大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(う)314号 判決

被告人 上山孝美

〔抄 録〕

所論は要するに、原判示の注意義務の内容は、田井光太郎が「昇降口ドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに片足を乗せた状態で、まだ完全に乗車し終っていないのに、安易にこれが乗車し終ったものと即断した」というのに対し、原判決が依拠した予備的訴因では、同人が「乗客に続いて直ぐ乗車しなかったことから、自車に乗車しないものと即断した」というのであって、両者における即断の中味が明らかに異なっているが、これは訴因が異なることになり、ひいては刑訴法三七八条三号にいう審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたことに帰するものであって、原判決は破棄されるべきである、というのである。

しかしながら記録によれば、本件公訴事実における訴因は、被告人が、川崎鶴見臨港バスの運転者として業務上大型乗用自動車(バス)を運転し、観音一丁目バス停留所付近道路においてバスを待っていた客を乗車させるに際し、乗車しようとする乗客の動静に対してとるべき業務上の注意義務及びその懈怠による過失行為をもって構成されているところ、所論が問題とする予備的訴因と原判決の認定したところとを対比すると、右注意義務はいずれも、客である田井光太郎を乗車させるに際し、同人が老齢であることを考慮してその動静を十分に注視し同人が昇降口から安全に乗車するのを確認した後昇降口ドアを閉めて発車すべきであったというものであるし、また右注意義務の懈怠による過失行為の内容は、予備的訴因では、同人が(自車左前部)昇降口ドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに右足を乗せて乗車しようとしているのに気付かずドアを閉め発進した過失」というのであり、これに対して原判決では、同人が「(左前部)昇降口ドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに片足を乗せた状態で未だ完全に乗車し終っていないのに、昇降口ドアを閉めながら発進しようとした過失」というのであって、過失行為の内容はいずれも、田井光太郎の動静に対する注視を欠き同人が未だ安全に乗車し終っていない状態であるのにドアを閉め或は閉めながら発進し或は発進しようとした、という趣旨のものであって、結局原判決の罪となるべき事実における業務上の注意義務及びその懈怠による過失行為の内容は、予備的訴因のそれと同一の範囲内にあるものと認められ、これと同趣旨の判断に基づく原判決は是認でき、所論は採用できない。

所論は、被告人が客の田井光太郎を乗車させるに際して同人の動静につき即断したとする内容を注意義務違反の内容としてとらえ、予備的訴因と原判示の間において即断の内容が異なるから、訴因が異なることになる、というが、予備的訴因において、「続いて直ぐ乗車しなかったことから自車に乗車しないものと即断し、同人が開いている昇降口ドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに右足をのせ乗車しようとしているのに気付かず」というにせよ、原判示の、「動静に十分注意を払わず同人が右昇降口ドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに片足を乗せた状態で未だ完全に乗車し終っていないのに、安易にこれが乗車し終ったものと即断した」というにせよ、いずれも客の田井光太郎がドアの内側手摺を左手で掴みながら昇降口下段ステップに右足或は片足を乗せて乗車しようとしていたが、完全に乗車し終っていない状態にあったというのに、被告人は前示の業務上の注意義務を怠って同人の動静に対する注視を欠き右乗客の状態に気付くに至らなかった、との点が問われているのであって、乗車しないものと即断した、或は、乗車し終ったものと即断した、という即断の内容は、訴因を構成する注意義務及びその懈怠による過失行為そのものとは異なり、右注意義務を懈怠するに至った被告人の内心における縁由ないし事情をいうに過ぎず、右の如き異なる即断の内容を認定するために訴因変更の手続を経なければならないという性質のものとはいえない。

(山本 篠原 渡邉)

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