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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)250号 判決 1985年1月24日

原告

株式会社マンテン

被告

株式会社ナカ技術研究所

右当事者間の標記事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和54年審判第8535号事件について昭和57年9月20日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「天井点検口」とする発明(昭和39年9月10日特許出願、昭和46年1月25日出願公告、昭和48年2月5日特許権の設定登録、登録番号第676116号。以下、その特許請求の範囲第1項の特許発明を「本件発明」という。)についての特許権者であるところ、原告は、昭和54年7月9日、被告を被請求人として本件発明につき特許の無効の審判を請求し、昭和54年審判第8535号事件として審理された結果、昭和57年9月20日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月1日に原告に送達された。

2  本件発明の要旨

枠の下縁部が内側に突出した外枠に、外枠の下端縁と内枠の下端縁が近接して揃うように内枠を嵌入し、外枠及び内枠の一側方に偏しかつ枠内の下端縁より上方に設けられた軸体によつて、内枠を回動自在に枢着してなる天井点検口。

(別紙図面(1)参照。)

3  審決の理由の要点

1 本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2 ところで、米国特許第2701840号明細書(1955年2月8日特許登録。以下「引用例」という。)には、「天井にはめ込んで取付けられるハウジング11とその下端開放部に開閉自在に取付けられたドア24を有する天井照明装置、並びに、上部の大きなケースが省略されたハウジングの枠(以下「外枠」という。)とこの内側に回動自在に取付けられたドアの構成に係る枠(以下「内枠」という。)との組合せからなる天井照明装置の部分構成、すなわち、後壁15の方に片寄つてねじ26が設けられた外枠に、弧状溝39が設けられた内枠が嵌入され、外枠のねじに内枠の弧状溝がはまつて内枠が回動自在になつている部分構成、及び上部の大きなケースが省略されたハウジングの外枠とこの内側に取付けられたドアとの組合せからなる天井照明装置の部分構成、すなわち、外枠とこれに嵌入される内枠とガラスレンズからなるドアからなり、外枠には、その前後壁14、15の下端部に内側に突出したドアの支持に係るフランジ22、23と後壁の方に片寄つてねじがそれぞれ設けられる一方、内枠には、弧状溝が設けられていて、外枠に設けられたねじに内枠の弧状溝がはまつてドアが回動自在になつている部分構成」が記載されている(別紙図面(2)参照。)。

3 そこで、本件発明と引用例記載の装置とを対比すると、本件発明に係る天井点検口も引用例記載の天井照明装置も、天井に開口部を穿設し、ここに取付けられたものである点で共通し、そして、引用例記載の装置は、前記本件発明の要旨の構成に類似した、後壁の方に片寄つてねじが設けられた外枠に、弧状溝が設けられた内枠が嵌入され、外枠のねじに内枠の弧状溝がはまつて内枠が回動自在になつている構成要素を有するものであることが認められる。

しかしながら、天井点検口は、天井裏に設けられた電気の配線や各種の配管等を点検したり天井回りを修理するための出入口として、天井面に設置されるものであるのに対し、天井照明装置は、天井に照明用光源を設けて室内を照明するためのものであつて、両者は、用途、機能において全く相違する。

したがつて、天井点検口も天井照明装置も、ともに天井に穿設された開口部に取付けられたものであり、かつ、引用例記載の装置が本件発明の構成要素に類似した構成要素を有するとしても、両者は、全体として、用途、機能において全く相違するものがあるから、本件発明は、引用例記載の装置から容易に発明をすることができたものとはいえない。

4  本件発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものということはできず、これを無効とすべきものではない。

4  審決を取消すべき事由

本件発明に係る天井点検口と引用例記載の天井照明装置とは、次の1のとおり、用途、機能を同じくし、また、2のとおり、その設置箇所、設計施工を行う業者等の点からみて両者の技術的知識が交流することは当然であるから、引用例記載の天井照明装置の技術的知識を本件発明に係る天井点検口の技術に転用することは容易であるのに、審決は、誤つて、両者は用途、機能において全く相違するという理由で、本件発明は引用例記載の装置から容易に発明をすることができたものとはいえないと判断したものであつて、違法であるから、取消されねばならない。

1 審決は、「天井点検口は、天井裏に設けられた電気の配線や各種の配管等を点検したり天井回りを修理するための出入口として、天井面に設置されるものであるのに対し、天井照明装置は、天井に照明用光源を設けて室内を照明するためのものであつて、両者は用途、機能において全く相違する。」とするが、この判断は、引用例記載の天井照明装置の技術的な本質を全く無視したものであつて、誤りである。

引用例記載の天井照明装置は、使用状態に予め組立てられたうえ、天井に穿設された開口部に取付けられる照明装置であつて、天井面から装置自体を取外したり、その組立てられた状態から分解したりすることなく、部品の清掃、修理、交換のために装置内部、すなわち、装置が取付けられた天井面の内側における作業を行えるように、装置の下側部分を形成するドアを、開放位置と閉鎖位置との間で揺動できるようにしたものであるから、天井点検口と引用例記載の天井照明装置とは、ともに、天井面に穿設された開口に取付けられ、取付けられた位置から取外したり分解したりすることなく、天井面の内側に手等を入れて、天井面の内側の清掃、点検等を行うものであるという点において、用途、機能を全く同じくするものである。

2 天井点検口と天井照明装置とは、ともに天井に取付けられる設備器具であり、しかも、近接して設置されるものであつて、その設計施工も建物の内装工事を請負つた同一の業者によつて行われることが多い。

したがつて、両者の技術的知識が交流することは至極当然のことである。現実に、照明装置は、天井点検口に技術的に極めて近似した天井収納用はしごユニツトをも取扱つている住宅設備機器メーカーによつて開発、販売されている(甲第6号証、第7号証)から、照明装置と住宅設備機器の間に相互に技術的知識の交流がされるのは当然である。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

2  請求の原因4の審決を取消すべき事由についての主張は争う。

審決には、これを取消すべき違法は存しない。

1 原告は、天井点検口と引用例記載の天井照明装置とは、ともに、天井面に穿設された開口に取付けられ、取付けられた位置から取外したり分解したりすることなく、天井面の内側に手等を入れて、天井面の内側の清掃、点検等を行うものであるという点において、用途、機能を全く同じくするものであると主張するが、引用例記載の天井照明装置は、ハウジング11内に光源があり、その光により室内を照明するものであつて、本件発明に係る天井点検口とは用途、機能において全く異なるのはもちろんのこと、構成においても似て非なるものである。

その基本的な相違点は、審決に述べられているとおりであるが、更に、その相違点について具体的に述べれば、次のとおりである。

①  引用例記載の天井照明装置は、前述のように室内照明用の設備であるのに対して、本件発明に係る天井点検口は、天井裏に収められている空調、照明、防災、給排水等の設備機器類及びこれらの配管、配線等を点検するための天井開口部を形成するものである。

②  引用例記載の天井照明装置における枠状体(フランジ19、20の部分)は、ハウジング11の一部として、その開口縁に設けられているものであるのに対して、本件発明に係る天井点検口における外枠は、室内から天井裏の空間に通ずる開口の輪郭を形成しているものであつて、文字どおりの「枠」体である。

③  引用例記載の天井照明装置における回動自在の枠体は、これにレンズ34等を取付けることによりハウジング11の底蓋を構成するものであるのに対して、本件発明に係る天井点検口における内枠は、前述のような外枠に取付けられるものであり、これに張着されるものは天井板である。

④  引用例記載の天井照明装置では、前述の枠体を開いた場合に点検可能な範囲は、ハウジング11内に限られるのに対して、本件発明に係る天井点検口では、内枠を開くことにより天井裏の広い範囲が点検可能となる。

2 原告は、また、天井点検口と天井照明装置の技術的知識が交流することは当然のことであるから、引用例記載の天井照明装置の技術的知識を本件発明に係る天井点検口の技術に転用することは容易である旨主張するが、天井照明装置と天井点検口は、建物の天井に取付けられる点では共通であるが、属する技術の分野が異なつており、一方の技術を他方に転用することが容易であるというような親近関係にあるものではない。

すなわち、我が国における発明の分類では、引用例記載の天井照明装置は第93類(照明)のE4(電燈支持具)であるのに対し、本件発明に係る天井点検口は第89類(建築)のG(天井)であつて、この点からも両者が異なる技術の分野に属するものであることは明らかである(甲第2号証、第3号証、乙第1号証の1ないし3、第2号証の1ないし4)。また、我が国における建設業界の実情でも、天井照明装置は、建物に付属する電気設備の1つ(照明設備)とされ、電気業者が扱つているのに対し、天井点検口は、建物の天井の一部の構成材として建築金物業者が扱つており(乙第3号証の1ないし7、第4号証ないし第6号証の各1ないし6)、両者間に技術の交流がたやすく行われるような親近性はない。

原告の主張は、要するに、天井照明装置と天井点検口の施設箇所がともに天井であることから即断し、前述の事実を無視したものであり、不当である。

第4証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)、及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、請求の原因4の審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 本件発明(特許請求の範囲第1項の特許発明)は、右争いのない本件発明の要旨から明らかなように、天井点検口を対象とするものであるが、成立に争いのない甲第2号証(出願公告決定後の補正に基づく本件発明についての訂正の公報)によれば、本件発明の明細書には、本件発明の目的について、従来の天井点検口の「構造は、大部分方形状に組立てられた縁枠を野縁や梁杆に直接固着して、この縁枠の下端部に同様方形状とした蓋板を嵌入載置しているにすぎず、開閉する際には、その都度蓋板をはずして使用しなければならず、操作が煩雑であり、また、天井点検口及びその附近の汚損が目立ちかつ損傷が激しい欠点があつた。本発明の第1の目的は、内枠を外枠に枢着して、内枠をはずすことなく回動状に開閉して、天井点検口及びその周囲の汚損や損傷を防止することであり」(第1頁左欄第28行ないし第37行)との記載のあることが認められ(同号証によれば、本件発明の明細書には、右記載に引続いて第2及び第3の目的が記載されている(第1頁左欄末行ないし右欄第9行)ことが認められるが、第2の目的は、本件発明の構成要件の外に、内枠の内壁部に内枠部天井板止着用枠体を上下動自在に嵌入することを構成要件とする特許請求の範囲第2項の発明に、第3の目的は、本件発明の構成要件の外に、内枠が、その開口方向に延長する主縁部と主縁部の一側から内枠開口方向の内側に突出する鈎状突縁を有することを構成要件とする特許請求の範囲第3項の発明に関する特有のものであつて、特許請求の範囲第1項の発明たる本件発明とは関係がない。)、この記載と特許請求の範囲第1項の記載を併せ考えれば、本件発明は、天井に穿設された開口に取付けられるべき外枠に内枠を嵌入し、これを回動自在に枢着したものである点に構成上の特徴があるものと認められる。

2 一方、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、天井に穿設された開口に取付けられるべきハウジングの枠にドアを嵌入し、これを回動自在に枢着した構成を備える天井照明装置が記載されていることが認められ、右ハウジングの枠は本件発明における外枠に、右ドアは本件発明における内枠にそれぞれ相当するものと認められるから、引用例記載の装置は、前記本件発明の構成上の特徴を備えるものであることが明らかである。そして、同号証によれば、引用例記載の装置は、ハウジングの枠(外枠)の下端縁とドア(内枠)の下端縁が近接して揃うようにドアを嵌入したものである点において本件発明の構成と一致し、ハウジングの枠(外枠)にドア(内枠)を回動自在に枢着する手段も、ハウジングの枠の後壁がわに偏しかつ枠内の下端縁より上方に突出して設けられたねじ又はねじ類似物にドアの弧状溝がはまつているものであつて、これから、本件発明の構成に係る「外枠及び内枠の一側方に偏しかつ枠内の下端縁より上方に設けられた軸体」に想到するにいささかの困難もないことが、両者の構成自体に徴し、認められる。

なお、被告が、被告の答弁2 1において引用例記載の天井照明装置と本件発明に係る天井点検口の用途、機能上の相違点ないし構成上の相違点として主張する①ないし④の点のうち、①、③、④の点は、本件発明の要旨とは直接関係のない、天井照明装置と天井点検口という対象物の相違自体に基づく一般的な用途、機能上の相違点ないし構成上の相違点にすぎず、また、②の点は構成上の相違点というほどのものではないから、いずれも、格別、引用例記載の装置と本件発明の相違点ということはできない。

3  しかして、被告は、天井照明装置と天井点検口は、属する技術の分野が異なつており、一方の技術を他方に転用することが容易であるというような親近関係にあるものではないと主張する。

前掲甲第2号証、第3号証、成立に争いのない乙第1号証の1ないし3、第2号証の1ないし4によれば、審査ないし登録の過程において、引用例記載の装置は、我が国の特許分類第93類(照明)E4(電燈支持具)に対応する米国の特許分類240―78に分類されたものであるのに対し、本件発明は、我が国の特許分類第89類(建築)のG1(天井の構造)に分類されたものであること、成立に争いのない乙第3号証の1ないし7、第4号証ないし第6号証の各1ないし6によれば、天井照明装置と天井点検口は、建築資材の分類上異なるものとして分類されることがあり、それを取扱う業者も一応異なる(前者は電気設備工事の業者、後者は金物工事の業者。)ものとされていることが、それぞれ認められるが、天井照明装置と天井点検口は、建物の天井に穿設された開口に取付けられるものである点で共通するものであるのみならず、引用例記載の装置の技術的思想は、対象の装置が照明装置であることにより照明装置本来の機能を達成するための技術手段に係る構成と、天井に対象の装置を取付けるための技術手段に係る構成とからなるものであり、本件発明は、天井点検口を対象とするものの、天井に対象の装置を取付けるための技術手段としては、天井に穿設された開口に取付けられるべき外枠に内枠を嵌入し、これを回動自在に枢着した構成を備える点(この点に本件発明の構成上の特徴があることは前記1のとおり。)で引用例記載の装置と一致し、対象の装置が天井点検口であることによる特有の構成は何ら備えるものではないから、仮に天井照明装置と天井点検口との属する技術の分野が異なるとしても、両者は、技術的にみて極めて近い関係にあり、引用例記載の装置の技術手段を天井点検口に転用することに格別の困難は見出し難く、その転用は容易といわなければならない。

4  しかるに、審決は、引用例記載の装置が本件発明の構成要素に類似した構成要素を有することを認めながら、両者は、全体として用途、機能において全く相違するものがあるからという理由で(その指摘するところは、天井照明装置と天井点検口とは対象物が異なるものであるというに帰する。)、本件発明は引用例記載の装置から容易に発明をすることができたものとは認められないと判断したものであつて、本件発明の進歩性の判断を誤つたものであるから、違法として取消されねばならない。

3  よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 竹田稔 水野武)

<以下省略>

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