることが認められるのであつて、訴外Eは、訴外Dの代理人として、訴外Lこそが被控訴人から委任を受けた代理人であるとの理解の下に、本件契約を締結したものである。したがつて、訴外Cが被控訴人の代理人としての契約当事者であることを前提とする控訴人らの抗弁は、この点において既に失当であるものといわなければならない。
そればかりか、仮に訴外Cが被控訴人の代理人として本件契約を締結したのであるとしても、それは、訴外Cが被控訴人の印章や登記済証を冒用するなどして恣にしたものであつて、被控訴人が訴外Cに本件契約の締結を委任してその代理権を授与したようなことがないことは先に認定したとおりであり、また、≪証拠≫によれば、被控訴人は、当時、訴外天虎工業株式会社の工員として稼動していた満二六歳の単身者であつて、本件各不動産の外にはなんらのみるべき資産も持たず、家政、家産に関して格別他に委任して法律行為をしなければならないような必要も立場にもなかつたし、訴外C夫婦と同居していたのも、訴外Kに炊事、洗濯、掃除等の日常の身の回りの世話をしてもらうためにほかならなかつたことが認められるのであつて、これらの事情に鑑みれば、被控訴人が訴外C夫婦と同居していたという一事から被控訴人が訴外Cに家政、家産に関しての包括的な管理権ないし代理権を授与していたものと推認することはできないし、そのほか本件全証拠によつても被控訴人が本件契約締結当時訴外Cに対して民法第一一〇条の規定を適用する前提となるに足りる基本代理権を授与していたものと認めることはできない(≪証拠≫によれば、訴外C夫婦は、被控訴人と同居するようになつて以来、本件各不動産中の原判決添付の物件目録(三)記載の居宅の便所、下水、屋根等を大工や左官屋に依頼して修理したことがあることが認められるが、訴外C夫婦が右居宅に被控訴人と同居していなかつたというのであればともかく、訴外Cは、右認定のとおり、むしろ事実上の所帯主のような立場で被控訴人と同居していたのであるから、訴外C又は同Kが右のように居宅の修理等のために大工、左官屋等と工事請負契約を締結したのは、右居宅の所有者である被控訴人の代理人としてではなく、その居住者である自らを契約当事者としてしたものであると解するのが社会通念に合致するところであつて、右事実をもつて被控訴人が訴外Cに対して本件各不動産の管理又は保存のための代理権その他の代理権を授与していたことの徴憑とすることはできない。)。
四 以上のとおりであつて、控訴人らの抗弁は理由がなく、被控訴人の控訴人らに対する本訴各請求を認容した原判決は正当であるから、控訴人会社及び控訴人組合の本件各控訴を棄却する
(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 村上敬一)