大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)176号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

本件審決は、以下に述べるとおり、本願明細書の発明の詳細な説明中に「例2」として記載されている内容(第一二頁一九行目ないし第一三頁三行目)が本願発明の実施例ではなくて、実施例(「例2」の記載の前に「例1」として記載(第一一頁一三行目ないし第一二頁一八行目)されている。)に対する比較例であるのに、「例2」も本願発明の実施例として記載されていると誤つて認定、判断した結果、「例2の具体例については、依然としてその記載が不備」で、特許法第三六条第四項及び第五項の規定を満たしていないとした違法のものであるから、取消を免れない。即ち、

1 当事者間に争いがない、前記本願発明の特許請求の範囲に、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一(本願々書添附明細書)、二(昭和五十三年八月十一日付手続補正書)、三(昭和五十四年五月三十日付手続補正書)、四(同年十二月二十一日付手続補正書)、五(昭和五十五年七月二十四日付手続補正書)及び六(昭和五十六年十二月十一日付意見書に代わる手続補正書)を総合すると、「本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明は、気体媒体と接触する各誘電体表面は少なくとも一〇〇Åの厚さの酸化マグネシウムであることのみを特徴とする気体放電パネルであることを明確に把握することができ、また、本願明細書の発明の詳細な説明(ただし、第一一頁一〇行目以下を除く。)によれば、これによつて把握される発明は、特許請求の範囲によつて把握することができる前記のものと一致し、したがつて、本願発明を把握するうえにおいて、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との間に矛盾は存在しない」ことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。しかして、本願明細書の発明の詳細な説明のうち第一一頁一〇行目以下の記載は、後記のとおり、「例1」は本願発明の実施例を説明するものであり、「例2」は「例1」(実施例)に対する比較例を説明するものであつて、右認定を左右する記載ではない。

2 ところで、いわゆる実施例とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成が実際上どのように具体化されるかを示すもの(特許法施行規則様式16〔備考〕13参照)であるところ、本件において、特許請求の範囲により把握される発明は右1に記載のとおりのものであるから、本願発明の実施例ではその誘電体表面が少なくとも一〇〇Åの厚さの酸化マグネシウムであることとなる。したがつて、その誘電体表面が少なくとも一〇〇Åの厚さの酸化マグネシウムを欠くものは本願発明の実施例であるとすることはできないこと見易い道理である。

3 しかして、前掲甲第二号証の一ないし六によれば、本願明細書の第一一頁一〇行目ないし一二行目には、「以下の例は本発明の実施において本発明者らによつて考察された好結果の具体例のうちの一つを説明することを目的としている。」と記載され、この記載に続いて「例1」が説明され、続いて「例2」が説明されていること及び右「例1」に説明されているところのものは誘電体材料層の露出表面上に約一〇〇〇Åの酸化マグネシウムを蒸着させた構成であること並びに「例2」に説明されているところのものは誘電体上に酸化マグネシウムの層を設けない構成であることを認めることができるところ、右1及び2に述べたところからすれば、「例1」は本願発明の実施例であることは明らかであるが、「例2」は本願発明の実施例であるとすることはできないといわざるをえない。そして、このことは、次のような理由からもこれを首肯することができるのである。即ち、当事者間に争いのない、前記本願発明の特許請求の範囲に前掲甲第二号証の一ないし六を総合すれば、「本願発明の特許請求の範囲において、「気体媒体と接触する各誘電体表面は少なくとも一〇〇Åの厚さの酸化マグネシウムでありかくしてそのパネル動作電圧をかなり低下せしめることを特徴とする気体放電パネル」とされ、そして、本願明細書の発明の詳細な説明には「本発明は実質上減少した動作電圧をもつ新しい気体放電表示/記憶パネルに関する。」(第二頁八行目ないし一〇行目)と記載されているので、このことからすれば本願発明が気体放電パネルの動作電圧を低下させることをその目的の一つとしていることを認めうるところ、発明の詳細な説明において、「例1」に説明されるところ(第一二頁一六行目ないし一八行目)によれば、「例1」の製作された気体放電パネルは動作維持電圧が九〇ボルトに低下したのに対して「例2」に説明されるところ(第一三頁一行目ないし三行目)によれば、「例2」の製作された気体放電パネルは動作維持電圧は一四〇ボルトであり、これらを前提に、発明の詳細な説明には「酸化マグネシウムの層を例1のように誘電体表面に塗布すると、その結果製作された気体放電パネルの動作電圧はたとえば酸化物層を用いない例2と比較すると実質上減少する。」(第一三頁四行目ないし八行目)と記載されていて、気体放電パネルの動作電圧が「例1」の構成によるパネルは「例2」の構成によるパネルに比較して実質上減少する旨前記本願発明の目的に沿うことを結論づけていること」を認めることができ(右事実を左右するに足る証拠はない。)、右事実からすれば、「例2」は本願発明の実施例ではなく、いわば本願発明の実施例である「例1」に対する比較例であると解するのを相当とするのである。

なお、「例2」の説明に「誘電体上に酸化マグネシウムの層を設けない点を除いてあとは同様に例1のパネルの製作をくり返す」との記載があるところ、右文中「製作をくり返す」の文意が必ずしも明瞭でないためにその全体の構成が明確さを欠くけれども、前記「酸化物層を用いない例2」なる記載(本願明細書第一三頁七行目)を考え併せれば、「例2」は少なくとも誘電体上に酸化物の層を設けない構成であることは理解することができる。

4 審決は、「例2」は、本願明細書に、「以下の例は本発明の実施において本発明者らによつて考察された好結果の具体例のうちの一つを説明することを目的としている」との記載に続いて「例1」及び「例2」が列記されているものであるから、「例1」及び「例2」はともに本願発明の実施例と解するほかないとする。然しながら、明細書に記載された具体例については、それが実施例であるかどうかはその説明された内容が特許請求の範囲に記載された発明ないしは特許請求の範囲の記載から把握される発明の構成が具体化されたものであるかどうかによつて判断すべきものであることは、前記説示から明らかであるから、審決のいう右理由から直ちに「例2」が実施例であると即断することは失当である。

被告は、審決記載のとおり、本願発明について特許請求の範囲として記載されているところと本願発明の詳細な説明として記載されているところとが一致していないとし、その故に、特許請求の範囲として記載されているところのみをもつて本願発明とすることはできない旨述べるが、この認定ないし判断が誤りであること既に説示のとおりである。被告が挙示する東京高等裁判所の判決は、本件と事案を異にするものであつて、被告の右主張を補充するものとして参照するところはない。

被告はまた、一つの発明の実施例であつてもそれぞれの実施例には作用効果の違いがあることは当然であり、「例1」のものが「例2」のものよりすぐれた効果を奏するとしても、それのみによつては「例2」のものが実施例でない、とすることはできない旨述べる。一つの発明の実施例であつてもそれぞれの実施例に作用効果の違いがあることは被告主張のとおりであるが、「例2」に説明されている気体放電パネルは本願発明の構成である誘電体表面の酸化マグネシウムの層を設けない構成のものであつて、その故に、「例1」に説明されている気体放電パネルが「例2」に説明されているそれに比して動作電圧が実質上減少するという効果を奏するものであると解することができることは既に説示のとおりであり、被告の右主張は効果の違いについての右のような理由を検討することなく述べるものであるから、右主張をもつて「例2」を実施例であるとするに由ない。

三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。

一対の向かい合つた誘電体材料の電荷蓄積表面によつて形成され、各誘電体材料の電荷蓄積表面によつて電離可能な気体媒体から絶縁される少なくとも一つの電極を有する気体室に前記気体媒体を有する気体放電パネルにおいて、気体媒体と接触する各誘電体表面は少なくとも一〇〇Åの厚さの酸化マグネシウムであり、かくしてそのパネル動作電圧をかなり低下せしめることを特徴とする気体放電パネル。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!