東京高等裁判所 昭和58年(う)299号 判決 1983年6月20日
被告人 成田龍律
昭二八・一二・二生 遊技場従業員
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人江崎正行が提出した控訴趣意書および控訴趣意の補充書と題する書面に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官山本達雄が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意第一および同補充書第一について
論旨は、要するに、原判決は、原判示一七名が現に住居に使用している葛岡マンシヨン(以下本件マンシヨンともいう。)全体が一個の建造物であるとして、空室である同マンシヨン三〇五号室に放火し未遂におわつた被告人の所為につき、刑法一一二条、一〇八条を適用して処断したが、本件マンシヨンのような耐火構造の集合住宅で、かつ各室が建物区分所有権の客体となりうるほどに構造上独立性を有するものについては、その区分された各室がそれぞれ一個の建造物であると解すべきであるから、被告人の所為には刑法一一二条、一〇九条一項を適用すべきであるのに、前記のとおり刑法一〇八条を適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
しかし、原判決挙示の関係証拠によると、本件マンシヨンは、鉄骨コンクリート造三階建床面積一一四・〇三平方メートル(延床面積三四二・〇九平方メートル)で、各階に五室ずつ合計一五室の同一間取り(一DK)の部屋が南向きに東西に並んでいて、各階とも、各室の南側に幅約〇・九〇メートルのベランダが設けられ、北側には幅約一・三〇メートルの外廊下が玄関前に通じ、そして西側端には一階から二階および三階を経て屋上に至る幅約二・二〇メートルの外階段が設置されており、これが各階の外廊下に接続し、各室への出入りができる構造になつていること、そして本件マンシヨンは、耐火構造の集合住宅として建築されたものであるけれども、外廊下に面した各室の北側にはふろがまの換気口が突出しており、南側ベランダの隣室との境はついたて様の金属板で簡易な仕切りがなされているにすぎなくて、いつたん内部火災が発生すれば、火炎はともかく、いわゆる新建材等の燃焼による有毒ガスなどがたちまち上階あるいは左右の他の部屋に侵入し、人体に危害を及ぼすおそれがないとはいえず、耐火構造といつても、各室間の延焼が容易ではないというだけで、状況によつては、火勢が他の部屋へ及ぶおそれが絶対にないとはいえない構造のものであることが明らかである。そして、放火罪が公共危険罪であることにかんがみれば、原判決の補足説明にもあるように、本件マンシヨンのようないわゆる耐火構造の集合住宅であつても、刑法一〇八条の適用にあたつては、各室とこれに接続する外廊下や外階段などの共用部分も含め全体として一個の建造物とみるのが相当である(所論のような、建物区分所有権の容体となりうるか否かによつて、一個の建造物か否かを判別する見解は独自の説であつて、到底採用できない。)。
したがつて、原判決が被告人の本件所為に刑法一一二条、一〇八条を適用したのは相当であつて、原判決には所論のような法令解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二および同補充書第二について
論旨は、要するに、原判決は被告人に現住建造物放火の故意を認めたが、被告人は、本件マンシヨンの空室になつていた三〇五号室だけに火を放つ意図であつたのであり、同室以外への延焼を意図したわけではないから、現住建造物放火の故意がなく、この点において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。
しかし、放火罪の客体としては、前述のとおり、本件マンシヨンを全体として一個の建造物にあたると解すべきところ、関係証拠によれば、被告人は、たまたま空室となつていた三〇五号室および自室を除けば、本件マンシヨンの各室に、現に他人が居住していることを認識しながら、その一部である三〇五号室に火を放つて焼毀しようとしたのであるから、被告人に現住建造物放火の故意を認めるに十分である。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鬼塚賢太郎 杉山忠雄 苦田文一)