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東京高等裁判所 昭和57年(行コ)40号 判決 1984年9月19日

控訴人 株式会社千木良商事

被控訴人 国

代理人 細井淳久 江口育夫 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代表者は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金二八五万一五七〇円及びこれに対する国税通則法五八条の規定により算出した還付加算金を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」のとおりであるからこれを引用する。

なお、略称は、事実摘示、理由説示を通じて、原判決事実摘示中の記載による。

一  控訴人代表者の陳述

1  原判決三枚目裏五行目の次に、行を改めて次のとおり付加する。

すなわち、本件納税告知処分は、控訴人について推計によつて計上もれの利益を算出し、その利益の処分を訴外吉原勝正(以下「吉原」という)に対する役員賞与とみなしたものである。

しかるに、青色申告法人の場合には、右推計を行うことができないのであつて、被控訴人が、本件青色取消処分の取消をなしたときにおいて、損金不算入による前記賞与の認定及びこれに基づく白色申告下の本件納税告知処分も無効に帰するものである。

2  後記被控訴人の陳述2に対する認否

控訴人に、被控訴人が主張するような、申告外の所得が存在した事実は否認する。

二  被控訴代理人の陳述

1  控訴人代表者の前記1の主張に対する反論

旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)三一条によれば、控訴人が、課税標準又は欠損金額を推計されない保障と受けるのは、控訴人が青色申告書を提出した事業年度分につき、法人税の課税標準又は税額を更正される場合であつて、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)三八条により、控訴人が徴収すべき吉原の所得税についてまで右保障が及ぶものでないことは明らかである。

したがつて、吉原の本件所得税についてまで右保障が及ぶことを前提とする控訴人の右主張はその前提を欠き失当である。

2  原判決事実摘示第二の「三 被告の主張」3の末尾「認めたからである。」を、「認めたからであり、詳細は次のとおりである。」と改め、以下のように付け加える。

(一)  賞与の支給について

(1) 控訴人の売上利益の除外

イ 控訴人の営業に係る飲食店「メトロ」及び「メイフラワー」において使用された売上伝票には、日毎に通し番号が付されていたので、保存されている使用済売上伝票の日毎の枚数は、少くとも当日の最終番号の数と一致すべきところ、長野税務署職員吉村文和が昭和三九年一〇月二〇日に抽出して調査した右売上伝票は、番号が欠落して連続せず、日毎の保存枚数がその最終番号の数より不足していた(別表1のとおり。)。

ロ そこで、本件各事業年度の売上伝票につき、購入枚数から右調査日現在で保存されていた使用済枚数を差引き、これによつて得た不符合枚数に対し、修正率〇・九(書損等の除外以外の原因による不符合を見込んで一〇%を控除するもの。)を乗じて計算すると、各除外伝票枚数は、次のとおりである(別表2―1、2のとおり。)。

(イ) 昭和三六年四月期=八、八四九枚

(ロ) 昭和三七年四月期=二、九〇五枚

(ハ) 昭和三八年四月期=五、〇五二枚

(ニ) 昭和三九年四月期=三、九一二枚

ハ よつて、右各事業年度につき、右除外伝票枚数に対して売上伝票一枚当たりの平均売上金額一四四〇円(別表1の下欄)を乗じ、これによつて得た各除外売上金額に対し、控訴人の各事業年度の損益計算書に基づく差益率(別表4のとおり。)を適用して計算すると、各除外売上利益金額は、次のとおりであり(別表3のとおり。)、控訴人には、これらに相応する申告外の所得があつた。

(イ) 昭和三六年四月期=七七七万二九六一円

(ロ) 昭和三七年四月期=二七一万九〇八〇円

(ハ) 昭和三八年四月期=五〇一万九六七二円

(ニ) 昭和三九年四月期=三九四万三二九六円

(2) 吉原の純資産の増加

他方、本件各事業年度において、吉原の純資産の増加額は、次のとおり(その内訳は別表5のとおり)である。

イ 昭和三六年四月期=三九〇万四七三一円

ロ 昭和三七年五月期=二二〇万八四六六円

ハ 昭和三八年四月期=三二七万六五二五円

ニ 昭和三九年四月期=一六〇万〇〇四三円

(3) 賞与の支給

イ 吉原は、控訴人の代表者であり、会社経営に関する実権を一人で掌握し、控訴人の営業に係る店舗、現金、預金、帳簿書類あるいは取引関係等の一切を管理・支配していた。

ロ 吉原には、前記(2)のとおり、純資産の増加があるが、他方、同人の昭和三六ないし三九年分所得税の確定申告書によれば、給与、配当及び不動産所得があるのみで、右純資産増加額の蓄積に寄与し得るものは、右不動産所得に係る収入金額のほか、前記(1)の除外売上利益の支給以外にはない。

ハ 吉原は、本件各事業年度において、飲食店「メイフラワー」、「観光館食堂」、「メイフラワー売店」(城山公園内)、「ちぎら売店」等の営業利益から収入を得ていた。しかし、右四店舗は、控訴人の経営に係るものであるから、吉原は、控訴人の営業による収益の一部を取得していたことが明らかである。

ニ 以上によれば、前記(1)の控訴人の各除外売上利益の内、少なくとも前記(2)の吉原の各純資産増加額相当額は、それぞれ控訴人が吉原に対して賞与として支給したものというべきであり、本件各納税告知処分における認定賞与の額は、いずれも右各金額の範囲内にある。

(4) 賞与支給の時期

イ 前記(3)の賞与の支給については、それらのあつた時期が明らかでないので、本件各事業年度中に吉原に対して支給された金額は、それぞれ、各事業年度の決算確定の時である各年六月に賞与として確定したものというべきである(昭和二六年直所一―一所得税法基本通達の二〇五、(八))。

ロ なお、本件各納税告知処分においては、昭和三六ないし三九年の各「一二月分」と表示されているが、これは、各税額を計算するに当たり、各年一二月現在において、給与総額と認定賞与額とを合算して年末調整をしたためである。

(二)  事実の隠ぺいについて

控訴人は、本件各事業年度において、前記(一)(1)のとおり、控訴人の使用済売上伝票の一部を除外して売上利益の一部を除外し、それらを別表2―1記載のいずれも吉原に帰属する実名及び仮名の預金口座に入金することにより、吉原に対して賞与を支給した事実を隠ぺいした上、これらに係る源泉徴収による所得税を法定納期限までに納付しなかつたものである。

3  原判決事実摘示第二の「三 被告の主張」7の末尾に、次のとおり付け加える。

これを詳論すれば、

(一)  源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)の納税義務(以下「納税義務」という)は、その対象となるべき所得の支払がなされた時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで、税額がいわば自動的に確定するものであつて、それについての納税の告知は、更正又は決定のごとき課税処分ではなく、徴収処分たる性質を有するものである。

そして、支払者は、納税告知を受けた税額による所得税の徴収を防止するためには、当該納税告知処分につき、異議申立て又は審査請求のほか、抗告訴訟をもなし得るものと解され、この場合、支払者は、納税告知の前提となる納税義務の存在又は範囲を争い、それによつて納税告知の違法を主張することができるものと解されている(最高裁昭和四五年一二月二四日判決・民集二四巻一三号二二四三頁)。

(二)  これに対し、源泉徴収によらない所得税(以下「申告所得税」という。)の納税義務は、暦年終了の時に成立し(国税通則法一五条二項一号)、それについての納付すべき税額は、納税者の申告又は税務署長の更正・決定によつて確定するもの(同法一六条一項一号)であるが、納税者は、それによつて確定した税額による所得税の徴収処分についても、その前提となる申告又は更正・決定が不存在又は当然無効であるならば、これを理由として当該徴収処分の違法を主張することができるものと解されている(申告に基づく差押について最高裁昭和三九年一〇月二二日判決・民集一八巻八号一七六二頁、更正等に基づく差押について東京高裁昭和五一年二月一八日判決・税務訴訟資料八七号三四六頁((原審東京地裁昭和四七年二月二八日判決・同六五号三〇六頁))、なお、更正等に基づく第二次納税義務告知処分について最高裁昭和五〇年八月二七日判決・民集二九巻七号一二二六頁)。

(三)  このように、源泉所得税と申告所得税とでは、納付すべき税額の確定とこれを前提とした徴収に至る過程において、申告又は課税処分の経由の有無という相違はあるが、いずれにしても、課税庁の認定判断を第一次的に尊重してこれに自力執行性を付与しているという意味において、その間に本質的な差異は認められないのであるから、納税告知の違法事由として、源泉所得税額の存否又は範囲を争い得るといつても、その争い得る程度ないし方法は、申告所得税について、外形的に申告があり又は課税処分の不可争性が生じた後になつて申告又は課税処分の不存在又は当然無効を主張する場合と、同等のものでなければ、均衡を失することになる。

(四)  そこで、申告所得税に係る場合をみると、申告については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、法定の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特別の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないでその錯誤による無効を主張することは許されない、と解されており(前掲最高裁昭和三九年一〇月二二日判決)、又、課税処分については、当該処分における内容上の過誤が、課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として、被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情がある場合には、その過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解されており(最高裁昭和四八年四月二六日判決・民集二七巻三号六二九頁)、いずれにおいても、それら無効事由の挙証責任は、納税義務者・被課税者にあるものとされている。

(五)  右の場合に対応して、源泉所得税に係る場合を考えると、源泉所得税額は、いわば自動的に確定するものであるから、申告所得税額の確定手続における申告及びこれに対する更正の請求、又は課税処分及びこれに対する不服申立てのごとき制度はなく、その確定の有無に関する支払者と税務署長との間の意見の対立が初めて起きるのは、納税告知がなされた時であるため、次のように解さなければならないことになる。

すなわち、納税告知処分の無効事由として、その前提となる源泉所得税額の存在又は範囲を争い得るとしても、納税告知において認定された内容上の過誤が、源泉所得税額の確定要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請をしんしやくしてもなお、納税告知に対する不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として、支払者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的事情がある場合に限り、その過誤による瑕疵は、当該納税告知を当然無効ならしめるが、それら無効事由の挙証責任は、支払者にあるといわなければならないのである。

(六)  そこで、本件について見るに、控訴人は、被控訴人主張に係る吉原の純資産の増加額が、吉原に帰属するものではないとか、吉原の個人所得の蓄積である旨主張するが、それらを立証することができず、又、被控訴人主張に係る控訴人の売上利益の除外についても、例えば、売上伝票に付されていた番号が、通し番号ではないというのみで、それが何であるかは説明することができず、或いは、売上伝票用紙が、吉原らの個人経営に係る店舗においても使用されていたというが、売上伝票の購入枚数と保存使用済枚数との著しい相違を説明することもできず、結局において、被控訴人主張に係る賞与の支給の事実は、覆えされていないのであるから、本件各納税告知処分において認定された内容には、何らの過誤もないのである。

(七)  仮に、本件各納税告知処分において認定された内容に、何らかの過誤があつたとしても、控訴人は、本件各納税告知処分につき、異議申立てをしながら、それに対する棄却決定についての不服申立期間を徒過しているのであつて、それによる不可争的効果を理由として、控訴人に右各処分による不利益を甘受させるについては、これが著しく不当と認められるような例外的事情もないのであるから、右各処分は、当然無効ということができず、したがつて、何らの過誤納金も存在しないのである。

当事者双方の、証拠の提出、援用及び認否は、<略>

理由

一  請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがなく、控訴人が、本件納税告知処分に対し、昭和四一年七月二八日付で署長に対し異議の申立をなし、同年一〇月二七日付でなされた異議申立棄却の決定に対し審査請求の申立てをしなかつた事実は、控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二  控訴人代理者は、本件納税告知処分は、その課税根拠を欠き無効である旨主張するのに対し、被控訴代理人は、控訴人が、本件納税告知処分に対する異議申立棄却の決定に対し、所定の期間内に審査請求をしなかつたことにより、本件納税告知処分に示された金額の納付義務を争い得ないことになつた旨主張するので、先ずこの点(ただし、本件納税告知処分のうち、重加算税賦課処分についてはしばらく措く)について検討する。

源泉徴収による所得税については、源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされたことにより、法令の定めるところに従つて、自動的に納付すべき税の額が確定するのであつて、税務署長のなす納税告知は、徴収処分として、前記のとおり自動的に確定している税額についての税務署長の意見を公にして、その納付を請求する趣旨のものであり、これによつて、自動的に確定している納税義務の範囲(税額)に変動を生じさせる性質のものではないと解せられる。

源泉徴収における納税告知が、徴収処分たる性質を有する以上、支払者が、告知の内容と意見を異にするときは、右徴収処分を阻止するため、納税告知に対し、異議申立、審査請求のほか、抗告訴訟をもつて、告知の効力を争うことができるが、納税告知が、自動的に確定している税額に変動を生じさせるものでない以上、支払者において、納税告知に対し右のような不服申立てをしなかつたことによつて、納税すべき額が、納税告知の内容のとおり確定するわけではなく、支払者は、その後においても納税告知に表示された税額について、納税義務の存否、範囲を争うことができるものというべきである。

以上のとおりであるから、控訴人が、本件納税告知処分に対する異議申立棄却決定に対し、所定の期間内に審査請求をしなかつたことをもつて、本件納税告知処分に示された金額の納付義務を争えないことになつたとする被控訴人の主張は採用することができない。

三  次に、控訴人は、本件納税告知処分は、控訴人について、推計により計上もれの利益を算出し、右利益の処分を吉原に対する役員賞与の支給とみなしたものであるところ、青色申告法人の場合には右推計はできないものであり、控訴人については、本件青色取消処分の取消により右推計は許されないことになつた結果本件納税告知処分も無効に帰した旨主張するので検討する。

源泉徴収による所得税において、納付すべき税の額は、源泉徴収の対象となる所得の支払がなされたことにより、自動的に確定し、納付すべき義務が生ずるのであつて、納税告知は、徴収の手続としてなされるものではあるが、これによつて納付すべき税の額が確定されるものでないことは既に説示したとおりであるから、控訴人が納付した税の額が右のようにして自動的に確定している納付すべき税の額と一致し、あるいは納付すべき税の額を超えないかぎり、納付した税の返還を求めることはできないものというべきであり、この理は、本件納税告知処分に、控訴人主張のような違法な点が存したか否かによつて異るところはない。

ところで、前記争いのない請求原因1(一)ないし(三)の事実及び<証拠略>を総合すると、署長は、控訴人の昭和三五年四月期(昭和三四年五月一日から昭和三五年四月三〇日まで)及び昭和三六年四月期(昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日まで)の所得について調査した結果、所得について隠ぺいがあるものと認め、昭和四一年六月二七日付をもつて、昭和三六年四月期以降について青色申告書提出の承認を取消す旨の処分(本件青色取消処分)をなした上、控訴人の昭和三五年五月一日から昭和三九年四月三〇日までの所得について、推計の方法により認定した結果に基づいて、控訴人に脱ろう所得があるとして本件更正処分をなすとともに、右脱ろう所得相当金額について、これを控訴人の代表者である吉原に対し賞与として支給されたものと認定した上、源泉徴収義務者である控訴人に対し本件納税告知処分をなしたこと、ところが、本件青色取消処分においては、その理由としては、「法人税法第一二七条第一項第三号に掲げる事実に該当すること。」とのみ記載されていたところ、その後、最高裁判所昭和四五年(行ツ)第三六号事件判決(昭和四九年四月二五日言渡)において、旧法人税法二五条九項による青色申告書提出承認取消処分の通知書には、右取消が同条八項各号のいずれによるものであるかを附記するのみでは足りず、取消の基因となつた事実をも処分の相手方において具体的に知り得る程度に特定して摘示しなければならず、右理由を附記しなかつた瑕疵は、処分後の再調査決定又は審査決定において処分の具体的根拠が示されたとしても治癒されない旨の判断が示されたため、署長は、右最高裁判所の判決に照らし、本件青色取消処分には、理由附記の点において瑕疵があり、これを治癒することはできないものと判断して、昭和四九年九月二八日付をもつて、本件青色取消処分を取消す旨を控訴人に通知し、更に同月三〇日付をもつて、本件更正処分を取消す旨を控訴人に通知したことの各事実を認めることができる。

右認定の事実によると、本件納税告知処分は、控訴人に対する法人税について、本件青色取消処分によつて可能となつた推計の方法により認定された脱ろう所得の存在を前提とするところ、右告知処分後本件青色取消処分が取消された結果、右脱ろう所得の認定に基づく本件更正処分が取消され、控訴人の法人税について、推計による課税がなし得ないことになつたことは控訴人の主張するとおりである。

しかしながら、青色申告の承認は、控訴人の法人税についてなされたものであつて、吉原個人が源泉徴収による納税義務を負い、控訴人が源泉徴収して納付する義務(納税義務)を負うところの吉原の賞与受給による所得税についてまで、その効力が及ぶものでないばかりでなく、源泉徴収による所得税の納付義務は、賞与の支給という客観的事実に基づいて自動的に生じ確定するものであることは前説示のとおりであるから、控訴人の吉原に対する賞与の支給の有無、その額の認定については、その認定の方法が合理的で認定に誤りがないかぎり、推計の方法によつて認定することも可能であり、この点については、控訴人の法人税についてなされた本件青色取消処分の取消によつて左右されるものではないというべきである。

もつとも、法人税についての青色申告の承認が、法人に所得の隠ぺいがあつたとして取消された後、所得の隠ぺいがあつたとした認定に誤りがあつたことを理由として青色申告承認取消の処分が取消された場合にあつては、右隠ぺいに係る脱ろう所得を、役員に対する賞与と認定してなした納税告知処分も、特段の事情のないかぎりその認定の合理的根拠を欠くに至るものというべきであるが、控訴人に対する本件青色取消処分が取消されたのは、本件青色取消処分に、理由附記について不備があつたという、手続上の瑕疵によるものであつて、所得の隠ぺいについての判断の誤りを原因とするものでないことは前記認定のとおりであるから、本件青色取消処分の取消によつて、吉原について生じた給与所得について、控訴人が負うべき納税義務の認定に影響を生ずるものではない。

四  そこで、控訴人の、吉原に対する役員賞与の支給の有無及びその額について検討する。

<証拠略>を総合すると、長野税務署及び関東信越国税局直税部は、控訴人の昭和三四年五月一日以降昭和三九年四月三〇日までの間の法人税に関する調査の結果及び吉原の個人資産の調査結果に基づいて、次のとおり認定し、推計したことが認められる。

控訴人は、昭和三四年八月から昭和三九年四月までの間に、売上用伝票用紙一三万枚を購入し、これを控訴人の経営する飲食店「メトロ」(以下「メトロ」という)、同「メイフラワー」(以下「メイフラワー」という)において使用したが、右伝票のうち使用済のもので控訴人において保存してあつた伝票(以下「使用済保存伝票」という)を調査した結果、控訴人が購入した売上伝票は、購入先、伝票の形式、内容により、別表7中、「購入先(規格)」欄記載のとおりに分類でき、使用済保存伝票の総数は八万四六九八枚で、これを右「購入先(規格)」別及び使用された期間別に分類すると、同表中「使用済保存伝票」欄記載のとおりとなつた。購入された右伝票一三万枚のうち、未使用のまま控訴人において保管していた伝票は、同表中「博光(TOTAL)」欄記載の四万枚のうちの一万三八八一枚であり、購入された右伝票の総数から、右未使用伝票及び使用済保存伝票の数を差引いた三万一四二一枚が使途不明の伝票(以下「不明伝票」という)と認められた。他方、使用済保存伝票のうち、その記載、保存状態等の点において明確な、昭和三六年一月一〇日、同月一一日、同年四月一九日から同月二三日までの七日分の伝票について検討した結果、伝票の左上欄外に、手書きの通し番号が記載されていたが、昭和三六年一月一〇日の伝票については、一番から五七番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち一九枚が欠落しており、同月一一日の伝票については、一番から四〇番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち一一枚が欠落しており、同年四月一九日の伝票については、一番から四三番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち一二枚が欠落しており、同月二〇日の伝票については、一番から五五番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち一四枚が欠落しており、同月二一日の伝票については、一番から六〇番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち二一枚が欠落しており、同月二二日の伝票については、一番から六三番までの通し番号が付せられたものと認められるのに、うち二三枚が欠落しており、同月二三日の伝票については、一番から三九番までの通しが付せられたものと認められるのに、うち一三枚が欠落していた。以上の事実から、右欠落していた伝票は、いずれも実際の売上に応じて一旦売上伝票として使用された後に、売上の事実を隠ぺいするために保存伝票から取除かれたものであり、前記不明伝票がこれに相応するものと推認された。そこで、右不明伝票の総数三万一四二一枚を、使用済保存伝票総数について、「購入先(規格)」及び使用期間によつて区分された数(前記別表7中「使用済保存伝票」欄記載の枚数)に応じて案分した結果、別表7中「不明伝票枚数」欄記載のとおりとなつた。右調査した七日分の伝票のうち、現存した伝票の総数は二四六枚(一月一〇日の無番号伝票二枚を含む)で、これから、掛売となつている(売上金未回収)分四〇枚を除いた残りの二〇六枚分の売上金総額は二九万六六八〇円、一枚当たりの平均売上金額は一四四〇円と認められた。前記不明伝票のうち一〇パーセントは、書損じ等により失われたものとし、残りの二万八二七八枚のうち、本件源泉徴収に関する昭和三五年五月一日から昭和三九年四月三〇日までの間に使用されたと推認されるものについて、前記別表7中の「不明伝票枚数」欄記載の枚数に基づいて、各事業年度別に区分すると、別表8中「除外伝票数」欄記載のとおりとなり、これに前記調査期間七日間の一枚当たりの平均売上金額一四四〇円を乗じた金額が、各事業年度における隠ぺいされた売上金額(除外売上金額―同表中該当欄記載のとおり)であり、これに同表中差益率欄記載の差益率を乗じた額が、各事業年度における、隠ぺいされた売上利益金額(除外売上利益金額―同表中該当欄記載のとおり)になるものと推計された。

次に、吉原の個人資産については、同人には、控訴人からの役員報酬及び不動産の賃料、株式配当金のほかに所得はなく、控訴人からの役員報酬は、昭和三六年二月までは一箇月四万円、同年三月は一箇月五万円、同年四月から昭和三八年八月までは一か月六万円、同年九月から昭和三九年五月までは一箇月七万円に過ぎず、不動産の賃料は、昭和三六年分から三八年分までは、各年いずれも五四万円、昭和三九年分は七五万円であるが、これに対する必要経費は、昭和三六年分は三七万七七〇七円、昭和三七年分は二七万四三七〇円、昭和三八年分は一七万二一〇三円、昭和三九年分は一三万五〇〇〇円であり、配当金収入は、昭和三六年分、昭和三七年分は各四万三〇〇〇円、昭和三八年分は三万七七〇四円であり、昭和三九年分は五万一六〇〇円の収入に対し、これを上廻る八万二六六五円の経費を支出しているのに対し、資産の増加については、預金額の増加(控訴人以外の名義による預金であつて、控訴人の預金と認められるものを含む)、貸付金の増加、借入金の減少、固定資産の増加、支払利息額、出資金額について調査した結果、昭和三五年五月一日から昭和三六年四月三〇日までの事業年度においては、預金において一八万六三二八円、貸付金において一八四万円、固定資産において八四万五三〇円が増加し、借入金において八八万九六二〇円が減少し、利息として六八万八二五三円の支払をうけ、総額において四四四万四七三一円の実質的な資産増が認められ、これから、前記不動産の賃料収入五四万円を差引いても三九〇万四七三一円の増加になること、昭和三六年五月一日から昭和三七年四月三〇日までの事業年度においては、預金において九万四五三三円が増加し、借入金において二〇五万五四七五円が減少し、利息として五九万八四五八円の支払をうけ、総額において二七四万八四六六円の実質的な資産増が認められ、これから前記不動産の賃料収入五四万円を差引いても二二〇万八四六六円の増加になること、昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度においては、預金において一五一万七一三六円が増加し、借入金において一七三万九六四七円が減少し、利息として五五万九七四二円の支払をうけ、総額において三八一万六五二五円の実質的な資産増が認められ、これから前記不動産の賃料収入五四万円を差引いても三二七万六五二五円の増加になること、昭和三八年五月一日以降昭和三九年四月三〇日までの事業年度においては、預金において七九万四三一二円、固定資産において五二万六五〇〇円が増加し、借入金において三一万九七二五円が減少し、利息として四三万四五〇六円の支払をうけ、株式払込金として六万五〇〇〇円が払込まれ、総額において二一四万四三円の実質的な増加が認められ、前記不動産賃料五四万円を差引いても一六〇万四三円になる(ただし、昭和三八年中の不動産賃料の収入は五四万円であるが、昭和三九年中の不動産賃料の収入は七五万円と認定されているので、右事業年度における不動産賃料収入として差引くべき額は六一万円とすべきものであり、その結果、右事業年度における資産の増加は一五三万四三円になるべきである。)と認められた。吉原の前記個人資産の増加は、いずれも同じ各事業年度における控訴人の前記除外売上利益金額の範囲内であり、右のような多額の個人資産の増加に対し、吉原の収入にこれに見合うものが見当らず、控訴人の経営規模、資本構成などの点から、吉原の右個人資産の増加は、控訴人の前記除外売上利益金の処分によるもので、吉原に対する役員賞与の支給と見なすべきである。ただ、支給の時期が明らかでないため、控訴人の各事業年度の決算確定の時である各年六月に賞与として確定したものと認定された。

以上のとおり認められるところ、所得及びその処分について事実に則した認定をなすためには、納税者において、正確で信頼するに足りる帳簿書類等の資料を備え、そうでない場合であつても、納税者において税務調査に対して資料の提供をなすなどの協力を必要とするところ、控訴人に対する税務調査が、控訴人の帳簿書類等の資料が正確性を欠き、所得に隠ぺいがあるものと認めたことを原因とするものであることは前判示のとおりであり、<証拠略>によると、税務調査に対し、控訴人代表者は多くの場合面会を拒み、従業員も、原始記録の呈示を拒むなど非協力的であつたものと認められるのであつて、以上の点に、前記認定、推計の方法、これに用いられた資料(<証拠略>)が合理性、正確性の点において欠けるところがない点を考え合わせると、右認定、推計によつて確定されたとおり、吉原の前記個人資産増加額について控訴人から吉原に対し、役員賞与として支給されたものと認めるのが相当である。

<証拠略>は、原審証人田中豊の証言により、田中豊によつて作成されたものと認められるが、同証言によると、作成者においてその内容を理解して作成したものとは認められず、その内容の正確性は疑問というほかはない。また、原審における控訴人代表者尋問の結果中には、吉原の個人資産の増加原因について、吉原が個人として経営していたバー、食堂その他の飲食店からの収益によるものである旨の供述があるが、右各店は、吉原の名義でなく、吉原の妻その他の女性名義で経営していたというのであり、その所得の帰属自体明確を欠く上、各店からの収益の内容も何ら具体的に明らかにされていないばかりでなく、右供述中には、吉原個人の収入は、控訴人からの給料と家賃収入だけで、事業所得はないから、吉原個人の確定申告において、事業所得の申告はしていない趣旨の供述もあり、右尋問の結果は全体として信憑性に欠けるものというほかはなく、その他本件に現れた全証拠を検討しても、右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  本件納税告知処分によつて告知された認定賞与額(ただし、昭和三九年一二月分については、裁決によつて訂正された額)は、いずれも前記認定に係る、賞与の支給と認められる額を下廻る額であり、これに基づいて示された税額が正当な額であることは、税額算定に関する関係法規及び計数上明らかなところであり、これに対する重加算税については、控訴人が、重加算税を賦課する処分に対し、昭和四一年七月二八日付で異議の申立をし、同年一〇月二七日付でなされた異議申立棄却の決定に対し何ら不服の申立をしなかつたことは前判示のとおりであるから、控訴人は、当然には右重加算税賦課の処分を争うことはできないところ、本税につき、本件納税告知処分(昭和三九年一二月分については前記のとおり)に応じた納付義務が認められることは既に判示したところから明らかであるから、右納付義務が存在しないことを理由として、右重加算税賦課の処分につき無効を主張することはできず、他にこれを無効とすべき理由は見当たらない。右、重加算税の額が正当であることは、これに関する法規及び計数上明らかなところである。

六  してみると、控訴人が、本件納税告知処分に応じて納付した税金の額は、控訴人に生じた納付すべき義務の額を超えるものではないというべきであり、その還付を求める控訴人の請求は失当として棄却するのほかない。

これと結論を同じくする原判決は正当であり、本件控訴は理由がないことに帰するから、民事訴訟法三八四条に従つてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉江清景 近藤浩武 川上正俊)

別表 <略>

【参考】第一審(長野地裁 昭和五一年(行ウ)第八号 昭和五七年四月一五日判決)

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告

1 被告は原告に対し、金二八五万一五七〇円とこれに対する国税通則法五八条の規定により計算した還付加算金を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二 被告

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 本件課税の経緯

(一) 長野税務署長(以下署長という。)は、原告に対し、昭和四一年六月二七日法人税法一二四条に基づく青色申告承認を取消す旨の処分(以下本件青色取消処分という。)をするとともに、原告の昭和三五年五月一日から昭和三九年四月三〇日までの各事業年度における法人税の更正処分(以下本件更正処分という。)をなし、昭和四一年六月三〇日原告に隠ぺいによる脱ろう所得があるとし、これを原告の代表者である吉原勝正に対する賞与であると認定し、別表(一)の一のとおり、源泉徴収義務者である原告に対し、所得税の納税を求める納税の告知を行うとともに重加算税を賦課する旨の処分(以下本件納税告知処分という。)をした。

(二) 署長は、昭和四四年六月三日原告の法人税課税処分の審査手続の裁決において異動を生じたとして、本件納税告知処分のうち、昭和三九年一二月分につき、別表(一)の二のとおり訂正した。

(三) 原告は、本件青色取消処分及び本件更正処分に対し、別表(二)の一及び二の1ないし4のとおり不服の申立てをなし、引続いて昭和四四年九月二五日長野地方裁判所昭和四四年(行ウ)第五号をもつて、右処分等の取消訴訟を提起し、審理が進められていたところ、署長は、昭和四九年九月二八日職権で右各処分を取消したうえ、本件更正処分にかかる税額を原告に返還したので、原告は同年一〇月九日右取消訴訟を取下げたが、本件納税告知処分によつて納付した税額は還付しなかつた。

(四) 本件納税告知処分によつて、原告の納付すべき源泉所得税及びその付帯税額は、別表(三)の一のとおりであつたところ、原告はこれに対し別表(三)の二ないし五のとおり任意に納付し、或は原告の本件更正処分の取消しに伴う還付金の充当によつて納付した。

2 本件納税告知処分の違法

(一) 本件青色取消処分は、原告の帳簿に売上げの計上洩れがないのに、これがあるものと誤認した違法があつた。

(二) 右違法な本件青色取消処分を前提としてなされた本件更正処分及び本件納税告知処分は、違法であり、また右各処分には理由を付記しない違法があつた。

(三) 本件青色取消処分及び本件更正処分は、違法であるとして取消されたのであるから、本件納税告知処分は、その重加算税の賦課処分を含めて、その課税根拠を失い、重大かつ明白な瑕疵を有し無効となる。

3 本件納付税額に対する請求権

(一) 原告が納付した税額は、国税通則法五六条による過誤納金となるから、被告は原告に対しこれを還付すべきである。

(二) 仮に、右の請求が認められないとしても、被告は、法律上の原因なく、原告が納付した税額を利得し、これがため原告に損害を及ぼしているから、民法七〇三条により、原告に対し納付税額相当の金員を返還すべきである。

4 結論

よつて、被告に対し、金二八五万一五七〇円及びこれに対する国税通則法五八条の規定による年七・三パーセントの割合による還付加算金相当の金員の支払を求める。

二 請求の原因に対する答弁

1 請求の原因1の(一)ないし(四)の各事実は、すべて認める。

2 請求の原因2、3の主張は、すべて争う。

三 被告の主張

1 本件青色取消処分をした理由は、原告の帳簿に売上の計上洩れがあると認めたからであり、各処分を取消したのは、付記理由の不備によるものであつて、右売上げの計上洩れがないと認めたものではない。

2 本件更正処分をしたのは、原告の帳簿に売上げの計上洩れがあると認めたからであり、右処分を取消したのは、本件青色取消処分の取消しによつて、原告の青色申告の承認が復活し、法人税の更正通知書における付記理由の不備という形式的な瑕疵が生じたためで、売上げ計上洩れという課税根拠がなくなつたからではない。

3 本件納税告知処分をした理由は、原告に隠ぺいによる脱ろう所得があり、これが原告の代表者に支給されていた事実があつたので、昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一二号による改正前の法人税法施行規則一〇条の四にいう役員に対する賞与と認めたからである。

4 本件納税告知処分は、所得税法に基づき原告の代表者を課税主体とする徴収処分であるのに対し、本件更正処分は、法人税法に基づき原告を課税主体とする課税処分であつて、両者その法律関係を異にし、後者の効力が法律上当然に前者に及ぶものではなく、また源泉徴収による所得税の支払者が法人税法に基づき青色申告の承認を受けていたか否か、それが取消されたかどうかは、法律上関係のないことである。

5 源泉徴収による所得税の納税告知処分は、国税通則法三六条一項二号に規定する徴収処分であるから、同法二八条及び所得税法一五五条の適用なく、その告知書には理由の付記を必要としない。

6 青色申告にかかる法人税の更正通知書に理由の付記を欠いても、更正処分を無効ならしめる重大な瑕疵とはいえず、単に取消理由になるに過ぎない。

7 原告は、本件納税告知処分に対して、昭和四一年七月二八日付けで異議の申立てをし、署長の同年一〇月二七日付け右異議申立棄却の決定に対し、審査の請求という税法上の救済措置を求めることができたのに、これをしなかつたものであるから、更に不当利得等による別途の請求はできない。

8 仮に、本件納税告知処分によつて納付された税額につき、納付すべき理由がないとすれば、右納付された税額は超過納付されたことになるが、国税徴収手続という公法上の手続過程において生じたものであるから、私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の規定の適用がなく、その特則ともいうべき国税通則法五六条による過誤納金還付の規定が適用される。

四 抗弁(還付請求権の時効消滅)

1 本件納税告知処分にかかる源泉徴収による所得税の納付状況は、別表(三)の二ないし五のとおり(ただし、充当された分を除く。)である。

2 仮に、原告が納付した税額が過誤納金になるとすれば、右納付したときに還付請求することが可能であつた。

3 原告が本訴を提起した日は、昭和五一年九月一三日である。

4 従つて、原告の本件還付請求権は、請求できるときから五年を経過し、国税通則法七四条により、時効により消滅した。

五 抗弁に対する答弁

1 抗弁1、3は、認める。

2 抗弁2、4は、争う。

3 本件還付請求権における時効の起算日は、本件青色取消処分が取消された日である昭和四九年九月二八日であつて、税額を納付した日ではない。

第三証拠 <略>

理由

一 本件課税の経緯

請求の原因1の(一)ないし(四)の各事実は、当事者間に争いがない。

二 本件納税告知処分の違法

1 <証拠略>によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 本件青色取消処分とこれに引続いて本件更正処分がなされた理由は、原告の帳簿に売上げ計上洩れという法人税法一二七条一項三号に掲げる事実が発覚したことによるものであつたところ、右各処分に対する取消訴訟の係属中、最高裁判所の判決によつて、青色申告承認の取消処分の付記理由が、該当条文の記載だけでは不備であるとされたため、署長は、右判決の趣旨に沿つて、本件青色取消処分を取消したが、右取消しによつて原告に青色申告の承認が復活したので、本件更正処分にも付記理由の不備が生じたため、右処分をも取消すに至つたこと。

(二) 課税庁としては、本件更正処分を付記理由の不備という形式的な違法に基づいて取消さざるをえなかつたところから、原告に対して更正処分のやり直しをしたかつたが、当時すでに国税通則法七〇条による期間が経過していたため、更正処分のやり直しができなかつたこと。

(三) 本件納税告知処分に対しては、理由が付記されていないけれども、国税通則法七五条一項一号、三項によつて不服の申立てができるところ、原告は、これに対し署長に対する異議の申立てをしたのみで、その棄却決定に対する審査の請求をせず、取消訴訟も提起しなかつたこと。

(四) 本件納税告知処分は、原告に隠ぺいに基づく脱ろう所得があり、これが原告の代表者に支給されているものと認め、これを役員に対する賞与と認定したうえで、行われたものであるところから、原告に青色申告の承認が復活し、本件更正処分が取消されたことと本件納税告知処分とは、法律上関連性がないものと認め、右処分を取消さなかつたこと。

2 以上の各認定事実を前提すれば、次のように解することができる。

(一) 本件青色取消処分及び本件更正処分には、付記理由の不備という違法が存在し、課税庁はこれを認めて右処分を取消しているが、この違法は形式的なもので、重大な瑕疵とはいえないから、処分の取消原因とはなるが、無効原因にはならない。

(二) 前記各処分の実質的要件である「原告の帳簿における売上げ計上洩れ」という事実の存在については、本件不服申立てないし訴訟手続上認定されていないが、仮にかかる処分要件たる事実の認定に誤まりがあつたとしても、その瑕疵は必ずしも明白なものとはいえないから、処分の取消理由とはなつても、無効原因とはならない。

(三) 本件更正処分取消しの効力が法律上当然に本件納税告知処分に及ぶものではなく、また源泉徴収による所得税の支払者が、法人税法に基づいて青色申告の承認を受けていたかどうか、その承認が取消されたかどうかは、右所得税の納税告知処分に対して法律上直接の関連性はないことは、被告の主張するとおりである。

(四) のみならず、仮に本件納税告知処分に本件青色取消処分や本件更正処分の違法が承継されるとしても、その違法は取消原因たる瑕疵に過ぎず、重大かつ明白な瑕疵とはいえないから、本件納税告知処分を無効ならしめるものとはいえない。

(五) 本件納税告知処分には、理由の付記はないが、源泉徴収による所得税の納税告知処分は、国税通則法三六条一項二号に規定する徴収処分であるから、同法二八条、所得税法一五五条の適用はなく、その告知書に理由の付記を要しない。

(六) 本件納税告知処分において、原告代表者に支給されたと認定された賞与の存否については、必ずしも明らかではないが、仮にこの事実がなかつたとしても、このような瑕疵は明白なものとはいえず、右処分を無効ならしめるものではない。

三 そこで、以上の認定事実に照らして、原告の請求の当否について判断する。

1 本件納税告知処分に基づいて納付された税額が、過誤納金として還付されるためには、右処分に取消理由があつて、不服審査又は取消訴訟などにおいて、取消の権限ある機関によつて取消されるか、或は右処分を無効ならしめる瑕疵がなければならないところ、前示のとおり、これらの事実が認められないから、原告の国税通則法五六条による還付請求は認められない。

2 国税徴収手続という公法上の手続において発生した不当利得については、国税通則法五六条による過誤納金還付の規定が適用され、私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の規定は適用されないものと解されるから、原告の不当利得返還請求は認められない。

四 よつて、原告の本訴請求は、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田実 松本哲泓 岡本岳)

別表 <略>

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