東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)224号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は本願発明と引用例記載のものとが目的、構成及び作用効果を異にする点を看過し、ひいて、本願発明をもつて引用例記載のものと同一であるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり理由がないものというべきである。
1 前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報)を総合すれば、本願発明は、一般に電子写真装置等の画像形成装置に適用するクリーニング装置、特にブレード方式のクリーニング装置の改良に関するものであるところ、各種電子写真プロセスでは感光体上に静電潜像を形成し、着色トナーにより現像し、この現像像を他の紙等の転写材に転写し、転写像を該転写材上に定着して、複写を完成させ、転写後の感光体表面をクリーニングして再使用に供するもので、この種クリーニング装置として、近年、ブレード方式のものが種々の利点から実用に供されるに至つているが、従来のブレード方式クリーニング装置では、弾性ブレードの材質の選択(感光体表面に十分密着する適度な弾性を有すること、感光体表面を損傷しない硬度であること、耐摩耗性、耐熱性、摩擦帯電性等の性質の考慮等)が極めて困難であり、また、弾性ブレードを被クリーニング表面に当接保持するために複雑大型の機構を必要とする等の問題があつたこと、本願発明は、この問題を解決し、電子写真等の画像形成装置の現像材付着により汚染された円筒状被クリーニング部材表面のクリーニングを良好に行い得るクリーニング装置を提供することを目的とし、前記本願発明の要旨のとおりの構成(特許請求の範囲の記載に同じ。)を採用したものであり、本願発明においては、円筒状被クリーニング部材表面に当接するエツジを有する弾性拭掃板とその可撓性板状保持部材及びそれらの支持部材とを有機的に結合させた上記構成により、弾性拭掃板を被クリーニング部材に圧接させる力は、可撓性板状保持部材に機能させればよいので、弾性拭掃板の材料選択に際し、そのエツジを被クリーニング部材表面と圧接状態に維持するための諸性質を考慮する必要がなく、感光体等の被クリーニング表面に当接するための諸性質(すなわち、被クリーニング表面との密着を良好とする弾性、前記表面を損傷しない硬度、耐摩耗性、耐熱性、摩擦帯電性等)を考慮するのみで足りることとなり、その結果、弾性拭掃板の材料の選択が広範で容易となり、しかも所要の性質を有する優れた材質が選択しやすくなる等所期の目的を達し、装置の簡易小型化を可能とする効果をも奏し得たものであり、弾性拭掃板の材質として、弾性を有するゴム、プラスチツク等の厚さ〇・五ないし一〇mm程度の板が適当とされることを認めることができる。原告は、本願発明の「被クリーニング部材」は電子写真装置における感光体であり、かつ、被クリーニング部材表面全幅をクリーニングするものである旨主張するが、前記特許請求の範囲に「被クリーニング部材」についてこれを原告主張のように限定する文言がないこと、並びに前掲甲第二号証により認められる、本願発明の明細書の発明の詳細な説明においても、従来の問題点を示す具体例や実施例の説明以外の総括的記載においては、「本発明クリーニング装置は、現像剤の付着した被クリーニング部材」(第二頁第三欄第一二行及び第一三行)又は「感光体等の被クリーニング部材」(第三頁第六欄第四三行並びに第四頁第八欄第一行及び第二行)なる文言が用いられており、原告主張の趣旨に限定されていない事実に徴すれば、本願発明の被クリーニング部材を電子写真装置における感光体と限定的に解釈し、また、被クリーニング部材表面全幅をクリーニングするものと解する根拠はなく、本願発明の被クリーニング部材が画像形成装置であることから、クリーニング面が幅広で、被クリーニング部材表面全幅であることを当然とするものともいい得ない。したがつて、原告の右主張は採用の限りでない。更に、原告は、本願発明の「弾性拭掃板」の弾性度につき、拭掃板の被クリーニング部材表面への密着と該表面を損傷しないことから適当な弾性を有するもののみに限られる旨主張するが、前記本願発明の特許請求の範囲には、単に「弾性拭掃板」とあるだけで、その程度を数値的に限定する記載はなく、また、前掲甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、拭掃板の材質の硬度について、原告主張のとおりの記載があることが認められるけれども、右記載はそこに示された硬度が良好であることを記述したにとどまり、拭掃板の硬度を必ずしも右の範囲に限定する趣旨に解することは相当でなく、したがつて、原告の右主張も採用することができない。
また、本願発明の「現像剤」について、原告は、電子写真等の画像形成装置の感光体である被クリーニング部材の表面に付着するもので、付着力のみならず、静電気力にもよる付着物である旨主張する。しかし、前記本願発明の特許請求の範囲の記載には、単に「現像剤」とあるだけで、それが画像形成のためのものと認めることができても、右文言を原告主張のように電子写真装置用の現像剤に限定して解釈する余地はなく、また、前説示のとおり本願発明の被クリーニング部材を写真装置における感光体と限定的に解し得ないことからも、そのように解することはできず、したがつて、原告の右主張も採用できない。
2 一方、引用例に本件審決認定のとおりの記載内容があること(引用例の図面符号(15、17)を被クリーニング部材であるとし、同(46、47)を弾性拭掃板であるとした点を除く。)は、原告の認めるところ、これに成立に争いのない甲第三号証(引用例)を総合すれば、引用例は、本願発明の出願前に国内で頒布された「真空カラーデイバイダー(分割装置)」の名称の米国特許明細書であるが、これに記載された発明は、印刷機のローラー(シリンダー)上のカラーインクを分けるためのデイバイダーであつて、右装置は多色印刷をする際インクシリンダー上の異なる色のインクが互いに混らないよう境界部のインクを除去するものであるが、該装置は、シリンダー(15、17)上の異色インク中の境界部分のインクが、シリンダー表面に当接するエツジを有するブロツク(46、47)によりシリンダーの回転に従い掻き取られたうえ、スリツト(48)から真空吸引されて除去される装置であつて、ブロツクは、材質について「プラスチツクで十分であるが、ナイロンが最適である。」
(第三欄第八行ないし第一〇行)とされ、「シリンダーを引つ掻かず、また、不当に摩滅することなく、回転スチールシリンダーに当接して」(同欄第一一行ないし第一三行)おり、バネ状のスチールアーム(36、39)が一端でブロツクを支持し、他端では締付け部及びネジ(30、31、37)等の支持部材によりシヤフト(25)に固定されており、支持部材はブロツクのエツジ当接点におけるシリンダー面の接線とブロツクとがなす接触角(当接線においてすくい角と反対側にある逃げ角)が鋭角となるようにして、アームを保持する構成のものであることが認められる。
3 そこで、前認定した事実に基づき、本願発明と引用例記載のものとを対比すると、引用例記載のもののシリンダー、ブロツク、アームがそれぞれ本願発明の被クリーニング部材、弾性拭掃板、可撓性板状保持部材に相当し、本願発明と引用例記載のものとの間には、本件審決認定のとおりの一致点及び相違点があるものと認められる(叙上認定の事実中、本願発明の被クリーニング部材、弾性拭掃板が引用例記載のもののシリンダー、ブロツクにそれぞれ相当する点を除き、その余の事実は、原告の認めるところである。)
原告は、引用例記載のもののシリンダーは本願発明の被クリーニング部材と同一といい得ない旨主張するが、引用例記載のものでは、シリンダーの表面上の異なるカラーインクの境界部にブロツクが当接し、同部のインクがブロツクに掻き取られて除去されるものであることは前認定のとおりであつて、シリンダー表面のインク掻き取りの態様も後記認定のように本願発明における被クリーニング部材表面から現像剤が除去される態様と異なることはない。また、原告は、引用例記載のものでは、本願発明と異なり、シリンダー表面全幅のインクが掻き取り除去されるものではないが、本願発明においては被クリーニング部材表面全幅に付着する現像剤がすべて除去されるもので、この点において両者に差異がある旨主張するが、本願発明は、被クリーニング部材の全幅をクリーニングするものに限定されないことは、前説示のとおりである。したがつて、原告の叙上主張は、いずれも採用するに由ない。
次に、原告は、引用例記載のもののブロツクが本願発明の弾性拭掃板と同一といい得ない旨主張し、その根拠として、幅員、材質(弾性)の差異を挙げるところ、幅員の点については、本願発明の被クリーニング表面の幅員を原告主張のように解し得ない以上、この点において両者に差異はなく、また、材質(弾性)の点については、引用例記載のもののブロツクは、前認定のとおりプラスチツクをその材質とし、うちナイロンを最適とするものであり、これがバネ状のスチールアームに支持され、スチール製のシリンダーに対し引掻かず、不当に摩滅することなく当接するものであるから、剛性のシリンダーに対し、ブロツクが右のように当接するためには弾性のものでなければならないことは明らかである(なお、前認定の引用例の構成からすると、引用例記載のものは、原告の主張のように、ブロツクのシリンダーへの当接時にスリツトが閉じないようにすることが必要であるが、そのためにブロツクが剛体であることを要するものとは認め難い。)。原告は、本願発明の弾性拭掃板がその構成上被クリーニング部材表面の当接全域において均一良好な密着と該表面を損傷しないことが重要であつて、この点からその弾性が定められる旨主張するが、前認定のとおり本願発明の拭掃板は被クリーニング部材表面の全幅をクリーニングするものに限定されないし、拭掃板に求められる弾性は、前認定の本願発明と引用例記載のものとの構成からみて、両者に差異があるものとは、到底認めることができず、したがつて、原告の右主張も採用できない。
次に、原告は、クリーニングの対象である引用例記載のものにおけるカラーインクと本願発明の現像剤の相違点は、本件審決認定のように均等の範囲にとどまるものではなく、顕著な差異に当たる旨主張するから、この点について検討するに、原告の右主張は、本願発明の現像剤が電子写真装置等の感光体表面に静電気力をも受けて付着するものであることを前提とするものであることはその主張自体に徴し明らかであるところ、本願発明の現像剤をこのように限定することができないことは前説示のとおりであるのみならず、引用例記載のものにおけるカラーインクと本願発明の現像剤とはいずれも、被クリーニング部材(シリンダー)の表面に付着し、除去されるべきものであつて、除去の態様も該被クリーニング部材(シリンダー)の回転に従い、これに弾性をもつて当接する弾性拭掃板(ブロツク)によつて掻き取られるものであることは前認定の両者の構成から明白であつて、両者間には、この点の技術的意義において、格別異なるものがあるとみることはできない。したがつて、本件審決のこの点の認定に誤りはなく、原告の上記主張も採用することができない。
4 そうであるとすれば、本願発明は引用例記載のものと同一とみるのが相当であつて、本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
現像剤の付着した被クリーニング部材表面に当接するエツジを有する弾性拭掃板と、
一端部に弾性拭掃板を固定保持する可撓性板状保持部材と、
エツジ当接点に於ける被クリーニング面の接線と上記拭掃板とが成す接触角が鋭角となるようにして上記保持部材の拭掃板を保持する側とは反対側を支持する支持部材と、を有することを特徴とするクリーニング装置。