東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)97号 判決 1985年1月24日
原告
不二製油株式会社
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和54年審判第9642号事件について昭和57年2月26日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和47年7月3日、名称を「高融点油類の送出方法」(後に、「高融点油脂の荷役方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和47年特許願第66541号)をし、昭和53年5月19日出願公告(特許出願公告昭53―14770号)されたところ、特許異議の申立があつたので、昭和54年4月23日付手続補正書により明細書の一部を補正したが、同年6月7日拒絶査定があつたので、同年8月22日審判を請求し、昭和54年審判第9642号事件として審理された結果、昭和57年2月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月19日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
油槽内の固状又は半固状を呈する高融点油脂を槽外に送出するに当たり、油槽空間内に設けたノズルから、前記油脂の一部又はそれと同種の油脂を加熱したものを噴出させることにより、油槽内に残留した該油脂を融解させながら送出することを特徴とする高融点油脂の荷役方法。
(別紙図面(1)参照)
3 審決の理由の要旨
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) ところで、実願昭43―103243号実用新案登録出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、油槽内の凝固した高融点油脂をポンプで槽外に送り出すに当たり、前記ポンプの吐出側に設けた分岐管の噴油用ノズル孔から加熱器によつて加熱され融解された比較的粘度の低い油脂を噴出し、その油脂の有する熱を周囲の粘度の高い油脂に伝えて周囲の油脂の粘度を下降させて流動しよくさせ、しかる後、吐出管によつて槽外に送り出す油槽内の油脂の揚出方法(別紙図面(2)参照)が記載されている。
(3) そこで、本願発明と引用例記載の考案とを対比すると、両者は、油槽内の固状又は半固状を呈する高融点油脂を槽外に送出するに当たり、油槽空間内に設けたノズルから、前記油脂の一部又はそれと同種の油脂を加熱したものを噴出させることにより、油槽内に残留した該油脂を融解させて送出する方法である点で一致するが、本願発明が、油槽内に残留した油脂を融解させながら送出するのに対し、引用例記載の考案は、槽内の高粘度油脂を加熱融解して低粘度の油脂にした後揚出する点で、わずかに相違する。
しかしながら、引用例記載の考案においても、蒸気管2、3、4、5、6に高温蒸気を通して、槽内の高粘度油脂を融解しながら低粘度油脂にして、ポンプで槽外に送り出すことができるのであり、かつ、分岐管10の先端部に近い位置に設けた噴油ノズルから粘度の低い比較的高温の油脂を槽内に噴出させ、そこで槽内の高融点油脂を融解させることができるのであるから、事実上、本願発明と引用例記載の考案とは、同一の構成であり、また、作用効果においても、格別相違がない。
そして、本願発明の発明者が、その出願日前の出願に係る引用例記載の考案をした者と同一であるとも、また、この出願の時において、その出願人が、引用例記載の実用新案登録出願の登録出願人と同一であるとも認められない。
(4) したがつて、本願発明は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
本願発明と引用例記載の考案とは、技術的課題及び構成を異にし、その結果、作用効果において顕著な差異をもたらすものであるのに拘らず、審決は、本願発明と引用例記載の考案とは同一構成のものであり、作用効果においても格別相違が認められないと誤つて判断したものであり、違法であるから、取消されるべきである。
(1) 技術的課題
単層底船は、二重底をもつ船とは異なり、その油槽内に設置されたヒーターを機能させ油槽内の高融点油脂をポンプで槽外に送出してもなお、常時外水で冷却されている油槽内面に通常かなりの量の油脂が固化したまま残留する(本願発明の特許公報第2欄第4行ないし第14行)。本願発明の課題は、このような残留油脂(荷後油)の二次的荷役を完全かつ無人的に行いうるようにすること(同欄第30行、第31行)であり、送出できなかつた荷後油の存在が前提である。
これに対し、引用例記載の考案は、融解点の高い油脂を積載する油槽船は油槽内に蒸気加熱管の如き加熱装置を装備し、油脂を油槽内に積込んでから積卸を完了するまでの間、槽内の油脂を適温に加熱し、積卸時には更に適当な加熱を行つて好ましい粘度にしようとする場合、油槽内の油脂が温度上昇するのは、液体の比重差による緩慢な自然対流によるため、温度上昇にかなりの時間を要し、やむなく粘度の比較的高い状態で積卸作業をする結果、ポンプ負荷の軽減や積卸時間の短縮が不充分であつた(引用例明細書第1頁第20行ないし第2頁第14行)ところ、そのようなポンプ負荷の軽減や積卸時間の短縮を充分にすること(同頁第15行、第16行)を課題とするものであり、そのため強制対流を起すことが可能な油槽加熱装置を提供するものである。すなわち、引用例記載の考案における課題は、油槽内の油脂の温度上昇速度を早める点にあり、対流のおこるに充分な量の液体油が存在する中で油槽内の油脂を昇温することが前提であるから、荷後油は生じず、したがつて、本願発明の課題は存在しない。引用例には、「船体17に添着の杉材18の断熱効果」(第5頁第5行、第6行)と記載されていることからみると、引用例記載の考案に係る船体は、荷後油が殆ど問題とならない二重底をもつ船体と事実上同様と考えられ、また、船底面に近接した位置に下方蒸気管が設けられていて(第2頁第20行ないし第3頁第3行)、底部が真先に加熱されるから、荷後油は生じないことが明らかである。
(2) 構成
本願発明は、昭和54年4月23日付手続補正書に記載するとおり、「油槽内の固状又は半固状を呈する高融点油脂を槽外に送出するに当たり、油槽空間内に設けたノズルから、前記油脂の一部又はそれと同種の油脂を加熱したものを噴出させることにより、油槽内に残留した該油脂を融解させながら送出することを特徴とする高融点油脂の荷役方法」を特許請求の範囲とするのに対し、審決が認定した引用例記載の考案の具体的構成は、引用例の明細書第2頁第15行ないし第6頁第3行及び図面(別紙(2))に記載されているとおりであつて、両者は、その構成上、次に述べる点において相違している。
(1) ノズル位置
本願発明のノズルは、油槽空間内の何もないところに設けられているのに対し、引用例記載のノズルは、蒸気管との対設位置、換言すれば、加熱されて低粘度になつた油脂の中(引用例明細書の第4頁第16行ないし第5頁第1行)にある。
(2) 熱供給媒体となる油脂
熱供給媒体となる油脂は、本願発明においては、ノズルから噴出される油脂であるのに対し、引用例記載の考案では、蒸気管周辺の油脂(第4頁第16行ないし第5頁第7行)である。
(3) ノズルから噴出する油脂の状態
本願発明は、油槽空間内に設けたノズルから噴出した油脂が直接固状又は半固状を呈する残留油脂と衝突するものであるのに対し、引用例記載の考案は、ノズルからの油脂の噴出により油槽全体に強制対流を生ぜしめ熱伝達を得るもの(第5頁第1行ないし第5行)である。
(4) 槽外への送出
本願発明においては、油槽内に残留した固状又は半固状を呈する油脂を融解させながら送出するものであるのに対し、引用例記載の考案においては、全搭載油を加熱して低粘度化した後送出するもの(第5頁第7行ないし第10行)ものである。
(3) 作用効果
本願発明は、引用例記載の考案と対比し、前述のような構成上の相違点を有するものであり、その結果、引用例記載の考案では奏しえない次のような顕著な作用効果をもたらすものである。
(1) 引用例記載の考案では、搭載油全部が等しく高温になるまで加熱を維持しなければならないのに対して、本願発明では、荷後油の荷役時に一部の加熱で足り、熱資源が節約できる。
(2) 引用例記載の考案では、ノズル周辺に油脂がなくなると、実質的な熱供給能力が著しく低下するが、本願発明では、そのような難点と無関係である。
(3) 本願発明では、偏心ノズルを使用できるが、引用例記載の考案では、回転の障害になる油脂が周辺にあるためこれを使用できない。
(4) 本願発明では、ノズルから噴出された油脂の衝撃力をも融解に利用できるが、引用例記載の考案では、液状油脂の中で緩和されてしまい衝撃力が微弱である。
(5) 引用例記載の考案では、船内に特定の設備を固定的に設けることが必須であり、船底にも断熱材が必要であると考えられるのに対し、本願発明では、沿岸などに設備しておけば、個々の船内に特別な設備は不要である。
(4) 被告の主張に対する反論
被告は、配管を主にした構成上で、本願発明と引用例記載の考案は実質的に一致していると主張している。しかしながら、被告が主張する配管を主とする構成は、加熱手段すら含まない構成であり、ましてや、処理対象及びノズルの位置などを何ら規定しない構成である。このような構成自体では、加熱油脂をノズルに供給したり、槽内に残留した固状の油脂(荷後油)を融解したりする完結したシステムたりえないことは明白である。このような加熱手段すら含まない配管を主にした構成におけるバルブは、如何に適当に操作したところで、問をもつて問に答える式の単にバルブが開閉する現象が起こることを指摘できるだけのことにすぎず、当該バルブ部分を加熱油脂が通過する保証すらないのである。
また、被告は、引用例記載の考案では、バルブ13とバルブ14とをともに開いて、油脂を油槽外へ送出するバルブ操作が行えると主張する。しかしながら、被告自身が「引用例には十分説明されていない。」、「必ずしも明瞭に記載されていない。」と述べているように、バルブ13とバルブ14をともに開いて使用する態様が引用例の明細書及び図面に記載されていないことは明らかである。そして、特許法第29条の2にいう「記載された発明又は考案」には、当該明細書又は図面をみた当業者があれこれ思考を巡らせたあげく完成する「可能であるかも知れない発明」が除外されるのは当然である。被告の右主張は、本願発明の技術的思想を知つた後に引用例明細書及び図面からあれこれ想像して導き出した結果論にすぎず、このような引用例を用いて特許法第29条の2を適用することは許されない。しかも、被告の右主張は、「あらかじめ油槽内の油脂を加熱しないでも、積卸しポンプにより吸上げることが可能な時」という条件を前提とするものであるが、そのような前提は、本願発明の対象が高融点油脂であることを看過した誤つた前提である。すなわち、高融点油脂は、加熱しない限り固状又は半固状を呈するのであるから、非加熱状態ではポンプで積卸しできないか、少なくとも著しく困難であり、たとえ何らかの手段(例えば、サラダ油のような低融点の液状油脂を強制的に混合するような方法)で非加熱状態の油脂を船内に還流することが可能であつたにしても、非加熱の油脂で油槽内の他の固状の油脂の粘度を下げること自体きわめて困難であることは明白だからである。また、被告は、「油槽内から油槽外へ油脂を送出するための配管を主とした構成上では本願発明と引用例記載の考案が同一であること」を理由に、両者のバルブ操作は同一であると主張するが、これは、油槽内から油槽外へ油脂を送出することと、油槽内に残留した油脂を融解させながら送出させることとを混同したものである。けだし、前述のとおり、配管を主にした構成が加熱手段すら含まない構成である以上、バルブを如何に適当に操作したところで、単にバルブの開閉現象が起こるというにとどまり、油槽内に残留した固状の油脂を融解させるエネルギーを発生することなど到底ありえないからである。
次に、被告は、引用例記載の考案では、「バルブ14を開いた時には、必ずしもバルブ13を閉じなければならないものではなく、更にまた、バルブ14を開いた時に、バルブ13を開いたままにしておくことが不可能というわけでもない。」と主張する。しかしながら、引用例記載の考案では、バルブ14を開いた時というのは、槽内の油脂が融解した後のことであるから、バルブ13の開閉状態がどうであろうとも、その時はもはや融解しながら送出する状態でないのは明らかであり、また、そのような時にバルブ13を開いておくことは、故意に送出速度を低下させる結果を招来するに他ならず、当業者がかかる無用な行為をするはずがない。また、被告は、引用例記載の考案におけるバルブが特別のものでないことを理由に、バルブ13とバルブ14とをともに開けておくことに格別支障はないと主張するが、加熱手段すら含まない配管を主にした構成のバルブの操作では、油槽内に残留した油脂を融解させながら送出させることができないことは、前述のとおりである。
更に、被告は、本願発明の出願当初の明細書、図面及び手続補正書に基いて、本願発明の特許請求の範囲にいう「油脂を融解させながら送出する」ことを充足する配管及びバルブ操作は、吐出管の適宜位置から分岐管を突設した構成の配管及びバルブ9及び10は開、バルブ11は閉のバルブ操作に該当すると主張する。この主張は、別紙図面(1)第1図及び第2図に記載された熱交換器6や圧力ポンプ5などを看過し、原明細書の「一次送出された油類を収容する陸上油槽3から油類の一部分が加圧ポンプ5及び熱交換器6によつて加圧加熱され、送出すべき荷後油がある陸上油槽1又は船内油槽2中に吊り下げられたジエツトクリーナーノズル……7を通じて噴出される。」(第7頁第19行ないし第8頁第1行)、「加圧ポンプ5及び熱交換器6によつて温度85度C、圧力10kg/cm2とするのが好適であつた。」(第8頁第17行、第18行)なる記載を無視し、加熱手段6にすら言及しない誤つたものである。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決取消事由についての主張は争う。
審決の判断は正当であつて、審決には、原告主張のような違法の点はない。
(1) 技術的課題
本願発明の処理対象は、油槽内の高融点油脂であるのに対し、引用例記載の考案の処理対象は、油送船の油槽内の高融点油脂であつて、両者は全く同一である。この高融点油脂は、ヒーターなどの熱源によつて加熱しなければ、常温において固状又は半固状を呈する性質を有するものであるから、油送船により運ばれた後などに油槽から槽外に前記高融点油脂をポンプによつて運び出す場合、槽外に、槽内の油脂を完全に送出しうるものではなく、事実上槽内にいくばくかの油脂を残してしまうものである。そこで、槽内に残つた油脂を完全に送出するという技術的見地からは、本願発明と引用例記載の考案とは同一であつて、引用例記載の考案では荷後油が生じないという原告の主張は誤りである。
(2) 構成
審決が認定した引用例記載の考案の具体的構成は、引用例の明細書第2頁第15行ないし第6頁第3行及び図面(別紙(2))に記載されているとおりであることは認めるが、本願発明と引用例記載の考案とは、次に述べるとおり同一構成のものである。
(1) ノズル位置
原告の主張は、本願発明のノズルは、油槽空間内に設けられたものであるが、その使用に際して、油槽内の油脂が荷卸されて量が少なくなつてきた時点で、ノズルの位置が油脂内ではなく、油脂の層の外に位置するというものであると理解される。そうであれば、引用例記載のノズルの位置も、本願発明と全く同じようになり、油槽内の油脂の層の外になるのであつて、何ら異ならない。
(2) 熱供給媒体となる油脂
引用例記載の考案は、蒸気分岐管16の内部の蒸気が有する熱で加熱された油脂が吸込管8を通つて、ポンプ7及び分岐管10を通り、最終的には噴油管12の多数のノズル15より油槽1の下方に向けて噴射されるのであつて、ポンプ7によつて加圧された高温の油脂を噴油管のノズルから噴射させることにより、油槽内の残留油脂を融解させる点では、本願発明と引用例記載の考案とでは、何ら相違することはない。
(3) ノズルから噴出する油脂の状態
引用例記載の考案は、油脂の荷役作業において油槽中の油脂がきわめて多い間はともかく、油槽中の油脂が荷卸されて少なくなつていく過程で、ノズルから噴出する加熱油脂が、本願発明のノズルからの噴出油脂と全く同じ条件下で、噴出されるものである。本願発明の明細書の特許請求の範囲には、ノズルから油脂が噴出されることが記載されているのみであり、また、右明細書には、「ノズル部分が2個以上の偏心ノズルであれば、特別の支持体を必要とせず、油槽上の開口部より単に垂下させるだけで充分であるし、油槽の大きさに応じて適当数設けることにより油槽内面を満遍なく溶融送出することができる。もちろん、そのような偏心ノズルを有する回転式のものであることは、本発明において必須ではなく、例えば鉛直下方に向け噴出する固定ノズルであつてもよい。」(本願発明の特許公報第4欄第16行ないし第24行)と記載されていて、鉛直下方に向け噴出する固定ノズルを含んでいる以上、本願発明のノズルは、引用例記載のノズルと何ら異なるものでなく、その結果、本願発明のノズルから噴出する油脂の衝撃力が引用例記載のノズルから噴出する油脂の衝撃力と相違するものではない。したがつて、油槽内の油脂の量が少なくなつてしまつた時のノズルから噴出する油脂の状態は、両者とも同じである。
(4) 槽外への送出
まず、本願発明と引用例記載の考案との油槽内から油槽外へ油脂を送出するための配管を主にした構成について対比すると、本願発明については、その明細書及び別紙図面(1)第1図、第2図に、油槽の底部近くにポンプの吸込口を配設し、そのポンプには回収配管8を吐出管として配設し、その吐出管を一方では陸上油槽3に向けて配設し、その管路の途中にバルブ9を配設し、他方では前記吐出管の分岐管を船内油槽の中に配設したノズル7に向けて配設し、その分岐管の管路の途中にバルブ10を配設したことが記載されている。これに対し、引用例記載の考案の構成を、特に別紙図面(2)第1図ないし第3図から検討すると、引用例には、油槽の底面に近接した位置に、蒸気分岐管16の先端部分により、その周囲を捲回されたポンプ7の吸込管8の吸込口を配設し、前記ポンプには吐出管9を配設し、その吐出管の中間位置にバルブ14を、そのバルブ14より吐出管9の上流位置で吐出管9の任意の位置に分岐管10を、その分岐管10の中間位置にバルブ13を、それぞれ配設したことが記載されている。そこで、本願発明を前者とし、引用例記載の考案を後者とすると、前者の油槽は後者の油槽1に、前者の回収配管8は後者の吐出管9に、前者のバルブ9及び10は後者のバルブ14及び13に、前者の揚油脂用ポンプは後者のポンプ7に、それぞれ対応し、両者のポンプは、いずれも油槽内にある油脂を油槽外に揚出させるポンプである点では全く一致している。
次に、本願発明と引用例記載の考案とのバルブ操作の態様について対比すると、本願発明では、高融点油脂を加熱融解させながら槽内から槽外に送出するためには、前記第1図あるいは第2図から明らかなように、バルブ9及びバルブ11を開にして、バルブ10を閉にするか、あるいはバルブ9及びバルブ10を開にして、バルブ11を閉にするか2つの態様のいずれかのバルブ操作が必要となる。
これに対して、引用例記載の考案では、バルブ操作について、第1段階すなわち槽内の油脂の加熱融解段階では、バルブ14を閉じバルブ13を開いてポンプを作動させ、次の第2段階すなわち油脂の積卸段階では、バルブ13を閉じ、バルブ14を開いて、油槽内の油脂を油槽外に積卸するためにポンプを作動し続ける。ところで、引用例記載の考案は、通常、油槽船内の油槽内の油脂をそのまま放置しておけば、その油槽内の油脂の温度が低いため、油脂の粘度が増大してポンプ負荷が上昇し、更に積卸にも長時間かかる欠点を改善するために、まず、油槽内の油脂の温度を上昇させ、粘度を低くしていく段階と、油脂の粘性が低くなつてポンプ負荷の軽減のための条件が整つたところで、その油脂をポンプにより積卸す段階との2段階に設定してバルブ操作を説明している。しかし、引用例記載のバルブ操作は、前述のバルブ操作だけではなく、バルブ13を開き吸込管8から上昇してきた低粘性油脂を分岐管10に流して噴油管12のノズル15から高温低粘性油脂を噴出し、その高温油脂により油槽内の他の油脂を加熱し、それとともに吐出管に配設したバルブ14を開いて低粘性油脂を油槽外に送出するバルブ操作が行えるものである。また、あらかじめ油槽内の油脂を加熱しないでも、積卸ポンプにより吸上げることが可能な時には、そのポンプによつて油脂の積卸を行いつつ、その油脂の一部を船内の油槽に還流させて油槽内の油脂の粘度を低めることができるようになつている。このことは、引用例には十分説明されていないが、油槽内から油槽外へ油脂を送出するための配管を主とした構成上では、本願発明と引用例記載の考案とが同一であることからみると、本願発明におけるようなバルブ操作は、引用例記載の考案でも、行えるものであり、両者は、油脂の荷役方法として同一である。
このように、引用例には、複数のバルブを操作する手段については1態様だけ記載されていて、その他の種類のバルブ操作手段については、必ずしも明瞭に記載されていないが、実際上では、バルブ14を開いた時には必ずしもバルブ13を閉じなければならないものではなく、更にまた、バルブ14を開いた時に、バルブ13を開いたままにしておくことが不可能というわけでもない。引用例に記載されたバルブは、特別の構造のバルブではなく、また、特別の機能を有するバルブでもないことは、当業者であれば、引用例の記載内容からみて、きわめて明瞭に理解することができる。このような一般のバルブでは、バルブの開閉操作について特別の制限とか拘束事項が全くなく、したがつて、バルブ13とバルブ14とをともに開いておくことについて、格別支障のある事柄は全くない。本願発明では、バルブ制御の問題は全く考慮されていないから、本願発明及び引用例記載の考案に用いられるバルブは、従来一般用として使用されてきた止め弁ででも十分役立つのであつて、それ以上の機能をはたすことを必ずしも要求されていないのであり、また、その必要性もない。
本願発明の出願当初の明細書には、特許請求の範囲は、「油類を融解させ送出させ」と記載されていたが、昭和54年4月23日の手続補正書により「油脂を融解させながら送出する」と補正された。右補正の技術的内容を出願当初の明細書及び図面に基いて検討すると、油槽内に設置されたヒーターで油脂が融解された後、バルブ9及び11を開き、バルブ10を閉じてポンプを駆動させることにより、油脂を融解させながら送出することができるのである。そこで、前記手続補正書の記載において、その特許請求の範囲に「油脂を融解させながら送出する」ということを充足する配管とバルブの開閉操作について検討すると、別紙図面(1)第1図及び第2図において、バルブ9及び10は開、バルブ11は閉のバルブ操作が該当することになり、その配管は吐出管の適宜位置から分岐管を突設した構成である。この配管とバルブ操作とは、引用例記載の考案の油脂の積卸方法におけるバルブ13とバルブ14とをともに開いてポンプを駆動させることにより油脂を融解させながら送出する時のバルブ操作及びその配管と完全に一致する。
したがつて、本願発明と引用例記載の考案とは、油脂を融解させながら送出するという点で同一構成であり、また、作用効果においても格別相違はない。
第4証拠関係
本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
(1) まず、技術的課題について検討すると、成立に争いのない甲第1号証ないし甲第3号証及び甲第5号証によれば、本願発明は、「油槽内の固状又は半固状を呈する高融点油脂を槽外に送出するに当たり、油槽空間内に設けたノズルから、前記油脂の一部又はそれと同種の油脂を加熱したものを噴出させることにより、油槽内に残留した該油脂を融解させながら送出する方法で、殊に二次的荷役方法として有効な方法に関する。」(本願発明の明細書第1頁第12行ないし第18行)ものであつて、単層底船の油槽内に残留する油脂(荷後油)の掃集を完全にかつ無人的に行いうるようにすること(第2頁末行、第3頁第1行)を技術的課題とすることが認められる。
これに対し、成立に争いのない甲第9号証によれば、引用例記載の考案は、「油送船の積卸の際搭載してある粘度の高い油を効率よく加熱することによつて、ポンプ負荷の軽減ならびに積卸時間の短縮を図るようにした油送船における油槽加熱装置に関する」(引用例の明細書第1頁第8行ないし第12行)ものであつて、油送船の油槽内に加熱装置を設置し、これを作動して、積載する高融点油脂が凝固しないように加熱し積卸する場合に生じるポンプ負担を軽減し積卸時間を短縮する方法の改善を図ること(第1頁末行ないし第2頁第16行)を技術的課題とすることが認められる。
したがつて、本願発明と引用例記載の考案とは、いずれも油送船に積載された高融点油脂を処理対象とし、油槽内に油脂が残留しないようにこれを荷役するものであるから、技術的課題に格別の相違があるとすることはできない。
(2) 審決が認定した引用例記載の考案の具体的構成は、引用例の明細書第2頁第15行ないし第6頁第3行及び図面(別紙(2))に記載されているとおりであることは当事者間に争いがない。そこで、次に、本願発明と引用例記載の考案との構成上の相違点について検討する。
(1) 油槽内に設けられたノズルに関しては、前掲甲第9号証によれば、引用例記載の考案においては、油脂を噴出するノズル15は分岐管10及び噴油管12に複数個設けられ、加熱により粘度が低くなつた油脂中に存在することが認められる。
原告は、本願発明のノズルは、油槽空間内の何もないところに設けられているから引用例記載のノズルの位置と相違する旨主張する。
しかしながら、本願発明は、油槽内に残留した高融点油脂を融解しながら送出する方法に関するものであつて、荷後油の処理すなわち二次的荷役に有効な方法であつても、これに限定されず、一次的荷役を含むことは、前述したところを含む本願発明の明細書及び図面(特に第2図とその説明)の記載から明らかであるから、本願発明の特許請求の範囲中の「油槽空間内に設けたノズル」における「油槽空間内」なる表現は、油槽中の油の存在していない空間だけに限定して解釈することはできない。
したがつて、油槽内に設けられるノズルの位置については、本願発明は引用例記載の考案と同一のものを含むというべきである。
そして、油槽内に設けられるノズルの位置が同一のものを含む以上、ノズルから噴出する油脂の状態についても、両者が高融点油脂を処理対象とするなど前認定の事実に徴するときは、格別相違するものということはできないから、この点に関する原告の主張も理由があるとすることはできない。
(2) 高融点油脂を融解させるための熱供給媒体に関しては、本願発明においては、前述のとおり、油槽空間内に設けたノズルから油槽内の高融点油脂の一部又はそれと同種の油脂を加熱したものを噴出させることにより、油槽内に残留した油脂を融解させながら送出するから、熱供給媒体となる油脂は、ノズルから噴出される油脂であることは明らかである。
これに対し、前掲甲第9号証によれば、引用例記載の考案においては、「主蒸気管2より下方蒸気管3、上方蒸気管5に蒸気を通し、これと接する油19を加熱して対流現象による油の加熱を行」(引用例明細書第4頁第4行ないし第7行)い、「加熱された油19は吸込管8開口部附近で更に蒸気分岐管16によつて加熱されてから、吸込管8に吸込まれ、吸込まれた油19は分岐管10及び噴油管12の多数のノズル15より油槽1下方に向けて噴射」(同頁第8行ないし第12行)され、「この噴射に伴われて油槽内に大きな強制対流が生じ……ノズル15に近接した位置に上方蒸気管5が配設されているため、ノズル附近の油19は粘度が低くなり、したがつて、ノズル噴射に伴う強制流がこの粘度の低い油の流れによつて更に高められる。……粘度の低い好ましい状態の油としたところで……油積卸作業を開始する」(同頁第14行ないし第5頁第10行)のであるから、熱供給媒体となる油脂は、ノズル15に近接した位置に配設された上方蒸気管5周辺の油脂であつて、ノズル15から噴射される油脂は上方蒸気管5周辺の油脂を強制対流すなわち撹拌させるためのものである。
被告は、蒸気分岐管16が吸込管を通る油脂を加熱し、ノズル15より加熱された油脂として噴出されると主張する。
しかしながら、前掲甲第9号証によれば、引用例には、吸込管8の先端部に「蒸気管2より分岐した蒸気分岐管16を捲回して吸込附近の油を加熱する構造」(第3頁第17行ないし第19行)とし、「加熱された油19は吸込管8開口部附近で更に蒸気分岐管16によつて加熱され」(第4頁第8行ないし第10行)と記載されているのみで、蒸気分岐管16による加熱作用については明確な記載はないが、油槽内の油脂の加熱手段として下方蒸気管3と上方蒸気管5が存在していることは前述のとおりであり、かつ、吸込管8の先端部は下方に屈曲して末端をラツパ状に形成したもの(第3頁第14行ないし第16行)であることからみると、ポンプや配管に油脂の詰まることを防ぐ程度の加熱とみるのが相当であり、そのような加熱は、本願発明において油槽内に残留した油脂を融解させるための熱供給媒体となるノズルから噴出される油脂と同様な加熱がされた油脂を発生させえないものというべきである。
したがつて、本願発明においては、残留した油脂を融解しうる程度に加熱した油脂すなわち熱供給媒体となる油脂をノズルから噴出しているのに対し、引用例記載の考案では、油槽内の油脂の加熱は上方蒸気管5、下方蒸気管3からの加熱によつてなされ、上方蒸気管5周辺の加熱した油脂が前認定のとおり撹拌のための熱供給媒体となつているものであり、この点において、本願発明と引用例記載の考案とは同一といえないことが明らかである。
(3) 油槽内の油脂の槽外への送出方法に関しては、本願発明においては、前述のとおり、油槽内に残留した油脂を融解させながら送出することが明らかであり、これに対し、前掲甲第9号証によれば、引用例記載の考案においては、全搭載油を加熱して「粘度の低い好ましい油としたところでバルブ13を閉じ、バルブ14を開いて、油積卸作業を開始する。」(第5頁第7行ないし第10行)ことが認められるから、この点において、本願発明と引用例記載の考案とは相違するというべきである。
被告は、本願発明と引用例記載の考案との油槽内から油槽外へ油脂を送出するための配管を主にした構成について対比し、両者は一致していると主張する。
しかしながら、被告の主張は、加熱手段を含まない配管を主とした構成について対比するものであり、本願発明が油槽内の油脂を加熱して送出する荷役方法に係るものである以上、本願発明と引用例記載の考案とが単に配管の構成において同一であるとしても、このことから荷役方法ないし荷役に関する装置の使用方法としてまで同一であるということにならない。装置の使用方法の発明が装置に関する発明又は考案と同一であるといいうるためには、同一であるとされる装置を同じように使用しているものであるか、少なくとも同じように使用することを示唆するものであることが必要であるが、被告はそのような主張をしているものではないし、また、前掲甲第9号証を検討しても、引用例にそのような示唆があるとすることもできない。
更に、被告は、引用例記載の考案におけるバルブ操作は、油槽内の油脂を油槽外に送出するため、バルブ13を閉じ、バルブ14を開いてポンプを作動する第1の態様に限られず、バルブ13を開くとともに、バルブ14も開いてポンプを作動する第2の態様も可能であつて、第2の態様は、本願発明におけるバルブ操作と同じであると主張する。
しかしながら、前掲甲第9号証によれば、引用例には、バルブ操作については、「粘度の低い好ましい状態の油としたところでバルブ13を閉じ、バルブ14を開いて、油積卸作業を開始する。」(第5頁第7行ないし第10行)とのみ記載され、被告の主張するバルブ操作の第2の態様については何らの記載もないことは、被告も自ら認めるところである。
そうであれば、引用例記載の考案において、第2の態様のバルブ操作が可能であつたとしても、引用例に第2の態様のバルブ操作を示唆するものと認めるに足りる開示すらない以上、引用例記載の考案におけるバルブ操作をもつて本願発明におけるバルブ操作と同じであるとすることはできない。
被告は、引用例記載の考案におけるバルブは、特別の構造、機能を有するバルブではなく、バルブ13とバルブ14とをともに開いておくことに格別の支障はないと主張するが、バルブの構造、機能からその操作が可能であることのみを論じても意味のないことは、前述のとおりであり、また、引用例記載の考案において、バルブ14を開く時は、前述のとおり、油槽内の油脂が融解した後のことである(前掲甲第9号証に照らし、油槽内の油脂が融解しないままバルブ14を開くことは、予定されていない。)から、その際にバルブ13も開いておくことは、送出速度を低下させ、積卸時間の短縮という引用例記載の考案の技術的課題に反する結果を招来することになる。
また、被告は、配管を主とした構成上では、本願発明と引用例記載の考案とが同一であることからみると、本願発明におけるようなバルブ操作は、引用例記載の考案でも行える旨主張するが、装置に操作すべきバルブが存するとしても、バルブ操作がどのような態様すなわちどのような順序と選択で行うかについて工夫を要しないことにはならないのであつて、後者は前者とは別個の問題である。そして、前述のように、本願発明は荷役方法ないし荷役に関する装置の使用方法に係るものであるから、バルブの操作をどのような態様すなわちどのような順序と選択で行うかが問題となるのであつて、配管を主とした構成の上では、本願発明が引用例記載の考案と特段の差異がないとしても、引用例記載の考案において、本願発明におけると同一のバルブ操作を行うものであるとすることはできない。
更に、被告は、油脂を融解させながら送出することに関し、本願発明と引用例記載の考案とが配管を主とした構成上同一であることと、引用例記載の考案において、バルブ13とバルブ14をともに開いてポンプを駆動させることができることを理由として、両者は、油槽内の油脂を融解させながら送出する点で同一構成である旨主張するが、本願発明は装置の使用方法に関する発明であるから、加熱手段を含まない配管上の構成を対比するだけでは、両者を同一とすることはできないものであり、また、引用例記載の装置においては、バルブ操作の第2の態様について示唆がないことは前述のとおりであるから、被告の右主張は採用できない。
そして、前述のとおり、引用例記載の考案は、油送船内に加熱装置を配設し、全搭載油を加熱し、その粘度を低く好ましい状態にさせた後、これを油槽外に送出するものであるのに対し、本願発明においては、油槽内の残留油脂のみを融解しながら送出できるものであるから、引用例の考案に比し、加熱のために要する熱資源の節減において顕著な作用効果を奏するものというべきである。
(3) 以上の理由により、本願発明は引用例記載の考案と同一とすることはできないものであるから、本願発明と引用例記載の考案とは事実上同一の構成であり、作用効果においても格別相違がないとした審決の判断は、誤りであり、右判断の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決には、これを取消すべき違法があるものというべきである。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 竹田稔 水野武)
<以下省略>