東京高等裁判所 昭和58年(う)800号 判決
被告人 柳建済
〔抄 録〕
関係証拠によれば、被告人は、昭和五三、四年ころから覚せい剤の使用を始め、以後服役等により中断した期間はあったが、原判示第二の犯行のころまで継続的ないし断続的に覚せい剤を使用していたこと、数年前から幻覚、妄想などの症状が発現し、被告人が、現在も右症状のため悩まされている旨訴えていること、昭和五四年六月三日東京都文京区所在のホテルに不法侵入した容疑で取り調べられた際、東京地方検察庁総務部診断室及び東京都衛生局医務部精神衛生課で精神診断を受け、その結果薬物嗜癖初期の疑いと診断されたが、狭義の精神障害の存在が認められないとの理由で入院措置は不要とされたこと、昭和五七年七月二六日原判示累犯前科(4)の懲役刑を受け終えて出所した後、同年八月九日生活保護受給申請のため東武中央病院において検診を受けた結果覚せい剤後遺症の疑い、神経衰弱状態と診断されたこと、原判示第一の犯行後同年一二月末ころ自己の所持する外国人登録証明書に意味不明の乱雑な書きこみをしていることなどが認められ、以上によれば、被告人には幻覚妄想などの症状がみられるなどその精神状態に異常な側面のあることを否定できない。
そして、精神科医師である高屋淳彦は、当審において被告人を問診する等した結果に基づき被告人は現在幻覚妄想状態にあり、右は覚せい剤中毒後遺症によるとも考えられるが、精神分裂病の可能性もある等の所見を述べているところ(証人高屋淳彦の当審公判廷における供述、同人作成の意見書)、前記昭和五四年同五七年における被告人の各精神診断の結果、被告人の覚せい剤使用歴、特に被告人の精神状態の変調は被告人が覚せい剤を使用するようになってから発現したこと、被告人の当審公判廷における供述その他の関係証拠によれば被告人の幻覚などの症状は覚せい剤を使用すると一時的に好転すること、被告人の対人折衝は良好であることなどが認められ、これらを総合すると、被告人の前記精神状態の異常は、覚せい剤中毒後遺症によるものと認めるのが相当である。
そこで、被告人の右精神状態の異常が、責任能力に影響を及ぼす程度のものであるかどうかにつき、検討する。
被告人の原審及び当審公判廷における各供述、検察官及び司法警察員に対する各供述調書を含む関係証拠によれば、原判示の各犯行についての被告人の記憶はおおむね正確で、具体的であること、被告人は覚せい剤使用の違法性や害悪について十分認識し、覚せい剤の使用を中止しようという気持もあり、昭和五七年七月末服役を終えて出所したのちも原判示第一の犯行のころまで数か月間覚せい剤に手を出さなかったこと、原判示の窃盗の各犯行は金銭に窮し、生活費欲しさから行ったもので、その態様は、いずれも日中家人が不在と思われる家を物色し、石塊等でサッシ戸のガラスを打ち割り、内部へ手をさし入れ、鍵をまわして戸を開け、家屋内へ侵入して金品を窃取したもので、ガラスの割れる音により近隣の者に発見される可能性があるのにあえて右のような手段に出ている点稚拙といえなくはないが、空き巣ねらいとしては常人の犯行と大差がないこと、原判示第三の窃盗の犯行は、被告人が捜査官に対し自発的に申し述べたものであること、被告人の当審公判廷における供述態度にも格別異常な点はなく、質問の趣旨を的確に理解して応答し、自己の行為に対する自責の心境も述べていることを認めることができ、これらの諸事実を総合すると、被告人には前示のように幻覚妄想等の症状があるものの本件各犯行当時相当程度の弁別力、抑制力はこれを有していたことが認められ、いまだ事理を弁識し、これに従って行動する能力が著しく減弱し、刑法三九条にいう心神耗弱の状態にあったものとは認めがたい。
(鬼塚 杉山 中野)