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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1278号 判決 1984年12月18日

控訴人 斎藤武雄

右訴訟代理人弁護士 中尾昭

同 牛久保秀樹

同 井上幸夫

被控訴人 長沢潤

右訴訟代理人弁護士 西迪雄

同 富田美栄子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載(四)及び(五)の各土地内の原判決添付別紙図面(二)記載のイイ'ロ'オハニホホ'ニ'ハ'ロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に存するブロック塀を収去せよ。3 被控訴人は、同別紙物件目録記載(四)及び(五)の各土地内の同別紙図面(二)記載のヨタレソヨの各点を順次直線で結んだ範囲内に存する物置、同図面記載のツネナラツの各点を順次直線で結んだ範囲内に存する物置及び同図面記載のオハの各点を結んだ直線上に存する柴垣をいずれも収去せよ。4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決六枚目裏二、三行目「原告主張現私道」を「原判決添付別紙図面(二)記載のロ"ロ'オハルホホ'BチトAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地」と改める。

2  同一一枚目表二行目「(一)」を削り、五行目「(二) 被告は」から六行目「設置した。」までを削る。

3  同一一枚目裏五行目「2(三)」を「4」と改め、一〇行目「及び本件くぐり門」から一二枚目表一行目「結ぶ部分」までを削る。

4  同一三枚目表六行目「同4のうち」から七行目「否認する。」までを「同4は認める。」と改め、 九行目「三 被告の主張」から一三枚目裏二行目「きた。」までを削る。

5  控訴人の主張

(一)  くぐり門の収去を求める訴を取下げる。

(二)  本件私道拡張の合意

(1) 本件控訴人所有地(東京都新宿区〔旧牛込区〕市谷薬王寺町一一番一及び一一番三)並びに被控訴人所有地(同町一一番四及び一一番五)はいずれも、もと訴外飯田章の所有に属していたところ、同人の申請に基づき昭和八年六月一六日原判決添付別紙図面(二)記載のAB各点を結んだ直線(控訴人所有地と被控訴人所有地との境界線)を中心線とし同線から左右水平距離各一・三六五メートルの線(したがって幅員は二・七三メートルとなる。)につき建築線の指定を受け、右位置指定道路は、その後、建築基準法四二条二項及び東京都告示により幅員四メートルの道路となった。ところで、右建築線指定申請の際隣接地すなわち同一二番地の土地の所有者兼使用権者であった阪柳道光が右指定に同意している。すなわち、右申請の時点において、飯田と阪柳との間で本件私道を拡張する旨の合意が成立したのである。そして、飯田は、その後、本件一一番一及び一一番三の土地を訴外鳥飼政治に、本件一一番四及び一一番五の土地を被控訴人にそれぞれ売渡したが、鳥飼、被控訴人間にも右合意は引継がれ、右両者はその前提で本件私道を共同使用してきたし、さらにその後鳥飼から本件一一番一及び一一番三の土地を買受けた控訴人も、直接鳥飼から、また、右売買の仲介人訴外柴田雅子を通じて、右合意の存在を聞かされており、被控訴人がその居宅を建替えるときには本件私道が拡幅されるものと確信していたのである。そして、被控訴人もまた右合意の存在を熟知していたからこそ、居宅建替の際新宿区役所に提出した建築計画概要書にはAB線から水平距離で二メートル自己所有地側の線を建築基準法四二条二項による境界線と明示し、それより内側に建物を新築する旨記載しているのである。

以上により、控訴人、被控訴人間には、被控訴人が居宅を建替える際にはAB線から被控訴人所有地側に水平距離二メートルの私道を確保する旨の合意が存在するものというべきである。

(2) 仮に控訴人、被控訴人間に明示の合意が存在する旨の右主張に理由がないとしても、右(1)主張の事実経過に照らし、被控訴人の居宅建替の際には本件私道を拡幅する旨の黙示の合意が被控訴人と控訴人を含む近隣関係者との間で成立したことは明らかである。

(三)  権利の濫用

被控訴人は、本件私道付近が建築基準法四二条二項に基づく道路(以下「法四二条二項道路」という。)であることを熟知し、かつ、そのことを前提とした建築確認申請を新宿区に対してしながら同道路内に本件ブロック塀を設置し始め、これを知った新宿区長から工事停止命令を受け工事中のブロック塀に「工事停止」の貼紙までされながら、これを無視して本件ブロック塀を完成させたものであって、右行為は極めて違法性が強いというべきである。

そして、本件ブロック塀の設置により本件私道の拡幅に対する期待権を侵害され、現実にも先に囲にょう地通行権存在の根拠としてるる述べた不便を被っている控訴人の被害の甚大さに比べ、本件ブロック塀の撤去による被控訴人の不利益は極めて少ない(本件ブロック塀撤去の費用については、控訴人は応分の負担をする用意がある。)。被控訴人は、居宅自体は法四二条二項道路より内側に建築しており、なお建築基準法に抵触することなくブロック塀を設置する余地を残しているから、設置し直すことも可能なのである。

よって、本件ブロック塀の設置は権利の濫用というべきであるから、その撤去を求める。

6  被控訴人の主張

(一)  控訴人がくぐり門の収去を求める訴を取下ることに同意する。

(二)  控訴人の右(二)、(三)の主張はいずれも争う。

被控訴人の本件ブロック塀の設置によって本件私道部分の幅員が変更されたことはない。控訴人は本件私道の状況を十分に現認したうえ、その状況を前提とする相応の対価をもって本件一一番一、一一番三の土地を取得したものであり、自動車が進入しえない私道に面する宅地は都心部に数多く存在する。

7  証拠《省略》

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決一八枚目裏九行目「幅員は」の次に「狭い部分でも」を加える。

2  同二〇枚目裏五行目「東京都公報第七〇〇号によれば、」を削り、八行目「指定が」の次に「包括的に」を加える。

3  同二四枚目表四行目「できる。」の次に行を変えて「もっとも、《証拠省略》によれば、被控訴人の旧建物の玄関の突出部分(幅約二・七メートル)及び右突出部分から北に約三・六メートルの間隔をおいて存在した物置(幅約一・八メートル)の各西端線は原判決添付別紙図面(二)記載ホ'ニ'の各点を結ぶ直線とほぼ一致し、玄関の突出部分を除く右建物の西端線は右ホ'ニ'の各点を結ぶ直線よりも約〇・九メートル東寄りとなっていたため、玄関の突出部分と物置との間の約三・六メートルは約〇・九メートルだけ東にくぼんでいたが、控訴人において右部分を特に道路の一部と認識してその余の通路部分(西側)と同様に通行していたわけではないことが認められる。」を加える。

4  同二四枚目裏末行「ならびに」から同二五枚目表一行目「部分」までを削る。

5  同二五枚目表三行目「五 くぐり門の収去請求について」から同二六枚目裏八行目「えない。」までを削る。

6  同二六枚目裏九行目「六」を「五」と改め、末行「及び本件くぐり門」を削る。

7  同二七枚目表三行目「七」を「六」と改める。

8  控訴人の主張(一)について

前記認定事実、《証拠省略》を総合すれば、本件一一番一及び一一番三ないし五の土地の所有者であった訴外飯田章は原判決添付別紙図面(二)記載のABの各点を結んだ直線及びその延長線をほぼ中心線とし同線から左右水平距離各一・三六五メートルの線につき本件公道との接点から二七・三メートルにわたって建築線指定の申請をし、昭和八年六月一六日その旨の建築線の指定がなされたが、右申請に際しては利害関係人である隣地(同町一二番)の所有者兼使用権者の訴外阪柳道光が右指定についての承諾をしたこと、飯田はその後本件一一番一及び一一番三の土地を訴外鳥飼政治に、本件一一番四及び一一番五の土地を被控訴人に売渡し、本件一一番一及び一一番三の土地はその後更に鳥飼から控訴人に売渡されたこと、飯田が受けた前記建築線の指定に関する甲号建築線台帳の図面の主要部分を転記した図面が鳥飼から控訴人に対し右土地の売買のころ交付されたことが認められる。

しかしながら、右事実からは、所有者の飯田はもちろん利害関係人の阪柳も将来において本件私道が拡幅されることに異議がなかったことは認められても、それ以上に、飯田がその余の近隣関係者ないし鳥飼に対し将来本件一一番四及び一一番五の土地の上の建物を建替える際には本件私道を拡幅する旨の約束をしたことまでは認められないし、他にその旨の合意が存在したことを認めるべき証拠はなく(《証拠省略》も右合意の存在を認めさせるに足りるものではない。)、また、本件私道拡幅についての黙示の合意が存在したことを窺わせるに足りる証拠もない。《証拠省略》は、公法上の関係で作成されたものにすぎず、控訴人主張の明示又は黙示の合意の存否とは何ら関係がない。

よって、控訴人の主張(一)は理由がなく、採用することができない。

9  同(二)について

《証拠省略》を総合すれば、被控訴人は、本件私道付近が法四二条二項道路に指定されており、したがって、建物を建替える際には同条項に基づく境界線より内側に新建物を建築すべく、塀を設置するならばやはり同境界線より内側に設置すべきであることを熟知し、かつ、その旨の建築確認申請を新宿区長宛にしておきながら、いったん建築確認がなされるや、建物自体は右境界線より内側に建築したものの、右建築に伴い新たに設置することとした法四二条二項道路との境界をなすべきブロック塀は元の建物の外側線(原判決添付別紙図面(二)記載のニ'ホ'の各点を結ぶ直線は旧建物の玄関の外側線(西端線)と一致する。)の位置に設置したものであり、本件ブロック塀の設置については、コンクリートブロックを三段積み重ねた昭和五二年五月六日の時点において新宿区長から建築基準法違反を理由に工事停止命令を受けながら、これを無視して同ブロック上に金網塀を取付ける方法により本件ブロック塀を完成させたことが認められ(る。)《証拠判断省略》。

右事実によれば、被控訴人の本件ブロック塀設置は建築基準法上違法であるというべきである。

しかしながら、右違法性はあくまでも防災、公衆衛生等公益上の行政目的に照らして制定された公法たる性格を有する建築基準法との関連で認められるものであって、民法上所有権の行使が権利の濫用にあたるか否かについては、単に建築基準法との関連からだけではなく、従前の通路部分の使用形態、いわゆる袋地の取得の経緯、いわゆる袋地所有者の通行の必要性と囲繞地所有者の被害の程度、地域の特殊性、その他諸般の事情を斟酌して判断するのを相当とするところ、原判決添付別紙図面(二)記載ロハ'ニ'ホ'BチトAロの各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地部分(本件私道部分)の幅員は、被控訴人が本件ブロック塀を現位置に設置したことによって従前よりもせばめられたわけではないこと、控訴人は本件一一番一及び一一番三の土地を、公道へ通ずる通路としては右土地部分しかなく、公道からの自動車の乗入れは不可能であることを知悉した上で購入したこと、右各土地及び被控訴人所有の本件一一番四、一一番五の土地は新宿副都心に所在すること、その他前記認定にかかる諸般の事情を斟酌するときは、被控訴人の本件ブロック塀の設置が建築基準法四二条二項の適用上違法であるとはいえ、民法上まだ土地所有権の濫用になるとまではいうことができず、右ブロック塀の設置が権利濫用にあたる旨の控訴人の主張(二)も理由がなく、採用することができない。

二  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 佐藤榮一 石井宏治)

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