東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)32号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 先ず、本件特許発明と引用例記載の発明の技術内容を比較検討する。
1(一) 引用例に審決認定のとおりの発明の記載があることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、「撥水塗装用シリコーンレジン」の項に、「建築物のコンクリート、練瓦、石材などは、風雨にさらされると次第に内部に水分が滲透し、冬期には水分が氷結するためき裂を生じ、」「これらの劣化を防止する目的で従来、種々の塗装が試みられているが、………シリコーンレジンを用いれば、撥水性も優秀でかつ通気性も害することなく、外見上少しも変化を与えないのが特徴である。」との記載があることが認められ、これらの記載によれば、引用例記載の発明は、建築物におけるコンクリート、煉瓦(引用例記載の「練瓦」が「煉瓦」を意味するものであることについては後に述べるとおりである。)、石材等が風雨にさらされてき裂が発生するのを防止する技術に関するものであることは明らかである。
(二) 一方成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の出願公告公報)によれば、貫入とは、粘土瓦類の製造過程における焼成前の原土の配合割合の不均一、原土中の夾雑物の残存、釉掛物の場合の焼成、冷却に伴う素地と釉との収縮の差などによつて、窯出しの時点でその表面に生ずる無数の極めて微細なひび割れ(直接貫入)のほか、焼成後年月を経ることに伴つて表面に生ずる前同様のひび割れ(経年貫入)を意味するものであること、右貫入を放置すれば、貫入箇所から塵埃や雨水が浸入し同箇所を拡大し、その結果、焼成した粘土瓦類に変色、凍害等の障害をもたらすに至ることが認められる。ところで、本件特許発明は、焼成した粘土瓦類に対する貫入防止加工方法であるから、本件特許発明は、焼成した粘土瓦類の製造過程で生じた貫入が、風雨にさらされる状態のもとで、年月の経過に伴つて、拡大するのを防止すると共に、新たに貫入が発生するのを防止する技術に関するものであるということができる。
(三) そこで、本件特許発明と引用例記載の発明を比較すると、両者は、風雨にさらされる建築物の外面を構成する材料について、年月の経過に伴い表面に発生するひび割れを防止し、ひび割れによる右建築用材に対する障害を阻止することを目的とする点で共通するものといえる。たしかに、本件特許発明における貫入は、引用例にいうコンクリート、煉瓦、石材などにおけるき裂とは、その発生原因、発生の過程、ひび割れの状態などの点において異なる場合があることも否定できないであろうが、いずれもひび割れであることに変りはなく、これを放置すれば、その箇所から雨水等が浸入し、種々の障害をもたらすに至ることにおいては同様といえるから、そのひび割れを防止するという観点からは、貫入防止というもき裂防止というも、いずれも共通の技術的課題の解決を目的としたものということができるのである。
2 次に、両発明における被処理物について検討する。
前記のとおり、引用例には、被処理物として、コンクリート、石材のほか、「練瓦」が記載されており、原告は、「練瓦」は「煉瓦」と異なり焼成物ではない旨主張する。一般に建築物に用いる「煉瓦」とは、粘土質原料を成形、焼成して作つたものをいうのであるが、当業界において、これと区別して、原告が主張するようなセメント、或は石膏などに水を加えて練つたモルタルをもつて成形して硬化させたものを「練瓦」と称し、「練瓦」と「煉瓦」を互いに使い分けていたという事実を認めるに足る証拠はなく、また、常識的にもそのような使い分けが行われていたとは考えられない。むしろ、引用例が「練瓦」なる語を用いたのは、「煉」の字が当用漢字表にないことから、いわば煉の当て字として練を用いたに過ぎないものと推察するのが妥当であり、従つて引用例にいう「練瓦」が建築物に用いられるものである以上、それは「煉瓦」と同義語と解するのが相当である。
かように考えれば、引用例の被処理物のひとつである「練瓦」、即ち煉瓦と本件特許発明の被処理物である粘土瓦類とは、粘土質原料を成形、焼成して製造される建築材料という点では共通していることになる。更に、両発明とも風雨にさらされる建築用材をその被処理物としており、特に前掲甲第二号証によれば、本件特許発明は、具体的に外装タイルを被処理物のひとつとして例示していることが認められるが、これと引用例の被処理物であるコンクリート、煉瓦、石材はいずれも建築外装材として同じ用途に供せられているものである。
従つて、両発明の被処理物が焼成物であるか否かの点において差異があるとする原告の主張は、理由がない。
三 原告は、引用例のき裂防止はナトリウムメチルシリコネートの撥水効果によるもので、本件特許発明の貫入防止は撥水効果とは別異のものである旨主張する。しかし、後記のように、ナトリウムメチルシリコネートで建築用材の表面処理をすると、不溶性シロキサンが生成され、これが用材の表面に撥水性ある防水帯を形成し、それによつて、用材に対する雨水等の浸入を阻止して、既に発生したき裂の拡大防止及び新たなき裂の発生防止に役立つものであり、そのことは両発明において変るところはないというべきであるから、原告の主張は理由がなく、本件特許発明の効果も当然予想できた程度のものとした審決の認定に誤りはない。
四 以上のように、本件特許発明と引用例記載の発明とは、その目的、被処理物及び効果の点のいずれにおいても、技術的に共通したものを見出すことができるのである。そして、前掲甲第三号証によれば、引用例には、塗装に用いるシリコーンレジンに関し、「水溶性のシリコーン化合物としては、(sodium methyl siliconate)〔CH3Si(OH)2〕Naを用い、その三〇パーセント水溶液が市販されている。これを実用するときには、一〇倍に水で稀釈してスプレイ塗装する。もし、可能なれば、被処理物をこの液中に浸漬してもよい。塗装後空気中に放置すれば、空気中の炭酸ガスによつて分解され、不溶性シロキサンを生成し、有効な撥水性が付与される」との記載があることが認められるから、本件特許発明において、建築用材である焼成した粘土瓦類について貫入防止の目的でナトリウムメチルシリコネートの稀薄水溶液で処理し(前掲甲第二号証によれば、具体的には引用例同様、被処理物の表面に塗布するか或いは同液中に浸漬する。)空気中に放置し、その撥水性による貫入防止効果を予測して期待する程度のことは、当業者ならば容易に想到しうるところというべきである。
五 以上のとおりであつて、原告主張の審決取消事由はいずれもその理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法の点はないものといわなければならない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本件特許発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「粘土瓦類の貫入防止加工方法」とする特許第七五二〇一五号発明(昭和四五年一二月二九日出頭、昭和四九年一二月一四日登録以下「本件特許発明」という。)の特許権者であるところ、被告は昭和五六年二月二五日原告を被請求人として、特許庁に対し、右特許を無効にすることについて審判の請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第三三二六号事件として審理の上、昭和五七年一月一三日右特許を無効とする旨の審決をした。右審決謄本は、同月二二日原告に送達された。
二 本件特許発明の要旨
焼成した粘土瓦類をナトリウムメチルシリコネートの稀薄水溶液で処理して空気中に放置することを特徴とする粘土瓦類の貫入防止加工方法。