東京高等裁判所 昭和57年(行コ)1号 1982年10月07日
控訴人
日本鋼管株式会社
右代表者代表取締役
金尾實
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
高島良一
同
安西愈
同
加茂善仁
被控訴人
神奈川県地方労働委員会
右代表者会長
江幡清
右訴訟代理人弁護士
日下部長作
参加人
全日本造船機械労働組合
(規約上の名称 日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合)
右代表者中央執行委員長
久保健三
参加人
全日本造船機械労働組合日本鋼管分会
(旧名称 全日本造船機械労働組合日本鋼管鶴見造船分会)
右代表者執行委員長
早川寛
参加人ら訴訟代理人弁護士
野村和造
同
鵜飼良昭
同
柿内義明
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人が、参加人らを申立人とし、控訴人を被申立人とする神奈川県地方労働委員会昭和五四年(ネ)第八号不当労働行為救済命令申立事件につき昭和五四年五月一七日付でなした原判決添付別紙命令書記載の命令中主文第一項を取消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人・参加人ら
主文第一項同旨
第二主張
次に付加するほか、原判決事実摘示中、「第二 当事者の主張」のとおりであるからこれを引用する。
一 控訴人
控訴人による早川寛、小野隆の解雇に関する問題は、もはや交渉の余地がなく、行き詰り状態にあり、この段階での団体交渉の申入れは時機に遅れたものであって、控訴人に団体交渉に応ずべき義務はない。
1 解雇に関する団体交渉は、事の性質上緊急を要し、かつ、苦情処理の性格をも有するから、将来に向って労働条件の基準等の決定を求める本来の意味の団体交渉とは自らその性格を異にする。苦情の原因たる事由が発生した場合と同様、速やかに自主的に解決するために社会通念上相当と認められる期間内にその申入れをなすべきものである。
2 次に、解雇については、紛争解決手段として団体交渉のほか訴訟等第三者機関の判断によることもあり、労働条件の基準等を決定するために団体交渉が唯一の解決手段であるのとは根本的に著しく異なり、しかも訴訟による解決は公正を期し得るものである。早川寛、小野隆は、訴訟による解決方法を選択し、すでに約一〇年、又は、七年半を経過し、早川寛については、昭和五六年一一月二五日東京高等裁判所において、解雇の無効を理由に雇用関係の存在確認を求める請求を棄却した第一審の判断を支持する旨の判決の言渡がなされ、小野隆については、横浜地方裁判所の勧告で和解が試みられたがこれも打切られ、その間、控訴人は、右両名について解雇の意思表示を撤回する意思のないことを表明して来た。
3 団体交渉は、特定の問題についての妥結を目的として行われるが、使用者に団体交渉に応ずる義務を継続的に負わせるものではない。早川寛、小野隆については訴訟となり、右両名は、解雇の無効を理由に原職復帰を主張し、控訴人は、解雇の有効を主張し、その対立は決定的となっている。すなわち、早川寛については、控訴人が解雇処分をした後苦情の申立をし、苦情処理委員会でとりあげられて労使間で協議が尽され、右申立が棄却されて訴訟を提起し、今日に至っており、小野隆については、控訴人による解雇後、直ちに訴訟が提起され、和解も打切られたのである。しかも参加人らからの団体交渉申入れについては何ら新たな提案はない。すでに、控訴人と右両名間の解雇問題は、自主的交渉によって紛争は解決せず、訴訟によるしかない段階に至っている。
二 被控訴人
控訴人主張の事実のうち、早川寛について、東京高等裁判所で控訴人主張の判決の言渡があったことは認めるが、その余の事実は争う。
三 参加人ら
控訴人の主張は争う。苦情処理と団体交渉とは全く性格の異るものであり、また、紛争解決方法として訴訟が係属中であっても、和解、団体交渉等他の自主的な解決はあり得るし、更に、控訴人と参加人らとは、早川寛、小野隆の解雇問題を議題として一回も団体交渉をしていないのであるから、自主的交渉によって紛争が解決し得ない段階に至っているとは言えない。
第三証拠関係(略)
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと認めるものであって、その理由は、次に付加するほか、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。
1 解雇に関する問題が、苦情処理の方法によって解決されることがあり、また、団体交渉の方法によって解決されることもあるが、前者は、主として使用者側と労働者側との間の日常の作業条件ないしは労働関係等から生ずる不平・不満等の紛議を、争議、労働委員会への提訴、訴訟等によることなく、両者間で協議して平和的、かつ、友好的に解決することを目的とするものであり、後者は、使用者、又は、その団体と労働者の団体とが労働条件等に関し意見の不一致から生じた争いについて協議・決定することを目的とするものであって、前者が個々の労働者の申立てによるものであるのに反し、後者は労働組合等の団体が当事者となって、団体の団結権、争議権等の力を背景に、交渉の技術等を尽して行われるものであって、両者のもつ目的・機能がそれぞれ異るから、これを一義的に解することは相当ではない(<証拠略>によれば、控訴人と日本鋼管造船労働組合連合会間の労働協約に、苦情処理の目的として、「会社ならびに組合は苦情を迅速かつ公正に処理し、会社と組合または組合員との平和的関係を助長する。」ものとし、また、その定義として、「苦情とは、組合員が労働協約および就業規則その他諸規則の適用上、自己の労働条件について抱いている不満ならびに協約その他の協定の解釈適用についての会社と組合の意見の不一致をいう。」ものとしているが、これも前記解釈と趣旨において異なるものではない。)。
そして、苦情処理によっても解決される事項が、団体交渉によって解決されるべくその交渉事項とされた場合に、問題とされた事項が同一であっても、右両者の目的と機能とが異るから、団体交渉のそれに添って解決されることが必要である。
本件の場合、解雇後早川寛は約六年一〇か月、小野隆は約四年五か月経過後に、団体交渉の申入れをしているが、(証拠略)を総合すれば、右両名は、昭和五四年二月九日参加人全日本造船機械労働組合日本鋼管分会を結成し、同日参加人全日本造船機械労働組合に加入し、右参加人らは、同月一四日控訴人に団体交渉の申入れをし、その間右両名は解雇の効力を争って裁判所に労働契約上の地位の存在することの確認請求の訴を提起していたものであって、解雇後漫然とこれを放置していたものではなく、かつ、参加人らは、組合を結成し、又は、組合は加入してから直ちに右申入れをしていることが認められる。
日常の作業条件等から生ずる苦情については、これが発生したときから相当期間経過することによって、すでに解決の余地がないとか、或いは、相当でないとして、時機を失するものもあろうが、解雇に関する問題はこれと同一に解することはできず、本件の場合、右認定事実のもとにおいて、解雇から団体交渉の申入れまで長期間を経過したとしても、これをもって、団体交渉の申入れが時機に遅れたものと言うことはできない。
2 使用者側と労働者側との労働条件の意見の不一致について協議・決定するため団体交渉がなされるが、解雇に関する問題は労働者にとって最終的で最も重大な事項であるので、その解決方法として団体交渉ばかりでなく、苦情処理、労働委員会への提訴、裁判所への訴訟の提起等が考えられ、それが、それぞれ目的・機能を異にするものであるから、労働者がそのあらゆる手段を利用しようとするのは必然であって、その一を選択することによって他を選択し得なくなるものではない。たしかに訴訟は公正を期し得るものであり、最終的なものであるが、それは、当事者間の現在の権利関係ないし法律状態を確定することを目的とし、機能するものであるのに反し、団体交渉は労働条件等の争いを団体の団結権・争議権等の力を背景に、交渉技術を尽し、政策的な考慮も加えて将来にわたる権利関係ないし法律状態を形成しようとの目的及び機能を有するものであるから、これによって紛争の解決をはかることは労使関係にとって望ましいことであって、前者を選択したほかに、後者による解決方法をも採る意味は十分に存在するのである。
本件について見るに、控訴人主張のとおり早川寛についてすでに高等裁判所の判断が示され、また、小野隆について地方裁判所の和解が試みられる等長期にわたり訴訟的解決に種々の手段が尽されているが、これによって団体交渉が無意味となるものではない。
3 早川寛、小野隆については、控訴人主張のように長期間にわたる折衝があり、解雇の効力をめぐる問題については控訴人と深刻な対立関係にあることは十分にうかがうことができる。しかし、(証拠略)を総合すると、右両名が、前記のとおり参加人ら組合を結成し、かつ、これに加入し、参加人らからの団体交渉の申入れがなされてからは、控訴人と参加人らとの間に右解雇に関し実質的な団体交渉は何らなされていないことが認められるのであって、団体交渉の目的・機能が前記のようなものであることを考慮すると、右解雇に関する問題について訴訟による解決しか考えられず自主的交渉の余地のない行き詰り状態であるとみるのは相当でない。
4 以上の理由(原審判決の理由も含む。)を総合して考えるとき、早川寛、小野隆の解雇に関する問題について、団体交渉の申入れが著しく時機におくれたものとは認められず、控訴人に団体交渉に応ずべき義務が存在しないと言うことはできない。
二 そうすると、控訴人は、参加人らの申入れる団体交渉を、早川寛及び小野隆が控訴人と雇用関係にないこと、又は、同人らについて申入れの時機が著しく遅れたことを理由に拒否してはならないのであるから、被控訴人が、右を理由に団体交渉を拒否している控訴人に対して発した本件救済命令は正当であって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、九八条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 裁判官 大島崇志)