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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1155号 判決

《証拠》を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する当審における控訴人本人の供述は前掲各証拠に照らしにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原審裁判所書記官は、昭和五六年五月二三日本件訴訟の第一回口頭弁論期日を同年六月二九日午前一〇時とする旨の期日呼出状を本件訴状副本及び答弁書催告状各一通と共に右訴状記載の控訴人肩書住所の川崎市川崎区小田三丁目七番一一号宛に特別送達により送付したが、同年五月二六日所轄郵便局より控訴人が右肩書住所に居住せず、転居先不明であるとして返戻された。そこで、被控訴代理人小野晃嗣弁護士は、同月二九日自己の弁護士事務所事務員を控訴人の住民登録上の住所である前記小田三丁目七番一一号に赴かせ、控訴人の所在を調査させたところ、右住民登録上の住所には控訴人とは別人の中山光雄、同恵美子名の表札が出されているうえ、隣人の鈴木義之、石井新らに対する事情聴取によると、控訴人は昭和五五年四月ころから同年八月ころまでの間に他所に引越しており、転居先も連絡先も不明であることが判明した。そのため被控訴代理人の小野弁護士は、右調査結果を内容とする昭和五六年五月二九日付報告書を添付のうえ、同年六月一日原審裁判所に控訴人の住居所その他送達場所が不明であるとして公示送達の申立てをした。また、原審裁判所は右小野弁護士の申請により前記小田三丁目七番一一号宛に同月一六日午前七時一〇分ころ執行官送達をも試みたが、控訴人は約一年前に他に転居し、右住所には現在大間義治なる人物が居住しているとして前同様に送達不能となった。そこで原審裁判所は同日右小野弁護士の公示送達の申立てを許可し、同日原審裁判所の掲示場に控訴人宛の前記期日呼出状、本件訴状副本及び答弁書催告状各一通を掲示し、爾後控訴人に対する送達は公示送達の方法によって行われ、原判決の送達も同年八月二四日原判決正本を右掲示場に掲示してなされた。

(二) 控訴人、被控訴人間には、本件訴訟提起前に横浜地方裁判所川崎支部昭和五一年(タ)第二〇号離婚等請求事件が係属し、同五五年五月二一日被控訴人の離婚請求認容の判決言渡があり、右判決は確定している。ところで、右離婚等請求事件に関連して、控訴人の代理人三森淳、被控訴人の代理人小野晃嗣間で話合った結果、被控訴人が控訴人に対する銀行預金債権仮差押の執行を取り消す代りに、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人の衣類等を返還すること及び被控訴人名儀の預金二五万円の半額を支払うこと等を内容とする合意が成立したことから、右両代理人間において、前記衣類等の引渡の具体的日時を決めるべく、さらに交渉することになっていたところ、前記合意の内容に不満を抱くに至った控訴人は、同年九月ころから自己の代理人三森弁護士との連絡を絶ち、その後も同弁護士の説得にもかかわらず住居所ないし連絡のための電話番号を知らせないままであった。そのため三森弁護士は被控訴代理人の小野弁護士から控訴人の所在を明らかにすることを強く要請され困惑していたが、たまたま昭和五六年五月一二日ころ控訴人から電話連絡があったことから三森弁護士が所在を明らかにすることを強く説得の結果、同月二九日ころ控訴人は、三森弁護士が被控訴人側に知らせないことを約束するのを条件に、川崎市川崎区小田三丁目一五番二号に居住していることを明らかにするに至った。

(三) 以上の認定事実によると、控訴人は、本件訴訟が原審裁判所に係属当時、自らの意思と目的の下に住民登録上の住所である川崎市川崎区小田三丁目七番一一号から他に転居して所在をくらませたうえ、その後自己の事実上の代理人である三森弁護士に住所を知らせるに当っても、同弁護士が被控訴人側に知らせないことを約束するのを条件にするなど、専ら自己の責めに帰すべき事由によって、所在不明となったものであって、本件訴訟提起時から原判決送達時までの原審訴訟手続を通じて、被控訴人及びその訴訟代理人小野晃嗣弁護士において、控訴人の住居所が確知し得なかったことについて、何ら責められるべき点はない。また、原審における控訴人に対する公示送達は、被控訴代理人の公示送達の申立てに基づいて、原審裁判所の裁判官が、前記(一)認定のような経緯により、控訴人の住居所その他送達場所が知れないものと判断して公示送達を許可したものであり、右許可は相当というべきであって、原審における右公示送達手続が違法無効であるとは到底いえないから、右公示送達の方法による控訴人に対する原判決の送達は有効である。したがって、原審裁判所の掲示場に原判決正本を掲示した日の翌日であることが、本件記録上明らかな昭和五六年八月二五日にその効力を生じたものというべきである。

よって、本件控訴は、原判決が控訴人に有効に送達された日から二週間の不変期間をはるかに経過した後の昭和五八年四月二七日に提起されたものであって、不適法というべきである。

(中島 塩谷 涌井)

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