東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)24号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、引用例記載の発明の技術内容とそれが本件特許発明と同一の発明と認めることができるかどうかについて検討する。
1 成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例には、「電解用不溶性電極およびその製造方法」の名称のもとに、「本発明はハロゲン化物水溶液などの電解にすぐれた特性を有する電解用不溶性電極およびその製造方法に関するものである」(三八一頁左欄一五ないし一七行)、「本発明は電極基材表面に五〇モル%を越えるパラジウム酸化物を含む金属酸化物層を有する電解用不溶性電極である」(三八一頁右欄一八ないし二〇行)、「本発明の電極においては表面被覆物としてパラジウム酸化物の他に弁作用を有する金属、例えばチタン、ジルコニウム、タンタル等の酸化物を少量含むことも許容され、これらの酸化物が含まれると耐食性はさらに向上することが認められた」(三八二頁左上欄一二ないし一七行)、「なお上述の説明ではパラジウムの酸化物のみについて記載したが該パラジウム酸化物に、金、銀、白金、ルテニウム、イリジウム、オスミウム(「オスジウム」の記載は誤記と認められる。)、ロジウムの酸化物を〇~二〇%(モル)添加せしめ、両酸化物の総量が五〇%(モル)以上であれば本発明に係る性能は十分に認められるものである」(三八三頁左下欄四ないし九行)及び「本発明の電極は食塩水を代表とするハロゲン化物水溶液の電解に用いられ」(三八三頁左下欄一〇ないし一二行)との記載があり、更に第一表にパラジウム酸化物一〇〇モルパーセントの組成よりなる電極が記載されていること(三八三頁左上欄)が認められる。
引用例の右記載によれば、引用例に記載された電解用電極は、食塩水を代表とするハロゲン化物水溶液の電解に用いられるものであり、他方、本件特許発明に係る電解用電極は、その発明の要旨によれば、アルカリ金属塩水溶液の電解に用いられるものであるから、両者は食塩水の電解に用いられる点で同一である。次に引用例の右記載によれば、同記載の電解用電極に用いられる電極用基材表面の金属酸化物層は、(イ)パラジウム酸化物のみから構成される場合、(ロ)パラジウム酸化物と弁作用を有する金属の酸化物とから構成される場合、(ハ)パラジウム酸化物に二〇モルパーセント以下の量の金、銀、白金、ルテニウム、イリジウム、オスミウム、ロジウムの酸化物が添加された組成よりなる場合があるものということができる。そして、(ハ)の場合において、パラジウム酸化物にルテニウム酸化物を添加すれば、金属酸化物層の構成は、パラジウム酸化物一〇〇~八〇モルパーセント及びルテニウム酸化物〇~二〇モルパーセントよりなることになるから、引用例記載の電解用電極において、電極基材表面に設けられる金属酸化物層がパラジウム酸化物八〇~九五モルパーセント及びルテニウム酸化物五~二〇モルパーセントからなる場合は、その限度で、パラジウム酸化物五五~九五モルパーセント及びルテニウム酸化物五~四五モルパーセントからなる本件特許発明に係る電解用電極と電極の被覆組成において一致することになる。
かように、引用例記載に係る電極も本件特許発明に係る電極も、その用途及び被覆組成において一致がみられる以上、引用例には、本件特許発明と構成上同一の発明が記載されているものということができ、右同一性の認定を妨げる特段の事情もない。
2 原告は、二発明が同一発明というためには、二つの発明につきその目的、構成、効果が一致することが必要である旨主張する。しかし、発明の目的は発明者の主観的意図であるし、効果は客観的なものであるといつても、明細書に記載されたものは、発明者が認識したもののうち目的との関係で必要と認めたものに限つて採り上げたものであるから、これまた主観的なものといわざるを得ないのであつて、かような発明者の主観と目されるものを基準として発明の同一性を判断するのは相当ではない。複数の発明を識別する手掛りとなるのは、正にそれぞれの有する技術的構成であり、各発明の構成が全面的にあるいは部分的に一致すると認められる場合には、特段の事情がない限り、発明者の認識いかんにかかわらず、それらは同一の目的を達し、同一の効果を奏することになるのである。したがつて、二つの発明において、その構成が一致すれば、両発明は、特段の事情が認められない限り、その目的及び効果を対比するまでもなく、同一のものと認めて差支えないものというべきであるから同一発明というためには、構成のほか、目的、効果も一致することを要するとする原告の主張は理由がない。
3 原告は、また、引用例の前記三八三頁左下欄四ないし九行の記載は引用例の発明の構成要件として記載されておらず、また、引用例には、本件特許発明に係る電極のようにパラジウム酸化物とルテニウム酸化物からなる被覆の実施例が示されていない旨主張する。しかし、特許法二九条一項三号により、刊行物に記載された発明として引用されるのは、引用例の特許請求の範囲に記載された発明に限られるものではなく、また、実施例として記載された発明に限られるものでもないことはいうまでもないところであり、要は引用例中に当業者が容易に実施できる程度に構成が示された記載があれば足るのであるから、原告の右主張は理由がない。
三 以上のとおり、原告の主張する審決取消事由はいずれもその理由がなく、本件特許発明が引用例に記載された発明と同一であるとした審決の判断に誤りはないというべきである。
四 よつて、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件特許発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「電解用電極」とする特許第九九〇〇六八号発明(昭和四九年一一月一三日出願、昭和五三年七月二八日出願公告を経て登録、以下この発明を「本件特許発明」という。)の特許権者であるところ、被告は昭和五六年六月一八日原告を被請求人として、特許庁に対し、右特許を無効にすることについて審判の請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第一二二八七号事件として審理の上、同年一一月六日右特許を無効とする旨の審決をし、その審決謄本は、昭和五七年一月九日原告に送達された。
二 本件特許発明の要旨
パラジウム五五~九五モルパーセント、ルテニウム五~四五モルパーセントよりなる酸化物のみを導電性基板上に被覆してなるアルカリ金属塩水溶液電解用電極。