大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(う)1852号 判決

本件は,事件当夜(昭和57年12月18日)性的不満に陥り,その満足を得るために焦燥の念に駈られていた被告人が,かねてから劣情の対象にしたいとの願望を密かに抱いていた被害者が独り住いであることを思い出し,自己の獣欲を満たすため,深夜一面識もない被害者の居室に侵入し,就寝中の同女に対し,姦淫に及ばんとするや,異常を感じて目を覚ました同女に対し,厚手の布片をもって同女の顔にかぶせ,さらに抵抗する同女の鼻口部や頸部付近を右布の上から左手で強圧し,その結果同女が意識を失い抵抗する力がなくなるや,同女の着衣を引き剥がして全裸にしたうえ強いて姦淫し,その直後同女がうめき声を発し意識を回復しそうな気配を見せるや,再び布片を同女の顔にかぶせてその鼻口部や頸部付近を強く押しつけて同女を窒息死するに至らしめ,さらに,事故による焼死を装って右犯跡を湮滅する意図のもとに,被害者や手塚光二らが居住する原判示の二階建連棟家屋に放火して,右被害者の死体とともに焼き払おうと決意し,被害者にかけてある夜具の上に,その場にあった新聞折込み広告紙数枚を捩って束にして置き,これに所携の紙マッチで点火して火を放ち,その結果同女方二階部分を焼失させ,もって手塚光二外4名が現住している家屋を焼燬したというものである。……中略……

ところで

(1) 原判決は,本件強姦致死の犯行において,被告人が凶器を使用しなかったことをもって,有利な情状の一つとして判示している。しかしながら,人を死に致らしめる方法について,何をもってその罪責の大小軽重を論ずるかに当っては,被害者に与えたその苦痛の大小長短を無視すべきではない。本件についてみるに,被告人は被害者の鼻口部頸部を強圧して意識不明に陥れ,被害者が意識を取戻しかけるや,再度無抵抗の被害者に襲いかかってその鼻口部頸部を強圧しつづけ,遂に窒息死するに至らしめているのであって,被害者の被った苦痛苦悶は極めて大なるものがあったとみるべく,いわゆる凶器をもって死に至らしめた場合となんらその残虐非道さにおいて異るところがないばかりか,むしろその苦痛は時間的にみてより大きいとさえいい得る事案であるから,原判決のこの点の判示には賛成し難い。

(2) 原判決は,被害者の死亡は被告人にとって予想外の事態であるとし,これを有利な情状の一つとし判示しているが,すでに説示したところから明かなように,被告人の具体的犯行に徴し,被害者を死に至らしめる必然性は何一つなかった本件においては,その死を被告人にとって予想外のこととし,これを有利な情状として評価できる合理的理由は見い出し得ない。このことはかりに被告人がその供述弁明するように,被害者に対し人工呼吸を施したとしても,その前後の被告人の具体的行動からみて,被告人にとって有利な情状と目すべきではない。

(3) 原判決は,本件放火の犯行について,被告人は被害者の死亡という事の重大さにおびえ,罪を逃れたい一心より衝動的な行動として放火をなしたものであって,当初から計画したものではない旨を,有利な情状として判示している。本件の放火が当初から計画されていたものでないことは原判示のとおりであるが,放火を決意したその動機,さらにその巧妙な具体的方法,また逃走に当っての犯跡を残さない冷静な行動にかんがみるとき,被告人の放火の動機と行動につき原判示のように被告人の有利な面があるように解するわけにはいかない。むしろ本件の放火は,自己の犯跡を湮滅するために,自己保身の考えから,手段を選ばず敢行された大胆不敵かつ傍若無人な犯行とみるべきである。

(4) 原判決は,放火による結果の発生が被害者方アパートの二階部分の焼燬にとどまることを,被告人の有利な事情と解する判示をしている。しかしながら,被害者方は住居密集地域内にある木造二階建三戸連棟家屋であって,東側隣室には手塚光二ら3名,北側隣室には酒井佳代子が居住し,本件放火のころいずれも就寝しており,もし本件の放火の発見が少しでも遅れていたならば,その火勢により被害者方連棟家屋の全焼はもとより,密集する近隣の家屋に延焼し,人的物的の多大の損害を招来したであろうことは多言を要しないところであって,幸いにして隣室の手塚けさいが同夜午前2時50分ころ被害者方の火災を知り,機敏に消防署に通報し,これを受けた消防関係者が直に現場に出動し,フラッシュオーバー現象の発生と同時ころに消火活動を開始した結果,辛うじて右程度の損害にとどまったものであって,その公共の具体的危険性は誠に甚大であったというべきである。したがって,放火による結果の発生が右程度にとどまったことは消防関係者及び近隣の消火に努めた人々の功績に帰せられるべきであり,右消火に一臂も貸さなかった被告人の有利な情状として評価すべきではない。

(5) 本件強姦致死の結果の発生は誠に重大かつ悲惨である。被害者Y女は,その死亡当時21歳10月の若さであった。同女は昭和54年3月長野県立商業高校卒業後その勤務の都合上親元を離れて本件家屋に独りで住み,長野市内の会社に通勤していた乙女であって,毎日善良かつ堅実な社会生活をすごしており,その人生において最も青春に富み,その多幸を夢み,これを実現できる年頃であった。その被害者が,友人とのコンパのあと自宅に帰り,その就寝中に,理不尽にも全く無関係の被告人から,一方的にその獣欲の餌食となり,全裸にされたうえ凌辱を恣にされたばかりか,この世での最後の一言さえも発し得ぬまま苦悶の裡にその尊貴の生命を奪われ,剰えそれにとどまらず,被告人の身勝手な自己保身のため,その死体までも焼かれている。その焼燬された死体は顔面の一部,腹部,背部を除き全身に亘って黒色に炭化し,とくに右大腿部及び両下腿部は焼け爛れており,その足部は骨が露出していてその酸鼻無惨さには目を蔽うわしめるものがある。もし被害者に魂魄ありとせば,今なお坤輿に低迷俳徊して,その無念さに呻吟していることと推認されるところである。このような本件犯行による被害者の死の結果は,極めて重大かつ残忍というほかはない。

(6) 被害者には両親及び弟がいるが,すでに説示したような経緯で,その最愛の娘を凌辱され,生命を奪われたうえ,無惨にもその死体をも焼燬された両親をはじめとする遺族親族の衝撃と悲歎の深刻さは,察するに余りあるものがあり,とくに両親の愛娘を失った悲涙は今なお乾くことがなく,このような結果を招いた被告人に対する悲憤瞋恚は今なお融和していない。

(7) 被告人は本件放火のみならず刑事責任があることを認めている強姦致死の罪についても,今なおなんら反省改悛をしていない。被告人は原審以来罪の償いとして死罪に処せられても辞さない旨を供述するが,もし誠実眞摯にその罪の償いを祈念するならば,自己の獣欲の犠牲として凌辱し,剰え死に至らしめ,なおその上その死体をも焼き尽そうとした被害者,および最愛の娘を失い悲歎にくれているその両親に対し,被告人の出来る範囲において,当然陳謝の誠意を表わす言動に出て然るべきであるのに,被告人は今に至るまでそのことについて一顧だにしていない。

(8) 原判決は,被告人が資質的に知能が低いことを認定し,これを有利な情状の一つとして酌んでいるが,原審の記録に現われている被告人の思考及び言動からするならば,本件における被告人の犯行及び法廷戦術は決して知能が低い者の思考及び行為とは認められない。原判決の右判示には左袒できない。以上被告人の本件犯行は,その動機において全く酌むべき余地がなく,その手段態様において執拗残忍非道であり,またその結果の発生も重大かつ無惨であって,被告人の犯情は極めて悪質かつ重大であるところ,被告人は今なお放火の点について無意味かつ期瞞的な否認に固執して,その責任を捜査官に転嫁しようとしており,のみならず当審において厚顔無恥にも,被害者を強姦するに至った動機も捜査官にあるかの如き言辞を弄するに至り(被告人の弁護人宛の手紙2通),本件に対する反省改悟は全然ないといわざるを得ないうえ,被害者及びその両親に対しては今にいたるまで全くなんらの陳謝慰謝をしないばかりか,今後もそのような言動を取るとは思えないことも併せて考慮するならば,その刑事責任は極めて重いといわなければならない。原判決が指摘する被告人が人格的に甚だ未熟な点,格別の前科のない点,さらに被告人の生活歴,家庭環境など,記録に表われている被告人に有利と思われるすべての情状を十分に斟酌しても,その刑事責任の重大さに変わりはない。その観点からするならば,すでに説示したように有利と解されない情状を加味して判断している原判決の懲役15年の量刑は軽きに失して不当といわざるを得ないから,原判決は破棄を免れない。

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