東京高等裁判所 昭和58年(う)1887号 判決
被告人 道場正治
〔抄 録〕
一 訴訟手続の法令違反の論旨について
所論は、要するに、原審は、昭和五八年八月二六日立川簡易裁判所において証人橋本りかを尋問したけれども、右裁判所外の、公判期日外の証人尋問にあたっては、被告人に対し、刑訴法一五七条二項に定める証人尋問の日時及び場所の通知がなされていないし、また同法一五八条二項、刑訴規則一〇八条、一〇九条に所定の尋問事項を知る機会も与えていないから、原審の右訴訟手続の法令違反は、被告人の証人尋問の立会権・尋問権を侵害するものとして判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張する。
そこで、所論にかんがみ本件記録を精査すると、原審第一回公判期日において、検察官は、昭和五八年三月一六日付起訴状記載の公訴事実(原判示第二)について、「久保田順啓が被告人から覚せい剤を買い受けるに際し久保田に同道した状況」を立証趣旨として橋本りかの司法警察員及び検察官に対する各供述調書の取調べを請求したところ、弁護人が不同意の意見を述べたため、第三回公判期日において同じ立証趣旨で同女の証人尋問を請求し、原審も右立証趣旨のもとに同女を第四回公判期日(同年七月一一日)に尋問する旨決定したこと、しかし、右期日に同証人が出頭しなかったため、原審は職権で右期日を変更し、さらに同月二九日、弁護人の意見(同意)を聴取したうえ、右証人を公判期日外の同年八月二六日午後二時に立川簡易裁判所で尋問する旨の決定をし、同月五日その旨の記載のある右決定書謄本が弁護人及び被告人に送達されたこと、当時、被告人は、府中刑務所に勾留されていたが、右尋問について弁護人及び被告人から原審に対し右証人尋問に被告人が立ち合わない旨の意思が示されたことはないが、また、立会を希望する旨の申出等がなされた形跡も記録上全く存しないこと、原審は、右尋問に先立ち、特に尋問事項を改めて定めることはせず、したがって、また、これを被告人・弁護人に通知する手続もしなかったこと、同月二六日に検察官、弁護人(二名)立会のもとで立川簡易裁判所において橋本りかの証人尋問が行なわれ、被告人はこれに立ち会わなかったけれども、右尋問に際しては弁護人は被告人が立ち会っていないこと及び尋問事項が改めて定められていないことについて何らの異議も述べることなく尋問に立ち会っていること、第七回公判期日において右証人の尋問調書が取り調べられたが、その際にも弁護人及び被告人は何ら異議を述べることなく証拠調べが施行され、また刑訴法一五九条二項にいう再尋問の請求もなされなかったことが明らかである。
ところで、被告人には証人尋問の立会権・尋問権が保障されており(刑訴法一五七条、憲法三七条二項)、身柄拘束中の被告人に対しても当然証人尋問に立ち会う機会を与えなければならないと解せられるところ、本件においては、前記のように証人尋問の日時・場所を記載した公判期日外の証拠決定謄本が被告人にも送達されているから、これがあらかじめ被告人に通知されていなかったとの所論は失当であるけれども、被告人が右尋問に立ち会う権利を明示的に放棄していないのに、原審が右尋問に際し被告人を召喚せず、被告人を右尋問に立ち合わせなかったのは、前記刑訴法一五七条に違反するといわざるを得ない。また、右証人尋問手続においては、前記のように、特に尋問事項は定められず、したがってその告知の手続もなされていないのであって、原審の右の措置は刑訴法一五八条二項、刑訴規則一〇八条に違反するものといわざるをえない(なお、所論のかかげる刑訴規則一〇九条は、職権による公判期日外の証人尋問の場合であって、本件にはあたらない)。しかし、前記のように、本件においては、被告人は通知を受けながら立会の意思を明示的に明らかにしていないのみならず、弁護人が尋問に立ち会っており、証人尋問の際及びその後の尋問調書の取調べの際にいずれも弁護人及び被告人から前記手続違反の瑕疵について何らの異議も述べられず証拠調べを了したものであることが明らかであるから、責問権の放棄により右瑕疵は治癒したものと解するのが相当である。
(佐々木 竹田 中西)