大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)10号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について判断する。

原告は、本願発明は、ヒートパイプの従来知られていなかつた特性、すなわち、a 全長にわたり等温性に富むこと、b 熱的慣性が小さいこと、c 自己制御型の熱交換特性を有することに着目し、このヒートパイプをプラスチツク成形用金型に用いることにより、優れた効果を収めたものであるから、第一引用例ないし第三引用例記載の技術から容易に発明をすることができたものではない旨主張する。

(一)(1) そこで、本願発明が第一引用例ないし第三引用例記載の技術に基づいて容易に発明をすることができたかについて検討する。

成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例には、被冷却体の冷却のために用いられるヒートパイプを備えた冷却装置が記載され、また、成立に争いのない甲第六号証によれば、第三引用例には、ウオームギア減速機におけるウオームシヤフト内部に空隙部を設け、そこにヒートパイプを取り付けたものが示されており、ウオーム及びウオームギアの作動によつて発生する熱がヒートパイプによつて放熱される旨記載(第三欄第六一行ないし第四欄第九行、同第四七行ないし第五欄第三行)されていることが、それぞれ認められる。

(2) ところで、前掲甲第五号証及び第六号証を検討すると、第二引用例及び第三引用例には、原告主張のヒートパイプの特性a、b、cについては明示がなく、また、そこに記載のヒートパイプは、発熱部からの除熱のみを目的とし、加熱及び均熱を目的とするものでないことは、前記(1)の事実から明らかである。

しかしながら、成立に争いのない乙第二号証(昭和四九年八月二五日発行「古河電工時報」第五六号)によれば、本願発明の出願前に発行されたヒートパイプに関する技術文献には、ヒートパイプの構造及び作動原理が図示され(第六七頁右欄Fig.1、Fig.2)、「Fig.1のようなパイプの片端を熱すると温度が上昇し、液体は蒸発潜熱を奪つて蒸発する。これによる圧力上昇はすぐに他端に伝わるが、そこの方が温度が低くその平衡蒸気圧も低いので、凝縮熱を放出して、蒸気は液化する。液化した流体は毛細管作用によつてウイツク中をとおつて、蒸発部へ還流する。定常状態における両端の温度差は、蒸気がパイプ中をとおる間に生ずる圧力差⊿Pに対応した温度差⊿Tにほぼ等しくなり、Fig.2において⊿P/⊿Tの大きな温度領域で用いることにより、ほとんど等温的に、蒸発(蒸発熱)→蒸気の流れ→凝縮(凝縮熱)→毛細管による液体のもどりのサイクルで、熱を輸送することができる。」(同頁左欄末行ないし第六八頁左欄第一〇行)との記載があり、また、前掲甲第五号証によれば、第二引用例にも、「例えば、米国特許第二三五〇三四八号明細書あるいは雑誌「Chemie Ingenieur Technik」第三九巻(一九六七年)第一号第二一頁ないし第二六頁により、冷却技術の分野において、いわゆるヒートパイプを用いることは、公知になつている。このヒートパイプは、両端が閉鎖された筒状体とその内面を覆う毛細管現象を示す層とからなる。この層は、液状の冷媒、例えば、フレオン、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトン、ベンゾールあるいは水で湿潤されている。ヒートパイプの一部が加熱されると、この個所で層から冷媒が蒸発し、その蒸気は、温度勾配に従つて流れる。蒸気は、他の個所において凝縮し、この際、凝縮熱を放出する。」(第三四九頁右下欄第八行ないし末行)との記載があり、これらの記載から、ヒートパイプの構造及びその作動原理が、本願発明の出願前に、すでに普通に知られていたことが明らかである。

そして、右に述べたようなヒートパイプの構造及びその作動原理からみると、ヒートパイプは、非常に高い見掛け上の熱伝導率を有し、冷却のみならず、加熱及び均熱にも利用できること、したがつて、温度制御のために用いることができることは、当業者にとつて自明のことと考えられる。

したがつて、第二引用例及び第三引用例記載の技術がヒートパイプによる発熱部からの除熱のみを目的とするものであつても、後の(4)の項に述べるとおりプラスチツク成形用金型の温度制御の目的で、温度制御手段として広く加熱、均熱にもヒートパイプを用いることは、除熱、加熱、均熱の温度制御のための特段の構成について何ら規定されるところのない本願発明に係る限度においては、当業者にとつて容易にしうるものというべきである。

(3) 右の点に関連して、原告は、ヒートパイプの右a、b、cの特性は、本願発明の出願前知られておらず、原告がはじめて着目した旨主張する。

しかしながら、そのうち、a 全長にわたり等温性に富むこと及びb 熱的慣性が小さいことは、ヒートパイプが薄肉のパイプ構造をもち、熱容量が小さいこと及び密閉されたパイプ内で熱の輸送が、等温的に、蒸発→蒸気の流れ→凝縮→毛細管による液体のもどりのサイクルで、行われることの必然の結果としてもたらされるものであり、c 自己制御型の熱交換特性を有することに関して原告が主張する現象は、ヒートパイプの作動原理に従つて必然的に生起する現象であつて、いずれも、ヒートパイプの構造及びその作動原理に基づく自明のことにすぎない。このことは、前掲乙第二号証に、特性a、bについては、ヒートパイプの応用に関して、「<1>非常に高い熱伝導率をもつ。(したがつて、軽量化が計れる。)<2>ほぼ等温的に作動する。(したがつて、熱源の熱をほとんどロスなく任意の場所に引き出し処理できる。)」(第七一頁右欄第五行ないし第九行)との記載があること、特性cについては、同じくヒートパイプの「温度分布の均一化のための応用」が具体的に掲げられていること(同欄第二六行及び第三二行ないし第七二頁右欄第九行)からも裏付けられる。

したがつて、右のとおり、原告主張のヒートパイプの特性a、b、cは、いずれもヒートパイプの構造及びその作動原理に基づく自明のものにすぎず、右の構造及び作動原理が本願発明の出願前すでに普通に知られていた以上、原告がこの特性に着目したことは、本願発明の進歩性の判断に何ら影響を与えるものではない。

(4) ところで、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によれば、第一引用例には、プラスチツク成形用金型における温度制御に関し、「図71は、細いコアー・ピンに熱伝導率の高い銅とかアルミニウムのピンを挿入し、他の端を水冷して、コアー・ピンの冷却を行つている。」(第二三二頁右欄末段)との記載があることが認められるから、ヒートパイプについて前述したところに徴すれば、第一引用例記載の伝熱ピンに代えてヒートパイプを用いることは、当業者が必要に応じて容易に想到できるものというべきである。

(5) 原告は、第一引用例記載の金属とヒートパイプとは、伝熱機構を全く異にしており、本願発明を右の記載から容易に推考することはできない旨主張する。

しかしながら、ヒートパイプは、金属棒とは伝熱機構を異にするけれども、通常、金属棒と同様な棒状の外観をもち、熱の伝達に関しても、ヒートパイプの外面に現われる熱の移動現象は、見掛け上熱伝導という用語によつて表現することができることは、前掲甲第五号証、第六号証、乙第二号証中の記載から明らかであつて、金属棒の外面に現われる熱の移動現象と外見的に異ならない。

したがつて、第一引用例記載の金属棒状体である熱伝導率の高い銅とかアルミニウムのピンに代えて、ヒートパイプを用いることは、格別困難はないと認められるから、原告の右主張は理由がない。

(二) 原告は、本願発明は、ヒートパイプの有する特性に着目し、これをプラスチツク成形用金型に用いることにより優れた効果を収める旨主張する。

しかしながら、原告が主張する本願発明の効果は、いずれも、本願発明の出願前普通に知られていたヒートパイプの構造及びその作動原理から通常予測される範囲のものであることは前述したところから明らかであり、これをもつて格別顕著なものとすることはできない。

(三) 以上のとおりであるから、本願発明は第一引用例ないし第三引用例に基いて容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、審決には、原告の主張するような違法はない。

3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

熱媒体通過孔の設置又は加熱用ヒーターの埋設を行いがたい金型コアーあるいはスライドコアーを有するプラスチツク成形用金型の温度制御を行うに際して、前記金型コアーあるいはスライドコアーと成形用金型内の温度制御可能なブロツク又は該ブロツク内に設けた熱媒体流路とをヒートパイプで連結することにより温度を制御するようにしたことを特徴とするプラスチツク成形用金型。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面

(一)

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