東京高等裁判所 昭和57年(ネ)611号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人らの予備的請求にかかる訴えを却下する。
控訴費用及び予備的請求にかかる費用は控訴人らの負担とする。
事実
一控訴代理人は、主位的に「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人洪坤、同蘇鈴木、同洪火、同張長寅、同黄木連、同黄文保、同陳、同全永福、同楊来好、同李簡治、同辜許玉娥、同蔡水源に対し各金五〇〇万円、控訴人鄧彭蘭英、同鄧淑貞、同鄧淑美、同鄧俊明、同鄧俊仁、同鄧俊宏、同黄鄧淑彩、同鄧淑霞、同鄧淑に対し、金五〇〇万円の各九分の一の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、予備的に「亡鄧盛、控訴人洪坤、同蘇鈴木、同洪火、同張長寅、同黄木連、同黄文保、同陳、同全永福が、別紙(一)戦傷目録戦傷日欄記載の各戦傷日において戦傷し、同目録後遺症欄記載の各後遺症を負つたことにより被つた損失並びに控訴人楊来好、同李簡治、同辜許玉娥、同蔡水源が、別紙(一)戦死目録続柄欄記載の身分関係にある戦死者欄記載の各戦死者が、同目録戦死日欄記載の各戦死日に戦死したことにより被つた損失について、被控訴人が日本人に対するのと同等の補償をなすべき補償立法を制定しないことは違憲、違法であることを確認する。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
二当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
1 原判決事実摘示の訂正<省略>
2 控訴人らの陳述
(憲法一四条違反に関する主張の補充)
恩給法・援護法がその給付の受給資格を日本国籍を有する者に限定し、元日本軍人もしくは軍属であつた控訴人ら台湾人の戦死傷に対し何らの補償を行わないとすることは、合理性を欠き憲法一四条に違反する。
(一) 援護法・恩給法が金銭給付を認めた本質的理由は、国と一定の身分関係にあつた戦死傷者について国家補償の精神に基づく国の使用者責任類似の責任を認めた点にあり、いわゆる社会保障ではない。したがつて、金銭給付をすべきか否かの区別は戦死傷当時の国との身分関係の内容如何によるべきであつて、現在の国籍如何によるべきではない。援護法等に基づく給付が仮に社会保障の側面を有するとしても使用者責任類似の責任という側面を無視することはできない。
なお、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権規約A規約。一九七九年九月二一日日本国について発効)二条、九条によれば、社会保障についても外国人に差別なしに権利を付与し行使させなければならないとされているのであつて、援護法等の社会保障の側面を強調したからといつて、控訴人らに何らの補償をしないことを合理化できるものではない。
(二) 台湾人は、第二次世界大戦中、当時の日本国の軍人軍属として活動した結果、終戦後BC級戦争裁判において一七三人が有罪とされ、うち二六人が死刑判決を受けた。対日平和条約発効後においても日本人戦犯として処罰されている。援護法等による補償は旧日本軍人軍属としての活動の結果に対してなされているものであるところ、台湾人元日本軍人軍属が戦死傷したのも、その行為が戦争犯罪に問われたことも、いずれも日本軍人軍属としての職務上の行為に起因するものであるから、補償という利益享受を台湾人元日本軍人軍属に付与しなければ戦犯という不利益な負担を課せられたこととの均衡が保たれない。現在日本国籍を有しないという理由のみによつて台湾人元日本軍人軍属もしくはその遺族である控訴人らに対し何らの補償をもしないことは、日本国籍を有する旧日本軍人軍属に対する取り扱いに比し著しく不公平な取り扱いであり憲法一四条に違反する。
(三) 現在の国籍如何にかかわらず、国と一定の身分関係にあつた戦死傷者に対して国が補償するという制度は近代国家においてはむしろ通例である。欧米諸国は旧植民地の外国人元兵士等に対して旧本国の経済的負担において補償をなしているのである。こうした制度は各国の憲法にもとづく国家補償・平等原則によるものであることが十分推測できるし、少なくとも旧植民地の戦死傷者に対して国籍がないという理由によつて補償を拒否することを正当化する観念は法理上も許されないことを示している。
(四) 日本は、一八九五年四月一七日下関条約によつて清国から台湾の割譲を受けて以来台湾を自国の植民地として支配し、台湾人の犠牲の上に経済的に大きな利益を得、また戦争遂行上も人的供給を得てきた。このような日本と台湾との植民地関係の実態に照らしても、日本は台湾人の過去の犠牲に対して、むしろ日本人以上に優先的に補償措置をとるべきであつて、少なくとも日本人と同等の補償をなすべきことは条理上も当然である。
(五) 市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約。一九七九年九月二一日日本国について発効)二六条は法の下の平等原則(国籍による差別禁止も含む)を規定している。同条で国籍による差別が禁止されている以上当然に本件の如き差別状態も同条で禁止されていると解せられるところ、法の下の平等原則を定めた憲法一四条の解釈上も右人権規約の趣旨に従つて同様に解さなければならない。
(六) 最高裁の判例(①昭和三九年一一月一八日大法廷――憲法一四条の趣旨は原則として外国人に対しても類推される。②昭和五三年三月三〇日第一小法廷――戦争被害者に対する国家補償については国籍の如何を問うべきでない。)の趣旨からも、国籍による差別を合理化しえない。
(七) 一方、被控訴人は、日本人元軍人軍属及びその遺族に対し、恩給法・援護法に基づいて別紙(二)「日本人元軍人軍属に対する補償金の支給内容」記載のとおりの補償を実施してきた。そして、台湾人元日本軍属であつても非戦地勤務者に対しては特別措置法が適用され、国家公務員等共済組合連合会から年金が支給されている例もある。この事実は国籍の有無と経済的給付の有無を対応させることが必ずしも社会的法的通念でないことを示している。にもかかわらず、より危険な立場におかれた戦地勤務の台湾人に対して何らの補償をしないとすれば、二重の意味における不合理な差別といわざるを得ない。
(予備的請求原因)
仮に本訴請求において控訴人らの主張する給付請求が認められない場合には、控訴人らは「亡鄧盛、控訴人洪坤、同蘇鈴木、同洪火、同張長寅、同黄木連、同黄文保、同陳、同全永福が別紙(一)戦傷目録戦傷日欄記載の各戦傷日において戦傷し、同目録後遺症欄記載の各後遺症を負つたことにより被つた損失並びに控訴人楊来好、同李簡治、同辜許玉娥、同蔡水源が別紙(一)戦死目録続柄欄記載の各続柄を有する同目録戦死者欄記載の各戦死者が同目録戦死日欄記載の各戦死日に戦死したことにより被つた損失について、被控訴人が、日本人に対するのと同等の補償を為すべき補償立法を制定しないことは、違憲、違法であることを確認する。」との判決を求めるものであるが、その理由は次のとおりである。
(一) 昭和二七年八月五日日華平和条約が発効したが、右日華平和条約は三条において「台湾及び澎湖諸島の当局および住民の請求権については、両国政府の特別取極の主題とする」と規定しており、右「特別取極の主題」には、台湾人元日本軍人、軍属の戦死傷に対する補償請求権がふくまれているとされていた(昭和四三年四月二六日衆議院法務委員会における岡沢完治議員の質疑)。そして昭和四七年九月二九日の日中共同声明により右日華平和条約が失効したとされた後は、それまで政府間交渉の対象とされていたこれら請求権が台湾人元日本軍人軍属と日本政府との間で直接解決すべき事柄となつた。ところで、日本政府は、台湾人元日本軍人軍属と同様に、第二次世界大戦中に日本軍の軍人軍属として軍務に従事中戦死戦傷したもので、日華条約発効後も日本国籍を保有するもの、すなわち日本人に対しては、右戦死戦傷の事実によつて被つた損失につき、援護法あるいは恩給法に基づいて、日中共同声明以前から補償をしていた。しかるに、右援護法はその附則2項において、「戸籍法の適用を受けない者」については適用しない旨規定し、また恩給法は九条一項三号において国籍の喪失を恩給権の消滅事由として規定して、いずれの法規も台湾人元日本軍人軍属のように日華平和条約発効とともに日本国籍を喪失したとされたものを適用対象外としており、日本政府として台湾政府を介することなく台湾人元日本軍人軍属との間で直接に解決すべきこととなつた日中共同声明の時においても、これらいずれの法規も変更されなかつた。控訴人ら台湾人元日本軍人軍属の戦死傷の事実によつて被つた損失に対して何らの補償を行わないことが憲法一四条に違反するものであることは既に主張したとおりであり、右憲法違反の状態解消のため、被控訴人は控訴人ら台湾人元日本軍人軍属に対しても日本人と同様に補償するための補償立法をなすべき憲法上の義務を負つている。そして右補償立法義務は、立法府である国会とともに議院内閣制のもとで法案提出権を有する内閣においても尽くされなければならない。
(二) 昭和四九年一二月二六日にモロタイ島で台湾人元日本兵中村輝夫が発見された後、第二次世界大戦中に日本軍人軍属として参戦し、戦死傷した台湾人あるいはその遺族に対する補償問題がクローズアップされることとなり、昭和五二年八月二八日にはこの補償実現を目的とする支援団体「台湾人元日本兵士の補償問題を考える会」が発足し、日本政府あるいは立法府への陳情を含めた院内外の活動を始めた。
昭和四七年九月日華平和条約失効後直ちに補償立法を制定するのになんらの支障がなかつたにもかかわらずそれから五年以上経過した昭和五三年二月二七日、横山利秋衆議院議員が同院法務委員会において日本政府として台湾人元日本兵に対する補償をする意思があるかを質した際に(同議員質問趣意書第一項)、当時の福田内閣総理大臣は、「応じ難い」とのべて政府として補償の意思がない旨を答弁した(昭和五三年三月七日首相答弁書)。この首相答弁は内閣としての補償立法を講じる意思がない、との消極的立法判断を表明するとともに、議員内閣制の下において国会の多数党の意思をも代表して表明しているものであるから、国会の消極的立法判断も明示された、というべきものである。
(三) 国会が憲法によつて義務付けられた立法をしない場合に裁判所が国会の当該不作為の違憲性を判断し得ることは札幌高裁昭和五三年五月二四日判決(判例時報八八八号二六頁)により明らかにされているところ、前項において詳述したとおり、国会あるいは日本政府は、控訴人ら台湾人元日本軍人軍属による補償立法制定の要求に対し、相当の期間内に補償立法を制定すべき憲法上の義務を負つているにもかかわらず、これをしないものであるから、控訴人は、これをしない立法不作為についての違憲の確認を求めることができる、というべきである。
立法の不作為の違憲確認は、行政事件訴訟法三条五項に規定する「不作為の違法確認の訴え」を類推することにより、十分に可能である。
周知のように衆議院議員定数配分規定の違憲性に関して「上告人の請求を棄却する。ただし、昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙は、違法である。」とした最高裁大法廷昭和五一年四月一四日判決(民集三〇巻三号二三頁)は、違憲の判断と、違憲とされた法規、処分の効力とを切り離すとの法理を明らかにしたうえで、違憲とされた法規・処分の効力を無効とすることによつて直ちに違憲状態が是正されるわけでなく、かえつて憲法の所期するところに必ずしも適合しない結果を生ずる場合には、当該法規・処分の効力を無効とせずに、これを違法である(違憲である)旨を主文で宣言することができる、との画期的立場を闡明している。すなわち、同判決は、行政事件訴訟法三一条一項前段を引用し、同条項をもつて「そこには、行政処分の取消の場合には限られない一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれていると考えられるのである。」とし、ここでいう一般的な法原則とは右のものであることを明らかにした。
(四) 憲法という国法の最高法規についての違反状態がある場合に、これに対する救済方法が他の実定法に具わつていないが故に、すべての救済を放棄するというのは下位法規による上位法規の拘束ということになり転倒した論理であることは、明らかであり、前記最高裁判決が、行政事件訴訟法四三条二項等により明示的に適用を排除されていた同法三一条一項前段の規定を敢えて引用し、その背後にある法理を適用して違法を宣言したのも、憲法違反の状態を改めるための救済方法を講じることこそ第一の要請であつていやしくも他の実定法の規定がこの要請を抑制する方向で機能してはならないとの配慮があつたからに他ならない。
(五) 従つて、問題は、違憲確認判決が実定法に規定されているか否かにあるのでなく、本件においてかような方法が救済方法として有効適切であるか否かという観点から考慮されれば足り、そしてこれに対する解答は「有効適切である」というに尽きる。
違憲確認判決が「有効・適切」であるのは、違憲確認により、当該違憲状態の是正が計られる蓋然性が高く、立法府(あるいは当該処分庁)において違憲状態を是正するであろうことが合理的に期待できる場合である。同様の法理は確認訴訟の訴えの利益に関してすでに最高裁によつて明らかにされている。最高裁大法廷は昭和三二年七月二〇日判決(民集一一巻七号一三一四頁)で、原告が出生により取得した日本国籍を引き続き有している旨を確認することが、原告の米国籍の承認という原告の地位に安定をもたらす蓋然性が高いとの判断を前提にして戦後の日系二世によるいわゆる国籍訴訟を許容した。この日本の確認判決によつて、米国が原告に対して直ちに原告の米国籍を承認する法的義務を生じなくとも、米国が米国籍を承認するであろうことが合理的に期待できることにより、国籍確認に「有効・適切」性あり、とされているのである(新堂幸司、民事訴訟法、一八三頁)。(他方、確定された違法事実の公表が当該違法状態の是正にとつて「有効・適切」であることは、多くの行政法規中に、当該行政法規違背の事実を関係行政庁が公表することをもつて違反に対する措置の一態様として規定していることからも首肯できるであろう。例えば、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律四四条第一項は、価格の同調的引き上げとして同法所定の要件を充たすとして公正取引委員会が報告の徴収をした場合に、その概要を公正取引委員会年次報告において国会に対して報告することを要求している。同年次報告は「独禁白書」として一般に公刊されるので、これにより国民による特定事業の同調的価格引き上げに対する監視と批判の資料が提供され、国民世論によりこれを阻止することが狙いとされている。また輸出入取引法四条三項は、通商産業大臣は、不公正な輸出取引をした輸出業者に対して戒告等の処分をした場合には、その旨を公表することができると定め、やはり公表による違法状態の是正効果を期待している。
(六) 右観点から本件をみると、前述のとおり、国会あるいは内閣において補償立法の制定につき否定的判断がなされた後で、昭和五七年二月二六日本件についてその東京地方裁判所の第一審判決が下された後の同年六月、国会内の超党派議員によつて組織された「台湾人元日本兵等の問題懇談会」は「台湾人戦傷病者戦没者遺族等に対する見舞金に関する法律案要綱」を作成し、同年八月一三日、当時開催中であつた第九六通常国会に提案することを決定したが、同月一七日宮沢官房長官からの法案提出延期の要請を受け翌一八日法案提出延期を決定した。さらに同年中に招集された第九七臨時国会においてもまた「法律案」の提出をする予定でいたところ、右議員懇談会は同年一二月二四日に至り再度法案の提出を断念した。しかしながら、本件補償問題を立法的に解決することについては既に与野党全党の合意が得られている。したがつて、控訴人ら台湾人元日本軍人軍属に対する補償立法を制定しないことが違憲であることが裁判所によつて確認されることにより、国民世論を喚起し、国会あるいは内閣における憲法上の義務を覚醒して本件補償問題の早期立法的解決が合理的に期待できるから、違憲確認判決は本件の司法的救済方法として有効適切であつて、右判決は可能である。
(七) 被控訴人は、本件補償問題は高度の政策的判断を要する問題を含んでおり、裁判所の司法審査になじまないと主張するが、被控訴人が関係大臣の国会答弁を引用して主張するその具体的内容は、被控訴人の要約にあるとおり、「日台間の全般的請求権問題が未解決であること、台湾以外の分離地域等との衡平及び波及、我が国の財政事情」の三点に尽きる。しかしながら、これらの事情はいずれも高度の政策的判断を要することがらではなく、本件補償問題の立法解決を阻害すべき事実でもない。
日台間の全般的請求権問題とは、日本人が台湾に残してきたいわゆる残置財産の問題が未解決であることを指しているが、本件戦死傷の補償問題と残置財産の問題を関連して論じるのがそもそも誤りである。台湾人元日本軍人軍属は国の命令により軍務に従事中死傷したものであるから、国(日本)が使用者として当然に補償の責任を負つていることにおいて、国民一般の戦争被害とは異なる問題である。また、その被害が生命身体に対するものである点において、一般の財産的損害とは区別して優先的に解決されるべき問題である。従つて、いわゆる残置財産の問題が未解決であることは、本件戦死傷の補償を妨げる事由ではない。
次に、「台湾以外の分離地域等との衡平及び波及の問題」とは、難解な用語法であるが、朝鮮人の元日本軍人軍属に関する同種の補償問題を指していると解される。これについては、韓国との間においては、日韓条約締結の際に国家間で解決済である(「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」第二条、昭和五九年四月四日参議院予算委員会における橋本恕政府委員の答弁)。北朝鮮に関しては現在解決できないことは事実であるが、現在解決可能なことを行わない理由として、現在解決できない北朝鮮の問題を持ち出すとすれば本末転倒と言わざるを得ない。台湾人元日本軍人軍属及びその遺族はすでに年老いており、救済は一日を急ぐ問題である。解決可能な対象者から解決していくのは当然である。結局、「衡平・波及」の内容は何も無いのである。
我が国の財政事情の点については反論の要を認めない。控訴人らと同じ立場の日本人戦死者遺族が昭和五八年度に金一三二万円、同年までの合計が一千万円、同じく戦傷者は同年度二一三万円、同年度までの合計で一千八百万円の支給を受けていることを指摘するだけで十分であろう。
また、右のような問題が存するからといつて、控訴人ら台湾人元日本軍人軍属の戦死傷に対する補償を実施しないことが合理化されるものではない。
(訴訟の承継)
鄧盛は一九八四年八月二〇日死亡し、控訴人鄧彭蘭英、同黄鄧淑彩、同鄧淑貞、同鄧淑美、同鄧淑霞、同鄧淑、同鄧俊明、同鄧俊仁、同鄧俊宏が同人の権利義務を均等に相続し(中華民国民法一一三八条、一一四四条)、本訴を受継した。
2 被控訴人の陳述
(控訴人の主張の補充に対する認否と反論)
(一) 戦争は、国の存亡に係る非常事態であり、国民のすべてが多かれ少なかれその生命・身体・財産の犠牲を余儀なくされているのであつて、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲または戦争損害として、国民の等しく受忍しなければならなかつたところであり、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきである(最高裁大法廷昭和四三年一一月二七日判決、民集二二巻一二号二八〇八頁参照)ところ、控訴人らの主張する戦死傷も右の戦争犠牲ないし戦争損害に該当することは明らかである。したがつて、これに対していかなる範囲、程度の補償をするかは、国の高度な政策的判断を要するのであつてすぐれて政治問題であり、立法府の裁量を尊重すべき分野といわなければならず、これを前提に、恩給法及び援護法の国籍条項の合理性を検討する必要がある。
しかるところ、外国人に対する法の下の平等については、できる限り日本国民と同様の平等な取扱いを保障することが憲法一四条の要請に合致するものである(同条は、その文理からして、直接的には、日本国民に対する法の下の平等を保障したものである。)ことは多言を要しないところであるが、「現下の世界体制が未だ国家という単位を法的、経済的、社会的体制の基礎においている以上、外国人の当該国家に対する関係はその一般国民の国家に対する関係が全面的且つ恒久的な結合関係であるのとは本質的に相違し、(中略)外国人に対しすべての面に亘つて一般国民と同等に取扱われるべきことを要請されているものとみることはできない」(名古屋地裁昭和四六年四月三〇日判決・判例時報六二九号二八頁)のである。現下の世界体制の下における国家とその国民との関係が右のとおりであることから、必然的に「現在の世界の実情においては、各自に対し、生活の保障ないし援助をするのは、それぞれの国民の所属する国家の責任においてなされることが国際間の基本原理」となつている(東京地裁昭和五七年九月二二日判決・判例時報一〇五五号七頁)。そして、原判決が判示するとおり、恩給法及び援護法の性格が一面において、「老令、廃疾又は生計の担い手の死亡といつた事由に対して、その本人又は遺族の生活の維持を援助するという」ものであり、しかもその原資は全額国庫負担、国民の税負担に依拠しているのであるから、右の基本原理が一層強く作用することになり、その給付を受けることができる者を日本国民に限定することは十分に合理性があるというべきである。また、恩給法及び援護法は、明らかに、公務員制度の一環をなすもので、無拠出の年金制度は、国が公務員に対して所得保障するものとしての沿革を有し、右の所得保障の見地からは、国家の所属員としての性格を有するか否かによつて差異を設けることも許されるのである。また、最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決(民集三二巻二号四三五頁)からも、恩給法及び援護法の国籍条項が合憲であることをうかがい知ることができるのである。すなわち、同判決は、「わが国の戦争被害に関する他の補償立法は、補償対象者を日本国籍を有する者に限定し、日本国籍の喪失をもつて権利消滅事由と定めているのが通例であるが(戦傷病者戦没者遺族等援護法一一条二号及び三号、一四条一項二号、二四条、三一条一項二号、戦傷病者特別援護法四条三項、六条一項等)、原爆医療法があえてこの種の規定を設けず、外国人に対しても同法を適用することとしているのは、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに、その救済について内外人を区別すべきではないとしたものにほかならず、」と判示しているのであつて、戦争被害に対する補償立法についての国籍条項の合憲性を肯認しているものと理解し得るのである。
右のような検討から、恩給法及び援護法の国籍条項は合理性を有し、憲法一四条に違反するとは到底考えられないところである。
(二) 仮に恩給法及び援護法の国籍条項が憲法一四条に違反するとしても、控訴人らの主張する補償請求権は、実定法上の根拠に基づかないもので失当である。恩給法及び援護法は、特定の範囲の者に対し、積極的利益を付与する法律であつて、仮に、特定の範囲の者に権利・利益を与えたことが憲法一四条に違反するとしても、他の者が同じ権利・利益の付与を具体的に請求することはできないのである。すなわち、憲法一四条の平等原則は、裁判規範としては、不平等を禁止するといういわば消極的な働きをするものであつて、積極的な施策・利益を具体的に生み出すものではないからである。
仮に、控訴人らが主張するように、「平等原則が内閣国会の不作為により侵害されている場合の司法的救済としては、立法者に裁量の余地がないほど一義的に立法内容が決まるときは、裁判所は単に差別立法の違憲確認に止まらず、すすんでその実現のため給付判決も可能と解すべきである。」としても、控訴人ら台湾人の戦死傷に対する補償問題については、どの範囲の者に、どの程度の補償をするか、その補償の支払方法として年金にするのか、一括支払にするのか、誰に補償金を渡すのか等々立法政策上複雑な問題を包含しているのであるから、到底「立法者に裁量の余地がないほど一義的に立法内容が決まるとき」に該当するとはいえないので、控訴人らの右主張は失当である(なお、東京高裁昭和五七年六月二三日判決・判例時報一〇四五号七八頁参照)。
(三) 控訴人らは、台湾人軍人軍属に関し、戦犯としての処罰は執行しながら、他方戦死傷者に対する補償をしないことは憲法一四条に違反すると主張するが、両者は全く別個の要請に基づいてなされているものであつて、相互に依存しあう関係または一方が他方に随伴する関係にないから、前者を行つた以上、必ず後者を行わなければならないというものではない。したがつて、控訴人の右主張は何ら理論的整合性がなく失当である。
(四) 国際人権規約A規約二条二項(平等条項)、同九条(社会保障)及びB規約二六条(法律の前の平等)に「権利」という文言が使用されていることは控訴人ら主張のとおりであるが、A規約二条はこの規約の実体条項に定める「権利」が国内の立法措置等を待つて初めて個人の権利ないし利益として具体化されるとしており、A・Bいずれの規約においても内外人の取り扱いについて合理的な差異を設けることまで排除しているわけではない。
(五) 米国、英国、フランス、イタリア及び西ドイツの各国において、旧植民地の外国人元兵士等に対して旧本国の負担において補償を行つていることは認めるが、西ドイツ及びイタリアに関しては基本的には条約上の義務に基づくものであり、米、英、フランスに関しては各国の国情に基づく立法政策によるものと推測され、いずれの国に関しても年金等の支給が憲法上の内外人平等主義に基づくものとは考えられない。
(六) 「日本は台湾人の過去の犠牲に対して、日本人に対する以上に優先的に補償をしなければならぬことは理の当然であつて、少なくとも控訴人らの軍人・軍属としての戦死戦傷という特別犠牲に対して日本人と同等の補償をなさなければ憲法一四条に違反し、著しく正義に違背するものといわなければならない。」との主張は争う。
(七) 被控訴人が日本人元軍人軍属及びその遺族に対し、恩給法・援護法に基づいて別紙(二)「日本人元軍人軍属に対する補償金の支給内容」記載のとおりの補償を実施してきたことは認める。
(予備的請求について)
控訴人らの追加した予備的請求に係る訴え(以下、「本件予備的新訴」という。)は不適法であり却下を免れない。
(一) 本件予備的新訴の請求の趣旨は、立法機関が補償立法をしないことの違憲・違法の確認を求めるというものである。
しかしながら、民事訴訟は、いうまでもなく、私法上の具体的紛争(民事紛争)の解決を目的とする訴訟である。したがつて、控訴人らの右請求の趣旨は、前記のとおり、立法機関の立法の不作為の違憲・違法の確認を求めるものであり、本来、民事訴訟により救済を求め得ない事項に係るので、かかる訴えは不適法な訴えといわざるを得ない。
ところで、控訴人らは、札幌高裁昭和五三年五月二四日判決の趣旨から、本件予備的新訴が適法であるかのような主張をしているが、同判決に係る事件は、本件とは異質な国家賠償請求事件であるから、同判決の理論の是非はさておき、同理論を本件予備的新訴に適用できないことはいうまでもない。
(二) 本件予備的新訴に係る請求の当否について判断しようとすれば、裁判所は、本件における恩給法及び援護法の国籍条項の合憲性を判断することとなるが、これは、高度な政策的判断を必要とするものであるところ、かかる事項は、裁判所の司法審査になじまないものである(控訴人ら台湾住民に対する戦死傷に対し補償すべきか否か補償するとした場合、いかなる程度、範囲の者に補償すべきか等については、日台間の全般的請求権問題が未解決であること、台湾以外の分離地域等との衡平及び波及、さらに我が国の厳しい財政事情等の問題を抜きにして考えることはできないのであつて、これらを解決するためには高度の政策的判断を必要とする。)。本件予備的新訴は、司法審査になじまない事項を目的とするもので不適法である。
(三) 控訴人らのいう「補償立法」の定立行為は、いうまでもなく専ら国権の最高機関で、かつ唯一の立法機関である国会がその権能と政治的責任においてなすべき公法上の行為である(憲法四一条、四三条、四五条、五四条一項、五九条)ところ、本件予備的新訴は、国会の右のような法的性質を有する立法行為につき、当該立法行為を行わないことの違憲・違法の確認を求める訴訟であり、国会の立法の不作為を違憲・違法というためには、国会に当該立法をなすべき義務すなわち立法の作為義務が存することを当然の前提とするから、右訴訟は、その実質において立法の作為義務違反の確認を求めるものであつて、講学上の義務確認訴訟に属すると解される。
ところで、右のような義務確認訴訟は、仮に許容される場合があり得るとしても、行訴法の適用を受ける無名抗告訴訟の一類型であるから、当該訴訟の名宛人は、権利義務の帰属主体たる国でなく、その公法上の行為(立法行為)を行う国家機関すなわち国会あるいは衆議院及び参議院でなければならない(行政事件訴訟法三八条一項、一一条一項)。したがつて、国を名宛人(被告・被控訴人)とする本件予備的新訴は、被告を誤るものであり、この点において既に却下を免れない。
(四) 本件予備的新訴は裁判所の違憲確認の判決により補償問題の立法的解決を早期に図ることができるとの期待に基づく訴えである。しかし、内閣の法律案の提出権、国会の立法権は三権分立主義に則つたそれぞれ固有の憲法上の権能であり、右各権能の行使・不行使の当、不当は本来内閣及び国会の、国民に対する政治的責任に委ねられており、究極的には選挙を通じて国民により判定されるべきものであつて、本来的に司法判断になじまない。
本件予備的新訴は、本来司法的解決に適しない政治的事項に関する争いにすぎず、法律上の争訟(裁判所法三条一項)に当らないので不適法である。
(五) 仮に、内閣が一定内容の法律案を国会に提出しない行為あるいは国会が一定内容の法律を定立しない行為が法的判断の可能な行為、換言すれば当、不当の問題にとどまらず法律的に違憲・違法の問題を例外的に生じ得る余地のある行為であるとしても、それらの行為は、講学上いわゆる統治行為又は政治問題と呼ばれる行為であり、裁判所の司法審査の対象から除外されるべきである。
(六) 本件予備的新訴は、無名抗告訴訟の一類型である義務確認訴訟と解される。ところで、作為義務確認訴訟は義務付け訴訟と同様に、①行政庁ないし立法府において一定内容の作為をなすべきことが法律上二義を許さないほどに特定していて、行政庁ないし立法府の第一次判断権を重視する必要がない程度に明白であること、②事前の司法審査によらなければ回復し難い損害を生ずるという緊急の必要がある場合であること、③他に適切な救済方法がないことの各要件が満たされている場合に限つて許容されるが、本件予備的新訴は、請求の内容が一義的でなく不特定であるのみならず、前記②、③の要件をも欠いているので不適法である。
3 証拠<省略>
理由
一 控訴人ら各自の事実経過について
控訴人ら各自の事実経過に関する当裁判所の認定判断は、次に訂正するほか原判決理由一と同一であるから、ここにこれを引用する。
1原判決書三六枚目表一一行目から裏一行目にかけての「甲第一〇号証の一〇・一一・一二・一三」を「甲第一号証の一一ないし一四、昭和五二年四月二九日鄧盛を撮影した写真であることに争いのない同号証の一六ないし一八」に、三六枚目裏五行目「報告」を「報国」に、三七枚目表三行目「現在も」を「死亡に至るまで」に、同表四行目「いる」を「いた」に改める。
2三七枚目表三行目、裏八行目、三九枚目表九行目、四〇枚目表五行目、裏八行目、四一枚目裏一行目、四二枚目表七行目、四三枚目表七行目の「傷害」をすべて「障害」に改める。
3三七枚目中、裏一行目「被写体及び撮影日時」を「昭和五二年四月二九日洪坤を撮影した写真であること」に、同行目「同号証」を「甲第二号証」に改め、二行目の「各写真」を削りその次に「、方式及び趣旨により真正な外国の公文書と認められる同号証の一」を加え、裏七行目「堀り出し」を「摘出し」に改める。
4三七枚目裏二行目、三八枚目裏八行目、裏一一行目、三九枚目裏一〇行目、四二枚目裏一行目、四三枚目裏六行目の「証人」の前にすべて「原審」を加える。
5三八枚目表五行目「拇指」を「拇、示」に改め、表八行目「甲第三号証の七・九」の次に「昭和五二年四月二九日蘇鈴木を撮影した写真であることに争いのない同号証の一二」を加え、表九行目「原告」を「蘇鈴木」に改め、表二行目「している」の次に「が右手掌部切断(第一、第二、第三手指及び掌骨の一部喪失)の障害を残している」を加える。
6三八枚目裏一〇行目「被写体及び撮影年月日」を「昭和五二年四月二九日洪火を撮影した写真であること」に改め、同一一行目「の各写真」を削る。
7三九枚目裏九行目「被写体及び撮影年月日」を「昭和五二年四月二九日張長寅を撮影した写真であること」に、同行目「同号証」を「甲第五号証」に改め、同一〇行目「の各写真」を削る。
8四〇枚目裏四行目から五行目にかけて「被写体及び撮影年月日」を「昭和五二年四月二九日黄木連を撮影した写真であること」に改め、同五行目「の各写真」を削る。
9四一枚目表五行目「被写体及び撮影年月日」を「昭和五二年四月二九日黄文保を撮影した写真であること」に、同六行目「原告」を「黄文保」に改め、同行目「の各写真」を削り、同一一行目「おいて」の次に「右腕を」を加える。
10四一枚目裏一一行目「被写体及び撮影年月日」を「昭和五二年四月二九日陳を撮影した写真であること」に改め、同行目「の写真」を削る。
11四二枚目裏四行目「結果」の次に「及びこれにより全永福を撮影した写真であると認められる同号証の三」を、同五行目「六月二〇日」の次に「日本名竹中武夫として」を、同一〇行目「命じられ、」の次に「同年七月一二日歩兵第四七連隊補充隊( 」、同一一行目「中隊」の次に「 )」をそれぞれ加え、同七行目「フィリピン」を「ルソン」に改め、四三枚目表七行目「及び」から「つけ根」までを削る。
12四三枚目裏二行目「広西省」の前に「中国」を加え、裏五行目「一分」を「一五分」に、同六行目冒頭から「三」までを「方式及び趣旨により真正な外国の公文書と認められる甲第一〇号証の一、二」に改める。
13四四枚目表二行目、表九行目及び裏一一行目「広東省」の前にいずれも「中国」を加え、同一一行目「甲第一二号証の三・五」を「甲第一二号証の三、四」に改める。
二控訴人らの契約その他の法律関係に基づく請求について
この主張に対する当裁判所の判断は原判決理由二、1、2、3に記載された原審の判断と同一であるから、その記載をここに引用する。ただし、原判決書四六枚目表二行目「広東省」の前に「中国」を加え、四八枚目表八行目「前掲」から同裏一行目「原告らは」までを「成立に争いのない甲第一四ないし第二三号証によつて明らかなように、第一〇八海軍航空廠及び第八海軍軍需部は、それぞれ、特設海軍航空廠及び特設海軍軍需部として設置され、特設海軍航空廠、特設海軍軍需部は「戦時若ハ事変ノ際又ハ必要ニ応ジ作戦地等ニ之ヲ設置ス」(特設海軍航空廠令・昭和一四年一〇月一五日内令第六九九号一条、特設海軍軍需部令・昭和一五年一〇月一日内令六四一号一条)るものとされ、右航空廠及び軍需部にはそれぞれ工員(航空廠令三条)、軍属(軍需部令四条)が配置されることになつており、第一〇八海軍航空廠の所在地はラバウルとされ、第八海軍軍需部の所在地は「所属ノ艦隊司令長官ノ定ムル地」とされていたのであるから、軍属といえども作戦地等の危険地域に配置される場合があることは、十分予測されていたものと認められる。控訴人らは上記のとおり」と改め、同裏七行目「本件全証拠によつても」を、「右のように、軍属は必要に応じて戦地もしくは危険地域に配置される場合があることが予測されており、これらの地域においては非戦闘員である軍属といえども敵の攻撃により或いは戦闘行為に巻き込まれることにより、生命、身体の危険にさらされることがあるのは軍属の性質上やむを得ないところであり、国として軍属の生命、身体を保護すべき一般的な義務を負うとしても、敵との戦闘行為や戦争遂行に関連して生ずる軍属の生命身体に対する危険を防止するための安全配慮義務までも負うものではないと解される。したがつて」に改める。
三 憲法二九条三項、一三条に基づく請求について
控訴人らは、憲法二九条三項、一三条は、国の行為或いは活動によつて特別の犠牲となり損害を被つた者に対し、国がその損失を補償すべき義務を負うことを定めており、控訴人らは右憲法の規定に基づいて国家補償請求権を有する旨主張する。
しかし、控訴人らが右の「特別の犠牲或いは被害」に当たるとする死傷の時期は、既に認定したとおり昭和一九年三月六日から昭和二〇年六月六日にかけてであるところ、憲法は昭和二一年一一月三日に公布され、その施行を公布の日から六箇月を経過した日からと定め(一〇〇条)、昭和二二年五月三日から施行されたのであるから、憲法施行前に生じた原因に基づく損失に対して憲法二九条三項等が適用されると解しうるのは、憲法に遡及効を定めた規定がある場合か、旧憲法自体に損失補償の規定があつて、条理上それが憲法に引き継がれていると解することができる場合であることを要し、単に損失が現存することのみでは補償の要件をみたすことにはならないといわなければならない。のみならず、本件のようないわゆる戦争被害に対して国が行う補償、救済は戦争の放棄を定めている憲法の全く予想しないところといえるのであつて(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁参照)、国がこのような被害についていかなる補償、救済措置を講ずるかは、もつぱら国の政策に基づく立法と法の施行に委ねられた事項である。この場合、国が憲法の精神に則つて具体的措置を講ずべきことはいうまでもないが、被害者がその措置をまず、憲法二九条三項、一三条を根拠として被害の具体的補償、救済を求めることは上述の理由によつて不当というほかはない。したがつて、本件の戦死傷によつて生じた損失について直接右各法条に基づいて国に損失補償を請求することは、その措置が行われることなく長年月を経ている事情があつても、やはり失当というべきであり、控訴人らの主張は理由がない。
四憲法一四条に基づく請求について
1先ず、今次戦争における軍人軍属の戦死傷に対する補償制度について概観する。
(一) 陸海軍の雇員、傭人が戦地において死傷した場合には、前記の雇員扶助令、傭人扶助令及び大東亜戦争雇員傭人扶助金支給特例が適用された。雇員扶助令は雇員に対して療治料、障害扶助料及び打切扶助料の支給を、戦死者の遺族に対して遺族扶助料及び葬祭料の支給を定め(同令二条)、傭人扶助令は、傭人に対し、療治料、休業扶助料、障害扶助料及び一時扶助料の支給を、その遺族に対し、遺族扶助料及び葬祭料の支給を定めていた(同令二条)。また戦地にある海軍特設庁の工員については、大東亜戦争ニ関シ戦地ニ在ル特設庁ノ工員ノ取扱及給与ノ件(昭和一七年三月二七日官房第一七一六号)により、公務に原因して傷痍を受け、もしくは疾病に罹り又は死亡したときは傭人扶助令を適用することとされていた。軍人については恩給法により、普通恩給、増加恩給、傷病賜金、一時恩給、扶助料及び一時扶助料の給付が規定されていた。
(二) 昭和二〇年一一月身体的廃疾者に対するものを除く軍務に服したことによる恩給等の支払の停止を命ずる連合国最高司令官覚書が発せられ、政府はこれに基づき、昭和二一年二月一日勅令第六八号、同月二日閣令第四号によつて、軍人、準軍人、軍属及びこれらの遺族に対する恩給、扶助料の支給を、一部を除いて一切停止し、昭和二一年九月二八日恩給法の一部を改正する法律(昭和二一年法律第三一号)によつて、軍人、準軍人等及びこれらの遺族は恩給権者から除かれた。
昭和二七年四月三〇日援護法が制定されたのであるが、援護法には、援護の種類として、障害年金の支給、更生医療の給付、補装具等の支給、国立保療所への収容、遺族年金の支給及び弔慰金の支給が定められ、日本国籍を有する元軍人軍属は、援護法の規定の要件を満たすことにより、それに応じた援護を受けられることとなつた。その後昭和二八年八月一日施行の恩給法の一部を改正する法律(同年法律一五五号)の附則によつて旧軍人、旧準軍人、旧軍属及びこれらの遺族に対する恩給の支給が復活し、これにより受給資格を回復するに至つた軍人、準軍人、軍属等及びこれらの遺族に対する援護法上の障害年金、遺族年金等は恩給法上の恩給、公務扶助料に切り替えられた。また雇員扶助令及び傭人扶助令はいずれも昭和二六年の国家公務員災害補償法(同年法律第一九一号)附則により廃止された。援護法は数次の改正を経て援護対象者の範囲を拡張し、国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)等に基づく被徴用者、陸軍又は海軍の要請に基づく戦闘参加者、満州開拓青年義勇隊の隊員等を準軍属とし、これを援護の対象とするに至つた。そして、援護法及び恩給法に基づく日本人元軍人軍属に対する給付の支給状況が別紙(二)「日本人元軍人軍属に対する補償金の支給内容」記載のとおりであり、昭和二七年度から昭和五九年度までの一人当りの平均支給総額は遺族年金が一二〇〇万八六一一円、障害年金(第四項症)が二〇八六万六二五〇円であることは当事者間に争いのないところである。
2次に控訴人ら台湾人元日本軍人軍属の戦死傷に対する補償の実情は次のとおりである。
(一) 控訴人らは戦地において死傷した軍人軍属もしくはその遺族であるから、死傷の当時または軍人たる身分を失つた当時において、恩給法、雇員扶助令もしくは傭人扶助令の要件を満たす限り、これらの法令に基づく給付を受けうる地位にあつたものと解される。
(二) しかるに、恩給法九条一項三号は日本国籍を失つたときは年金たる恩給を受ける権利は消滅するものと定め、また援護法附則2項は、戸籍法の適用を受けない者については当分の間援護法を適用しない旨を定めている。<証拠>によれば、援護法附則2項の趣旨についての引揚援護庁長官の説明は、援護法上援護対象者は日本国籍を有する者に限定され、日本国籍の喪失をもつて権利消滅事由と定められている(同法一一条二号、一四条一項二号、三一条二号、三五条一項、三八条二号)ところ、同法制定当時(昭和二七年四月三〇日)、朝鮮人及び台湾人の国籍が不明確であつたことから、これらの人々に援護法の適用のないことを明らかにすることにあるというのである(昭和二七年四月二日衆議院厚生委員会における答弁)。
(三) 控訴人ら台湾人は昭和二七年八月五日日華平和条約の発効によつて日本の国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁参照)のであるが、控訴人らに対しては恩給法九条一項三号、援護法附則2項の規定を根拠として両法ともにその適用がないものとされ、現に両法に基づく何らの給付もなされていないことは当事者間に争いがない。また、軍人軍属であつた台湾人戦死傷者の補償請求の具体的処理が、日華平和条約三条において請求権の問題として両国政府間の特別取極の主題とされることとなつていたことも争いがないが、両国政府間の特別取極が完了しないうちに、昭和四七年九月二九日の日中共同声明により、いわゆる日中国交正常化が実現し、これとともに日華平和条約は存続の意義を失い終了したものとされている。また、連合国と日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日)四条に定められた、請求権の処理を特別取極の主題とする旨の規定も、日中国交正常化の結果、我が国と台湾政府当局との間で取極を行うことが不可能な状態となつている。このため、控訴人ら元日本軍人軍属及びその遺族は、その戦死傷による損失について、わが国の実定法上或いは条約上補償を受けることができない状態にあるのである。
3かように、日本国籍を有する者に対しては援護法による援護及び恩給法による恩給が支給され、控訴人ら台湾人に対してはこれらが支給されない結果をもたらしている両法の国籍条項及び右規定を適用することによつて控訴人ら台湾人に対し何らの救済を与えないことは、憲法一四条に違反するものであるか否かについて、以下検討する。
(一) 憲法一四条は、直接には日本国民を対象とするものではあるが、特段の事情の認められない限り外国人に対しても類推されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁参照)。しかし、同条は、絶対的平等を保障したものではなく、合理的な理由のない差別を禁止したものと解すべきであり、事柄の性質に応じて合理的と認められる差別的取扱いをすることは同条の禁ずるところではない。ところで、援護法上の援護、恩給法上の元軍人軍属及びその遺族に対する恩給の支給は、広義には戦争による被害の補償とみられるのであつて、さきに説示したように、戦争被害に対する補償や救済のための措置は、国の立法と法律の施行に委ねられており、これらについては当局の裁量権があるわけであるから、それが著しく合理性を欠き、裁量の範囲を逸脱しているとみられる場合を除いては補償、救済の対象者、内容等の面で差等を生じても、憲法一四条違反の問題は生じないといつてよい。
(二) 援護法は、制定当初「この法律は、軍人軍属の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基き、軍人軍属であつた者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする。」(一条)と規定し、右にいう軍人とは、「恩給法の特例に関する件(昭和二一年勅令第六八号)第一条に規定する軍人及び準軍人並びに内閣総理大臣の定める者以外のもとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者」をいい、軍属とは、「もとの陸軍又は海軍部内の有給の嘱託員、雇員、よう人、工員又は鉱員」をいう(二条一項)旨規定していた。この規定内容に<証拠>をあわせ考慮すると、援護法は、今次戦争終了時まで恩給法(大正一二年法律第四八号)による年金等の支給を受ける権利を有しながら、前記昭和二一年二月一日勅令六八号によつて恩給の停止、制限を受けていた元軍人、準軍人等及び軍属として戦地勤務を命じられ、戦争又は軍事関連業務に従事していた者等、国との間に特別権力関係もしくは使用関係のあつた者の公務上の負傷、疾病もしくは死亡に関して、これらの者又はその遺族に年金等を支給することにより、国が使用者としての立場から戦争公務災害に対して救済措置を講じ、文官恩給等との不均衡を是正しようとすることを目的として立法されたものと認められるので、その趣旨は、国が使用者としての立場から戦争犠牲者に補償しようとするところにあると解される。他方恩給法による恩給等の支給が退職者の稼動能力の減耗に対する補償という性格を有することは疑いない。
(三) このような、援護法の国家補償的性格並びに恩給法の稼動能力の減粍に対する補償的性格に着目するならば、控訴人らの戦死傷の事実はまさに両法による援護、補償の要件に当たるといつて差支えない。もつとも、援護法、恩給法はいずれも老令、廃疾又は生計の担い手の死亡に対して、その本人又は遺族の生活を援助するという生活保障的性格をも有するのであつて、このような生活保障的部分については、現に日本国籍を有せず、日本国内に居住しない控訴人らが保障の対象にならないのは当然であるが、このことは控訴人らが援護法、恩給法によるすべての給付の対象から除外される理由にはならないといわなければならない。
(四) 諸外国における実情を瞥見すると、<証拠>によれば、米国、英国、フランス、イタリア及びドイツ連邦共和国(西ドイツ)は、かつて自国の軍隊において勤務中負傷しもしくは疾病にかかつた外国人又は戦死した外国人の遺族に対して、障害年金、遺族年金を支給(その詳細は別紙(三)記載のとおりである。)していることが認められるが、少数の例を除き、当該外国人が国籍を有する国との間の条約或いは協議に基いて補償が行われている模様である。
(五) 被控訴人は日台間には残置財産の問題を含め全般的請求権問題が未解決であること、台湾以外の分離地域との衡平及びこれへの波及、我が国の財政事情等を挙げて、援護法、恩給法の国籍条項に合理性があると主張するが、台湾における残置財産の問題は一般の戦争被害の問題であつて、本件のような国の使用者としての立場からの国家補償とは別異に考えるべきことであり、その他の事情も控訴人らに対し全く補償しないことを合理化すべき事由には該らない。
(六) 一般的にいえば、戦死傷による損害の補償、救済を自国民に対してのみ行うという立法は、同時に他の立法又は条約をもつて、同様の境遇にある外国人に同種(同等であることは要求されないと解する。)の補償、救済を付与するのであれば、不平等な差別ではない。むしろ、外国人の属する各国の政府の意向を省みずに、自国民と均一の処遇をすることが、時として各国との円滑な国交を損うことがあるであろう。控訴人らに関係のある台湾についていえば、台湾はわが国の領土から分離して当時の中華民国領土に復帰したのであるから、わが国の立場として、同国政府の意向を尊重して台湾人に対する処遇を定めるのが順当であり、それ故に、台湾人関係は別途処理する道を残して、当面日本国籍を有する者のみを対象とする旨のいわゆる国籍条項を援護法に組入れたものとみられる。そしてほぼ同じ頃日華平和条約において、控訴人らを含む台湾住民のわが国に対する請求権の処理を、両国政府間の特別取極の主題とすることを定めたのであるから、この時期において国籍条項が、理由のない不平等をもたらす規定であつたとはいいがたい。その後昭和二八年に至り、「恩給法の一部を改正する法律」(昭和二八年法律第一五五号)に基づき軍人、準軍人等又はこれらの遺族に対する恩給が復活し、これにより受給資格を回復するに至つた軍人、準軍人、軍属等及びその遺族に対する援護法上の障害年金、遺族年金等は、恩給、公務扶助料に切り替えられたところ、恩給法にも援護法同様の国籍条項が規定されているが、右規定についても同様である。
ところが、いわゆる日中国交正常化に伴ない、日華平和条約はその意義を失つたとされた結果、上記の取極についての協議はもはや行われることがなくなり、また、控訴人らは台湾の居住者であるため、望むと否とにかかわりなく、いわゆる国交正常化の後の中華人民共和国政府の援助はうけられない立場にあると推測され、現に同国政府とわが国政府との間で、控訴人らを含む台湾人の戦争被害の救済手段を協議する機会が作られていることは、全く伝えられていない。
このような複雑な国際事情が背景にあることを思えば、被控訴人が控訴人らに対する補償、救済の遅れについて道義上の責任を負うべきことは当然としても、現状すなわち国籍条項適用の結果生じている状態が、法の下の平等に反する理由のない差別と解することは、やはり躊躇せざるをえないと考える。
(七) 控訴人らの本訴請求を再記すれば、控訴人らは、控訴人らに前両法の救済、補償が及ばないことは、憲法一四条が定める法の下の平等の原則に反するから、控訴人らは日本人と同様の支給を求める権利を取得したのであり、その権利を行使して一人について五〇〇万円の支払を求めるというものである。
控訴人らに対して救済、補償を支給しないという法規ならびにその適用の結果が、理由のない平等権侵害とは必ずしもいえないことは、前項において説示した。かりに平等権侵害が肯定されるとしても、本訴請求の方法でその不平等を是正することはできないと解する。すなわち、日本国籍を有しない元日本軍人軍属にかかる援護又は恩給給付については、受給の範囲、支給金額、支給時期、支給方法などは、国会及び政府によつて多くの資料を基礎に決定されるべき事項であり、その手続を省略してただちに憲法一四条に基づく具体的請求権を行使しうると解する余地はない。けだし、事実審裁判所が限られた証拠調の結果から上記各要件を決定することは、裁判所の職責、機能の点から妥当性を欠くことが明白であるからである。したがつて、控訴人らは憲法一四条を根拠として、具体的金額の支払を命ずる判決を求めることはできないといわなければならない。
当裁判所は以上のように解するのであるが、ただ現実には、控訴人らはほぼ同様の境遇にある日本人と比較して著しい不利益をうけていることは明らかであり、しかも戦死傷の日からすでに四〇年以上の歳月が経過しているのであるから、予測される外交上、財政上、法技術上の困難を超克して、早急にこの不利益を払拭し、国際信用を高めるよう尽力することが、国政関与者に対する期待であることを特に付言する。
三予備的新訴について
控訴人らは当審において予備的請求を追加し、被控訴人が控訴人ら台湾人元日本軍人軍属の戦死傷に関し日本人と同等の補償を行うことを内容とする法律を制定しないことが違法違憲であることを確認する旨の判決を求めている。
控訴人らのいう補償立法の定立行為は、いうまでもなく国の立法機関である国会の専権事項であり、国会がその権能と政治的責任においてなすべき公法上の行為である。本件予備的新訴は、国会の右のような法的性質を有する立法行為につきその不作為の違法違憲確認を求める訴訟であるが、控訴人ら今次の戦争による戦傷者及び戦死者の遺族に対する補償問題に関し、単に国会が右補償を行うか否かについて立法権限を行使しないことの違法違憲確認を求めるものではなく、国会が控訴人ら日本国籍を有しない者についても日本人と同等の補償を行うことを内容とする法律を制定しないことの違法違憲の確認を求めるものである。国会の右立法の不作為を違法違憲というためには、国会に当該立法をなすべき作為義務があることを当然の前提とするから、右訴訟は、実質において国会に右のような立法義務があることの確認を求めるものにほかならず、講学上の無名抗告訴訟の一類型である義務確認訴訟に属するものと解される。この種訴訟が許容されるには、(1)行政庁ないし立法府において一定内容の作為をなすべきことが法律上二義を許さないほどに特定していて、行政庁ないし立法府の第一次的な判断権を重視する必要がない程度に明白であること、(2)事前の司法審査によらなければ回復し難い損害を生じ、事前の救済の必要性が顧著であること、(3)他に適切な救済方法がないこと、の各要件が満たされることが必要である。仮に控訴人ら主張のように国会に憲法上控訴人らに対する何らかの補償立法をなすべき作為義務があるとしても、援護法が制定以来我が国の国民感情、社会・経済・財政事情等の変化に伴い数次の改正を経て受給者及び受給事由の範囲を拡大し、支給金額等も増額させていたことからも明らかなように、元日本軍人軍属にかかる援護又は恩給給付は我が国の国民感情、社会・経済・財政事情等を考慮して策定された立法に基づいて実施されてきたもので、控訴人ら日本国籍を有しない元日本軍人軍属にかかる補償立法についても、これらに加うるに外交環境等をも考慮して、受給範囲、支給金額、支給時期、支払方法などを立法府である国会において決定されるべきことはいうまでもない。したがつて控訴人らに対する補償立法の内容となるべき受給の範囲、支給金額、支給時期、支給方法などは憲法上一義的に特定しているとは到底いうことはできない。
したがつて、控訴人らの本件予備的新訴はその許容されるべき要件を欠き不適法というほかはなく、却下を免れない。
五以上の認定判断によれば、控訴人らの主位的請求を棄却した原判決は結論において相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却し、当審において追加した予備的新訴は不適法であるから、これを却下し、控訴費用及び予備新訴にかかる訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(吉江清景 近藤浩武 林 醇)