東京高等裁判所 昭和58年(う)290号 判決 1983年6月01日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人小原美直作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官緒方重威作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意一について
所論は、要するに、原判示第一の事実のうち、被告人が呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたとの点については直接の証拠はなく、被告人が酒気を帯びて運転した旨認定した原判決は事実を誤認したものであり、加えて原判決には補強証拠なしに酒気帯び運転の事実を認定した違法がある、というのである。
しかしながら、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する酒気帯びの事実を認定するには、必ずしも科学的判定によらなければならないというわけではなく、犯行前の飲酒量、飲酒状況、飲酒後の経過時間等諸般の事情から明白に判定できる場合があるのであって、原判決所掲の関係証拠によれば、被告人は、昭和五七年六月一二日午後六時三〇分ごろから、夕食をとらない空腹状態で三軒の飲食店をはしご酒をし、午後一〇時ごろまでの間にビール四本位、午後一〇時ごろから翌一三日午前一時ごろまでの間ウイスキー水割り五、六杯位を飲酒し、最後の店を出る午前一時ごろには「相当でき上ったという感じ」がしたという状態であったこと、その後半時間もたたない間に事故を起していること、昭和五一年ごろまで運転免許をもっており、自動車の運転ができるのに、ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み違えるという大きな操作ミスをしていること、被告人は、衝突後、無免許・飲酒運転のあげくの事故で処分が重くなると考えてそのまま逃走していること、検察官に対して、「空腹で飲んだから酒が効いたような気がする。」「アクセルペダルを間違って踏んだのも酔っていたためというような気がする。」旨述べていることが認められ、これら諸般の事情を総合すれば、被告人が本件運転当時呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態にあったとの事実を経験則上明白に推認することができ(なお、当審における事実の取調べの結果によれば、被告人の当時の状態は、呼気一リットルにつき〇・四ミリグラムを下らないことが認められる。)、原判示酒気帯び運転の事実を認定した原審の措置は、優にこれを是認することができるところであって、被告人の飲酒量については目撃者の供述もあり、補強証拠に欠けるところはなく、原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。
同二について
所論は、要するに、原判決の量刑が不当に重い、というのである。
そこで、原裁判所が取り調べた証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を参酌して検討すると、本件は、被告人が軽四輪貨物自動車を無免許で酒気帯び運転し、ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み違えた過失により信号待ちのため停車しているタクシーに追突し、運転手に加療約三週間を要する、乗客に加療約二週間を要する鞭打ち症を負わせたうえ、救護等の措置をとらずそのまま逃亡したという事案であるが、被告人は、昭和五五年一〇月に無免許運転の罪により罰金刑に処せられたほか、傷害罪等による前科四犯もあり、犯情は芳しくなく、その刑責は軽視し難いところであって、被告人は、自ら犯行の翌日に警察へ出頭して犯行を自供していること、被害者らやタクシー会社との間に示談が成立し、弁償済みであること、過去には博徒の組員であったが、昭和五二年以降正業に就き、現在では店員としてまじめに働いていること、本件の非を反省し再過のない旨を誓っていること被告人の家族の状況等所論指摘の被告人に有利な又は同情すべき事情を十分考慮しても、本件は執行猶予に付すべき案件とは認め難く、被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑が不当に重いということはできない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時國康夫 裁判官 下村幸雄 中野久利)