東京高等裁判所 昭和58年(う)726号 判決
被告人 木下和男
〔抄 録〕
所論は、(1)原審が、公職選挙法一四二条一項、二四三条三号、一二九条、二三九条一号の合憲性を検討するための選挙運動の実態などの立法事実について、十分な証拠調べをしておらず、また、判決理由中においても、こうした立法事実についての実質的判断を示すことなく弁護人の主張を立法論として一蹴している点には、審理不尽及び理由不備の違法があり、(2)表現の自由の優越的地位と議会制民主主義下における選挙の重要性にかんがみるとき、表現の自由は選挙運動においてこそ最も尊重されるべきであるし、殊に文書による選挙活動は選挙民に選挙のための有益な判断材料を提供し、選挙民に選挙についての理解関心を深める上で有効かつ不可欠な手段であることに徴するとき、公職選挙法一四二条一項、二四三条三号は憲法二一条に違反する、(3)事前運動を禁止した公職選挙法一二九条、二三九条一号も同様に憲法二一条に違反する、(4)同法二五二条の公民権停止の規定も、憲法一四条、一五条、三一条に違反する、というべきであるから、これらの規定を合憲であるとした原判決には法令適用の誤りがある、というのである。
憲法二一条の保障する表現の自由が民主主義を支えるための根幹をなす権利であって、憲法の保障する諸人権の中でも優越的地位が認められるべき権利であること、この表現の自由の保障は選挙運動という表現にも及ぶべきものであること、及び公職選挙法の法定外文書の規制、事前運動の禁止が、選挙運動における表現の手段方法の一部に制約を課するものであることは所論指摘のとおりである。
所論中には、「裁判所の憲法審査において、表現の自由の規制立法は厳格な審査基準に服さなければならない」との主張がある。言論の法による規制には、言論の直接的規制と間接的規制の二つの範疇がある。(イ)言論の内容のもたらす弊害に着目し或種の言論そのものを禁止するのが言論の直接的規制であり、(ロ)言論の内容自身を規制対象としないうえ、他の種類の手段方法による言論の伝播は規制せず、<1>言論伝播の特定の種類の手段方法のもたらす弊害に着目し、その特定の種類の手段方法を全面的に禁止する結果として、その特定の種類の手段方法による言論の伝播のみが制約される意味での言論の間接的規制、<2>言論伝播の特定の種類の手段方法を全面的には禁止せず、無制限にその手段方法が行使される場合にもたらされる弊害に着目し、一定の数量回数その手段方法を用いることを許容し乍ら、これを超えた数量回数その手段方法を用いることを相対的に禁止する結果として、その特定の種類の手段方法による言論の伝播が部分的に制約される意味での言論の間接的規制の二つの種類の間接的規制があり、事前運動の禁止は前者((ロ)の<1>)、法定外文書規制は後者((ロ)の<2>)に当るものである。
間接的規制の場合にも、(a)許された他の種類の手段方法による言論の伝播の範囲が著しく狭いか、あるいは有効ではないため、言論の伝播が実質的に禁止されるに等しい場合や、(b)許された他の種類の手段方法による言論の伝播の範囲が著しく狭いか、あるいは有効でなく、加えて、数量回数期間を限って許されている手段方法による言論の伝播を加味しても、言論の伝播が実質的に禁止されているに等しい場合には、言論の直接的制約の場合と同様、実質的な、止むに止まれぬ理由のない限り、つまり、規制が合理的だというだけでは、その種規制は合憲とはされず、厳格な審査基準に服することになる。
しかし乍ら、許された種類の手段方法、許された数量回数の手段方法を用いれば、言論の伝播が、その受け手にも、発し手にも、十二分とまではいえないまでも、相当程度可能であり、言論伝播の目的が一応達成しうると評価される場合には、数量回数期限を限っての特定の手段方法の規制は、それが規制目的達成の合理的手段にとどまる限り違憲とはならない。
この見地に立って、本件で問題となる昭和五六年の都議会議員選挙について、選挙運動期間中公選法上許容されている言論伝播の手段方法の範囲をみてみると、こと文書による選挙運動にかぎっても、都議会議員選挙については、通常葉書八〇〇〇枚の頒布が許容されており、選挙事務所、選挙運動のため使用する自動車又は船舶、ならびに演説会場におけるポスター、立札、ちょうちん及び看板、ならびに候補者の使用するたすき、胸章及び腕章が、一定の制約はあるものの、許容されている他、広く選挙運動のため使用するポスターが一二〇〇枚許容され(このポスターについては、都道府県は、その掲示場を設けることができる旨の規定がある。)、さらに後援団体の選挙運動についても、ポスター、立札、看板等が一定の制約のもとに許容され、また、候補者は、選挙運動の期間中、二回に限ってではあるが、選挙に関して広告を出すことが許容されているなど、かなり広汎な文書による選挙運動を許容していることが認められるのであり、口頭による選挙運動として、個々面接、電話による依頼、テレビ及びラジオによる政見放送、立会演説会、個人演説会、街頭演説なども許容されていること加えて選管による各世帯に対する選挙公報の発行配付も定められていることを併せ考えると、全体的にみるかぎり、選挙運動期間中候補者や選挙運動者が選挙に関しその欲する表現内容を選挙民に対し伝達し訴える手だては相当広く許容されているといわざるをえず、右の許された種類範囲の手段方法によるのみでは選挙運動における言論の伝播の範囲が、著しく狭いとか、あるいは有効ではないとか認めることはできない。
そこで、次に法定外文書規制と事前運動禁止の合理性を審案する。
法定外文書規制については、文書図画による選挙運動を候補者やその候補者を推す選挙民のなすがまま自由に放任するにおいては、その競争が過熱化して経済力、組織力に優る候補者が、かかる背景をもたない候補者に対して圧倒的に優位に立ち、選挙の公正を害するなどの弊害が生じうること、事前運動規制規定については、常時選挙運動を行うことを許容するにおいては、常時不当無用な競争を招き徒らに経費と労力がかさみ経済力の差による不公平が生じ、選挙の公正を害するなどの弊害が生じうることは容易に考えられるところであるから、選挙が公明且つ適正に行なわれることを確保し、もって議会制民主主義をして、適正円滑に機能させ、かつその健全な発達を期するためには、文書図画による選挙運動の数量回数について、法の定める程度の制約を加え、また事前運動を禁止することは、ともに不合理とはいえない。
選挙費用の多額化を防止する手段としては、本来法定費用の制限をもって抑止すべき事柄であるとの論もあるが、現行の法制の法定費用の制限が必ずしも実効をあげていない現状では選挙運動用文書の制限、事前運動の禁止が選挙費用の高額化防止の次善の手段であることは否定しえないし、また、選挙戦の勝負が法の定める選挙運動期間以前についている現状では、選挙の公平を図るという制限の根拠に意味がないとの指摘もあるがこの前提はしかく明白ではなく、選挙運動期間中の選挙の公正を図ることが必要のない状況になっているとは未だ認め難い。
したがって、法定外文書の規制、事前運動の禁止規定は、規制の目的と規制の手段との関連上合理的なものと認められる。のみならず、そもそもこの種の選挙運動について、どの限度でどのように規制すべきかという判断は、複雑にからみ合う時の具体的政治状況や国民一般の政治意識の動きをリアルにとらえ、こうした現状に対する透徹した認識をふまえてなされるべき微妙な合目的的判断を合むものであり、言論伝播の特定の手段方法の数量回数時期の規制が不合理といえない限り、特定の手段方法の規制が賢明かどうかについての裁判所の判断をもって立法府の判断に代えることは許されない。
そして、表現の自由を制約する法律が憲法に違反していないかどうかの判断は、立法事実についての慎重な証拠調べをしたうえでなければ示されるべきではないとする所論は、前叙の憲法判断のプロセスの適用される本件においては前提を異にするもので採用の限りではなく、原審の審理には何ら審理不尽の違法はない。また、原判決のこの点に関する判示は必要にして十分なものと認められるのであるから、原判決には所論のような理由不備の違法もない。
次に、公民権停止規定は、実質犯は勿論形式犯であっても選挙の公正を害する所為に出たものを、将来の選挙の公正を確保するため、一定期間選挙に関与させることは適当ではないとの立法府の判断により定められたものであり、公選法二四三条違反の所為と二四〇条や二四四条違反の所為に選挙の公正を害する程度の差があるとしている立法府の判断を含め一概に不合理なものとは認められないのみならず、実質的に相当の理由のあるものと認められること、公民権停止規定の適用される形式犯については同条四項により情状に応じ公民権停止の規定を適用せず、又はこれを短縮する弾力的運用をはかる途が法定されていること、前述したように法定外文書規制、事前運動の禁止が違憲とはいえないことを考え併せると憲法三一条、一五条、一四条に反する旨の所論は採用できない。
(時國 礒邊 日比)