東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)267号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 本願発明と引用例記載の発明がともにCaO(石灰)基の耐火物によりライニングされた容器を用いてアルミニウム添加により溶鋼の脱酸を行う精製技術に関する点で一致し、請求の原因四1(一)及び(二)に摘示した点において相違していることは当事者間に争いがない。
しかして、右の事実によれば、審決は引用例記載の発明では脱硫剤を添加しているのに本願発明同様これを使用していないと認めた点(したがつて、前者では脱硫剤により脱硫しているのに対し、後者ではアルミニウムにより還元された金属態カルシウムが脱酸、脱硫をしている点)及び引用例には溶鋼の精製処理を大気中で行うことが記載されているのに単に真空下又はアルゴン雰囲気下で行われることについての明示がないとした点において、両発明の相違点を看過したことは明らかである。原告は審決が右看過の結果、本願発明の進歩性に対する判断を誤つた旨主張するので、以下に両発明の技術的内容を具体的に対比しつつ検討する。
三 相違点(一)について
1 成立に争いのない甲第二、第三号証(本願発明の特許公報、同手続補正書)によれば、本願発明は真空下又はアルゴン雰囲気下で溶鋼に添加されたアルミニウムが溶鋼中の酸化物系非金属介在物及び気体酸素と反応して酸化アルミニウムとなることによつて脱酸を行い、更に酸素と未反応のまま過剰に存するアルミニウムが容器の裏付耐火物中の石灰(酸化カルシウム)を還元して金属態カルシウムを生成させ、このカルシウムが脱酸、脱硫を行い、かつこのカルシウムを溶鋼中に一定量残留させることによつて酸素につき〇・〇〇〇五パーセント以下、硫黄につき〇・〇〇二パーセント以下の低い含有量の溶鋼を得ることを特徴とするものであることが認められる。
この事実によれば、本願発明は殊更に脱硫剤を添加することなく、アルミニウムのみの添加によつて容器の裏付耐火物中の石灰を還元して金属態カルシウムを生成させ、これを脱硫に利用するとともに脱酸にも利用することを基本的な技術思想としているものということができる。
2 一方、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例記載の発明は、通常の大気下で金属装入材に一七キログラムの小塊状製鋼用石灰を添加して通電し、これが熔落してからいずれも脱酸剤であるシリコンマンガン(Sl―Mn)(一回)、フエロクロム(Fe―Cr)(二回)を添加し、フエロクロムが完全に熔解して後約二五分(当初から約四五分)経過してから熔落スラグを除滓し、脱硫剤である約二八パーセントの弗化カルシウム(CaF2)を含む石灰―蛍石スラグを添加し(引用例第六図の約四五分経過後の「スラグ交換」は右脱硫剤の添加を指す。)、これが熔融した後フエロシリコン(Fe―Sl)で脱酸し、当初から約七〇分を経過した時点で再び右の脱硫剤を添加していること(引用例第六図の約七〇分経過後の「スラグ交換」は右脱硫剤添加を指す。なお、同図には右のスラグ交換の約一〇分後に更に弗化カルシウムを添加したかのような記載があるが、この点はしばらく措く。)、当初の約四五分間、即ちシリコンマンガン、フエロクロム等の脱酸剤を添加していた間酸素含有量は約〇・〇五五パーセントから約〇・〇〇五パーセントまでに減少しているが、硫黄含有量の減少は全くみられないのに対し、四五分経過後のスラグ交換、即ち弗化カルシウム入りの脱硫剤添加により始めて硫黄含有量の減少現象が起こり、約〇・〇一一パーセントから〇・〇〇二五パーセントまで減少していること、引用例記載の表二が示すように最終酸素含有量は〇・〇〇一ないし〇・〇〇三パーセント、最終硫黄含有量は〇・〇〇二ないし〇・〇〇六パーセントであり(この事実は当事者間に争いがない。)、右効果はシリコンの代りにアルミニウムを用いても変らないことが認められる。
この事実によれば、引用例記載の発明においては、本願発明と異なり、脱硫剤を添加して脱硫処理を行つていることが明らかである。
3 そこで、引用例記載の発明において、右脱硫剤添加による脱硫のほかに、アルミニウムにより還元された金属態カルシウムによる脱硫が行われているかどうかを次に検討する。
前掲甲第四号証によれば、引用例には、大気中において石灰ライニングされた容器内で溶鋼を精製処理することにより脱酸だけでなく脱硫効果をも上げることができるとの抽象的な記載があることが認められる。しかし、右甲第四号証を仔細に検討するも、引用例には石灰と脱酸剤添加による脱酸効果との関連についてはある程度具体的に述べられているものの、石灰と脱硫効果との具体的関連性は明らかでなく、石灰がいかなる形で、また、どの程度脱硫に寄与しているかを知ることができない。しかも、引用例記載の発明では、脱硫効果は弗化カルシウムを含む石灰―蛍石の脱硫剤を添加して始めてその発生をみるに至つたことは前認定のとおりである。したがつて、引用例記載の発明においては、アルミニウムが石灰を還元して金属態カルシウムを生成させ、これが脱酸、脱硫に寄与するという現象は生じていないものと認めざるを得ない。
被告は引用例記載の発明において脱硫剤の添加を前提としつつも、溶鋼の精製処理中にアルミニウムが容器の裏付耐火物中の石灰ライニング層に何らかの還元作用を及ぼすことがあり得る旨主張するが、前認定のとおり、同発明においては脱硫剤添加以前に脱硫現象は生じていないのであるから、右の主張を採用することはできない。
そうだとすると、引用例には本願発明の前記基本的な技術思想を示唆する記載はないと認めるのが相当である。
4 審決は、引用例記載の発明においても、本願発明同様脱硫剤を添加することなくアルミニウムのみによつて脱酸、脱硫を行つているとの前提の下に、「反応機構こそ明示されていないものの、ライニング材であるCaOや添加アルミニウムで還元されたカルシウム等が何らかの形で脱硫、脱酸反応に寄与しているものと推定される。」と判断しているが、右の前提が誤りであることは前叙のとおり当事者間に争いがなく、前認定の事実によれば、右の推定も誤りであることが明らかである。そして、審決の右誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは前に述べたところから明らかであるから、審決はこの点において既に取消を免れない。
四 よつて、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
CaO含有率の高い塩基性耐火物で裏付けした容器に収容された溶鋼に、真空下またはアルゴン雰囲気下でアルミニウムを添加し、溶鋼中に金属態Caを〇・〇〇〇五~〇・〇二五%残留させることを特徴とする溶鋼の脱酸、脱硫方法。